本願寺美鏡

 家に帰った俺は、先ほど神流川奏に言われたことが気になってしまう。一応授業の復習や課題というやらなければならないことはあったが、最近はやらなければと思いつつも家に帰ると同時にやる気がなくなることが多かった。


 いつものようにパソコンを開きツイッターを開いてみると、ちょうど本願寺が配信をしていたので見てみることにした。

 ちなみに本願寺もほぼ毎日のように配信しているVtuberである。


『こんがんじ~、今日はツイッターでも告知したけど急にお悩み相談の気分になったからお悩み相談やるぞ!』


 そう言ってアイドル風の衣装を着たキャラクターが配信画面内でほほ笑む。 

 本願寺美鏡という名前だけあって髪型は黒髪ロングに鈴の髪飾りをつけていて、衣装も薄桃色の和服を基調にフリフリをつけたいわゆる『和ロリ』と呼ばれるものだ。


 一応説明しておくと、「こんがんじ」は「こんにちは」と「本願寺」を掛けた彼女の挨拶だ。

 彼女が挨拶すると、コメント欄も、『こんがんじ~』であふれかえる。他には『いつも急じゃん』『本願寺にお悩み相談とか無理だろ』というものもある。

 すると彼女もそのコメントを見つけたのか、


『今本願寺にお悩み相談無理だろって言った人、怒るよ?』


 などと少し拗ねたように言ってみせる。


『そうそう、お悩み相談の前にちょっと話したいことがあって、昨日みそにとご飯行ったんだけど、』


 みそにというのは同じくVtuberの御園桜のことだ。彼女が自分の名字を噛んで「みそに」と言って以来そのあだ名で呼ばれている。本願寺と違ってどちらかというとゲーム配信が多いVtuberで、しばしば他のVtuberを誘ってコラボをすることが多く、本願寺もその一人だった。

 「Vlive」と呼ばれる大手Vtuber事務所に所属していてチャンネル登録者数も十万を超える人気者であり、本願寺がバズったときのコラボ相手でもある。


 それ以来二人は仲良くなったようで、最近は本願寺と御園は配信でコラボするだけでなく、配信外でも時々会っているらしい。


『遅れそうになって「ごめん10分遅れる!」てラインしたら「また? いい加減にして」て返事来たんだよね』


 途端に、


『また遅刻してたのか』

『みそにーに謝れ』

『恒例行事』


 などのコメントが立て続けに流れる。


 しかし本願寺は「も~」などと言っているが、本気で気にしている風もないのでこの“クズキャラ“を受け入れているのだろう。というかそうでなければ自分から自分が遅刻した話をわざわざ配信で言う意味もないだろう。


『でもめっちゃ急いだら5分遅れぐらいで済んでお店に着いたらまだみそにが着いてなくて。そしたら私のすぐ後ろから走って来て、「10分遅れるいうたやん!」て逆切れされた』


 本願寺がオチをつけるとコメントは『草』で埋まる。

 何となく俺もその中に紛れるように『草』と入力した。


『なんか美鏡ばっかりそういうイメージになってるけどみそにも裏では大概だからね? まあこんな話は置いといてそろそろお悩み相談いこっか』


 ちなみに本願寺は一人称が下の名前である「美鏡」である。Vtuber界隈では特に女性の場合、名前や名字を一人称に使う人がなぜか多い気がする。


 そんな中、俺はふと『最近御園との絡み多いな』というコメントが俺は目につく。言われてみれば前まではそんなに御園との絡みはなかったような気もするが、でもそれが変化と言われると別に変でもないような気がする。


『じゃあまず一人目のあるみかんの上にあるみかんさん。お便りありがとーっ! えーと、「こんがんじ~、いつも配信楽しみに見てます。私はこの春大学に入ったのですが、高校まではあまり友達が出来なかったので大学では友達をたくさん作りたいです。何かいいアドバイスはありますか?」だって』


 お悩み相談の内容自体はごく普通のもののようだった。

 まあちょっとタイミングが遅い気もするが。


『そうだね、とりあえず大学行ったことない人のために言っておくと大学は中学高校とは全然違うから。授業もある程度好きに選べるし、何なら授業に出ないことも出来る。あと部活と違って同好会みたいなサークルもいっぱいあるから趣味が合いそうな人が多いサークルに行ってみたらどうかな? 最近だとVtuber好きのサークルとかもあるかもだし。美鏡も……』


 とここまで話したところで本願寺はコメント欄の異変に気付く。


 基本的にVtuberはコメント欄を見てそれに時々反応しながら配信をすることが多いが、彼女は特にコメント欄を見る頻度が高く、ゲーム中やこういうお便りを読みながらでもちらちら見ている。

 立ち絵の視線の動きでコメント欄を見る頻度は結構分かるものだが、俺はいつも感心していた。

 配信に慣れてきたからか最近は特に頻度が上がった気がする。


『随分大学に詳しいですね』

『まるで大学に行ったことがあるみたい』

『16歳だろwww』

『え、飛び級で大学入学ですか!?』


 これはVtuberの配信あるあるなのだが、Vtuberの設定にそぐわない年齢の発言をするとコメントでいじられるということがよくある。本願寺(の中の人)は発言から察するに20代前半と思われる。


 中には前世と呼ばれる中の人がVtuberデビュー前にしていたことを特定されている場合もあるが、俺は特に知りたくないので本願寺の前世は調べようと思ったこともないし知らない。

 本願寺も最近かなりチャンネル登録者数が伸びているから、もし前世で配信していたり、顔出しで何かやっていたりすれば特定されていてもおかしくはない。


『こほん、美鏡はもし将来大学に入ったらゲーム系のサークルに入りたいかな~。将来ね』


 本願寺は慌てて発言を軌道修正した。


『草』

『うん、将来ね、将来』

『ゲーム系のサークル楽しいよね』


 途端にコメントが生暖かいものになっていく。


『まあでも友達は別に数じゃないし、私もみそに一人で十分みたいなところがあるからね。あるみかんさんも、サークルに入れば友達の数は揃うからどちらかというと本当に気が合う人を探した方がいいんじゃないかな』


 本願寺は話題をお悩み相談に戻していく。


『本願寺、本当にみそにーのこと好きだよね』

『確かにお互い似てるところはあるけれども』

『てぇてぇ』

『さくみかてぇてぇ』


 今度はコメント欄は御園桜の話が増えていく。


 「てぇてぇ」というのは元々オタク界隈で感動したときなどに使われる「尊い」という用語をもじった言葉で、特にVtuber同士の仲の良さに感じ入ったときに使われる言葉である。軽い意味で使われることもあれば、深い感動の意を含んで使われることもある。多分今は前者だろうが。


 また、「てぇてぇ」の前には仲のいい二人のコンビ名(なければ略称)が入ることがあり、御園桜と本願寺美鏡の場合は二人の下の名前をとって「さくみか」と呼ばれることが多い。


『と言う訳で「あるみかんの上にあるみかんさんも頑張って。あ、もしどうしても友達が出来なかったら引きこもって私の配信見てね~』


『やっぱクズじゃんw』

『オチで台無しw』


 その後も御園のお悩み相談は続いた。

 俺は本願寺の軽快なトークが何となく気に入って、大学の課題があることも忘れて配信を見続けてしまう。何となく他人の雑談には内容やテンポ感など様々な面で合う合わないがあるが、本願寺の場合、俺にすごく合った。


『……じゃあ、今日は今度はこれで最後にしよっかな』


 一時間ちょっと経った後、本願寺が言う。


『えーと、「小学校の時の初恋の女の子に告白出来ないまま高校で別れてしまいました。高校で知り合った女の子に告白されたんですが、どうしていいか分かりません。僕はどうしたらいいでしょうか」ということらしいよ』


 質問が読み上げられると、一瞬俺はまるで自分がお便りを送っていたのかと錯覚してしまった。。

 高校と大学の違いはあるし、俺は別に告白された訳ではないが、告白すら出来なかった初恋を引きずっているという点では同じだ。


 これまで他人事で見ていたお悩み相談の結果が今回は自分のことのように気になってしまう。


『高校で別れたってことは中学まで一緒だったのに告白出来なかったってこと?』

『断るしかないでしょ』

『リア充じゃん。〇ね』

『え、もしかして遠回しに自慢されてる?』


 本願寺がお便りを読み上げると急にコメント欄の流れが加速する。

 それを見た本願寺は苦笑いした。


『あはは、コメントの皆大分辛辣だね。一応真面目に悩んでるだろうからあんまり酷い事は言わないであげてね』


『美鏡は恋愛経験ないからね』

『本願寺にこういうこと相談するの、相手間違えてるよw』


『ちょっと、何で美鏡に恋愛経験ないって知ってるの!? まあ実際ないけどね』


 本願寺はコメントに対してわざとらしくむくれて見せる。

 当然人によるが、Vtuberは恋人などいない、と言って活動している人が多い。また、見ている人にオタクが多いせいか、どちらかというと陰キャ、もしくはリア充アピールの方が受ける傾向がある。

 特にアイドル的な人気を得ている人は恋人が発覚して炎上、という事態もたまに起こっている。本願寺が実際にどうなのかは……俺も知らない。もちろん本当であって欲しいとは思うが。


 俺はこんなヘタレな悩みを誰にも打ち明けることが出来なかったが、この悩みを投稿することが出来た人はそれだけで勇気があると言える。

 俺はこの人に対する本願寺の答えを、まるで自分に対する答えと同じ感覚で聞く。


『ごめんごめん、話がそれちゃったけどこの悩みだよね? 多分世間一般だとさっさと蹴りをつけて先に進んだ方がいいって思う人もいるんだろうけど、そういう引きずっている初恋もまたいいんじゃないかな。美鏡は恋愛経験が全くないからある意味羨ましいと思うな、何というか泥まみれでも宝物は宝物みたいで。そういうの、今持っている人は案外大切にした方がいいんじゃないかなって』


 本願寺は今までよりも少ししんみりした様子で答える。


『ロマンチストじゃん』

『意外~』

『今日の本願寺は真面目だね』


 本願寺の意外な答えに、コメント欄も少し戸惑っている。


 そして俺は俺で驚いていた。もっと「さっさと諦めろ」みたいなことを言われるのかと思っており、そう言われれば自分もふんきりをつけようと思っていた。

 だから本願寺の答えを意外と思うのは俺も同じだった。


 しかしこの「泥まみれの宝物」は本当に持っていた方がいいのだろうか? 持っていても俺の手が汚れるだけだし、第一、大事に抱え続けた泥の中には本当に宝物が入っているのか? もう色あせて泥まみれになった残骸が入っているだけではないのか?


『まあ、美鏡だったらやっぱりきたねって言って捨てちゃうけどね』


 思いのほか真面目な感じになってしまったからか、本願寺はそう言って茶化す。それを聞いてコメント欄も『やっぱりクズじゃん』といつもの感じに戻っていった。


 やっぱりさっきの話はお悩み相談でいいことを言おうとしたか、一時的な気の迷いなのだろう。そんなことを考えているうちに配信が終わった。


 だが、その後ずっと俺の脳裏に泥の中の宝物の話はこびりついて離れなかった。

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