05:失踪
ジュンが何を言っていたのかわからないものの、ヨースケは無性に腹が立った。
資格がない――馬鹿にされたようだった。お前にはこの町がお似合いだと言われたようだった。
おまけに、あの謎の曲についても結局教えてもらえなかった。
まるで知らない世界を知っているようで、悔しかった。しばらくは誰に言われても、ジュンと口を利きたくなかった。
――翌日、学校に行くとジュンの姿はなかった。
昨日の騒動もあって、教室はよりざわついていた。けれどもヨースケは、ジュンの母親から、ジュンが休むことを聞いてはいなかった。もし体調不良で学校を休むのなら、いままでしてきたように、自分にも伝えられて、授業で何をしたか学校で何があったかを、帰ってきたら彼に伝えてほしいとお願いされるのだが。
教師には電話があっただろう――そう思ってヨースケは普段通りの学校生活を送ろうとしていた。ところが、それも違ったようだ。何故か教師に「何か聞いてない?」と尋ねられた。つまり学校側にも連絡が何もいっていないということだ。
穏やかだった生活が歪んできている気がした。それでもヨースケは、ジュンのいない学校での一日を過ごして、帰路についた。
今日の風は荒々しく、あの嫌な海の臭いを町の隅々まで運びかき乱していた。空は厚い雲に覆われて、こんなにも風が吹いているにもかかわらず、ちっとも動く様子がない。高台から見た海はより濁ってもがくかのように波打っていて、嵐が近いのだとわかった。けれども夜の内に終わるだろう。
ヨースケが家につくと、自分の両親も、そしてジュンの母親も、異常事態を目の前に慌てふためいていた。
「ヨースケくん! ジュンから、何も聞いてない……?」
半泣きになったジュンの母親から、飛びつかれるように尋ねられた。ヨースケは驚くも、頭を横に振った。
――話によると、ジュンは確かに、今朝、学校へ行くと言って家を出たらしい。
そこから先の行方がわからないそうだ。
「昨日、学校で何かあったんでしょう? それが何か関係してるんじゃないかと思って……」
泣き崩れそうなジュンの母親を、ヨースケの母親が支えた。
話を聞いて、ヨースケはとっさに家出を疑った。しかしやっていいことと悪いことがあって、こんなにも親を心配させるのは悪いことである。そもそも反抗期を疑ったものの、ジュンが突然こんなことをするなんて、さすがにおかしい。
雲の厚さのためか、橙色の夕方を迎えることなく、空は昼からそのまま夜へと変わりゆく。もうじき嵐も来るというのに、ジュンはどこへ行ってしまったのだろうか。
まさか町の外へ。
自分をおいていくなんて。
「あの子、まさか、また山に……」
と、ジュンの母親の声でヨースケは我に返った。そして何も告げずに、海のある方角へ走り出した。
――ジュンは町の外に出るのを怖がっていた。だから多分、町からは離れない。
――そしてジュンは、彼自身が明言したことはないけれども、山も怖がっている。一度迷子になったから。
とすると、彼がいるのは海以外のほかないのだ。
浜辺へたどり着くと、荒れ狂った海が威嚇するかのように咆哮をあげていた。波が激しく、近寄りすぎると喰らわれてしまいそうだった。
夜になり暗くなった浜辺。雨が降り始めて、服が濡れて重たかった。そして体温が奪われていく。ついに雷鳴が轟きだして、漆黒の世界をちかちかと激しく照らす。その中に人の姿はなく、ただただ轟音だけが鼓膜を破こうとするかのように響いている。そこへ、ざん、と大きな波がヨースケに襲いかかった。慌てて陸へと逃げたから軽く海水を被っただけで済んだものの、もう海辺にいるのは危ない。
まさかジュンは、波にさらわれて。
嫌な予想が胸中で渦巻いた。雷鳴と激しい雨と、そして飢えた波の轟音が世界を揺らしている。
その中で、確かに耳にした。
歌。歪な音楽。
はっとして見上げれば、この崩れていきそうな世界の中、ぼろぼろの屋敷が崖の上に佇んでいた。雷が瞬けば、黒い影は真っ白に浮かび上がる。
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