御園桜Ⅰ

 そう言って神流川はPCの通話アプリから御園桜に通話をかける。超有名人と間接的とはいえ、通話できるという状況に俺もごくりと唾を飲み込む。


「もしもし、神流川奏です」

『こんみそに~、御園桜だよ』


 スピーカーから聞こえてきた声やテンションは配信上とあまり変わらないものだった。神流川が初対面の相手だから素の自分を晒すことに抵抗があるのかもしれない。


 ちなみに、神流川は自分の姿をすでにカメラで写していたし、御園の方もライブ2Dモデルを動かしている。


「本日はコラボの誘いを受けていただきありがとうございます」

『一応神流川さんのチャンネルやホームページを見に行ったんだけど、あ、奏ちゃんって呼んでもいい?』

「構いません」

『奏ちゃんも私のこと桜ちゃんって呼んでもいいよ?』


 配信上での御園と同じように軽い感じで距離を詰めてくる。


「いえ、私の方は依頼者として御園さんと呼ばせていただきます」

『あはは、確かにその方がプロっぽい感じだもんね』

「はい、あまり依頼者と親しくなりすぎると客観的に見られなくなってしまうことがありますので」


 すごい。こうして聞いてみると、御園桜のロールプレイをしている彼女と、本職の霊能力者のロールプレイをしている(という体裁で素で話している)神流川というレベルの高い会話だ。俺のような一般人が入り込む余地など全くない。


『それでさっきの続きだけど、奏ちゃん、なんちゃって霊能力者でも宗教系でもどっちでもなく、本当に怪異に詳しそうだからちょっと話を聞いてみたいと思うことがあって、それでOKしちゃった』

「ということは御園さんの周辺でも何か怪異絡みかもしれないことが起こっているということでよろしいでしょうか?」

『そうだね。とはいえ、その話はまた配信が終わってからするよ。じゃあ早速配信の話だけど、今日配信でやるゲームは「幽霊屋敷」で、かかる時間は普通は一時間ぐらいだけど私はホラゲー苦手だし奏ちゃんに話聞いたりするから一時間半ぐらいはかかるかなって思ってる。それから……』


 という感じで御園桜は打ち合わせを進めていく。これまで何度もコラボ配信をしているだけあって、初対面の神流川相手にもテキパキと話を進めていた。

 内容や進め方の打ち合わせを終え、最後に音量や映像などの機材の確認を終え、いよいよ配信開始時間が近づいて来る。


『……では私は一足先に配信を始めるから、合図をしたら入って来てね』

「分かりました」


 俺は音を消してスマホで御園の配信を開く。すると彼女の方の配信が始まった。


『こんみそに~! 今日も皆配信に来てくれてありがとう! 今日は前から言っていた通り「幽霊屋敷」ていうホラーゲームをするんだけど珍しい方とコラボすることになったよ。YouTuberでリアル霊能力者でもある神流川奏ちゃん』


 元々御園は神流川の名前を告知していたが、改めて彼女がその名を口にしてもコメントは『誰?』『知らない』で溢れていた。また、御園はこれまでも色々な人とコラボしてきたため『また変な人連れてきたのか』というコメントもあった。悪気はないと信じたい。


 さすがに表立って配信コメントで口にする者はいないが、ツイッターを開くと「何でこんな無名の人とコラボするんだろう」と疑問を浮かべている人も一定数いた。


『リアル霊能力者って何だよ』

『スピリチュアル系?』


 また、そんな風に神流川を怪しむコメントも流れてくる。御園はちらっとコメントに目をやると、


「大丈夫、もし奏ちゃんに勧められても私壺とかペンダントとか買わないから。でも、幸せになれるゲームとか売りつけられたら買っちゃうかも」


 と軽いギャグに落としていく。

 こういうところを見るとやはり喋り慣れているな、と思うのだった。


『それではお呼びしちゃうよ、神流川奏ちゃん~』

「こんばんは、霊能力者の神流川奏です」


 目の前の神流川と動画の中の神流川がほぼ同時にしゃべる。

 配信内で、神流川は背景を透過した映像が表示されていた。思ったより彼女の技術力はすごかった。


『まさかの実写の方!?』

『思ったより美人だ』

『だから霊能力者って何だよ』


 などのコメントが流れる。


「これまで数々の怪異に遭遇してきたのでゲーム内に出てくる怪異でしたら余裕だと思います」

『今日はよろしくね! それでは早速幽霊屋敷にレッツゴー!』


 そう言って御園はゲームを始める。

 「幽霊屋敷」の主人公は山奥の道で車を走らせている間に事故で通れなくなり、仕方なく近くにあった屋敷にやってくるところから始まる。


『やっぱこういう山奥って出るの?』

「いえ、怪異というのはおおむね人間が原因なので逆にこういう山の中だと大丈夫ですね」

『え~、じゃあ企画倒れじゃんw』


 御園が言うと、ゲーム内で主人公がインターホンを押し、中から日本の山奥には場違いなクラシカルなメイド服姿の女性が現れる。


「大丈夫です、人が出てきました。基本的に怪異は人間の恨み嫉み執着妄執などが原因なので、人が出てきたら怪異も出ますね」

『要するにクソデカ感情ってことだね』

「クソデカ……?」


 クソデカ感情はネットで使われる言葉で好きなコンテンツやキャラクターなどに対する愛情を表現する言葉、もしくは他者への非常に重たい感情を総称して用いられる言葉である。おそらくプラスマイナスで言うとプラスの意味あいで用いられることが多い気がする。

 俺はすぐに動画配信サイトの百科事典でそれを検索して神流川に見せる。

 神流川はお礼のつもりなのか一瞬俺にアイコンタクトしてその記事をちらっと見る。


「いえ、どちらかというと負の感情が引き金となることが多いですね。もちろん幸せの感情から怪異が出現することもあるのですが、その場合怪異は何もしないのでそもそも存在を観測出来ないで終わることが多いです」

『おお、本当に詳しそうだね』

「もしかして疑ってました?」

『正直、化けの皮が剥がれたらおもしろいかなって思っていたw』


 そう言って御園は笑う。


「まるで化けの皮があるみたいなことを言うのはおやめください。あ、もし身近に怪異かもしれないと思うことがあったらツイッターかホームページの方までご連絡ください」

『流れるように宣伝するじゃん』


 そんな風に二人は噛み合っているようないないような会話を繰り広げながら進んでいく。基本的に御園が主体となってトークを回し、神流川は振られた話に霊能力者としての答えを返しているだけなのだが、おちゃらけた感じでしゃべっている御園と生真面目にしゃべっている神流川のギャップがおもしろいのでしっかりおもしろい配信として成立しているような気がする。


 そんな会話をしながら主人公は屋敷内で中年の金持ちそうなマダムやタキシードをびしっと着た執事らにもてなされる。山奥の屋敷なのにまるで一昔前のヨーロッパの貴族の屋敷にでも迷い込んだかのような雰囲気であった。


『ところでこの家、どう見てもおばさんと執事とメイドしかいないのに、夕食の食器と料理多くない?』

「大食いなのでは?」

『違うでしょw夕食のテーブルに空席がいくつもあるし、時々おばさんが意味の分からない台詞を言っているし、見えない誰かと話しているんじゃない? ほら、また彼女どっか見てる! え、どうしよう怖い怖い』


 ちょうど主人公がマダムにこの屋敷に他に暮らしている人がいるのかを質問しており、御園は怖がっている。どうやら彼女はホラーゲームなどはあまり得意ではなく、一人でやっている時は恐怖で進行が遅くなったり、途中で投げ出したりすることもあったらしい。


「大丈夫ですよ。私は怪異は信じますが、幽霊の類は信じません。つまりこれはこのおばさんが見えない誰かがいると信じ込んでいるだけなので怖がる必要はありません」

『何だ、そうか』


 そう言って御園がほっと息を吐く。

 するとゲーム内で突然マダムの顔がドアップになり、画面がモノクロになるエフェクトとともに「え、旦那と子供たちがいるのに分からないのかしら?」という台詞が表示される。


『あ、いつもなら怖くて悲鳴あげるところだったけど、奏ちゃんのおかげで頭のおかしいおばさんにしか見えなくなって怖くなくなった』

「それは良かったですが、おばさんも怪異の被害者なのであまり辛辣なことを言うのはやめてあげてくださいね」

『それはごめんwおばさんw』


 さらにゲームが進んでいき、主人公は明らかに今は使われていない子供部屋や屋敷の主人のものと思われる部屋を発見する。

 御園はゲーム自体には慣れているためテキパキと探索を進めていき、やがて地下室を発見する。

 そこには予想通りではあるが、白骨死体がいくつも転がっていた。

 悲鳴をあげ、立ち去ろうとする主人公。


『知ってしまったな』


 その瞬間、後ろに目を血走らせた執事とメイドが立ちふさがる。

 それを見て御園はきゃあっ、と悲鳴をあげたが神流川は一切動じていない。


『まずいまずいまずい、逃げないと!』

「あ、私は屋敷から逃げ出すことに関しては専門外なんで頑張ってください」

『え、そんな、奏ちゃん、嘘でしょ!? 助けて、助けて!』


 叫びながらも御園は必死に主人公を操作して屋敷内を駆け抜けていく。


『ていうか本物の霊能力者ならこの怪異とかいうの祓って、こいつら正気に戻してよ!?』

「まあやってみてもいいですが、私から見ると画面の向こうのそのまたゲームの中の相手なので効くのかは分からないですね。現代の巫女神流川奏が奏上す。我が身に宿りし善なる怪異よ、諸々の悪辣なる怪異有らむを祓い給い清め給へと申すことを聞こしめせ」


 神流川は俺の怪異を祓ってくれた時に使った祝詞をすらすらと唱える。こんな場面で咄嗟に覚えているのはさすがのプロ意識と言わざるを得ない。


『え、何かすごいちゃんと唱えているけど全然こいつら除霊されてなあああああああああ、あ、屋敷の外に出れたわ』


 気が付くと、主人公はついに追手を逃れて屋敷の外への脱出に成功する。

 するとなぜか空は晴れ渡り、やってきたときの豪雨や雷はやんでいた。


 帰宅した後、主人公は昔あの屋敷に強盗が入り殺人事件が起こったという記事を目にするのだった。そしてその新聞記事を映したままフェードアウトし、ゲームは終了する。


『と言う訳で今日は奏ちゃんのおかげで無事このゲームをクリアすることが出来ました!』


 御園が本当に達成感があったんだな、と感じさせるような声で言う。

 ゲーム画面を直接ではなく配信越しに見ていると正直そこまで怖くない。


『おめでとう~』

『おつみそに!』

『ホラゲーちゃんと一回で終わらせたの久しぶりだねw』


 コメントの流れも急激に早くなっていった。


『ということで今日の配信はこれで終わろうと思いまーす。よろしければ皆さん、私と奏ちゃんのチャンネル登録お願いしますね~。それではおつみそに~!』


 こうして御園は配信を終了したのだった。

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