御園桜Ⅱ

 そして映像の画面共有を切って改めて二人で通話を繋ぐ。


『お疲れ~、今日の配信思っていたよりもうまくいったと思う。奏ちゃん、本当にありがとう』


 御園は二時間ほど一緒にゲームをして神流川への友好度が上がったためか、配信が終わるといつもより少し低い声で話しかける。おそらくこれが彼女の素に近い声なのだろう。


「いえいえ、こちらこそ唐突なお誘いを受けていただきありがとうございます」


 一方の神流川はいつもと全く同じように答えた。

 こちらは俺と話すときも配信の時も今もほぼ変わらぬテンションである。


『実は今日この誘いを受けたのには理由があったんだ。奏ちゃんが言う怪異なのかどうかよく分からないことがあって、それについて相談したくて。職権濫用みたいなことしちゃってごめんね?』

「構いません。それがお仕事ですので」


 こちらから本願寺について尋ねようとしていた神流川は先に用件を切り出され、少し驚く。


『相談っていうのは私のことじゃなくて知り合いのことなんだよね。私の知り合いに本願寺美鏡っていうVtuberがいるんだけど、知っている?』

「はい、知っています」


 俺は思わず神流川と目を合わせる。まさか御園の方から本願寺について相談してくるとは。


『美鏡ちゃんは一年ちょっと前にデビューしたVtuberなんだけど、言っては悪いけど最初は十把一絡げの存在だったんだよね。ちょっとデザインと声が可愛くて、ちょっと歌がうまくて、ちょっとだけしゃべり慣れている。クラスだったら人気者になれるかもしれないけど、でもそれぐらいの存在』


 本願寺について、というか本多についてのクラスだったら人気者、という表現は知り合いである俺にとってしっくりきた。

 確かに数十人のクラスだったら本多は中心的な立ち位置になれる。

 しかし一説には一万以上と言われるVtuberの世界でのし上がっていくほどの個性はなかったと思う。


『それが私とコラボする少し前から変わり始めて、急に配信者としておもしろくなってきたんだよね』

「そうですか」


 御園の言葉に神流川は首をかしげるが、俺は隣で頷いてみせる。

 おそらく元々あまりVtuberを見ていない神流川にはいまいちおもしろさのツボが分からないのだろうが、俺には何となく御園の言おうとしていることが分かった。


 単に配信慣れしただけなのかもしれないが、何気ない雑談、何気ないゲーム実況一つとっても最初のころは特におもしろいポイントはなかった。別につまらない、とか無言の時間が多いとかそういうほどではないが、そこまでおもしろい訳ではない。


 しかしそれがちょうどクズキャラがバズった少し前あたり、つまり彼女が活動を活発化させた辺りの時期からおもしろいポイントが増えてきたような気がする。


『私も最初は単にそういう成長なのかなと思ってコラボするようになって、おもしろかったんだけど、彼女は配信上でそうだったってだけではなくリアルであった時も配信上みたいな感じだったんだよね。もちろん別に嫌とかじゃなくて、おもしろいって思ってたんだけど少し驚いて。

 そしたら少し前から急に私のことを誘ってくるようになって。しかも何か急に私に単なるVtuber友達として以上の好意を向けてくるようになったら最近はまた元に戻ったんだよね。別に私怪異とか信じる訳でもないんだけど、奏ちゃんならどう言うのかなって思って。本当は部外者に話すのもよくないかもだけど、Vtuber仲間には話しづらいし、それに一回コラボしたから奏ちゃんも全くの部外者ではなくなったしね』


 要するに本願寺とそこそこ親しかった御園から見ても本願寺は少しおかしかったという訳だ。もっとも、御園とよく絡むようになったのは別の怪異の影響だから今の話とは関係ないのだが。


「……すみません、ちょっと助手の方を通話に入れてもいいでしょうか?」


 そう言って神流川はちらりとこちらを見る。

 本願寺については昔の彼女を知っている俺が話す方が適任ということかというのは分かったが、まさか唐突に御園との通話チャンスを与えてもらえると思わなかった俺は、途端に鼓動が早くなるのを感じる。


『大丈夫だよ』


 御園が答えると、神流川はマイクを俺の口元に近づける。


「あ、あの、は、初めまして、神流川の助手の、ふ、古城って言います」

『あれ、奏ちゃんと違って随分緊張してるんだね』


 そう言って御園はからからと笑う。気のせいか、再び配信中の時のような御園に戻ったような気がする。

 それは神流川のクソ度胸が異常なだけだと思うんだが。


「す、すみません」


 まずい、緊張してしまってうまく話せない。

 俺は一度深呼吸して話そうと思ったことを整理する。


「ま、まず本願寺……さんが御園さんに急接近したのは別の怪異の影響であって、本願寺さん本人に憑いている怪異とは関係ないです」

『え、そうなの!?』


 怪異を信じていない御園からすれば当たり前のように話されても困惑するだけだろう。


「す、すみません、急に変なことを言ってしまって」

『まあいいや、続けて』

「そ、それでぼ、僕は本願寺さんが本願寺さんになる前に知り合いだったというか、何というか……」


 ふと隣で神流川が声を殺しているものの、腹を抱えて笑っているのに気づく。そんなに俺が緊張しているのがおかしいのだろうか、と少しイラっとする。

 とはいえあの人気Vtuber御園桜と今こうして話せているという事実に比べるとそんなことはどうでも良かった。


『へー、そうなんだ、それはすごいね!』

「でも彼女はそれ以前のことを覚えてないみたいで、それで何かあるんじゃないかって思っていて。確認なんですが、今の彼女はリアルでも配信中のような感じなんですかね?」

『うん、クズだね。遅刻はしょっちゅうだし、私のうちに来た時は冷蔵庫のプリン勝手に食べるし。あ、でもこれ怒ってないっていうのは本当だからそこは勘違いしないでね? 美鏡、クズまとめ動画が出るたびにちょっと燃えるけど、私は別に気にしてないから。おもしろいし、私もまあまあ雑なところあるし』


 そうだったのか。それは全然知らなかった。

 スマホでバズっている本願寺の動画を見てみると、確かに下の方のコメントには辛辣なものがいくつか並んでいるのが見える。


「いや、そんなつもりは全くないですが……中学の時は全然そんなことはない普通の子だったんです」

『まあ中学のころだと純粋に変化したって可能性もある訳だけど、記憶もないから疑ってるって訳?』

「そんなところです」

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