憧れ
通話を切ると、神流川はため息をつく。
「面倒な話になってきましたね。私はこういうのが嫌で準ニートしているんですが。まさか巫女をやっていても人間関係に苦しめられるとは」
「こういう風にそこまで違和感もなく役に立っている怪異なんているのか?」
「今まで出会った中にはほとんどいないですね。一応私に憑いているのがそれに当てはまるかもしれませんが、一応今の私も怪異憑きの人格ですからね?」
神流川の言葉に俺は少し考えてしまう。今の神流川も怪異で人格が変わっているのだとしたら、怪異が憑く前の神流川が存在するということではないか。
「神流川は自分の怪異を除霊する気はないのか?」
「ないですね。もっとも、世界中の怪異を全部祓ったらするかもしれませんが」
それならぎりぎり筋は通っている、と言えるかもしれない。
俺はさらに何か言おうかと思ったが、何を言えばいいか分からなかった。
俺が無言でいると、神流川はPCを操作して今回のコラボのために開いた画面を次々と閉じていく。そしてふと、自分のチャンネルのところで手を止める。
「……チャンネル登録者、二百人ぐらい増えてますね」
「御園とコラボしたからか」
「千人まで増えるの結構大変だったんですが、二時間で二百人ですか」
普段あまり感情をこめずにしゃべる神流川だったが、この時ばかりは少し声に悲哀を感じた。
そんな彼女を見て、御園が言っていた、自分が伸びたのはVliveに所属出来たからだ、という言葉を思い出す。
こうしてこの日はお互い何とも言えないテンションで解散したのだった。
神流川と別れた後、家までの道を歩きながら俺は色々なことを考えていた。よくVtuberと中の人の人格が別だとは言われることもあるが、本願寺の場合、怪異により生成された本願寺美鏡の人格と、本多美香(及び怪異に憑かれる前の本願寺美鏡)の人格はかなり別物だろう。
しかも二つの人格が共存できるかは分からない。元の本多の記憶を呼び覚ました時、怪異はそれを妨害するのか、それともそうなったら出ていくのか。
仮に二者択一だとしたらどうするんだろう。俺は本多に戻って欲しいが、そもそも中学で別れて以来ずっと音信不通だった俺にどうこう言う資格はあるのだろうか。
それよりも今の本願寺美鏡としての彼女を楽しみにしているたくさんのファンや御園桜の思いを優先すべきではないか。
「くそ、そんなこと分かるか」
考えても答えが出るはずもなく、俺が匙を投げたところでちょうど家に辿り着く。
考えあぐねた俺が自分のPCを起動すると、ちょうど本願寺が配信を行っていた。
今日は雑談配信のようでコメントの中から適当な話題や質問を拾ってはそれについて読んでいる。相変わらず彼女のトークは切れ目がないし、適度に笑いどころがある。時々クズっぽいことを言うが、そのクズさも八割ぐらいの人はギャグとして笑えるラインに留まっている。Vtuberとしてはおもしろいが、そこに本多美鏡の面影はあまりない。声ぐらいだろうか。
そんな中、とあるコメントが俺の目に留まる。
『本願寺は綺羅さんに憧れているって言ってたけど、何で?』
『ああ、美鏡が天空綺羅さんに憧れている理由?』
ちょうど画面の中の本願寺も同じコメントを見て反応する。そう言えば、俺も詳しくは知らなかった。Vtuberであれば誰でも大なり小なり天空綺羅に憧れているところはあるだろう、と思って深くは気にしていなかった。
しかし本願寺はそういう一般的な憧れよりも強い意味での憧れを抱いている節がある……ような気がする。
『実は美鏡、高校入ったばかりの時色々と人間関係でうまくいってなくてね……とはいっても嫌なことはさっさと忘れてしまうタイプだから覚えてないんだけど』
そう言って本願寺は笑ってみせる。
傍から見れば本願寺が忘れっぽい性格だな、と思って終わる場面だ。
うがった見方をすれば深刻そうな話題は掘り下げないように自分で茶化しているようにも見えるかもしれない。
だが、俺にはやはり怪異の影響で彼女から高校以前の記憶が失われているようにしか思えなかった。
そこで俺はふと思う。神流川の推理が正しければ怪異は本願寺を彼女に対するファンの願望通りの姿に変えていくような存在らしい。だとすれば、消えた記憶というのは不都合なものとなる。
しかしそれにしても俺のことはクラスメイトの一人としてぐらいは覚えていてくれても良かったのかもしれないが。もしかしたら本多は俺のことを死ぬほど憎んでいたとか? いや、さすがにそんなことはないか。
『そんな時に綺羅さんの歌を聞いて素晴らしいって思ってね、それで私は彼女の歌をよく口ずさむようになったんだ。そしたらある日私の歌を聞いたクラスメイトがそれ何の歌、て訊いてくれて。それで綺羅さんのことを説明してVtuberのことを説明していたらいつの間にか仲良くなって、そこから友達もちょっとずつ増えていって。それで高校の最後の方はまあまあ楽しかったんだよね』
『……あれ?』
『高校の最後?』
『今何歳だっけ?』
いい話だったような気がするが、突然コメント欄が疑問に染まっていく。
そう、彼女は十六歳高校二年生(という設定)なのだ。
『……そうじゃなくて、今は結構高校が楽しいんだよね、あはは』
そう言って彼女はリスナーからの突っ込みでこの話題にオチを作った。
ふと俺は彼女の設定が十六歳だから彼女の記憶の一部が欠落しているのかとも思ったが、それだと中学時代のことを忘れているのがおかしいし、そもそもリスナーはネタとして年齢や学年をいじっているだけで、本当に本願寺美鏡の中の人が高校二年生であって欲しいとは思っていないはずだ。
「とはいえあの本多が高校で人間関係うまくいってなかったのか」
ふと俺はそのことが気になってくる。中学時代はクラスの真ん中にいたような気がするのに。
「本多の高校の知り合いの話とかも訊けたらいいかもな」
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