神流川の活動Ⅱ

 俺はスマホを取り出し、試しに再生数が多そうな動画を一つ見てみる。動画では神流川が暗い部屋(多分ここ)で怪談を語っているだけなのだが、その声の良さ、声の抑揚、実際の怪異を元ネタとしているリアリティなどもあいまって惹き込まれるような感覚を受ける。


 これで登録者数千人ちょっとなのかとも思ったが、特に流行に乗っている訳でもなく、投稿頻度も週一ほどであるため、バズるきっかけがなければ案外こんなものかもしれない。


 が、そこで俺は最近の動画を見てふと気づく。


「あの……この『怪異、初恋にとりつかれた男』ってこれもしや俺の話か?」

「大丈夫です。このチャンネルの動画は全て私が創作したフィクションなので」

「……」


 少し迷ったが、怖いので動画は開かないことにした。コメントで馬鹿にされているのを見てしまった日には立ち直れなくなること必定だ。


「ちなみにこの活動は怪異の発見に役立っているのか?」

「まあぼちぼちですね。通報自体は来ますが、さすがに九州や北海道からの依頼には行けないと断ったこともありますし、実際に遭遇したのは一件だけです。とはいえ、ツイッターのフォロワーやホームページの閲覧数も増えているので、不定期に続けていこうと思っています……という私の話は今はいいです。本題に入りましょう」


 そうだった、今日は御園桜と話に来たんだった。

 あれほど楽しみだったのに、あまりに驚いたので忘れてしまっていた。

 が、そこで今までの話が俺の中で繋がっていく。



「もしかして、御園桜にはYouTuberとして対談か何かを申し込んだのか?」

「その通りです」

「なるほど……しかし言っては悪いが、登録者数が二桁ぐらい違うのによくOKしてもらえたな?」

「普通そういう場合、OKされないんですかね?」

「あまり詳しくないが、少なくとも有名Vtuberが無名の配信者とコラボしているところはあまり見ないからな。そもそも誘わないっていう暗黙のルールがあるかOKされないかどっちかなんじゃないか?」


 おそらくだが、有名Vtuberにもなるとある程度線引きしないと売名やバズり目的でコラボを誘ってくる無名Vtuberがたくさん出てくるのではないか。


「なるほど。ということは私の人徳ということですかね」


 神流川は勝手に納得しているが、OKされているということはそういうことなのかもしれない。もしくは御園桜は実は怪談好きなのだろうか。


「ちなみに神流川は御園のことをどのくらい知っているんだ?」


 御園桜。(設定は)ゲームが大好きな十七歳の女子高生。最近大人気のVtuber事務所「Vlive」に所属しており、デビューから半年ちょっとで登録者数は十万を超えて今もハイペースで増え続けている。

 ピンク色のセミロングの髪の毛に桜のヘアピンがチャームポイントで、くりっとした瞳にどちらかというと童顔寄りの可愛らしい顔立ちをしている。

 ゲームの腕前よりも切れ味のあるトークや、事務所の垣根を越えてたくさんのVtuberとコラボする姿勢で人気を集めている。本願寺美鏡との出会いも、御園が彼女に目をつけて誘いをかけたのが最初だったらしい。


「もちろんですよ。コラボに誘う以上は相手のことも把握しなければいけない、と思ってよっぽどの長時間を除く全てのアーカイブは見ましたから」


 相変わらず神流川は変なところで真面目だ。何でこんなに真面目なのに大学には全く通わないのか、不思議でならない。


「でも御園は長時間のゲーム配信とか、御園のチャンネルでやってないコラボ配信とかもあるから全部追うのは大変だろ?」

「それはそうですね。ここ数日、寝ている時間以外はずっと倍速でアーカイブを見てました。一日が二十四時間しかないのが不便で仕方ないです」

「だとしてもすごいな」


 確かに神流川の目にはうっすらと隈が出来ている。

 とはいえ、一日十五時間、倍速で動画を見続けるのを五日もやれば、百五十時間は動画を見ることが出来る。普通のことはそんなことをするのは時間的にも精神的にも吉備氏だろうしそれでも御園が年に千時間弱の配信を行っていることを考えるとほんの一部だが。


 そして俺は改めて神流川のそういうストイック(?)なところに好感を抱いた。確かに彼女がやっていることは現実逃避のような側面もあるが、それでも彼女なりに熱心に問題に取り組んでいる。


 俺のことを思い返してみると俺にはそういうことがあっただろうか。これまで人生をぼーっと生きてきただけだ。

 俺は自分にないものを持っている神流川に少し憧れた。


 俺も元々ちらほら御園の配信は見ていたが、今ではすっかり神流川の方が御園には詳しいだろう。というかそれだと俺が出る幕はほとんどないんだが。


「さて、そろそろ通話の時間ですね。一応古城さんは助手ということになっているので、配信中以外は声が乗っても大丈夫です」

「わ、分かった。ちなみにどんなコラボなんだ?」

「御園桜がホラーゲームをやって、それに私がプロとしてのコメントをするという配信です」


 それは一歩間違えると非常にシュールなことになりそうだが、それはそれでおもしろいからいいということだろうか。

 それなら神流川はいつも通り真面目そうにしゃべっているだけでいいから楽なのかもしれない。素で彼女としゃべっているとちょくちょく「ん?」となることも多いが、視聴者視点から霊能力者ロールプレイだと思えば意外としっくりくるような気がする。


「ところで神流川は生配信の経験はあるのか?」

「ないですが、御園桜にはアーカイブは残っていないですがキャスで累計百時間ぐらいはしゃべったことがあると言っているのでそういうことでお願いします」

「まじかよ……」


 神流川が緊張でしゃべれなくなるという心配はあまりしていないが、大丈夫だろうか。彼女はずれたところがあるので変なことを言わないかが心配になる。


「では通話を繋ぎます」


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