第四章 それぞれの決断

佐紀野ぬこⅠ

 さて、高校時代に本多がうまくいっていなかったということを聞いた俺は、本多の高校時代の知り合いに話を聞いてみることにした。


 とはいえ、俺は本多の高校がどこなのかすら知らない。

 かろうじて転校先の中学だけは知っていた俺は、その県にある高校を全て検索する。そしてそこからどう絞ろうかと思ったが、幸運なことにうちの大学に合格実績がある高校は一つしかなかった。


 本多の引っ越し先からは少し離れていたのが幸いしたようだ。おそらく本多は何かやりたいことがあってうちの大学を受験し、今は一人暮らしで通っているのだろう。そう考えると俺と本多がこの大学で再会したのもすごい偶然と言う訳だ。


 ちなみに本多の高校からはうちの大学に四人の合格実績がある。

 本多を除いた三人が見つけられるといいのだが。


 結局、いい方法を思いつかなかった俺は「同じ高校出身の本多さんのことが好きだから彼女のことを知りたい」という言い訳を考えて同じ高校出身者を探すことにした。

 とはいえ冷静に考えると俺が考えた言い訳は別に言い訳でも何でもなく、高校と中学が違っているだけで俺の本心そのままであることに気づいて恥ずかしくなる。その言い訳を口にしながら本多と同じ高校の人物を探すのには心が折れそうになった。


 とはいえ、そこは俺が心にダメージを負った以外はただの地道な聞き込みだったのでその過程は省略する。


 結局俺は数日の聞き込みの末、大学構内で本多と同じ高校の男を一人見つけた。


「ああ、本多さんね。俺は別に全然仲良くなかったし関わりもなかったけど、確かに結構可愛いよな」

「お、おお」


 それはその通りなのだが、気恥ずかしくて素直に頷くことが出来ない。


「まあでもそういうことなら本多と仲が良かった人を紹介するよ。彼女とは漫研で一緒だったんだ。もっとも、こんなこと勝手に他人に話していいのか分からないけど。まあそこはうまくやってくれ」


 そう言って彼は一つのツイッターアカウントを俺に見せる。「佐紀野ぬこ」という名前のアカウントは(こう言っては失礼だが)細々とイラストをあげているようで、フォロワーも数百人おり、プロフィールには「お仕事の連絡はDMまで」と書かれている。


「ちなみにこの人物はうちの学生ではないのか?」

「ああ、彼女は別のところに行ったらしい」

「え? 良かったのか、それなのにそんなこと聞いちゃって」

「まあいいんじゃないか? せいぜい頑張ってくれよな」


 そう言って彼は去っていった。

 ありがたいのはありがたいが、ネットで普通に活動している人に「あなたはリアルでは本多さんの知り合いですよね」などと連絡することは出来ない。


 なるほど、この人物が本多の知り合いなのか、と何となくイラストを見ていく。描かれているのは人物画が多く、特に本願寺のような可愛い女の子が多く、またオリジナルだけでなく有名アイドルキャラクターの絵などもある。

 そんな絵を見ていくと、ふとあることに気づく。彼女が描いていたイラストは初期のころの本多のイラストとよく似ているのだ。


 そこで俺の中で全てが繋がる。


 本多が高校在学中にVtuberデビューしようと思ったのであれば、プロのイラストレーターに頼むという発想にはあまりならないだろう。そこで本多は仲が良かった彼女に頼んだに違いない。


 彼女はツイート数が多い訳でもないので過去のツイートを遡っていくと、それを裏付けるように昔は本願寺のイラストを多く投稿していた。


 が、残酷な話ではあるが本願寺が登録者一万を超えるVtuberになったあたりで素人クオリティからプロのイラストレーターに依頼しようということになったのだろう。単に「佐紀野ぬこ」と大学が離れて疎遠になったからかもしれないが、別にイラストを描くだけなら大学が一緒である必要はないし、佐紀野が絵を描くのをやめたという感じでもない。


 それが分かった俺は早速彼女に連絡しようとして、再び悩む。一体俺はどの立場から彼女に話を聞けばいいのだろうか。

 いくら何でも急に「本多のことを知りたい」は不自然すぎる。

 かといって「本願寺のイラストレーターですよね?」も踏み込んでいい話題なのかよく分からない。実際、今の「佐紀野ぬこ」のプロフィールには特に本願寺についての言及はなかった。


 普通、イラストレーターは自分が描今までしてきた仕事などがあればプロフィールに載せておくのに。

 というかそもそも俺は本願寺とはほぼ無関係なので、本願寺のイラストレーターにメッセージを送る用件もないのだが。


 悩んだ末、俺は「大学に入った本多と付き合って、そこで佐紀野さんのことを知ったけど彼女の記憶喪失に疑問を抱いた男」という設定を自分に作り、彼女に連絡することにした。


 もはや全く俺の要素が残っていないし、この設定を作ったからといって佐紀野が連絡を返してくれるのかは自信がなかったが、俺にはそれしか思いつかなかった。

 というか、本多の怪異について調べるあまりいつの間にか自分が常識外れな行為をしてしまっている。俺がやっていることは出るところに出れば立派なストーカーだ。そう言えば神流川も「ねむの木」に会う時よからぬ方法でオフ会を特定していたが、その辺は神流川の近くにいたせいで感覚が鈍ったせいに違いない。


 以下俺が自分で作った設定に基づいて書いたメッセージである。


『佐紀野ぬこ様

 初めまして、突然のメッセージ申し訳ありません。

 本多美香さんとお付き合いさせていただいている古城和久と申します。


 突然ですが、本多さんは中学高校のことについて記憶喪失があるようですが、本人は教えてくれません。しかも中学高校のころと性格が別人のようになってしまったと聞いて、何かあったのではないかと心配です。

 そこでたまたま他の方から佐紀野様と本多さんが高校時代の知り合いであった聞いたので、よろしければお話を聞かせていただけないでしょうか』


 改めて俺は書き終えたメッセージを見返してみる。もし俺がこんなメッセージを誰かに受け取ったとしたらどうするだろうか。


 ブロックだろうな。


 他にもいくつかの案を考えたが、どれも全て同じぐらい怪しかったのでどうしようもない。それに、佐紀野にブロックされたからといって別に今後の俺の人生に何か支障が出る訳でもない。


 こうして俺は怪しさ満点の長文メッセージを佐紀野に送り付けたのだった。

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