現代の巫女Ⅲ

「それでその、大変申し上げにくいのですが」

「な、何だ」


 もしや実は俺の怪異は祓えない怪異だったとかそういうことだろうか。だとすれば今後とも継続的に泥まみれにならなければならない訳で、非常に困る。


「あの……もし除霊に成功したら、どのくらいの報酬を払っていただけます?」


 そっちか。

 言われてみれば神流川はいい物件に住んでいる割に、部屋の中はかなり庶民的だ。単に面倒くさがりでカップ麺ばかり食べているのかと思っていたが、そういう訳ではないらしい。そう言えばこの前会ったときも俺のポテトをたかろうとしていた。


 俺が困惑していると神流川は申し訳なさそうに話す。


「この間もちらっと言いましたが、私は実家から半分絶縁のような状態になっていて、一応学費と家賃だけは出してもらっているという状況です。かといってバイトもしたくないので、これで生計を立てているんですよ」


 何というか、思った以上に微妙な事情だった。大学に行かなくて実家から仕送りも止まっているのも、バイトをしたくないのも自業自得である。


 とはいえ、いきなり泥だらけにしてくる謎の怪異を祓ってくれるのであれば、それは報酬が発生してしかるべき仕事だろう。しかもいきなりぼったくり料金を提示してこないのはそういう能力者にしては好意的かもしれない。


「……一万円ぐらいでどうにかならないだろうか?」


 考えた末に俺はどうにか払えるぐらいの金額を提示する。

 神流川はこくりと頷いた。


「いいでしょう。と言っても、相場が出来るほど仕事がないので適正価格は分かりませんが」


 まあ、怪異がそんな周囲をうろうろしていても困るからな。


「では準備をするので申し訳ありませんが、ダイニングの方で待っていてもらえませんか?」

「分かった」


 部屋を出ると冷房がかかっていないせいでむわっとした熱気が俺を包む。こんな暑い部屋なのにこんなにゴミだらけにしていて大丈夫だろうか、と思ったがその先は考えないことにした。


 すると神流川の部屋からかすかに衣擦れのような音が聞こえてくる。服を着替えているのだろうか。言われてみれば俺がいたら困る準備と言えばそれくらいしか思いつかないし、Tシャツにジーンズで除霊というのは恰好がつかない。いや、恰好がつくとかつかないとかそういう問題なのかは分からないが。


 そんなことを考えているとやがて衣擦れの音が終わり、「どうぞ」という声が聞こえる。


「お邪魔します……おお」


 ドアを開けた俺は中にいる神流川の姿を見て思わず声をあげてしまった。


 そこにいたのは純白の上衣に緋袴の伝統的な巫女装束に身を包み、手には大幣を持った神流川奏であった。元々顔の作りがきれいで、長い髪は白くつややかに輝きを発しているという美人であるため、こうして巫女装束を纏うと普段のラフな格好からは想像もつかないほどきれいな姿になり、思わず息を飲んでしまう。


 もっとも、暑い暑い、と手で自分をあおぐ仕草は神流川だったが。確かにきちんとした巫女服だけあって生地がしっかりしていて暑そうではある。


「すごいコスプレですね……あ、いや、すいません」


 冷静に考えてみると神流川は本職(?)である以上コスプレと言うのは失礼かもしれない、と思い直す。

 が、彼女は特に気にした様子もなかった。


「私は別に日本古来の神様に仕えている訳ではないのでコスプレと言えばそうなりますね。一応知り合いに頼んで割とちゃんとしたものを買いましたが」


 確かに神社の巫女さんが着ているものと遜色なく見える。


「何でわざわざ?」

「ざっくり言うと、怪異というのは私たちの気の持ちように関係しているということです。極端な話、『怪異なんていない』と頭から信じている人は怪異と遭遇することはないでしょう」


 そう考えると、俺が初恋を引きずっているというのはよほど異常ということになるのだが。そんなに怪異レベルなのだろうか。


「巫女服を着ると、何となく自分に霊的な力が備わったような気分になりませんか? そういうふわっとした気持ちの変化で私の、というよりは私の怪異の力も強くなるということです」

「なるほど」


 その理屈は何となく分かった。まあ怪異のことを知ればしるほど、そんな怪異に取りつかれている自分が異常な人間だと認定された気がして嫌な気持ちになるが。


「ではそこに座ってください」

「はい」


 俺は神流川の前に何となく正座で座る。


 すると神流川は俺の前で何度か大幣を振り、おもむろにお札を取り出し、大学で会ったときのようにこちらに向けて唱える。


「現代の巫女神流川奏が奏上す。我が身に宿りし善なる怪異よ、諸々の悪辣なる怪異有らむを祓い給い清め給へと申すことを聞こしめせ」


 おそらく神道の祝詞か何かをアレンジしたものだろう、巫女装束もあいまって大学構内で祓ってもらった時とは比べ物にならないぐらい厳かな雰囲気が醸し出されている。


 そんな神流川の言葉が終わった時だった。


 不意にすーっと俺の体から何かが出ていくような感覚を覚えた。

 自分ではあまり気づかなかったが、怪異に憑かれていた間はどこか体が重くなるような感覚だったらしく、今は少し軽くなったような気がする。

 そして今朝起きてからずっと体のどこかにあっただろう違和感が消え、いつも通りに戻ったのだ。


「おお、これでいなくなったのか!?」

「おそらくそのようですね」

「ありがとう!」


 除霊自体は思っていたよりもあっさりだったが、俺は彼女のことを格好いい、と思ってしまった。

 もちろん「除霊」という行為や彼女の恰好や仕草に対する厨二病的な憧憬もあるが、彼女は一見変わったことでも真剣に取り組んでいるのが伝わってくるからでもある。


「あ、そうだ」


 そう言って俺が財布から一万円札を取り出して渡すと、神流川は愛おしそうに受け取って財布に閉まった。彼女も色々大変らしい。

 そして神流川は再び俺の前に腰を下ろす。


「さて、これで怪異の存在と私の力についてある程度の確信をもっていただけたのではないかと思います」

「分かった。しかし怪異というのはそもそも何なんだ?」

「それについては少し気に入っている説明文があるのでそれを見ていただきましょう」


 そう言って神流川はノートパソコンを操作して一つのホームページを見せる。




『かつて妖怪や霊、怪奇現象として存在した怪異は文明の発達とともに人々に認識されなくなった。

怪異は人々の「未知」に棲息する存在だ。

人々が「未知」だと感じることがなくなったこの時代、怪異はいなくなったかに思われた。

が、全てのことが解明されたと思われた現代にも、まだ「未知」は残っていた。

それがインターネットである。

膨大な情報が集積されたインターネットにはかえって人々がうかがい知れない領域が誕生し、そこに怪異が棲みついた。


その怪異を祓うのが“現代の巫女”神流川奏の仕事である』

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