第7話「犠牲か、英霊か」
災害後歴364年6月1日夕方。とある殺風景な一室にて、拘束された男が1人と、それに加えて彼と対峙する女性が一人、問答を繰り広げていた。
「……さて、何か言い残したいことがあれば今のうちにどうぞ。口がきけなくなってからでは、後悔することになりますよ。」
「おい何すんだよ!放せやコラァ!!!」
「なるほど、『おい何すんだよ、放せやコラァ』と。他に言い残すことは?」
「何をメモしてやがんだ
「あら、違いましたか。では早く遺言をおっしゃってください。こちらとて暇ではないのです。あなたのような野蛮人にこれ以上の時間を割くわけにはいきませんので。」
「誰が野蛮人だとこのアマァッ!!」
「あなたが野蛮人でないとしたら一体何だとおっしゃるのですか。本日のあなたの蛮行についてはすべて聞かせていただきましたよ。」
「チっ……だったら聞いてんだろ俺の事情だってよォ。」
「あなたの事情など関係ありませんよ。我々は事前にお示しした規則に基づき、正当な判断を下したうえであなたをここに釘付けにしているのです。」
女性は冷静を通り越してもはや冷徹ともいえるような態度をもって、荒々しい言葉遣いで向かってくる男を軽くいなす。
「クッソッ……、つべこべ言いやがって……お前もあの女みてぇに焼かれてぇのか?!」
「それが叶わないということは、もう嫌というほど試して分かったのではありませんか?」
「ハッ、そいつぁどうかな?!」
その時、男の肉体が炎に包まれたかと思えば、その炎は女性の身をも焼こうという勢いで部屋全体に広がった。部屋の温度が一瞬にして上昇し、窓ガラスも次々と割れていく。
「これが俺の最大出力だ、あんたなんて2秒もありゃぁ灰と化すぜぇ?分かったらさっさと――」
「なるほど、確かに熱いですね。あなたの全力は分かりました。ですが私を本当に灰にしたいのであれば、2秒もかかっていては遅すぎるというものですね。どれ、一つ御覧に入れましょう。よく見て覚えておくことですね、防災隊の人間がどういったものかを。」
その直後、女性の瞳が透き通った水色に輝いた。かと思えば、次の瞬間には部屋中を包んでいた高温の炎は消え失せ、2人は氷の壁とすさまじい冷気に包まれていた。
「え……?」
突然のことに驚きを隠せない男を前に、女性は白い息を吐きながら言葉を続ける。
「……さて、あなたの全力はやはり私には通じないようですが、いかがでしょう?」
「……クソが、何が起こりやがった……?へへっ、だがまだだ!さっきの炎で拘束具は焼き切った!これで俺は自由の身だぜぇ!」
「さあ、それはどうでしょうか。今一度ご自身の四肢の状態をお確かめになっては?」
「ハァ……?」
女性の促すままに男が視線を横に向けると、そこには氷漬けにされ壁に固定された男の腕があった。もう片方の腕も、そして両足も、同様に氷漬けにされている。
「うがああああっ!!!!」
「無駄なあがきでしたね。全く反省の色が見えないようですので、いっそこのままにして腕と足がゆっくりと朽ちていくのを待っていただこうかとも考えましたが、私も人が痛みに悶える姿など見たくはありませんし、もう少し楽に終わらせて差し上げます。これに懲りて、二度と防災隊に対して無礼な真似をしないことですね。」
そう言うと、女性は腕をゆっくりと上げて手のひらを男の方へと向ける。
「おい、まさか、やめろ、俺が帰らなきゃ、弟たちが――」
「キニア・バーンさん、防災隊はあなたを必要としていません。どうか二度と志望されることのないように。」
最後の最後に許しを請う男の声には全く耳を貸すことなく、女性は男に向けて自らの能力を再度発動した。その瞬間、男の全身が氷に包まれ、もはや男は声を上げることすらできなくなった。すると、そこにもう一人男性がやってきて女性に話しかける。
「あーあ、もう少し優しくしてあげても良かったんじゃないですか、イザルトさん?」
「私は総隊長の命令を忠実に実行したまでです。このような方には頭を十分に冷やしていただかなければ、また繰り返すだけですので。」
「いやいや、頭を冷やすって、勢い余って全身冷やしてません?しかも物理的って……。」
「あのですね、そもそも今回の件で最も責任があるのは監督不行き届きだったあなたですよ、ドイル第3大隊長。しかもこの方以外にもお灸をすえなければならぬ方々が数名いらっしゃるのです、責任は重大だと思われますが?」
「いやー、まあ確かにそうなんですけどね、そろそろ温めてあげないと、ホントに死んじゃうから……。受験者を殺したなんてことになったら、それこそ防災隊の信用問題に関わるんで……。」
「……分かりました。」
男性に促されて、女性は指を一つ鳴らす。すると部屋を覆っていた氷と冷気が瞬時に消失し、一時は氷漬けにされた男も解放された。まだ息はあるようだ。
「あとはお任せしますよ、ドイル第3大隊長。」
「ああ……、はい(どうも付き合いにくいなぁこの人……)。」
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時は少しばかり
「はぁ……、あの、これ、よろしくお願いします……。」
「はぁい、OK。制限時間3分前、君で89人目ねー。って、随分とまたひどくやられたようだねぇ……。すみませんお医者さん、ちょっとこの
「ああ、3分前……、何とかなったね……。」
合格の基準こそ満たしたフィオナであったが、全身に散らばる火傷の数々、歩けないほどではないが、軽い怪我程度で済まされるわけもない。見かねたターロックが
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「3……、2……、1……、はーい、そこまでー。」
フィオナがターロックのもとへキューブを届けてから3分後、制限時間の20分が過ぎ、実技試験が終了した。最終的に合格基準を満たした受験者は93名、100人の枠が全て埋まることはなく、フィオナを襲撃した男も含めて数人が違反行為をしたとして拘束されることとなった。
「……なぁ、お前、全身に包帯を巻く趣味なんてあったか?」
「好きでやってるわけじゃないんだけど?火傷して痛いんだから、少しは労わってくれてもいいんじゃありませんかねー?」
「でも、合格はしたんだろ?」
「実際の合否は筆記試験と合わせた結果で判定されるから、まだ分からないって感じかなー。実技試験はクリアしたし、筆記試験でも大きなミスはしてないはずだから大丈夫だと思うけど……。ていうか、こんな怪我までして、これで落ちたら踏んだり蹴ったりも良いとこだわ。」
実技試験が終了してしばらくした後、タイグが受験していた研究部の入隊試験についても全日程が終了し、3人は試験開始前にも滞在していたホールで再び合流して合否発表の時を待っていた。実技試験での一件で少々ご立腹のフィオナを横目に、ダラが困惑して小声でタイグに話しかける。
「……ねぇ、タイグ。何かさ、フィオナ、人格変わってないかな?試験が終わってから気が立っているようだけど……。」
「ああ、イラついてるな、たまにあるやつだ。まあ、ほっとけば元に戻ると思うぞ。」
「いやいや、ほっとくって……。タイグ、君も君だよ。怒っていると分かっているなら、どうしてフィオナをからかったりなんか……。」
タイグとダラが会話を始めたその時、フィオナが突然立ち上がった。
「おおっ、フィオナ、どうしたんだい?」
「ちょっと、お手洗いに。」
「あ、ああ、そう……。」
フィオナはそう言い残し、しかめっ面のまま足早に去って行った。それを見届けたタイグが、ゆっくりと口を開く。
「……昔から、あいつは『痛み』が嫌いなんだ。自分が痛い思いをするのも、他人が痛い思いをするのも、どちらもな。そして何より、自分が他人を傷つけてしまうこと、他人に痛い思いをさせてしまうことを、最も嫌っていた。今回もそれだろう。」
「でも、それじゃ逆じゃないかい?今回、フィオナは他人を傷つけたんじゃなく、むしろ他人に傷つけられたんだ。どうして、それでフィオナが怒るんだい?」
「……実技試験で何があったのか詳しくは知らねぇが、フィオナは誰か他の受験者を自らの手で蹴落として、そしてそうやって他人をないがしろにするしかなかった自分に対してイラついてる、大方そんなところだろう。たとえそれが試験の場であったとしても、他人を排除するために力を行使した、それだけであいつにとっては十分『人を傷つけた』ってことになるんじゃないかと俺は思ってるがな。難儀な奴だ、本当に。」
「そう……、だったんだね。でも、やっぱりからかうのは良くないと思うな、火に油を注ぐようなものじゃないか。」
「そこは、まぁ……、加減してだな。俺にとっては、あいつが怒ってようが悲しんでようが、あいつはあいつだ。相手のことを考えていちいち態度を変えられるほど器用でもねぇし、いつも通りに接してりゃいいと思ってるよ。」
「そういうものなのかな。僕には兄弟はいるけれど、君たち2人のような幼馴染の間柄にあたる人はいないから、よく分からな――」
その時、タイグはフィオナが戻ってくるのを横目でちらりと確認し、ダラの発言を遮った。
「さ、あいつも戻ってきたし、話はこんなもんにしねぇか。そろそろ、合格者の受験番号が張り出されるはずだ。」
「おっと、もうそんな時間なんだね。3人とも合格できているといいなぁ。」
「いや、ダラは受かってるでしょ。私よりも早くキューブ届けてたし。」
タイグの予想通り、フィオナが戻ってきた直後、本部室から係員たちがぞろぞろと出てきて、合格者の受験番号が書かれた数枚の大きな紙をホールの壁に張り出した。その瞬間、ホールにいた受験者全員の視線がそれらの紙へと向けられ、数秒後には歓喜や悲嘆の声がホール中のいたるところから上がり始めた。
「197、197……、よし!」
「私の番号は、えーと、204番……、お、あったあった。ふーっ。」
いち早く自分の番号が含まれていることに気づいたダラに続き、フィオナも自分の番号を発見したらしい。
「ダラの番号、あったね。私のより若い番号だったから、私のを探してるときに見つけちゃった。おめでとう。はぁ、これで機嫌も直るってもんよ。」
「フィオナも、その様子だと合格したみたいだね。おめでとう。」
自分が合格したと分かり安堵した2人は、まだ自分の番号を見つけられていないらしいタイグの方を気にする。
「それで、タイグはどうなの?まあ、タイグに限って落ちるなんてことは無いと思うけど――」
「俺の番号ならあそこには
「ああそう、無いの――って、ええ?!?!!噓でしょ?!タイグが?!落ちたってこと?!」
「番号が
「えっ、あっ、ああ、そうなの?なら、まだ希望はあるってことね。」
「希望があるも何も、あっちはもともと受験者数が少ねぇし、すぐに分かったよ。どうやら防災隊は、俺を必要としてたらしいな。」
「ってことは――」
「全員合格、だね。良かった良かった。」
無事に3人全員が合格を勝ち取ったと分かったところで、係員の声がホール内に響き渡った。
「合格者の方は、この後すぐ入隊の手続きをしていただきまーす。この後の流れについてもご説明いたしますので、自分の番号を見つけ次第、こちらへお越しくださーい。なお、残念ながら不合格となられた皆様につきましては、速やかに退出をお願いいたしまーす。」
「なるほど、そういうシステムなんだね。」
「それじゃあ、行こうか。せっかく勝ち取った権利なんだもん、ここまで来たら、入隊する以外にないでしょ。」
「それじゃ、また俺はお前らとは別室だ。また後でな。」
「終わったら、正門前で待ち合わせね。」
「りょーかい。」
3人は再び別れ、他の受験者と共に係員に連れられて別室へと案内された。ダラとフィオナを含めた実動部隊向け試験の合格者が案内されたのは、シンプルなデザインの長机と椅子が整然と並ぶ大きめの会議室のような部屋であった。
「えー、皆さん。本日は合格、誠におめでとうございます。これより、入隊手続きや今後の流れなどについて説明させていただきます。」
合格者全員が揃ったのを見計らって、担当者の一人と思われる中年の男性が前に出て説明を始めた。
「えーと、まず、合格された皆様には、入隊手続きに必要な書類を記入していただきます。そして、記入と提出が完了された方から順番に、隊服の採寸を行います。男女で部屋が分かれておりますので、係員の指示に従って移動して下さい。続いて、採寸が終わりましたら、再びこの部屋に戻ってきていただきます。その際、本日皆様にご宿泊していただく宿の部屋番号等を案内させていただきます。声には出さず、紙面での案内としますので、他人に部屋番号を知られたくないという方はご安心ください。本日皆様が宿泊される部屋は、明日以降はそのまま皆様の隊員寮となります。部屋の鍵はなくさないよう、お気を付けください。さて、何か質問がある方はいらっしゃいますか?……ないようでしたら、記入していただく書類を配布いたしますので、一部ずつ取って回して下さい。」
長々と、そして淡々と、眠気を誘うような声で説明を終えた担当者は、その流れで最前列に着席していた合格者に書類を手渡した。やがて全員に書類が行き渡ると、各々が必要事項を記入し始める。記入箇所はそれほど多くはなかったため、ダラとフィオナを含め、合格者の多くはすぐに記入を終えて隊服の採寸へと移っていった。
「女性の方はこちらへどうぞ―、男性の方はあちらの部屋になりまーす。」
フィオナがダラと別れて隊服の採寸を行う部屋の前まで来ると、既に行列ができていた。しかし、回転はそれなりに速いようで、待ち時間は短く済みそうである。
「次の方、どうぞー。」
「は、はい。」
予想通り、フィオナの順番はすぐにやってきた。
(担当の人は全員女性みたいだし、つい立てもあるから安心したけど、だとしても緊張するなー……。)
「お名前は?」
「フィオナ・マグワイアです。」
「フィオナさんね……、はい、じゃあ服を脱いで、これに着替えてください。着替え終わるまでカーテンは閉めておきますね。」
「あっ、はい、ありがとうございます……。」
担当者はそう言うと、すぐにカーテンを閉めてプライベートな空間を作り上げた。とはいっても、それはつい立てとカーテンだけのやや頼りないものである。相変わらず緊張感を拭いきれぬまま、フィオナは担当者から渡された採寸用の簡単な衣服に着替え終え、ゆっくりとカーテンを開けた。
「あ、あの、着替えましたが……。」
するとそこには、巻き尺を持って待ち構える担当者の姿があった。
「はーい、それでは採寸しますから、まずは両腕を上げてくださーい。リラックスして、力を抜いて下さいねー。」
「は、はい……。」
数分後、採寸を終え、元々着ていた服に着替え終えて部屋を出たフィオナは、少しばかり疲れた表情をしていた。
(あー……、すっごく長く感じた……。身長はまあ良いとして、腰とかお尻とか……、分かってはいたし、仕方ないことなんだけどさぁ、まじまじと観察されて測定されて、これで緊張するなって言う方が無理でしょ……。それに何より、その、どこがとは言わないけど……、)
フィオナは廊下を歩きながら大きくため息をついて、心の中で一言、
(1年前からサイズ変わってないってどういうこと……?私ホントに
自らの身体に対して疑問を投げかけるのであった…。
その後、全員が採寸を終えてもといた部屋に戻り、割り当てられた部屋番号の書かれた紙を受け取って、その日は解散となった。正門前で待ち合わせていた3人だったが、タイグのみが少し遅れての到着となった。
「あっ、来た来た。おーい。」
「悪い、少し遅れた。」
「いやいや、僕たちもさっき着いたばかりだよ。」
「それを聞いて一安心だ。」
「それで、2人はこの後どうするの?」
「別に、俺はこのまま部屋で休むかな。」
「僕はすぐそこの郵便局に、これを。家族に合格したって報告しようと思ってね。」
「そっか。」
「何だ、どこか行きたいところでもあったのか?」
「いや、私も正直、今日はもう休みたいと思ってたかな。まだ傷が若干ヒリヒリするし。そうでなくても、多分今日は疲れ切ってたと思うよ。」
「だね、僕も結構疲労を感じるよ。」
「俺はまあ、一日中座ってただけだからな、お前らよりはマシだと思うが、今日はもう、寝る前にいつも読んでる専門書を読む気にはなれねぇな。」
「今日くらいは休んでもいいんじゃない?明日から忙しくなるし、休めるうちに休んでおかないと。」
(寝る前に専門書読んでることに関しては何もツッコまないんだ……。)
3人はそのまま正門前で別れ、各々割り当てられた部屋へと戻っていった。
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街の人々も、警備の者を除く防災隊の隊員たちも皆が寝静まった、災害後歴364年6月1日深夜、もう間もなく6月2日になろうかという時間帯のこと。当然ながら、フィオナも自室で既に
「ん、んん……?」
フィオナはまだ火傷で少し痛む腕で眠い目を擦りながら、ゆっくりと起き上がろうとする。するとその瞬間、かなりの力でグイっとベッドに頭を押し付けられ、そのまま口を押さえつけられた。
「??!?!!んー、んぅんーー!!」
命の危険を感じて完全に眠気が吹っ飛んだフィオナは、訳も分からぬままとりあえず声を上げようと必死になってみる。しかし、口を押さえられているためその試みは
(ええっ、おっ、女の子?!何で、鍵はかけたはずなのに?!)
フィオナが腹部に感じた質量、その正体は、寝ているフィオナに馬乗りになった1人の少女であった。そして、現在進行形でフィオナの身体と口を押さえつけているのが、他ならぬその少女なのである。
(この建物にいるってことは、この子も試験の合格者なの?でも何で、私、この子に何かしたの?!大体、どうやって私の部屋を突き止めたの?)
初対面の少女に押さえつけられている現状に、なおのこと混乱するフィオナ。すると少女はフィオナの口を押えていた手をそっと放し、小声でゆっくりと、しかし腹に力のこもったような声で話しかける。
「……ねぇ、あなた、あの人の何なの?」
「えっ、あ、あの人って……?」
「とぼけないでよ。今日の試験監督の人、ターロック・ドイル第3大隊長よ。私の最愛の人よ。あなたと私は初対面だけれど、私分かるのよ。あなた、あの人と随分仲が良いようじゃない?せっかく今日一日ターロック様のご尊顔を心行くまで堪能できると思っていたのに、ふたを開けてみればちらちらあなたに視線を送っているし……。その怪我だって、ターロック様に心配して欲しくてわざとやったんじゃないの?」
「そっ、そんなわけありませんよ。というか、今日一日見てたって……、変な視線の正体はあなたでしたか。えっと、その、私、あなたに何か悪いことしましたか?もしそうなら謝りますから――」
「質問に答えなさい、はぐらかそうとしても無駄よ。あと、私の名前はアシュリー・マカロックよ。『あなた』なんて名前じゃないわ。」
「え、えーと、じゃあ、アシュリー……さん。私とターロックさんは、ただの昔からの知り合いです。私、親が元防災隊員で、ターロックさんとは親を通じて知り合ったというか……。」
「そう、分かったわ。やはりあなたは私の敵ね。すぐに始末しないと。」
「ちょっと待って下さい、どうしてそうなるんですか?……その、最愛の人とおっしゃってましたが、私は別にあなたの恋路を邪魔しようなんて――」
「あなたの意志は関係ないわ。私のターロック様があなたに対して
「えー……(ダメだこの人、話が通じるような感じじゃない。今しれっと『私の』って言ったような気がするし……)。」
「ああ……ターロック様、待っていてください。この女を
(……どうしよ、このままじゃ私も、何よりターロックさんも危ない。葬るって、もう完全に行くところまで行っちゃってるよこの人!とにかく止めないと。手段は……、この際選んでられない!)
「さあ、覚悟なさい。せいぜいあの世で私とターロック様が愛を育む様子を指を咥えて見ているが良いわ。この、女狐がっ!!」
アシュリーは鬼のような形相で再びフィオナの顔面目掛けて腕を振り下ろす。しかし、その瞬間をフィオナは逃さなかった。
「ごめんなさいっ!!」
フィオナはアシュリーが腕を振り上げて胴体がガラ空きになった一瞬を狙い、命に関わらないギリギリを攻めた電圧を体内で発生、それを両手の指先に集中し、アシュリーの脇腹を掴んで電撃を放った。
「はぅあっ!!」
アシュリーはそのまま意識を失い、フィオナに覆いかぶさるような形でバタリと倒れこんだ。
「はぁ、はぁ……。腕を押さえられてなかったのが不幸中の幸いってやつかな……。でも、これ、どうしよう?私、この人の部屋どこか知らないし、だからと言って廊下に放り出すのも……。ああもう、今日だけで2回も襲われるなんて、厄日なの?今日は厄日なの?!」
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それからおよそ6時間後の、災害後歴364年6月2日午前6時過ぎ、フィオナはアシュリーに襲われて以来結局一睡もできぬまま、朝を迎えることとなった。
「あー……、ねむ……。」
フィオナはあれからアシュリーをどうしようかと考えて、結局アシュリーを自分のベッドに寝かせ、自分はアシュリーのことを警戒しつつ、机に突っ伏して夜を明かしたのであった。
「うわー、こうなってたのか……。」
朝になって陽の光が差し込んだことで、フィオナはアシュリーが部屋の鍵を突破して侵入してきたカラクリをようやく理解することができた。フィオナを含む今回の入隊試験の合格者、もとい第340期防災隊員が暮らすことになる寮には、全ての部屋のドアに金属製の鍵が取り付けられている。しかし、フィオナの部屋の鍵はドアノブごとドロドロに溶かされたような状態になっていたのだ。
「金属を溶かす……、詳しくは分からないけれど、この人、アシュリーさんの力は『物を溶かす』能力なのかな?……さて、それはそうと、いつまでもこうしちゃいられない。そろそろ起床時刻だし、管理人さんも起きる時間帯だよね。」
フィオナはそっと自室を抜け出し、管理人室へと向かった。そこで事情を説明し、アシュリーの部屋番号を聞き出して合鍵を受け取るとともに、自室の鍵の修理を依頼したのである。
「よし、とりあえずこれで良い……、よね。」
自室へと戻ったフィオナは、アシュリーを起こさぬよう慎重に抱えてアシュリーの部屋まで運び、合鍵を使って中に入ってベッドに寝かせた。そして、これまた慎重に扉を閉めて鍵をかけ直し、管理人室に合鍵を返して事なきを得たのであった。
「でも、何か嫌な感じするなー、どこかで出くわしたら、というか同じ寮で暮らしてる以上絶対に出くわすんだけどさ……、また襲われたらどうしろって言うの……?全く、入隊式の朝だっていうのに、いきなりどっと疲れた……。」
大きくため息をつきながら、フィオナは自室へと戻った。するとその直後、部屋のドアがノックされた。
「はい、どうぞ。」
「おはよう、朝から大変だったわね。」
ドアの前にいたのは、フィオナが今しがたアシュリーの部屋の場所を聞きに行った管理人であった。
「あはは、ですね……。」
「早いうちに報告してくれてありがとう。鍵は今日中に何とかできると思うから、安心して。」
「ありがとうございます。助かります。」
「あと、これ。あなたが今日から着る隊服よ。入隊式にはこれを着て参加してね。」
「ありがとうございます。早いんですね、昨日採寸したばかりなのに、たった一晩で仕上がるなんて。」
「隊服は頑丈な素材で作られてはいるけれど、激しい任務や訓練ではよく破れたりするから、サイズさえ分かっていればすぐに作れるような体制が整っているらしいわ。私も詳しくは知らないんだけどね。」
「そうなんですか……。」
「それじゃ、私は他の子たちにも隊服を届けなくちゃいけないから、この辺で。」
「はい、先程の件といい、お忙しいところをありがとうございました。」
「はぁい、どういたしまして。」
朝から、いや厳密には真夜中から落ち着かぬ時間を過ごしたフィオナであったが、真新しい隊服に身を包み、その他の身だしなみも整え、入隊式に向けて気持ちを作った。そうこうしているうちに講堂に集合せよとの号令がかかり、入隊式に臨む第340期防災隊員たちがぞろぞろと移動していった。
「えー、これより、第340期防災隊員の入隊式を執り行います。一同、英雄ディアンとその娘を称え、敬礼!」
司会者の号令とともに、講堂に整列した全員が一斉に右手を胸に当て、その場にひざまずく。防災隊入隊式をはじめ、結婚式、葬式、入学式や卒業式など、ここユーラストで行われるありとあらゆる式典では、この国をつくった存在たる英雄ディアン、そしてこの国を守る盾となった存在たる英雄ディアンの娘に敬意を表して、このような敬礼が必ず行われる。
「一同、止め。……それでは、第36代防災隊総隊長、ネイル・フィッツジェラルドより、激励の言葉を述べます。」
一人の男が登壇し、ユーラスト国旗に向けて一礼する。そして振り返り、今日入隊した新人隊員に向けての言葉を述べ始めた。
「第340期防災隊員諸君、まずは、入隊おめでとう。総隊長のネイル・フィッツジェラルドだ。私からは1つだけ、今回入隊する君たちに告げておきたいことがある。防災隊員を1つの職業という観点から考えれば、はっきり言ってこれほどまでに待遇の良い職業は他にないだろう。君たちの中にも、それを目当てに入隊したものが大勢いるはずだ。しかし、私はそれについて咎めるつもりはない。それもまた、立派な人生の選択というものだからだ。しかし、そのような考えで入隊したそこの君にこそ、ぜひとも覚えていてほしいことがある。……先日、ズンファーの街で起こったことについては、君たちも知っていることだろう。」
ネイルのその言葉に、数人の顔つきが変わった。
「先の一件で、ズンファーはもはや再起できるか分からないほどの大きな傷を負った。これはひとえに、我々防災隊の対応が後手に回ったからに他ならない。どれほど大規模な災害が我々を襲おうとも、我々はそれに立ち向かい、人々を守らなくてはならない。しかし、我々はズンファーでそれを果たすことができなかった。大勢の罪なき命が、犠牲になった。今日入隊する君たちの中には、そのズンファー出身の者もいると聞く。自らも心に傷を負ったことだろう。よくぞ、入隊を決意してくれた。このような状況だからこそ、我々は立ち止まってはならない。これまで人類は、災害に
ネイルから発せられた、激励の言葉。タイグとフィオナは無残な姿となった故郷をもう一度思い出しながら、決意を新たにするのであった。
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