尾行デート

 ちょうど時間が出来、俺はファミレスにWifiが飛んでいたので、本願寺の配信アーカイブを見ることにした。最近本願寺を追っているような気がしていたが、実際に俺が追っていたのはファンアート界隈だったので実は本願寺本人の配信はそんなに見ていなかった。


 俺は気になったVtuberのアーカイブが気になった時、出来る限り一時間ぐらいの尺の雑談配信のアーカイブから見るようにしている。ゲーム実況の場合、ゲームにもよるが二~三時間以上の配信が多く、見づらいためだ。しかもゲームよりも雑談の方がそのVtuberの雰囲気を掴みやすいことが多い。それでおもしろいと思えば、その後にゲームなどの配信も見ることもある。


 そんな訳で、俺は初期の頃の本願寺のアーカイブのサムネをざーっと見ていく。初期の頃は歌枠、ASMR、雑談、お悩み相談など様々なことをやっているが、まだバズっていなかった時期であるため最近の配信に比べると再生数が一桁ぐらい少ないものも多い。


 俺はそんな中から『登録者五千人記念雑談』というタイトルの動画を見る。今でこそ登録者が十万に迫っているが、当時の彼女はチャンネル登録者千人刻みで記念配信をしていたらしい。


 最初に本願寺がお礼を述べ、そこからはコメントの質問に答えつつ雑談が進行していく。記念と言いつつ特にこったことをする訳でもなくゆったりと配信は進んでいた。


『えっと、「本願寺がVになったきっかけって何」? そう言えばこれまだ話してなかったっけ。私、天空綺羅さんの大ファンなんだよね。と言っても、そういう人たくさんいると思うけど。でも私はその中でも特に彼女に憧れている自信がある』


 天空綺羅。Vtuber界隈の初期のころから活動をしており、チャンネル登録者数は百万を超える超有名人である。アイドルVtuberであり、彼女の歌はインターネット越しに聞いていても訊く者の心を震わせるカリスマ性のようなものがある。普段は歌動画の投稿を中心に活動しており、時々歌や雑談、軽いゲームなどの生配信も行っている。おそらく日本で一番有名なVtuberであり彼女に憧れてVtuberになったという者は数多くいるだろう。


『次は「俺もVになりたいけど経験者として何かアドバイスとか欲しい」か。うーん、これも全部挙げるとキリがないけど、一つ重要なのは目標をどこに置くかだと思う』


 本願寺は言葉を選びながら話している。

 初期のころだからか、最近の配信に比べてトークのテンポなどは少し遅い。 


『例えば、私は今はまだまだだけど、将来的には天空綺羅さんとコラボ出来るぐらいになりたいって思っているし、時間がかかってもそのぐらいの実力を手に入れるって思っている。でも別にそう思わなければチャンネル登録者数五千人でも個人Vの中ではまあまあ多い方だと思うし、そもそもVになる前は普通の人だったって思うと登録者百人でも百人もの人が自分に興味を持ってくれていると考えると大分凄いと思う。だからVtuberとしての体を手に入れて動いてしゃべるだけで十分と思うのか、何百人かの人に何かを届けたいって思うのか、さらに上を目指すのか、ていうのは重要なところだと思う』


『なるほどね』

『確かに上を見るといくらでもキリはないからな~』

『真剣に答えてくださってありがとうございます』


 最近と違ってそこまで本願寺を茶化すようなコメントもなかった。

 おそらく、今ほどバラエティ路線には特化していなかったせいだろう。


『どういたしまして。五千人記念だしたまにはこういう真面目な話もしておこうと思ってね。そういう訳だから、私に限らずファンの人は推しのVtuberが何を目指しているのか汲んで応援してくれると嬉しいな』


 本願寺の言葉を聞いて俺はなるほどと思った。ファンの中には推しの数字がもっと伸びて欲しいと思うあまり、「もっと〇〇しないと数字のびませんよ」などと上から目線で指図する者もいると聞く。

 逆に元々身近な存在としてのVtuberが好きになったため、ファンが増えると遠くに行ったように感じてしまうファンもいるらしい。


 本願寺のファンアート界隈を調べている時もちらほらではあるが、両者のファンを見かけたため、俺は彼女の言葉に思うところがあった。



 そんな風に動画を見ているうちに三時間ほどが経ち、ちょうど日も暮れそうになった頃だった。

 「ねむの木」ら四人はようやくテーブルの上に広げたPCやら資料やらを片付けて立ち上がる。


「行きましょう。そして『ねむの木』が一人になったところを狙って話しかけるのです」

「分かった」


 神流川の言葉に俺は頷く。

 そして俺たちも立ち上がろうとして、テーブルに置かれた伝票に気づく。


「とりあえず私が出しますが、後で自分で食べた分の料金をください」


 当然奢ってもらえるはずもなく、神流川に機先を制されてしまうのだった。


 神流川が会計を済ませると、俺たちはつかず離れずの距離で四人の集団を追って歩いていく。彼らは何かを楽し気に話していたが、やがてとあるカラオケ店に入っていった。


「……どうする?」


 通常、四人ぐらいでカラオケに入れば少なくとも三時間ぐらいは出てこないだろう。もしあくまで「ねむの木」が一人になるのを待つのであればそれだけ待つことも覚悟しなければならない。


「仕方ありません。私たちも入るしかないでしょう」


 神流川は沈痛な表情で言う。この後予定でもあるのだろうか。

 すると彼女は暗い声で言った。


「今回は無報酬の仕事なのにまさかこのような出費を強いられるなんて」

「そっちの心配か」


 まあ神流川の暮らしぶりを聞く限りそっちが心配になるのも無理はない気がするが、彼女の仕事なので俺にはどうすることも出来ない。というか本来なら俺が出してもらいたいぐらいだったが、神流川は別に俺についてこいと言った訳ではない。


 俺たちは彼らに続いてカラオケ店に入り、二人でフリータイムをとる。向こうが何時間予約しているか分からないためだ。神流川は料金を見てすでにげんなりしていたが、ドリンクバーとその隣にあるアイスの機械を見て少しだけ元気を取り戻す。


「この上はせめて飲み物とアイスで取り返さないといけませんね」

「お、おお」

「とりあえずジュースを全部飲み比べましょう」


 そう言って神流川は急に熱心にドリンクバーを品定めし始める。神流川グループのお嬢様の癖に何て庶民臭いんだ、と驚いてしまう。


 ドリンクバーのジュースは別に飲み比べるほどのものでもないと思うが、神流川は早速メロンソーダをコップに注ぎ、さらにアイスを器に並々盛る。というか先ほどまでファミレスのドリンクバーにいたからそこまで喉が渇いていないのだが。

 指定された部屋に着くと、俺は尋ねる。


「それでどうするんだ?」

「とりあえず私は彼らの部屋を探してきます。その間好きに歌っていてください」

「ええ……」


 これではただの一人カラオケだ。とはいえ、ファミレスにいる間にずっとスマホを触っていたせいでそれはもう飽きた。仕方なく俺は一人で歌い始める。

 しばらくして神流川が部屋に戻って来た。歌っているところを聞かれて少し恥ずかしい。


「どうだった?」

「彼らが帰る時はおそらくこの部屋の前を通るので、私はずっとドアの外を眺めておきますので、好きに歌ってください」


 このカラオケ店は部屋を間違えないようにするためか、ドアの一部がガラス張りになっており、外が見える。確かにこの部屋はこの階の階段近くにあるため、彼らが同じ階で歌っているのであれば帰りの際は分かるだろう。

 とはいえ、横に神流川がいるのにずっと歌っているのは気まずいし、喉も疲れる。


「神流川が歌っている間は俺が見ておくから歌ったらどうだ?」

「……いいんですか?」


 自分の仕事だから見張るのは自分でやる、と当然のように思っているのは神流川らしい。


「そりゃずっと俺が歌っていたら疲れるし。多分結構長くなるだろう。それにせっかくお金払うんだから歌っておけって」

「分かりました。確かに、せっかく部屋をとったのに歌わないのは勿体ないですからね」


 実際、神流川の歌を聴くのは少し楽しみでもあった。


「とはいえ私は最近の曲は知らないので、昔の曲になりますが構いませんか?」

「別に俺たちはカラオケしに来た訳ではないから何でもいいだろ」


 普段は自由人なのに変なところで気を遣うんだな、と少し驚く。確かに友達とカラオケ行く時は知らない曲が続かないように気をつけることはあるのだろうが、そもそも俺たちは特に友達という訳でもない。巫女と客なのかと思ったが、俺たちの取引関係はすでに終わっている。


 そこまで考えて俺ははっとする。今更ながらこの状況だけ見れば完全にただのカラオケデートではないか。

 そう思うと少しだけ緊張してきたので、俺は監視している振りをしてドアに目をやる。


 すると、後ろから俺の知らない曲を歌う神流川の声が聞こえてきた。歌自体はそこまでうまい訳ではないが、声がいい。言葉では表しづらいが、澄んでいて余分なものが混ざっていない。それは高い音の時も低い音の時も変わらなかった。

 普段普通に話している分には会話の内容もあいまってあまり声を意識することもないが、こうして歌だけを聞いているとやはりすごい。

 そんなことを考えているうちに彼女は歌い終える。


「……どうぞ」


 そして恥ずかしそうに視線をそらしながら俺にマイクを渡してくる。


「うまいな。よくカラオケとか行くのか?」

「うまいですか? あまりこういうところには来ないのでよく分かりません」


 神流川は照れたように言った。

 俺が歌うかどうか悩んでいると、


「私もアイスを食べる時間が欲しいので」


 と言われてしまった。まあ歌い続けるのが大変なのはお互い様か。

 そう思った俺は素直にマイクを受け取るのだった。

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