間章 本多美香高校二年生

「ねえねえ、本多さんって援交してるらしいよ?」

「えぇ、本当!?」

「そう言えばみっちゃんもこの間大人の人と街を歩いてるのを見た気がするって」

「やば~w」


 耳に入ってくるクラスメイトたちの口さがない噂話に私は耳を塞ぎたくなる。とはいえ、手で耳を塞いだところで音を完全にシャットアウトすることは出来ない。仮に音を全部遮ったとしても、笑っている彼女らの姿を見るだけで話している内容が自分のことに思えてしまう。

 だから私は休み時間になるとさっさと教室を出るしかなかった。


 一体何でこうなってしまったのだろう。

 正直、直接の原因は分からない。中学の時に転校したことだろうか。でも高校に入学したばかりの時は中学の時と同じようにうまくやれていた気がする。

 クラスの中でも明るい女の子たちと仲良くなり、友達もたくさん出来た。


 それが、一年生の後半ぐらいからいつの間にか風向きが変わっていった。

 私が誰かを遊びに誘うと、何となくその誘いはかわされた。

 仲良しグループだと思っていた人たちは私が忙しい日や部活の日を狙って遊ぶようになった。

 気が付いたら私を抜いたラインのグループが出来ていて、やがて私が忙しいとか関係なく、私抜きで皆が遊ぶことが増えていった。


 そして気が付くと、私の周りには誰もいなくなっていた。


 宿題を写させて欲しいと言ったときに断ったのがまずかったのだろうか。試験前に遊びの誘いを断ったのがいけなかったのだろうか。友達が「小テストカンニングしちゃったw」と自慢げに話して来たのを本気でたしなめたのがいけなかったのだろうか。


 とはいえ、どれか明確な原因がある訳でもなく、一緒に過ごすうちに少しずつ私は過ごしづらい相手になっていったのだろう。


 二年生になると、孤立からいじめに変わっていった。

 とはいえ、殴る蹴るの暴行とか、机の上に花瓶が置かれているとかそういうことがあった訳ではない。


 最初は私が同級生の男子に告白されたのが発端だった気がする。断ったのだけど、数日後に私はその男子と別の男子の二股をかけていることになっていた。


 それからしばらくして、私が二股、もしくは三股かけているという噂が広まっていった。もっとも、私の耳に入るたびにちょっとずつ男子の名前が違ったりしたけど。

 で、それが進化して今は援交になっていたらしい。

 当然それはとても嫌だし、寂しいし、悲しいし、辛い。


 その一方で私の場合は疎遠、孤立、噂、とまるで真綿で首を絞めるように境遇が少しずつ悪化していったので、そんな酷い境遇に少しずつ慣らされていってしまっている自分もいた。


 私がいないライングループがあるのに、あえてクラスのラインで私の悪口が書かれていた時も。

 授業でグループするときに露骨に私を一人にされ、先生が無理矢理グループに入れるまで皆にはぶられた時も。

 絶対に許せない、というほどのことが起こることはなくて「この程度なら仕方ないか」を私は少しずつ積み重ねてきた。


 そして、気が付くと私はかなり泥色寄りの灰色の学校生活を送っていた。

 とはいえ、高校は長くても三年。しかも最後は皆受験を控えて私に嫌がらせをしている余裕なんかなくなってしまうだろう。

 そう思うと、別にこれでいいかと思えてきた。

 しばらく我慢していれば私も大学生になる。そうなればまた一からリセットだ。むしろ人間関係のことはいったん忘れてきちんと大学に入るための勉強に専念した方がいいかもしれない。


 そんな風に考えてきた時、ふと私は動画サイトでとある動画を開いた。元々動画サイトでMVを流し見する趣味があったから、その流れでおすすめに入って来て、何となく目に留まった。


 彼女、天空綺羅は3Dモデルの美麗な体を持ついわゆるVtuberと呼ばれる存在らしい。


 青くて長い髪をポニーテールにまとめ(もっとも、他にもいろいろな髪型をはあるらしいけど)、名前のように空のような透き通った色のドレスを纏い、ステージに立っていた。


 もっとも、私は曲が聞きたかっただけで彼女の容姿には興味なんてなかったけど。

 彼女の声は多少きれいだったが、声質自体は十人に一人ぐらいのものだったと思う。


 それなのに、イヤホンから歌い出しが流れて私は運命に出会ったと思った。

 それまで灰色に見えていた私の周囲が、なぜか急に雨雲が垂れ込めた空が晴れ渡るように、色を取り戻していく。そんな錯覚に陥っていた。


 確かに彼女は歌がうまい。


 しかし他にもたくさんの歌手やアイドルの歌を聞いて来た。その中には彼女よりももっと歌がうまい(とされる)大物歌手も混ざっていた。

 それに比べるとせいぜい百人に一人ぐらいのうまさに過ぎない……と失礼ながら思ってしまう。

 が、その中で天空綺羅の歌でのみそのような感覚になったのは結局のところ運命の出会いだったのだろう。


 その後、私は天空綺羅の歌を練習した。そこに理由はない。ただ、彼女の歌を歌っていると周囲の見え方が変わる気がしたからだ。


 そしたらこれまであまり話したことがなかったクラスメイトに声を掛けられ、友達になった。そこから彼女の友達とも友達となり、一年の時ほどではないにしろ友達のコミュニティが出来ていった。


 そしてあれほど終わらないと思っていたいじめも、二年生の冬が終わると、いつの間にかやんでいった。これまで孤立していた私に友達が出来て「あいつには何を言ってもいい」という空気がしぼんでいったからなのか、単に受験が近づいたからなのか、それは分からない。


 いずれにせよ私の灰色高校生活は一転して穏やかなものに変わった。登校して友達としゃべり、授業中は普通に授業を受け、放課後は友達と遊びに行ったり、勉強したりする。


 そんな日々の中、ある日絵がうまい友達が冗談交じりに言った。


「美香は歌がうまいし、私は絵を描けるからVtuberやる?」


 と。私はそれに食い気味で頷いた。

 まさかこれから高三になるという時期に、しかもまあまあ受験を頑張っている私が頷くと思っていなかったのだろう、友達は驚いてはいたけど最終的にはやることになった。


 天空綺羅のおかげで普通の高校生活を取り戻した私は思った。

 いつか天空綺羅と対等に話してお礼を言いたい、出来るなら共演もしてみたい、と。


 そして私は絵がうまい友達とPCに詳しい友達と、一緒に「本願寺美鏡」になったと言う訳である。

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