神流川の活動Ⅰ

 その後数日間、神流川は本多の知り合いにそれとなく話を聞いて回ったが、当たり障りのない情報しか得られなかった。

 それはそうだ。大学が始まってからまだ四か月ほど。そのぐらいの付き合いで中学高校時代の深い思い出を話すとは思えない。仮に話を聞いたとしても初対面の神流川にそれを話すことはないだろう。


 一方の俺は、男である以上あまりしつこく訊き回ると最悪ストーカーとして通報されかねないため何も出来ずにいた。

 一応せめてもの調査として俺は本願寺の配信を再び見始める。今までは単に本願寺のことを知るという目的で見始めていたが、本多と本願寺が同一人物であることを考慮して見てみるとまた違った発見があるかもしれない。


 すぐに分かったことは、本多(中学時代)と本願寺はかなり違うということだ。クラスの中心にいていわゆる陽キャであった本多だが、本願寺はVtuberになったからか、アニメ・ゲーム・漫画などいわゆるオタク系の趣味にもまあまあ詳しい。まあそもそも陽キャがVtuberをやるのかもよく分からないが。


 怪異の影響かとも思ったが、中学から大学まで時が経てばそのくらいの趣味の変化はあってもおかしくはない。


 ちなみに、本願寺がVtuberを始めたのは本多にとって高校三年に上がって少し経った後のことだ。うちの大学はまあまあ難しいから受験勉強をしながらVtuberをするというのはかなり大変だっただろう。


 そのせいなのかは分からないが初期の本願寺はあまり配信頻度も高くなく、ちょうど受験が終わったぐらいの時期から配信頻度が上がっているような気がする。つまり最近だ。そしてその少し後にライブ2Dのモデルがきれいになったり、御園桜とコラボしてバズったりしている。

 恐らく、受験が終わって活動を本格化させようという意志なのだろう。


 そんなことが分かってというべきか、それぐらいのことしか分からなないまま数日が経った。それ以上のことは分かりそうもなく、結局怪異についての専門家でない俺にはこのぐらいが限界なのかと思った時だった。

 ふとスマホに神流川からのメールが来ていることに気づく。


『本多美香の知り合いではなく、今度は本願寺美鏡の知り合いをあたってみようと思います。そしてどうにか御園桜と話す機会を手に入れました。あなたもご一緒しますか?』

「へ?」


 俺は思わず変な声を上げてしまう。

 俺は神流川と出会う前からVtuberを見ているから分かるが、御園桜はVtuber界隈の中でも有名な事務所に所属しており、チャンネル登録者数も十万を超えている、いわゆる売れっ子の部類に入る人物だ。


 もちろん上を見ればそれでもきりはないが、Vtuber界隈を上から下まで見回せば上位1%には入っているだろう。

 個人で趣味でやっているようなVtuberであればチャンネル登録者千人でも大きな壁だし、登録者千人に行かないようなVtuberであれば御園とコラボ配信をしたい、と言っても叶うことはほぼないのではないか。


 そう考えるともし本当に御園桜と直接話すことが出来るのであればなかなかのことである。


 とはいえ御園桜は本願寺に怪異が憑いている云々と言って分かってくれるのだろうか。それともその辺のことは説明せずにうまく他の理由で通話をとりつけたのだろうか。


 多少気になるところではあるものの、御園と直接話せる機会はかなりレアだ。知っている芸能人に会えると言われたようなそんな気持ちになってしまう。

 そんな訳で俺は本来の調査のことよりも御園桜と話す、という方に興味を惹かれて『是非一緒に話させてください』と返事を送るのだった。




 それから数日後、指定された日に大学が終わった俺は神流川の家に向かう。その日、俺は神流川と会うことよりも御園桜と話せるかもしれない(神流川を通じて間接的にだとしても)ということに緊張しながらインターホンを押す。


「どうぞ」


 そう言ってドアを開けると、中に立っていたのは珍しく巫女服をきっちりと着込んだ神流川だった。普段のラフな格好の彼女ばかりを見ていると、まるで別人のように見えるので俺は驚いてしまう。何度見ても巫女姿の彼女は堂に入っていて、格式ある神社にいても全く違和感がなさそうだった。


 巫女姿で暑いからか、ドアの中からはひんやりした冷房の冷気が外へあふれ出してくる。


 俺は巫女服姿の彼女に驚いてしまったことへの照れ隠しもかねて尋ねる。


「な、何で今日は巫女姿なんです?」

「色々あるんです。説明するんでどうぞ中へ」

「お、お邪魔します」


 神流川奏は元々年上の人物なのに当たり前のようにため口で話すようになっていたが、今日は巫女姿のせいか俺はいつの間にか敬語に戻ってしまっていた。


 俺は神流川に続いて彼女の部屋に入る。

 テーブルの上には彼女のパソコンが置かれていて、そこには一つのYoutubeチャンネルが表示されている。


「まずはこれを見て下さい」


『神流川奏/kannagawa channel 登録者数:1106人』


「うおっ」


 それを見て俺は声をあげてしまう。ヘッダー映っている写真も多少加工はされているものの、巫女服姿の神流川その人のものだ。そして登録者数は素人のYouTubeチャンネルと考えるとリアルな人数である。

 それとも俺は人気の配信者ばかり見ていて感覚が麻痺しているだけで、千人超えというだけで十分凄いのだろうか。


「これは?」

「見ての通り、私のYoutbueチャンネルです。前に私が巫女として活動しているホームページをお見せしましたが、同じようにYoutubeチャンネルも開設していたということです」

「すごい行動力だな」

「結局、私の活動が周知されないことには怪異の情報も入ってきませんからね」


 確かにそうだが、登録者が四桁いるということはそれなりには動画をあげているということだろう。相変わらず彼女の仕事への熱意は凄い。


「何の動画を上げているんだ?」

「大体、私が遭遇した事件を適当に脚色して都市伝説とか怪談みたいにして話すだけです。そう言えばこの巫女服を手に入れようと思ったきっかけもYoutube活動ですね」

「なるほど」


 確かに顔出しするならそれなりの衣装が必要だろう。

 というか、サイトを見ると本当に彼女は顔出ししている。この部屋は畳だし、よく見ると壁にはそれっぽい竹林の絵画が飾ってある。その前に巫女姿の神流川が座ると確かに雰囲気が出る。


「おそらくそれだけなら十把一絡げの底辺YouTuberで終わっていたと思うのですが、登録者数も収益化が通るぐらいに伸びているのは私の容姿の影響でしょうね」

「それはそうかもしれないな」


 神流川は特に誇る訳でもなく淡々と言う。

 実際、神流川の容姿は人目を惹くものがある。それはインターネット越しでも変わらないだろう。

 ただ、本人的に容姿で登録者が増えているのが嬉しいのかはよく分からないが。


「というか、実名に顔出しってすごいな」

「今はほぼただのニートなので失う物がありませんからね。所詮登録者千人程度だと自宅特定して凸してくる輩もいませんし。それに、大多数の人は本名だと思ってないと思いますよ」


 確かに日本で一番有名な大企業の一族がこんなことをしているとは普通思わないだろう。本来一番失うものが多い人物のはずなんだが。

 そしてこのチャンネルが実家に見つかっていないのかは少し気になるが。


「インターネットに情報を出すのは渋谷のスクランブル交差点に貼り紙をするのと同じぐらい危ない、とも言われますが実際渋谷のスクランブル交差点を歩く人はそんな貼り紙見ませんからね」

「見ていいか?」

「どうぞ」



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