決着Ⅱ

「だ、誰だお前は!」


 突然現れた部外者俺に、再び「ねむの木」は混乱する。


「さっきから聞いていればお前は随分二人の気持ちを勝手に決めつけているんだな」

「な、何だと? お前なんかに『さくみか』の何が分かる!」


 突然現れた俺の言葉に彼もヒートアップする。いくら混乱してても「さくみか」の話が出ると途端にスイッチが入るらしい。


 俺は元々本願寺の熱心なファンという訳ではなかった。しかし調査のために彼女の活動を最初から最後まで追っていくうちに、彼女の様々なことを知っていった。

 もちろん最近の彼女の配信もおもしろいが、初期のころの彼女が言っていたことと少しずつ変わっている。それが本人の成長によるものであれば構わないが、第三者が怪異の力で捻じ曲げるのは許せなかった。


 大体、彼が知っているのに黙殺しているのかそもそも知らないのかは分からないが、本願寺の憧れは天空綺羅である。「さくみか」の二人が仲がいいのは否定しないが、それだけが彼女の人間関係だと決めつけるのは良くない。


「お前は本願寺が前に配信でファンの人は推しのVtuberが何を目指しているのか汲んで応援してくれると嬉しい、て言っていたのを覚えていないのか?」

「確かにそうだ。配信者をしていく以上色々な人とコラボしなければならない。だが彼女は本心では『さくみか』を一番望んでいるんだ!」

「だがそれはお前が何かをして彼女の意志を捻じ曲げたからだろう? 本願寺は色んな人とコラボしていくっていう方針だったし、そもそも彼女の憧れは天空綺羅だろ?」

「違う、美鏡はみそにーとの出会いで変わったんだ!」


 これ以上は水掛け論であり言い合っても埒が明かない。

 そう思った時だった。

 突然、彼はポケットからスマホを取り出し、彼が書いたと思われる記事を見せてくる。そこには『さくみか』についての彼の熱い思いが書かれていた。別に他の関係性を否定しなければこの記事は純粋に熱量があるいい記事なのに、とつい俺は残念に思ってしまう。


 そこで俺はふと考える。

 もしかして普通の人はこれを見ると思考を変えられてしまうのか?

 だが、俺はなぜか影響を受けなかった。


「違う、それはお前のエゴだ。どんなカップリングを応援しようが、自由だが怪異の力を使うのは許されない」

「何を言う! こんなのは怪異の力じゃない! 皆俺の言っていることが正しいと思って賛同してくれているだけだ……うっ」


 突然彼は頭を抱えてその場に崩れ落ちる。よく分からないがチャンスだ。

 それを見て俺は神流川に言う。


「今だ!」

「は、はい!」


 俺の声に神流川はポケットからお札を取り出し、「ねむの木」に突き付ける。

 そしてやや早口で祝詞を唱えた。


「現代の巫女神流川奏が奏上す。我が身に宿りし善なる怪異よ、諸々の悪辣なる怪異有らむを祓い給い清め給へと申すことを聞こしめせ」

「うわあああああああああ!」 


 神流川が祝詞を唱えると、「ねむの木」は頭を抱えるようにして悲鳴を上げ、地面をのたうち回る。

 どこまでが意識的な行動なのかは分からないが、彼は胸の辺りを必死で押さえていた。それは痛いからというよりは自身の中に入った怪異を逃がさないように押しとどめようとしていかのようでもあった。


 彼の悲鳴を聞いた遠くの通行人が一瞬ぎょっとしたようにこちらを見るが、酔っ払いとでも思ったのかそのまま通り過ぎていく。

 こういう時神流川のように見た目がいいと得をするのだろう。


 しばらくの間「ねむの木」はその場でのたうち回っていたが、やがてふっと何かが抜けていくような奇妙な感覚の後、彼は糸が切れた操り人形のようにぱたりとその場に倒れた。


 それを見て神流川がほっとする。


「どうやら成功したようです」

「それは良かった」

「おそらくあなたのおかげで怪異が動揺していたのですんなりうまくいったのだと思います。その点については礼を言います」


 そうか、俺は神流川の役に立てたのか、と思うと嬉しかった。

 これまで神流川は色んな意味で自分と違う、もしくは雲の上の存在だと思っていたが俺でもそんな彼女の役に立てたのが嬉しい。

 俺のおかげなら交通費ぐらいは出してくれと言いたいところだが、そもそも神流川に報酬が発生していない以上難しいだろう。


「ところで彼はどうするんだ?」


 俺はコンクリートの上でぐったりしている「ねむの木」を指さす。それを見て神流川は嫌そうな顔をした。


「これも私が何とかしないといけないでしょうか?」

「さすがに放置はまずいんじゃないか? 俺の時みたいに事情を説明すればお金を払ってもらえるかもしれないと思うが」

「そうですね……あ、まずいです。そろそろ終電では」


 神流川がスマホの時計を見てはっとする。


「仕方ないな」


 俺はやむなく「ねむの木」の体を起こすと、自分の身体で支えるようにして持ち上げ、近くのベンチまで引きずっていく。彼は終電を逃すかもしれないが、そこの面倒までは見ていられない。俺は若干の罪悪感を抱きながらも彼をベンチに座らせる。


「では行きましょう」


 そう言って俺は神流川とともに駅へと急ぐのだった。

 色々あってなんやかんや疲れた俺と神流川は隣の席に座りながらもお互い口数が少なかった。


「さっきの御園桜の声真似、凄かったな」

「はい。実は結構練習したんですよ。さすがに本人の口から言えば納得すると思ったんですが、厄介オタクは面倒ですね。まさかあんな滅茶苦茶な理由で偽物認定されるとは思えませんでした。結構彼女の思考回路とかも学んできたはずなんですけど」


 神流川があの家で一人声真似してるところを想像すると、俺は少しおかしくなる。相変わらず彼女は変な方向への行動力が凄い。

 とはいえ何であれそこまでの努力が出来るのは素直に尊敬できる。

 そして大抵の努力というのはまっすぐには実を結ばないものだ。


「あいつ、俺の時と違って随分除霊された時苦しんでいたな」

「そうですね、私もあそこまで抵抗する方は初めて見ました。きっと、彼は怪異と深く結びついていて、無意識のうちに手放したくないと思い込んでいたのでしょう」

「なるほど」


 あの苦しみ方は自分についた余計なものがなくなっていく、というよりは自分の一部が持っていかれるようなそんな苦しみにも見えた。


「そう言えば、今回の件とは別に、本願寺には怪異が憑いていたんだよな?」

「そうですね。むしろ怪異の格で言えば今回のはあまり大したことありません」

「そうなのか?」


 他人の思考や行動を捻じ曲げるという点ではかなり影響力が大きかったような気がするが。直接話したりnoteを見せたりした人だけでなく、本願寺の活動まで変えているのはすごいと思うのだが。


「はい、影響があまりに限定的過ぎるので」

「ということは今本願寺に憑いている怪異はもっと影響が大きいということか?」

「そういうことになりますね。もっとも、それが私たちが思う現実への影響の大きさと一致するかは分かりませんが」


 神流川の言葉を聞いて俺は何とも言えない気持ちになる。本願寺一人にそんないくつもの怪異が影響しているなんて、彼女は滅茶苦茶ではないか。


「本願寺は怪異の影響を受けやすいのか?」

「そうかもしれませんね。怪異と縁がある人は何回も遭遇しますし、そうでない人は一生縁がないことも多いです」

「そうか。……そう言えば、俺は何で怪異と縁があるのに『ねむの木』の怪異の影響を受けなかったんだ?」


 今の論理だと俺も怪異の影響を受けやすいような気がするのだが。


「恐らくですが、先日私が除霊したばかりだったので、私の怪異の影響がまだ残っていたからだと思います」

「なるほど」


 要するに影響を受けなかったのではなく、神流川の怪異の影響が残っていたというのが正しい解釈なのか。

 そんな話をしたり、無言になったりしているうちに電車は俺たちの最寄り駅に帰ってくる。


「今日はありがとうございました。また何かあれば連絡お待ちしています」

「ああ、それじゃあな」


 こうして俺は神流川と別れたのだった。

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