第二章 厄介オタクと厄介な怪異

巫女と怪異

「何だこのホームページは?」


 内容よりも先にそこはかとなく厨二病のような文章が気になってしまう……と思っていたら最後に『神流川奏』という単語が出て来て俺は納得した。確かに神流川が書きそうな仰々しい文章だ。


「これは私のお仕事用ホームページです」

「ということは本当にこれを仕事にする気なんだな……」


 俺は驚きと呆れが半分ずつ入り混ざった何とも言えない気持ちになる。


「するつもりというか、すでにしていますよ」

「それは失礼」


 俺は改めて先ほどの文章を読む。

 先ほどの説明でも神流川は怪異は常識外の存在だということを強調していた。何でも科学で説明できる世の中になったがインターネットの中にかえって未知の領域が広がっているというのは皮肉な話だ。


 それに、確かにインターネットには人を変える力があると俺は思っている。光の側面で言えば内気で引っ込み思案だった人がインターネットの活動で成功しているという話はよく聞く(特にVtuber界隈では)し、逆にごく普通の人がネットでは有名人への誹謗中傷を垂れ流しているという話もよく聞く。


 また不特定多数の承認を得ることで前向きになれたり、悩み事を不特定多数の人に話すことですっきりしたりすることもあるが、逆に不特定多数の人に中傷されることもある。


 もちろんそういうことは普通の人間関係でも起こることだが、インターネットはより構造が見えづらいから怪異の隠れ場所のようになてちるのだろうか。


「まあ、何となく言いたいことは分かった」

「さすが、怪異に取りつかれるだけあってこちら側への理解が速いですね」


 あまり嬉しくない褒められ方だ。


「そう言えば神流川も怪異に憑かれているって言ってたが、除霊に使える怪異ってどんな怪異なんだ?」

「はい、私に憑いている怪異は物事を正しい状態にする怪異ってことですね」

「なるほど?」

「当然怪異に憑かれていない状態の方が正しいので、私の力を使えばあなたの怪異を祓えるということです」

「すごい怪異だな」

「まあ、色々あるんですよ」


 俺は無邪気に感心する。「物事を正しい状態にする」というのは字面だけ見るとすごいのだろうが、きっと怪異関係に限ったことだろう。


「でも俺の初恋ってインターネットと関係なくないか?」

「単に触れている時間が長いからでは? もしくは多くの人が古城さんほどではなく抱いていた初恋に対するわだかまりが集積し、出来上がった存在がたまたま古城さんに憑いたのかもしれません」

「確かに泥の話は配信で聞いた話だったな」


 それを聞いて俺は少し納得する。あの配信を聞いている中で「泥の中の宝物」という言葉が一番突き刺さった俺に泥の怪異が取り憑いたという訳か。

 すると神流川が思い出したように言う。


「そう、思い出しました。それでその配信のことで話したかったのです。以前私がマックで、本願寺美鏡について尋ねましたよね?」

「ああ」

「実は本願寺美鏡にも何らかの怪異が憑いているんですよ」

「え、そうなのか!?」


 そうか、それで何か違和感がないか訊かれたのか。しかし直接会っているならまだしも彼女は画面の向こうの存在だ。例え配信中に突然泥だらけになっていたとしても俺には気づきようがない。


「それは気配で何となく分かるのですが、どんな怪異がついているのかも分かりませんし、そもそも彼女が誰なのかも分からないので困っていたのです」

「なるほど」

「とりあえず彼女の配信アーカイブを全部見ようと思っているんですが、Vtuberって何でこんなに長時間配信多いんですかね」

「まじ?」


 本願寺美鏡はデビューしてから一年ほど経つVtuberであり最近はほぼ毎日配信している。それを全部見ようというのだから下手なオタクよりも熱意がある。

 が、神流川はいつも通り淡々と頷く。


「はい、結局怪異がどのようなものかを調べるにはその人の変化を見るしかないですからね。もちろんリアルで知り合いであれば話も変わってきますが」

「だからといってそれでアーカイブ全部見ようと思うなんてすごいな。一体何百時間あるんだ?」

「本当ですよ。追う人のことも考えてくれないと困ります」

「そんな文句のつけ方があるか。まあ長時間配信が多いってことは手がかりも多いということだから」


 生配信主体のスタイルである以上、どれだけ気を付けていてもふとした拍子に素の自分が漏れてしまうというのはよくあることだ。

 本物の霊能力者のようなことをしている神流川が、一方ではひたすらVtuberのアーカイブを追っているというのは少々おかしく見えることではある。


「というかそもそも本願寺の件は誰かに頼まれた仕事か何かなのか?」

「いえ、違いますよ?」

「じゃあ何でそんなに一生懸命追ってるんだ?」


 アーカイブを全部見たところで怪異の正体が分かるかどうかも分からないし、仮に分かったとしても画面の向こうでは祓うこともままならないだろう。そして、もし祓うことに成功したとしても報酬はない。


 が、神流川は真顔で言った。


「古城和久さん、あなたは何者ですか?」

「え? いきなりなんだよ、そんなこと聞いて。大学生だが」

「大学生というのは大学に通っていれば、いえ在籍しているだけで大学生です。そして私が何者かと聞かれれば現代の巫女である、というのが私の答えです。そこは霊能力者とかそういう言葉に置き換えてもいいですが。では巫女であるためには何が必要でしょうか」


 学生は学校に通い、社会人は企業や組織に所属する。そうではないフリーランスであれば仕事を受けることが存在意義となる。しかし神流川は仕事を受けることはあまりないと思われる。


「それで頼まれもしないのに事件を追っているということか?」

「そういうことです」


 神流川は大まじめに頷く。

 確かに怪異を追いかけて除霊しているということは神流川は現代の巫女であると言えるかもしれない。

 神流川が怪異を追うのをやめ、除霊依頼もこなければもはやただの引きこもり大学生になってしまうだろう。


「他の存在になる気はないのか? 大学生ではあるし、仕事だって他にもあるだろう」

「そこで『まあ怪異とかいるらしいけど祓っても儲からないし普通に手堅く就活しよ』なんて思う人は多分怪異にとり憑かれないと思いますよ」


 神流川はさらりと言ったが、やはり怪異というのは人の屈折した思いと関係が深いのだろう。

 となると怪異に憑かれた俺も大概ということになってしまう。


「なるほど……ということは俺は普通に就職するという未来はないのか?」


 特に将来の夢がある訳でもないが、大学を卒業すれば普通に就職して会社に勤めるものだと思っていた。


「どうですかね。就職はするかもしれませんが、あまり周囲とは馴染めないんじゃないですかね」


 神流川の言葉に俺はこっそり傷を負う。確かに俺はこれまでどこか周囲とは馴染めないところがあった。初恋の話で初めて分かったが、それは俺の感覚が何となくずれているからなのかもしれない。


 今も友田とは仲がいいように見えるが、実は友田が一方的に俺に絡んできているだけの関係である、ということに俺は薄々気づいてはいた。

 そう考えると、俺は神流川とは案外似ているかもしれない、と一瞬思ってしまってすぐにそれを打ち消す。


 神流川は現実には向き合っていないかもしれないが、霊能力者であることに対しては真摯に向き合っている。一方の俺は特に何もせずにぼーっと生きてきただけだ。そう思うと彼女のことが急にまぶしく思えてきた。


 すると神流川は一つ咳払いをして話題を変える。


「こほん、まあ私のことはどうでもいいです。それで本願寺美鏡についてなのですが、もし良ければ手伝って欲しいのです。私はそもそもVtuberについて詳しくないもので、おかしいと思ったことが特有の文化だった、ということもあったもので」


 確かにVtuberには特有の文化が色々存在する。「カップリング」「てぇてぇ」という文化がある。特定のVtuber同士での絡みを愛でるというもので、男女ペアに限らず、男同士や女同士でも広く使われる。

 本当に付き合っているのかと思うような深いものからただ仲良さげにしているだけのものまで、幅広く愛でられる。例を一つ挙げれば本願寺と御園の「さくみか」だろうか。

 というところまで考えたところで俺は昨日配信を見てふと思ったことを思い出す。


「そう言えば最近本願寺はやたら『さくみか』を推すようになったような気がする」

「言われてみれば初期のころは全然そういうのはなかったような気がしますね」


 俺の指摘に神流川も頷く。


「でもまあ、たまたまか、ただ活動を通して二人が仲良くなったっていうだけだとは思うけど。そもそも二人が出会ったのもここ最近のことだろうし」

「それはその通りです。とはいえ私はカップリング文化には疎いので、『さくみか』について調べてみてもらえませんか? もし『さくみか』に怪異が関係しているのであれば、それを推しているファンの方にも何か異変があるかもしれません」

「そういうものなのか」


 その辺は経験者の神流川の言うことに従うしかない。

 何か流れで手伝うことになっていたが、俺も本願寺美鏡は好きだし、怪異という存在にも厨二病的な好奇心をそそられて思ってしまった。どうせ他にそこまでやりたいこともないし、ほどほどに手伝っておこう、と考える。


「私は引き続き本願寺美鏡本人の調査を続行します」

「分かった。それなら調べてみる」


 こうしてその日は俺は家に帰るのだった。

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