御園桜Ⅲ
『なるほどね。とはいえこんな話をしていて何だけど、別に彼女が怪異だったらそれはそれで私は別にいいんだけどね。だって私と出会った時はすでに怪異の方の性格だったみたいだし。前みたいに急に私に接近してすぐ元に戻るのは心臓に悪いからやめて欲しいけど、あれは別だったみたいだし』
なるほど、確かにそういう考え方もあるのか。
俺は元を知っているから戻って欲しいと思うだけで、その後に知り合った人からみればそうでもないのだろう。
「……やけに怪異のこと、すぐ信じるんですね?」
『まあ普通の人が人気Vtuberになるのはそういう非現実的な力の一つもないと難しいと思うし』
言われてみれば、一万人の上位1%になると思うとそれぐらいのことはあってもおかしくないのかもしれない。
「では失礼ですが、御園さんはどうやって人気Vtuberに?」
『私? 私はまあ圧倒的な才能があったからかな……というのは嘘で、Vliveのオーディションに受かったからというのが大きいと思うよ。おかげで初配信の時からすでに一万以上の登録者がいたし』
実際、有名事務所所属のVtuberは無名の個人勢に比べて天と地ほどの差がある。
『後はまあ、環境が人を伸ばすみたいな感じだよね』
「すいません、変なことを聞いてしまって」
実際、たくさんのファンがいて自分よりすごい先輩や同期がいて、色々アドバイスをくれる事務所のスタッフがいれば格段に実力は上がりやすいだろう。
『ううん、全然いいよ。それで話を戻すけど、美鏡は素人から始めた割に配信のマナーから機材の操作まで覚えるの早いし、何というか、リスナーが求めることを完璧に理解してそれをやっている節があるんだよね。あとどうしてもいつか天空綺羅さんと共演したいから同じ舞台に立てるようになるぐらいまで頑張るって言ってたし』
それは確かに配信でも言っていた。
『だから最初にコラボしたとき、彼女は伸びるって思ったんだよね。それが怪異のせいなのか、元々の彼女なのかは分からないけど』
それを聞いて俺は元の彼女がどんな性格だったのかを思い出す。
しかし他人の気持ちにそこまで敏感だったとは思えない。というか、もし敏感だったら俺の気持ちにも気づくのではないか。ちなみに気づいた上であの対応だったという可能性は考えたくないが。
そんなことを考えていると、神流川が「元からそんな感じだったんですか?」と書いた紙を見せてくるので俺は首を横に振る。
すると神流川が手をこっちに向けるので、俺は少し名残惜しくなりながらもマイクを返した。緊張から解き放たれて嬉しいような、御園と話せなくなって残念なような複雑な気持ちだ。
「すみません、代わりました神流川です。これはあくまで予想ですが、彼女はVtuberとして成功したいという思いが高まりすぎて、ファンから『こうあって欲しい』と思われた願いに応じて自身が変わる怪異に憑かれているのではないかと」
その言葉を聞いて俺は息をのむ。
驚いたから、というよりは神流川の言葉がすとんと胸の中に落ちたからだ。
『……そうなんだ。言われてみれば確かに今の美鏡はファンから見た理想の本願寺美鏡かもしれないね』
御園も俺と同じ思いだったようで、神流川の言葉に頷く。
「ここからは少し専門的な考察なので訳が分からない話になるかもしれませんが、参考までに。以前別の怪異によって本願寺美鏡が御園桜に異様な好意を抱かされる事件がありました。そのとき、怪異に取りつかれた男はいわゆる『さくみか』を推したかったらしいのですが、その力で周囲のファンの認識を変えていったのです。彼の怪異はそんなに強い訳ではなかったのですが、結局本願寺美鏡本人の行動まで変えさせていたことに少し疑問があったのです。しかし彼女自身はその男の怪異によって直接変わったのではなく、ファンの心が怪異により変えられたため、それを経由して行動が変わった可能性が高いですね」
確かに神流川が「ねむの木」事件の時、彼に憑いている怪異を大したことないと言っていたのに少し違和感があったが、そういうことなら不自然ではないのかもしれない。あの時の本願寺に影響が出たのは本願寺自身の怪異のせいだったのだ。
『私にはよく分からないけど奏ちゃんの中では辻褄が合った訳だ?』
「そうですね」
『でももし仮に彼女にそんな怪異が憑いているとして、奏ちゃんはそれを除霊するの?』
「そうなりますね。それが仕事なので」
神流川は淡々と言う。
すると御園の表情にさっと影が差した……ような気がした。ライブ2Dのモデルでは本来そこまでは分からないはずだが。
『正直私はその話を完全に信じている訳ではないんだけど、私としてはそういうのはやめて欲しいなって思う。だってその怪異っていうのは元の記憶を失うぐらい人格に影響しているってことでしょ? じゃあ除霊したら今私が仲良くしている美鏡がいなくなっちゃうかもしれないってことだよね?』
「それはその通りです。しかし、それでは元々あった彼女の記憶や、元々の彼女と仲が良かった人はどうなるのでしょう?」
先ほどまで和気あいあいとしていた二人の通話は一転して緊迫したものに変わる。
とりあえず神流川が立てた仮説が全て正しいとして、もし除霊を行えば本多から今の本願寺美鏡としての人格は本当になくなってしまう可能性が高い。そう考えると俺の怪異や「ねむの木」の怪異のように即決で「除霊した方がいい」とは言い切れなくなってくる。
『美鏡は今個人でやっているVtuberとしては異例の伸び方をしている。Vtuberって人気職業に見えるかもしれないけど、私みたいに人気事務所に入っているか、企業から大きなバックアップを受けている人以外は全然伸びない。それはYouTubeをやっている奏ちゃんなら何となく分かるよね? 今の本願寺美鏡が怪異によりつくられたにせよ、Vtuberとして天空綺羅に並び立つほどのVになりたいっていうのは多分元の彼女の意志だと思う。だからそれを他の人が邪魔するのは良くないんじゃない?』
御園がシリアスなトーンで反論し、自然と神流川の表情も険しくなっていく。
「そういう考え方もありますね。ですが私としては基本的に怪異は祓うべきものと思っています。それが今まで怪異に携わってきた私の信念です。これまでいくつかの怪異を見てきましたが、基本的に人間のあるべき生き方には反していると考えています」
『なるほど。じゃあそれなら今度本人も会って話してみない? さすがに本人の意志を無視することは出来ないんじゃない?』
神流川はちらりとこちらを見る。
今の話を聞く限り、怪異に憑かれた本願寺はおそらく除霊をよしとはしないだろう。しかし一度話し合って本人が拒絶しているのに除霊を敢行するのはあまり良くない。除霊する前提であれば御園の許可はとらずに勝手にやってしまうという方法の方がいいし本願寺が本多であることは分かった以上、それは可能だ。
ただ、俺は神流川と違って「怪異は祓わなければならない」という信念は持っていなかった。俺に憑いた怪異も「ねむの木」に憑いた怪異も迷惑だったから除霊してもらったが、別に迷惑でなければいいという思いもある。そもそも、神流川だって信念がどうのとか言っておきながら自分に憑いた怪異はそのまま利用しているではないか。
もちろん、怪異が憑いたままでは俺のことも忘れ去られたままだ。だから今の彼女に過去のことを思い出させ、怪異の人格と昔の人格がうまく共存するような形になればいいのではないか、と思った。まあそんなことが可能なのかはよく分からないが。
そう決めた俺は神流川に向かって頷いてみせる。
(あなたなら怪異に憑かれた本願寺美鏡を説得することが出来ますか?)
神流川は小声で尋ねる。神流川としては除霊することが規定事項である以上、説得する当てがないなら会わない方がいいのだろう。
だが、俺としてはとりあえず会って話してみてから考えたかった。神流川には悪いが、本多の反応によってはその場で除霊の件を反故にすることもある。
そう考えつつ俺は頷く。
「……分かりました。その提案を受け入れましょう」
『ありがとう。ちょっと本人に伝えてみるね。何て伝えるか大変だけど』
「それから、一応言っておくとある程度以上の期間日程が決まらなければ勝手に動きますのでその点お忘れなく」
『分かった』
御園が固い表情で答えた。
が、すぐに表情を崩して言う。
『それじゃあ、今日はコラボしてくれてありがとう。あーあ、この話、全部ただの奏ちゃんの妄想だったらよかったのに。そしたらもっと仲良くなれたかもなのにね』
「それは私が怪異とかいう訳の分からない存在を本気で信じている痛い女で終わるのでちょっと嫌です」
『あはは、それはそうだ。じゃあ、またね』
そう言って御園は手を振りながら通話を切るのだった。
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