決着Ⅰ
それから俺たちは三時間ほど交代交代で歌を歌った。
神流川が歌っているのはアイドルソング、アニソン、ボーカロイドなどが中心であった。本人曰く「歌詞とかはあまり気にしていません。歌っていて爽快感があるものなら何でも歌いますし、逆にバラードとか演歌は苦手です」とのことだった。
神流川は声がいいので、多少音程を外していても何となく歌がうまく聞こえるのは素直に羨ましかった。ちなみに予想通りというかなんというか、最近はあまりカラオケには来れていなかったらしい。
逆に俺は久し振りにカラオケに来たので、そもそも最初から最後までちゃんと歌える歌自体が少なくて、Cメロで突然歌えなくなるというパターンも多かった。あと喉も疲れてきた。
そしてお互い歌える歌がなくなってきたころである。
突然、神流川がドアの外を指さして叫んだ。
「やっと帰るようです!」
「本当か!?」
これまで何度か、通ったと思ったらドリンクバーに行くだけだったということがあったので今度こそ、と期待してしまう。
俺が振り向くと、確かに四人はきちんと荷物を持って出ていくのが見える。
俺たちは慌てて帰り支度を済ませてコップに残っている飲み物を飲み干すと後に続く。俺たちが降りていくと、四人は会計を終えて店を出てくところだった。
「私は追いかけますので会計をお願いします!」
そう言って神流川は店の外に飛び出していく。まじかよ、と思ったがこの代金は絶対に割り勘にさせてもらおう、という強い決意で俺はお会計をする。
会計を終えて外に出ると、外はすっかり暗くなっていた。
神流川がどちらに行ったか分からず、俺は電話をかける。
「もしもし神流川、今どこだ?」
『はい、店を出て左に曲がり、そこにあるコンビニを右に曲がった道です』
「分かった」
俺は神流川の言葉通りに夜の街を歩いていく。辺りにはちょうど飲み会を終えて二次会に向かう人々が歩いていた。
そんな中俺はまあまあいい年をしているのに神流川と二人で尾行ごっこのようなことをしているんだな、と思うと少しおかしくなる。
間もなく俺は暗闇の中で電柱に身を隠している神流川の後ろ姿を見つけた。彼女の美しい銀色の髪は暗い中でもすぐに分かる。
俺が歩いていくと、足音に気づいた彼女が振り返る。
「あ、向こうで四人が別れました」
「本当か!?」
確かに四人の男女はそこで分かれてそれぞれバス停や駅に向かって歩いている。
そして俺たちが探している「ねむの木」も一人になっていた。
「では行きます!」
そう言って神流川は隠れていた電柱から飛び出すと「ねむの木」の方へと小走りで向かう。
俺は彼女が「ねむの木」にどういうアプローチで話すのかに興味があったので、少し後ろから彼女を見守ることにした。
「こんばんは、『ねむの木』さんですね?」
「え、だ、誰だ!?」
突然声を掛けられた彼は動揺しつつも神流川の容姿に見とれている。今日の彼女はちゃんと女性っぽい服を着ているので正真正銘の美少女だ。突然見知らぬ人に話しかけられた驚きとそれが美少女だったことが合わさり、一瞬「ねむの木」は混乱する。他人が混乱しているところを遠目に眺めているのは少し楽しい。
さて、ここからどうするのか。
神流川がとった手は予想外のものだった。
「名乗ることは出来ませんが、この声に聞き覚えはありませんか? 『こんみそに~、ゲーム大好きお嬢様の御園桜です!』」
「え……嘘だろ!?」
神流川の声を聞いた「ねむの木」が硬直する。
少し離れたところから聞いていた俺も驚愕した。彼女の口から出てきた声は御園桜の声そのものだった。もちろん配信で流れている声は機材を介しているので厳密には少し違うのだが、その声は御園桜の生の声と言われて違和感ないものだった。
どちらかというと神流川の声は低めなのに御園の声は高めで、似ている訳ではないのだが、この声真似は完璧だった。
まさか神流川にこんな特技があったとは。
「ねむの木」は彼女が御園桜本人だと思い込んでいるのだろう、目に見えて狼狽している。「さくみか」が好きな以上彼は本願寺に負けず劣らず御園のことも好きなのだろう。
Vtuberは立ち絵を除けば基本的には声と文章でしか存在を主張することが出来ない。だから声さえまねることが出来れば本人になりきることが出来る。
そしてその隙を逃さず神流川は畳みかける。
「最近あなたは美鏡によからぬことをしていませんか?」
「よ、よからぬことだなんてそんな!」
図星だったのか、「ねむの木」の声が上ずっていく。
「私には分かっています。別にただ『さくみか』の二次創作をするだけでしたら問題ありませんが、あなたは何かよからぬ力を使っていますね?」
怪異が自覚的かどうかは分からない。とはいえ、「ねむの木」はすでにSNSやオフ会で自分の主張で他の人が意見を変えるところを何度も見ているはずだ。何か異変に気付いていてもおかしくない。
神流川の言葉に動揺していた彼だが、突然、我に返る。
「そうだ、みそにーがそんなこと言うはずない! お前は偽者だ!」
「え……えぇ?」
予想とは違う偽者バレに神流川はさすがに困惑する。確かに偽者であるのは事実だが、こいつが本願寺によからぬことをしているのも事実であり、神流川はそれを指摘しただけだ。自分の都合の悪いことを言われたからといってすぐに偽者扱いするのはどうなのだろう。
人狼ゲームで完全に村人偽装しているのに、非論理的な理由で突然人狼であると疑われた人を見ているような可哀想さを感じる。
動揺する神流川に「ねむの木」はさらに続ける。
「そうだ、『さくみか』は二人が望んでいることなんだ! 俺はそれを応援しているだけだ! だからそんなことを言うなんて、お前は御園桜を騙る別人だ! 本物のみそにーなら俺のしていることに同意してくれるはずだ!」
「ねむの木」の言い分も言い分だが、神流川は神流川で嘘をついているため反論しづらい。そのため珍しく神流川が押されている。
このままではまずい。そう思った俺は走っていくと、二人の間に入った。
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