Vlive
「いよいよだな」
「そうですね。心の準備はいいですか?」
それから二週間ほどして、俺は神流川と一緒にとあるカラオケボックスの前まで来ていた。この件が解決しないうちに大学は試験期間も終わり、夏休みに差し掛かっていた。
つまり暑さも真っ盛りになったということで、とても暑い。
そんな中、普段インドアな俺がなぜわざわざ外出しているのか。
御園と本願寺と話し合いをする会合に臨むためである。あれから、神流川の元に御園から連絡が来て、俺たちはリアルで会うことになったと言う訳だ。
本来であればただの一般人に過ぎない俺が人気Vtuber本人とリアルで会うことなど出来ないのだが、神流川の信用、もしくはカリスマ性があるからこそなせることなのだろう。
ちなみに今日は真面目な話をするためか、神流川は一応正装である巫女服を着ていた。俺は最近は見慣れてきたが、外でその姿をしていると違和感がこの上ないし、かなり暑そうだ。
俺はというと、一応何となく襟がついているシャツを着てきたぐらいだ。
高校時代ならこういうとき制服で良かったから楽だったのにと思う。
「ああ」
とは言ったものの、俺の考えが完全にまとまった訳ではなかった。
もちろん、本多には元の人格を取り戻して欲しいと思ってはいる。だからといってそれで今の本願寺としての記憶や能力が全てなくなるということを納得出来た訳ではなかった。
迷いを抱えたまま俺は神流川とともにカラオケボックスに入る。入った瞬間店員は神流川を見てぎょっとしたが、この中なら巫女服もコスプレとして一周回って馴染んで見えるのかもしれない。
神流川のメールに送られてきた部屋を目指すと、本多の姿が見える。彼女は夏らしい白いワンピースを着ていた。
そして俺は本多の姿を見た瞬間かすかに違和感を覚える。目の前にある風景が自然のものではなく、作られたものであるかのような、でも何がそうさせているのかは分からないぐらいの小さな違和感。もしかしてこれが怪異の正体なのだろうか。
そう思って神流川を見ると、彼女も表情を強張らせていた。経験豊富な彼女は俺よりも鋭敏に怪異の雰囲気を感じ取ることが出来るのかもしれない。
本多の隣には彼女と同じぐらいの年の髪を少し茶色く染めたTシャツにジーンズの女性、そしてもう一人、三十代ぐらいの眼鏡をかけた女性がいた。こちらはTシャツの上に冷房よけの薄いカーディガンを羽織っており、少し落ち着いた印象を受ける。おそらく本多と同じぐらいの年齢の方は御園だろうが、もう一人は誰だろうか。
やがて意を決して神流川がドアを開ける。
「初めまして、神流川奏です」
巫女姿の彼女に三人が少し驚く。御園は一度映像では見ていたが、他の二人は話は聞いているにしても初見だから驚いたのだろう。
「彼女の手伝いをしている古城和久と言います」
俺たちは自己紹介すると、三人が座っているソファの向かい側のソファに座る。一瞬合コンみたいだ、と思ってしまったが冷静に考えると神流川も女だった。
「私が御園桜です。話し合いに応じていただけたことには感謝しています」
前回話した時は配信の延長のような形だったからか、今日は前回よりも固い口調だった。もしくは、状況が状況だからそうなってしまっているのかもしれない。
続いて本多が口を開く。
「本願寺美鏡です。今日はよろしくね」
こちらは御園ほど緊張している様子はない。
そして最後に大人の女性が口を開く。
「私は『Vlive』社員で御園さんのマネージャーをしている嶺内と言います。事情を聴いて、何かあっては困るということで同行させていただきました」
確かに、オカルト云々の話は怪しさ満点だ。事務所の人が心配するのも当然だろう。
逆にマネージャーの耳に入ったのにこの会合がOKされたことの方が不思議ですらある。
挨拶が終わると、先にいた三人と俺たち二人が向かい合うように席につく。
「あの、そもそもなんですが嶺内さんは神流川が言う怪異云々の話をどれくらい信じているのでしょうか?」
俺はそこから尋ねることにした。
そもそも本多や嶺内にはどの程度怪異の話が共有されているのかによって会話のスタートが変わる。
「私はVliveに所属する前から配信に携わる仕事をしてきたのですが、実はそこでオカルトめいた事件に遭遇することはあったのです。もちろん信じる人、信じない人はいますが実は弊社の社長も信じています」
「そうだったのですか」
俺が思っていたよりも怪異はメジャーな存在だったらしいことに驚く。
「はい。最初に御園さんから話を聞いた時は半信半疑でしたが、調べてみたところその界隈では神流川さんはお金をぼったくることもなく、怪異についての認識も的を射ていると意外と評判が良かったのです」
「そんな界隈があること自体初耳ですが」
神流川が驚く。まあ彼女が他の能力者的な人物と交流しているところは全く想像つかないからな。
とはいえ怪異がインターネットと結びついているのだとすれば、そういう業界内では怪異はしばしば遭遇する存在であってもおかしくはない。偏見だが怪異に憑かれそうな人も多そうだし。
「と言う訳で、とりあえず神流川さんが言っていることは基本的に正しいという認識で進めていただいてよろしいでしょう」
「それはありがとうございます。では改めて話を整理させていただくと、そちらの本願寺美鏡さんは去年にVtuberデビューし、今年の三月から四月の辺りに怪異に憑かれ、視聴者が望む理想のVtuberになっていく体質になりました。そしてちょうどその前後の時期に御園桜さんと出会い、彼女としては今の本願寺美鏡さんを気に入っていると。とはいえ、私としては基本的に怪異は祓う方針であるため話し合っていきたいということでいいでしょうか」
神流川の淡々とした語り口はこういうちゃんとした場では話の説得力が増すので適しているのだろう。
彼女がまとめる終わると、それまで黙っていた本多が口を開く。
「よく分からないんだけど、今の私の人格は怪異によって作られたものってこと?」
「ああ。その証拠に中学や高校の時のことを覚えていないだろう?」
俺が本多に普通に話すと御園とマネージャーが微妙な視線でこちらを見てくる。
そうか、彼女からすると俺は初対面の本願寺になれなれしく話しかけている男に見えるのか。
「あの、信じてもらえるのかは分かりませんが、実は俺は彼女の中学のころの知り合いなんです」
「なるほど、それで自分が忘れられたから怪異を祓いたい、と?」
御園が言う。暗に「それはあなたの個人的な理由ではないか」というニュアンスを感じなくもない。
「そうだ。それに他にも高校で仲が良かった友人のことも忘れられていると聞いている。だからこのままにしておくのは良くないと思う」
「分かった。じゃあまずそのことをふまえた上で今の美鏡の意志はどうなの?」
「私は……忘れてしまったのは申し訳ないけど、今は十万近いチャンネル登録者がいるからその人たちの期待に応えたい」
リスナーは本願寺がリスナーのことを第一に考えてくれることを望んでいる。だから本願寺がこういう答えになるのは当然と言えば当然だ。
「ほら、彼女もこう言っている」
御園は少々勝ち誇ったように言う。
それを聞いて神流川は若干渋い表情になった。彼女としても本人の意志を持ち出されて分が悪いと感じたのだろう。
「確かに本人の意志は重要かもしれませんが、本人が同意していても放置していてはいけない状態というものはあります」
「でも法律で決まっていることならともかく、これは誰かに迷惑をかけているものでもないから違うんじゃない?」
御園は思いのほか語気が強い。彼女は今の神流川に思い入れは強いのだろう。
「誰にも迷惑をかけないとしてもやってはいけないことはあります。怪異については法律で決められていませんが、それはあくまでまだ決まっていないというだけのことです。野放しにしておくのは良くないことだと思います」
一方の神流川も自分の在り方に自信があるためか、一歩も譲る気配がない。
見かねた本願寺が御園をなだめるように言う。
「まあまあみそに、いったん落ち着こうよ」
「美鏡……。でも、私は今の美鏡の友達だから。美鏡には戻って欲しくない。それに、美鏡には夢があるんでしょ? それは叶えないといけないんじゃない?」
「うん。そうだね」
そう言って本願寺は神流川の方を向く。
「私は天空綺羅さんと並び立つようなVtuberになりたいっていう夢がある。それは多分怪異とは関係なく私自身が抱いている夢。だから私はその夢を達成するために頑張りたい」
本人にそう言われると、さすがの神流川もすぐには反論出来ないようだった。もっとも、こうなってくると神流川の「それは良くない」と御園や本願寺の「こうしたい」の対立なので水掛け論に収束ししまう。
が、天空綺羅の件で言えば俺にも違った視点からの反論を思いつく。
「天空綺羅さんのようなVtuberになりたいって言う夢について言うのであれば、言わせて欲しい。前に一部のファンに憑いた怪異により、本願寺の性格も変わる、という事件があった。あの時は本願寺自身も天空綺羅さんよりも御園さんのことを優先するようになっていた。怪異というのはいい方向に働くこともあるが、思いもよらない方向に働くこともある。だから怪異を宿したままにしておくというのは夢に繋がるとは思えない」
「それは……」
俺の言葉に本願寺も思い当たることはあったのか、言葉に詰まる。
すると、最初以来沈黙していた嶺内が今度は口を開いた。
「確かにその危険はあります。ですが、今の彼女にはそのリスクを補ってあまりある魅力があるのは事実です。実は、私は今の本願寺さんにVliveに入るよう勧誘している最中だったのです」
「!?」
俺と神流川は驚きのあまり顔を見合わせる。
確かに、いくら御園が同席するとはいえ、無所属のVtuberである本願寺についての話し合いにVliveのマネージャーが同席するのはおかしいと思ってはいたのだ。
まさかそんな話が裏であったとは。
前に御園は彼女が伸びた理由をVliveに所属したからだと言っていたが、実際個人でやっているVtuberと人気事務所所属のVtuberでは圧倒的に数字の伸び方が違う。
まず同じ活動をしていても、見てもらえる機会が断然増える。また、ライブ2D立ち絵の新モデルや3Dモデルなど、機材的なバックアップも受けられるだろう。
その他、活動に詳しい先輩やマネージャーが身近にいるというのもありがたいことだろう。
もし彼女がVliveに所属するのであれば、それだけで夢に大きく近づくことが出来ると言っても過言ではない。
「と言う訳で私としてもここは本人の意志を尊重して神流川さんには退いていただきたいと思うのですが」
「……」
嶺内の言葉に神流川は無言で唇を噛む。
そして急に立ち上がった。
「すみません、少しお手洗いに」
「お、俺も」
気づくと俺も神流川を追って立ち上がっていた。
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