Vtuberカップリング界隈

 これまで俺はVtuberが好きと言っても、せいぜい配信やアーカイブを見るぐらいだった。しかし色々検索してみると、Vtuberファンの文化にも色々ある。


 一番なじみ深いのはファンアートだろう。基本的にVtuberはツイッターを利用していることが多く、ファンアートは専用のタグをつけてツイッターに投稿される。

 本願寺の場合は「#絵願寺」だ。このタグをつけられたファンアートは本願寺が定期的に巡回していいねやリツイートを行い、出来が良ければ配信のサムネイルに使うこともある。


 ファンアートは本願寺単体のものが多いのだが、時々御園と一緒の姿を描かれたものもある。いわゆる「さくみか」だ。普通に二人が並んでいる絵や、コラボ配信中の一幕を漫画風にしたものまで様々である。


 俺は神流川の手伝いということも忘れてそれらのファンアートをあさるのに夢中になってしまう。そしてファンアートを多く投稿している人がいると、そのアカウントに飛んで他の絵を見る、という典型的なツイッター沼に嵌まっていた。


 そこで俺はふと気づく。基本的にファンアートは「#絵願寺」のタグがついているが、時々タグが意図的につけられていないものがある。

 一つは十八禁の要素がある絵だ。きっと本人やタグを巡回している十八歳未満に見せるとよろしくないからタグをつけていないのだろう。他には描いたけどクオリティに納得がいってなくてタグがついてないと思われるものもあるのだが、その中で俺はタグではなく「skmk」と書かれた絵を発見する。


「何だこれは?」


 恐らく何かの略語なのだが、最初は全然分からなかった。だが、この字が書いてある絵は皆本願寺と御園が登場している。そこで俺はようやく「skmk」が「さくみか」の伏字であることを理解した。何で伏字なのかは最初よく分からなかったが、「skmk」と書かれたとある絵にリプライで他人が「#絵願寺」「#みそにあーと」というタグをつけたところ、「カップリング要素が強い絵なのであえてタグはつけていません。リプでタグつけるのやめてください」と絵師が怒っている現場を発見してようやく理解した。


 確かにアニメや漫画と違ってVtuberは本人が実在する以上、勝手にカップリング妄想の創作をされたら嫌がるかもしれない以上、あまり目に着きにくいところでやるというのは一つの配慮なのかもしれない。

 俺は自分の知らないところでここまで文化が発達していたことに驚く。


 そこで俺は「#絵願寺」だけでなく「さくみか」「skmk」も合わせて検索してみることにする。

 すると、これまでは見つからなかった、より妄想度の高いイラストや凝った漫画がいくつか出てきた。本人に見られる配慮をあまりしなくていいからか、二人が結婚生活を送っていたり、キスをしていたりという元の関係を離れたものも多い。


 そしてよくよく見てみると、「skmk」の漫画を投稿しているのはほぼ同じ人物であった。半分ぐらいが同じ人物によるものである。

 その人物「ねむの木」のアカウントを見ると、まずフォロワーが一万近くおり、本願寺と御園の配信ほぼ全てを追って配信告知をリツイートし、感想ツイートをしている。


 そしてその間を縫って二人の妄想漫画や妄想シチュエーションなどをツイートしている。内容はやや過激なこともあるが、絵がうまく、台詞回しや場面の演出がうまいためカップリングに思い入れのない俺でも見ていておもしろかった。


 一つだけ気になったのは、一か月ほど前に彼が「本願寺に彼氏がいる訳ないだろ。いい加減なデマを流すな」というツイートをしていたことである。その前後にも彼は似たようなツイートをしているのだが、リプライや引用元のツイートが一部消えてしまっているため、彼がどういう経緯で怒っているのかはよく分からなかった。


 前後の文脈から察するに、恐らく誰かが「本願寺は実は彼氏がいる」みたいなことを言い出したのだろう。

 とはいえ、「他人のプライベートを詮索するな」という方向ではなく「いる訳ないだろ」とブチ切れているのは少しおもしろかった。というか、「彼氏がいる」説に根拠があったのかは分からないが、「いない」説にも願望以上の根拠があるようには見えなかったのだが。


 とはいえそれ以外はおもしろいファンアートばかりだったので、俺は当初の目的も忘れて「ねむの木」さんのファンアートに見入ってしまったのだった。


 それから数日間、俺は期せずして本願寺のファンアート界隈にどっぷりつかってしまった。ファンアート自体に高クオリティなものが多いのももちろんなのだが、自分がこれまであまり知らなかった界隈のことを知っていくというのは妙な快感があった。


「しかし神流川の依頼がきっかけとはいえ、俺もはまっちゃったな。あーあ、俺も絵が描ければ本願寺本人にいいねしてもらえるのに。いっそ練習するか」


 気が付くと俺はファンアート界隈の人々のことが少し羨ましくなっていた。

 そんなことを思いながら大学から家への帰路についていた時だった。


「古城和久さんじゃないですか」


 突然後ろから声を掛けられる。もはや最近は友田の次に聞き馴染みがあると言っても過言ではない、神流川の声だった。


「ああ、神流川先輩」


 そこに立っていた神流川は出会った時のようにTシャツにジーンズというラフな格好をしていた。髪もぼさぼさで化粧もしていない。除霊してもらった時の凛々しい彼女とはまるで別人のようだが、それでも言葉にはしがたいオーラが少しだけ残っている。


「その後本願寺美鏡の調査はどうかなと思いまして。ちょうど大学から呼び出しも受けていたので、もし出会わなければ一度学部に出頭しようかと思いまして」

「大学から呼び出しを受けたって……よく分からないけどそれは俺と話すことよりも重要なんじゃないか? というかそれなら連絡してくれれば……あ」


 そう言えば俺は別に神流川と連絡先を交換した訳ではなかったということを思い出す。


「確かに、もし今後も調査に協力していただけるのであれば連絡先を交換した方が良さそうですね」

「じゃあするか」


 そう言って俺はスマホを取り出す。すると神流川は一枚の紙を取り出し、そこにメールアドレスと電話番号を書いて手渡す。


「あの、ラインとかじゃないのか?」

「ラインは相手がいないので入れていません」

「そ、そうか」


 神流川は堂々と言うが、俺は少しいたたまれない気持ちになる。

 確かに神流川が誰かとラインしている姿は思い浮かばない。


 仕方なく俺は神流川のメールアドレスと電話番号を登録し、そのアドレスにメールを送り、番号を伝える。ちなみにメールアドレスは「kannagawa-official@」となっている。これは多分ホームページとかに載っているタイプのアドレスだろう。そのため異性のアドレスを手に入れた、的な喜びはあまりなかった。


「それで、何か進展はありましたか?」

「うーん、正直よく分からないな。進展かどうかは分からないが、色々分かったことはある。学食でも入らないか?」

「そうですね。学食はお店と違って何も頼まなくて済むので助かります」

「……」


 俺は神流川の発言に何とも言えない気持ちになりながら学食に入る。お昼時はすでに過ぎていたため、授業の合間の学生がまばらにいるだけだった。

 そこで俺は「ねむの木」と彼のファンアートについて話した。

 話を聞きながら神流川はうんうんと頷いていたが、スマホを取り出すと検索を始める。


「確かにこれはもしかすると憑かれているかもしませんね」


 「ねむの木」のツイッターアカウントを見ながら神流川は言う。


「そういうのってスマホ越しでも分かるのか?」

「分かる時は大体、結構影響が顕在化している時ですね。というか本来は本願寺美鏡の怪異について調べていたのに、もしかしたら別物を見つけてしまったかもしれません」

「まじか」


 意外と怪異というのはごろごろしているものなのかもしれない。


「はい。とはいえこの『ねむの木』さんはオフで他の絵師さんと会う予定もあるらしいですし、本願寺美鏡に比べれば会うことはたやすいでしょう」


 本願寺美鏡はVtuberの中でも登録者数が多いので身バレには気を遣っているだろう。Vtuberファン(?)には一定の割合で何が何でも中の人の正体を暴こうとする者がいるためだ。


「ということはもしかして会うつもりなのか?」

「はい。会わなければ除霊は難しいので」


 神流川が当然のように言うので俺は驚く。本当に、その行動力がうまくかみ合えばもっと上手い生き方があるような気がするのだが。


「まあそこの調査は私の方でやっておきますよ。一般の方を若干グレーな方法に付き合わせる訳にもいきませんので」

「そ、そうか」


 グレーな方法という言葉が少し引っ掛かったが、それ以上は詮索しない方が良さそうだ。

 あと、神流川の「一般の方」という表現から彼女が自分を一般人ではないと思い込んでいる自負が垣間見えて少しおもしろかった。


「ではまた調査が進み次第連絡いたします」


 そう言って神流川は席を立つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る