第6話「彼女の大義」

災害後歴364年6月1日早朝、宿屋のそれぞれの部屋で夜を明かしたタイグとフィオナは、防災隊の入隊試験に臨むべく、防災隊本部を目指してラーの街を歩いていた。


「ふぅーっ、いよいよだね、タイグ。」

「何だ、緊張でもしてるのか?」

「そりゃあまあ、試験を受けるわけだし、多少は緊張もするでしょ。受験料とか考えると、多分この一回が勝負になると思うし。むしろ、そういうタイグこそ緊張……、してないか。普段のテンションからして落ち着いてるけどさ、試験ってなると特に落ち着くよね、タイグって。義務教育学校でもそうだったけど、肝心なところできっちりと実力を出し切れるっていうか。ホント、羨ましいよ。」

「緊張か……。俺にはあまり分からねぇ感覚だな。人間、何事も習得するのに多少なりとも時間がかかるんだ。火事場の馬鹿力なんて言葉もあるにはあるが、何の準備もしてこなかった奴が試験当日にいくら頑張ったところで、結果が良くなることはねぇだろ。試験当日にやるべきことは、それまでにやってきたことをそれまで通りにやることだ。準備がきちんとできていると自分で思うんなら、緊張とは無縁のはずだがな。」

「ああはいはい、正論ですね。ありがとうございます。」

「何だよそのあしらい方は。」

「いいえ、誰しもが分かっていて、それでも目をそらしたくなるような嫌な真理を平気で突きつけてくる人がいたものだからつい。」

「悪かったな。」

「別に謝らなくてもいいよ、実際、タイグの言ってることは正しいと思うし。ただ、私以外の人には言わない方がいいかもねっていうだけで。」

「……善処します。」

「よろしい。でも、ありがとね。おかげで、試験会場に到着するよりも先に緊張をほぐせたし。」


2人の目の前には、ユーラストで最も有名な建造物の1つ、防災隊本部が3階建ての堂々たるたたずまいで鎮座していた。正門のすぐそばにある守衛室の前には、2人と同様に今日の入隊試験を受けに集まったと思われる若者たちが列をなしている。2人もその列に並び、郵送という形で2人のもとに届けられていた受験票を受付係に提示して、敷地内へと足を踏み入れた。


「絵画でしか見たことがなかったが、これはなかなかに立派だな。」

「遠目からだと分かりにくかったけど、近づいてみると本当にきれいな建物だね。300年以上前に建てられたとは思えないよ。」

「『始まりの大災害』の後もわずかに生き残った、当時の文明における最高の技術と素材をこの建物に使ったらしいからな。文明の衰退した今の人類には到底再現できない代物だそうだ。」


「始まりの大災害」から24年後にあたる340年前、防災隊の創始者たる英雄ディアンの一人娘のめいにより建築されたと伝わる堅牢なこの建物は、その後も幾度となく襲ってきたあらゆる災害を耐え抜き、細かい修理を経つつも、当時の面影をほとんどそのまま残している。


「あっ、2人とも。おはよう。」

「おはようダラ。昨日ぶりだね。」

「早いんだな。俺たちもそんなに遅くはなかったつもりだが。」

「僕の泊まった宿はこのすぐ近くだったからね。予定よりも早く着いたんだ。遅いよりは良いかと思って先に会場に入ったんだけど、まだ試験室が開いてなくてね。」

「お前たちも、まずは筆記試験からだったか?」

「そうだよ。筆記試験が終わったら実技試験、だね。タイグは筆記試験だけでしょ?」

「まあ、その筆記試験だけで一日中試験室に軟禁されるわけだがな。」

「正直、そっちの方がしんどそうだね……。科目数も多いんだろうし、まだ実技試験で開放的な環境に出られる僕たちの方がいいのかもね。」


一足先に会場入りしていたダラも合流し、3人になったところで他愛もない会話を繰り広げていると、他の受験者の声も相まってざわめく会場内に係員の声が響いた。


「ただいまより、各試験室への入室を開始いたしまーす。指定された試験室に入室してくださーい。」

「おっと、時間みたいだね。」

「じゃあ、私はこっちの試験室だから。2人とも頑張って。」

「ああ。」

「うん。フィオナもね。」


係員の呼びかけに従い、3人はそれぞれが指定を受けた試験室へと散っていった。


----------------――------------------――


フィオナとダラが課されることとなる試験は、筆記試験と実技試験の2つに分かれている。筆記試験の内容は義務教育学校卒業程度、決して難しいものではない。しかし、問題は実技試験である。この試験を突破した者は、ゆくゆくは防災隊の実動部隊に所属し、任務では体を張ることとなる。そのため、実技試験の内容は厳しいものとなっている。防災隊入隊試験の合格率を下げている要因の一つが、この実技試験である。筆記試験を終えたフィオナは、実技試験が行われる広いフィールドにいた。そしてそこには昨晩の宣言通り、試験監督であるターロックの姿もあった。しかし、フィオナを含め、受験者たちの目を最もひいていたのは、フィールド上に転がった無数の岩や瓦礫の山であった。


(ここは大都市の真ん中だっていうのに、こんなに大量の瓦礫や岩、一体どうやって用意したんだろう?絶対試験内容と関係あるよね……。)


すると、ターロックはフィオナの存在に気付くやいなや、軽くウインクをして合図を送ってくる。


(あー、これ、『大丈夫大丈夫、リラックスして♪』とか思ってるやつだわ。やっぱり知り合いが試験監督って問題じゃないのかな……?防災隊の人たちがその気になれば、私とターロックさんの関係くらいすぐに分かりそうなものだけど……。それに、気のせいかな、なんか変な視線まで感じるし……。)


フィオナが何やら怪しい気配を察知して不安に駆られる中、ターロックは受験者たちに指示を飛ばし始めた。


「はーい、みなさーん。ようこそ防災隊本部へ。本来ならゆっくりと挨拶をしたいところなんだけどねぇ、あいにく日程が押しているようだ。早速試験に入らせてもらうよ。実技試験の内容はズバリ……、『宝探し』だ。」


(宝探し?一体何をやらされるんだろう……?)


フィオナがピンと来ていないのと同様に、他の受験者たちもイマイチよく理解できていない様子でざわめき始める。


「はいはーい、静かに静かに。詳しい試験内容が気になるのは分かるけど、それは今から説明するから。ちゃーんと聞いてなよー。」


ざわつく受験者たちを制して、ターロックが試験の内容について説明し始めた。


「君たちにも見えている通り、このフィールド上にはたくさんの岩や瓦礫が散乱してる。中には結構大きいものもあるから、うっかり潰されたり挟まれたりしないように注意してくれよ。さて、この岩と瓦礫のフィールドのどこかに、合計200個のコレ、金属で出来たキューブが無作為に隠してある。君たちにはそれを探し出してほしい。制限時間内20分以内に、無事に2個のキューブを俺に渡すことができたら、晴れて合格だ。」


(なるほど、本当に宝探しをやるっていうことか。でも、200個しかないってことは、合格するのは100人しかいないってことになるような……?)


「ただし、」


フィオナが勘づいたのとほとんど同時に、ターロックは説明の続きを言い始める。


「既に気づいている人も多いかもしれないが、このルールでは最大でも100人までしか合格できない。今回の受験者数はざっと数えて200人はいるから、全体の半分以上は不合格ということになってしまう。キューブを手探りで探さなきゃならない以上、運悪く見つけることができなかった、ということもあり得るだろう。俺たち防災隊としても、優秀な君たちを『運が悪かったから』という理由だけで不合格にはしたくないんだよね。そこで、だ。」


ターロックは一呼吸おいてから、おそらくこの試験において最も重要であろう規則について言及した。


「今回の試験では、各々の能力をうまく活かして、既にキューブを見つけて回収した他の受験者からキューブを奪い取るということも認めるものとする。」


受験者たちに動揺が走り、周囲は再びざわめきに包まれる。


「ただし、キューブを奪う時に他の受験者をむやみに傷つける行為は禁止だ。君たちはこの試験に合格したら、人の命を守るために活動することになる。それをわきまえた上で、常識的な範囲で行動して欲しい。もちろん俺もできる範囲でフィールドを監視するし、フィールド内では俺以外の防災隊員たちも監視してるから、あからさまに他の受験者を負傷させようとした者はすぐに見つかると思ってくれ。」


その時、そのざわめきをかき消さんとする勢いで、一人の受験者が挙手して質問を投げかけた。


「質問がございます。よろしいでしょうか、試験官殿!」

「おお、元気があっていいねぇ。聞こうじゃないか。」

「試験官殿がおっしゃられたルールでは、先にキューブを見つけた者が狙われやすくなると考えられます。そうなりますと、他の誰かが見つけたキューブを奪うということに賭けて、わざわざ自力でキューブを探そうとする者が著しく減るのではないでしょうか?!」

「なるほどぉ、最もな指摘だ。確かに、この試験が試験でなく、本当に時間無制限の宝探しだったとすれば、そうもなるかもねぇ。だけど、さっきも言ったように、この試験には時間制限がある。俺は『制限時間内に俺にキューブを渡せたものを合格とする』と言ったけどね、逆に言えばそれは『キューブを渡せなければ不合格』ということだ。つまり、もしも君たちが互いに牽制しあって誰もキューブを探さないまま時間切れになれば、今回の試験の合格者はゼロってことになる。」

「なるほど、制限時間内にキューブを入手するには、我々は嫌でもキューブを自力で探さなければならないということですね!!」

「そゆこと。そして、見つけたキューブをしっかりと守り抜いて、俺のところまで持ってくる。それが今回の試験の肝だ。」

「理解いたしました!ありがとうございます!!」

「はい、よろしい。他に質問のある人は?……それじゃ、俺はあの『本部』って旗が立ってる所にいるから、キューブを見つけたらあそこを目指すように。では、5分後に試験を開始しよう。スタート位置に移動して、試験開始の合図があるまで待機してくれ。健闘を祈ってるよ。」


ターロックからの説明が終わり、受験者たちはスタート位置にぞろぞろと移動していく。気合の入っている者、緊張や不安にさいなまれている者、朝早くからの試験続きで眠そうにしている者、ただただ気だるげな者など様々であるが、フィオナはそのうちのどれでもなく、ひたすら集中して戦略を練っていた。


(てっきり、もっとこう、種目別に分けて1つ1つ能力をみるって感じの内容かと思っていたけど、この一回で全てが測られるってことか……。キューブを探すのは多分どうにかなるけど、問題はキューブを守る方だよね……。私の能力は対人戦闘に向いてない。人を傷つけずにキューブを守るには慎重に加減しないといけないし、制限時間20分という圧力もかかる。焦る中でどこまで意識を割けるか……。はぁ、やっぱ私にはあれこれ考えるのは向いてないわ。とにかく、いち早くキューブを回収して、先手必勝で逃げ切る。これしかないよね。)


そして、受験者全員がスタート位置についてからしばらくした後…。


「それでは、試験開始!!」


ターロックの合図とともに、実技試験の幕が上がった。それと同時に、およそ200名の受験者たちが一斉にフィールドへと飛び出していく。


「ドイル第3大隊長、試験監督の業務、お疲れ様でございます。」

「あら、イザルトさんじゃありませんか。総隊長補佐官である貴女あなたが、なぜここに?」

「その総隊長から、試験の様子を見てくるように仰せつかりまして。『自分もできれば見に行きたかったが、忙しくて時間が取れないから』と。ついでに、『試験において違反行為を働いた者がいたらきつく締めあげてくるように』とも命じられました。ですから、こうして仕事の合間を縫ってはせ参じた次第です。」

「へぇー、相変わらずお忙しいようだ。あいつ――いや、総隊長らしい人使いの荒さですね。」

「わざわざ丁寧な言い方に直さずとも、私は何も言いませんよ。あなたとジョンストン第2大隊長については、総隊長とは旧知の仲であるということで、多少砕けた呼び方や話し方をしても咎めぬようにと総隊長ご本人から命じられております故。もっとも、他の者が総隊長に対して無礼をしでかしたなら、氷漬け程度では済ませませんが。」

「そうですか、そいつはありがたい(えっ、つまりあいつと知り合いじゃなかったら、俺は今頃この世にいないってことなの?!)。」

「それと、総隊長は人使いが荒いのではなく、ご自身がご多忙でいらっしゃるので仕方なく私に任せているというだけでございます。むしろ、進んで総隊長の手足となるのが私の役目であり幸福であるということ、お忘れなきよう。」

「あっはは、これは失礼(やっぱこの人、怒らせるとめんどいタイプの人だわ……。気をつけよ。)。」

「それで、今年の実技試験の内容は、ドイル第3大隊長が考案されたと伺っております。宝探しなんて、面白いことを思いつかれるんですね。これまでの試験内容と比べると、随分風変わりなものに思えますが。」

「ええ、そうですよ。実際、俺が上層部の会議でこれを提案した時には、『ふざけてるのか』って一蹴されかけましたけどね。でも、この試験がいかに優れたものかを説明したら、ご納得いただけまして。」

「この試験にはどんな狙いがあるんでしょう?」

「先日のズンファーでの一件は、イザルトさんも覚えていらっしゃるでしょう?」

「ええ、もちろん。私も現地に赴きましたが、酷いという言葉では言い表せぬほどの惨状でしたので。」

「でしたら既にご存じかもしれませんが、そのズンファーの現場では、瓦礫の山の中に生き埋めになった人が大勢出たんですよ。それに防災隊は対応しきれなかった。しかも、もたもたしているうちにファーダ川の予期せぬ氾濫が起き、追い打ちをかけられることになった。つまり、生き埋めになった人たちをいかに短時間で救い出せるか、というのが反省点として残ったんです。」

「なるほど、だから『宝探し』なんですね。」

「流石イザルトさん、頭の回転も速くていらっしゃる。これまでの試験ではどちらかと言えば『体力や能力自体の強さ』を重視して、とにかくパワーのある人材を取り入れるって感じでしたが、今後はもっと技術面や頭脳面で優秀な隊員も集めるべきだと思いましてね。」

「しかし、それが狙いということであれば、何も受験者どうしでキューブを奪い合わせる必要はないのではありませんか?下手をすれば、違反行為が続出するのでは?」

「確かにそうかもしれませんが……、それに関しては災害現場での『緊張感』を味わってもらおうという考えでしてねぇ。」

「緊迫感、ですか。」

「はい。災害現場では、いつ何が起きるか分からない。救助活動が終わるのを待ってくれるほど、自然という存在は甘くない。ですから今回は、『いつ誰にキューブを狙われるか分からない』という形で、その感覚に肌で触れてもらおうってことですよ。周囲を常に警戒しなきゃならない状況で、傷病者に見立てたキューブを確実に安全なところまで連れてくるにはどうすればよいか。受験者各々の力の見せ所だと思いますよ。」

「確かに、そのように言われれば、これが立派な試験として成立しているというのも納得です。仮想的であっても、任務に出るよりも前に現場の感覚を味わうというのは、大切なことかもしれませんね。」

「防災隊は、人を救う組織でなくてはならない。ここで違反行為に出るようなやからは、仮に合格できたとしてもすぐにその重圧に耐えかねて、勝手に去って行くでしょう。ズンファーでの悲劇を繰り返さないための改革、その実験段階といったところでしょうかねぇ。さーて、誰が一番乗りかな。」


ターロックとイザルトが、一見するとお遊びのようにもみえるこの試験に隠された狙いを確認しあっている最中さなかにも、まだ試験開始から5分と経っていないところではあるが、200個100人分のキューブを巡る争いは加熱し始めていた。競争倍率は約2倍、フィオナも苦戦を強いられているようである。


(うーん、なかなか厳しいな。キューブを見つけるのは簡単。この前、生き埋めになってた人たちを探しだしたアレを使えば、電気が通りやすい金属製のキューブの場所はすぐに分かる。でも、見つけられたとしても移動速度で先を越されてる。こうなると、精度をある程度犠牲にしてでも探知する範囲を広げた方が良い、か。)


移動に有利な能力を持たない中で、狭い範囲を逐一探知する手法では限界があると悟ったフィオナは、フィールド全体を一度に探知して、残っている全てのキューブのおおよその位置を特定する作戦へと切り替えたようだ。


「他の人たちとの戦闘はできるだけ避けたいし、まだキューブが残っているうちに、何とか手に入れないと。」


フィオナはキューブを手に入れようと走り回っていたその足を一度止め、大きく深呼吸してからその場の地面にしゃがんで右手を下ろし、先ほどまでよりも強い電圧をかけた。そして集中力を高め、電流が示すキューブの位置を頭の中の地図にかき加えていく。


(1時の方向、距離200 m。キューブの密度が一番高い。まだ他の人たちが手をつけてないってことか。だったら!)


フィオナは一瞬の判断で、キューブの密度が最も高いと思われるエリアへと全速力で走った。そして、エリアに到着するやいなや範囲を狭めての探知を再開し、キューブの位置をより精密に把握していく。


「ここ……かな。」


目の前にあった岩場の陰をのぞき込むと、そこにはキューブが置かれていた。それを速やかに回収する。


「よし、まずは1個目。次は――」


1個目を回収し、フィオナはすぐさま2個目を狙う。ここまでの道のりで、既に当たりをつけていたようだ。一直線に別のキューブが隠されている瓦礫のもとへと駆け寄り、そのまま回収に成功した。


「よし、2個目もオッケー。だけど、大変なのはここから、みたいだね。」


2個目のキューブを回収し、後は本部へとキューブを届けるだけ、といったところで、フィオナはあることに気が付いた。自分が今いる場所が、本部からは最も遠いエリアの一つにあたるということに。


(さて、どうしよう。最短距離をいくのなら、このままフィールドの真ん中を突っ切ることになるけれど、キューブを持っていると分かれば、道すがら襲撃を受ける可能性は高いよね。時間はまだあるし、人が比較的少ないフィールドの縁を周って行っても十分間に合う……はず。)


フィオナは他の受験者との遭遇をできるだけ避けるため、フィールドの縁に沿って遠回りする作戦に出たようだ。


「何とか、このまま何事もなく本部までたどり着ければ良いけど――」


その時、フィオナの行く手を遮るように、地面から突如として炎が上がった。


「うおわっ、熱っ!!」

「いやー、揃いも揃って馬鹿だよなぁ、クソ真面目にキューブ探しやがってよぉ。始まる前にあの暑苦しい野郎が言ってただろうが、『キューブを見つけた奴から狙われる』って。そう、お前みてぇなやつがなぁ!!」


フィオナのキューブを狙ってきたと思われるその男は、右の拳に赤い炎をまとわせながらフィオナに殴りかかってきた。


「っ!!」


フィオナは持ち前の高い運動能力を活かし、紙一重でその拳をかわした。


「ほぉ、よく避けたなぁ。完全に捉えたと思ったんだが。じゃあ、もう一発だぁっ!!」


先程より数段速い速度の拳が、再びフィオナを襲う。フィオナも今度はかわしきれず、肩に軽い火傷を負ってしまった。


「いったっ……!」

「おらおらぁ、どこ見てんだぁ?俺様はこっちだぜぇ?」


間髪いれず、男は攻撃を繰り出してくる。なんとか直撃だけは免れているフィオナだが、対人戦闘の経験値の差が出てじりじりと追い詰められ、気が付けば肩に加えて体のあちらこちらに火傷を負っていた。


(はぁ、厄介な人に目を付けられちゃったな……。相手は炎、私の電撃とは相性が悪い。動きもかなり鋭いし、下手にこちらから攻撃しようとしても返り討ちにされる危険性が高い……!)


「……お前、キューブの位置が分かるんだろぉ?」

「!!」

「さっきから見てたけどなぁ、動きに迷いがねぇっつうか、まるで『見えてる』みてぇな立ち回りをしてたんだよなぁ、お前。」


(ずっとつけられてたってこと……?)


「だとすりゃあ、もう手に入れてるはずだよなぁ、キューブ。なぁ?どうなんだぁ?」


(まさか『持ってない』なんて嘘は通じないだろうし、だからといって正直に『持っている』と言えば戦闘になるだろうし……、どうにかして戦闘を避けて平和的に解決するには……。……!!)


フィオナはしばらく考えた後、恐る恐る口を開いた。


「え、ええ。持ってますよ。キューブ2つ。」

「やっぱりか。出せ。」

「いや、出せと言われても困りますよ。」

「いいから出せっつってんだよ。それとも、もっと痛い目に合わなきゃ分かんねぇかぁ?言っとくがな、お前がわざわざこんな端っこまで来てくれたおかげで、ここまでは試験官の目も届きゃしねぇ。見回りの奴も今はいねぇらしいから、気のすむまでぶん殴ってやれるんだぜ。」

「いえ、ですから、私のキューブは渡せません。ですが、他のキューブがある場所なら教えられます。」

「ああん?」

「あなたがおっしゃる通り、私の能力を使えば、キューブがある大体の場所が分かるんです。ですから、私がこの場でキューブを探して、あなたにその場所を教えればいい。そうすれば、私もあなたもキューブを手に入れられるし、お互いにとって得じゃないですか?」


(これで引いてくれればいいんだけど……!)


「なるほどなぁ、確かにいい考えだ。……だがダメだね。」

「?!どうして……?!」

「ほらぁ、目ん玉ひん剥いてよぉく見てみろよぉ。既にいたるところでキューブの奪い合いが起きてんだよ。」

男が指し示す先には、確かにキューブを奪い合う受験者たちの姿があった。


「つまり、もう残ってるキューブは少ねぇってこった。いくらお前の力でキューブを探せるっつってもよぉ、既に無ぇモンをどうやって探すってんだよぉ?!」

「しかし、向こうの方はこちらと違って平和的に見えますよ?少なくとも、あなたみたいに相手を傷つけるのではなく、あちらの皆さん方は相手のキューブをうまくかすめ取ろうとしてるような印象を受けますが?」

「他人のやり方なんざどうだっていいんだよ。そもそも、俺は最初から他人のキューブを奪うことしか考えてねぇ。いまさらいい子ちゃんぶって真面目にやるわけねぇだろうがぁ。」

「……、そう、ですか。どうしても、私のキューブが欲しいんですね。」

「だからぁ、そう言ってんだろうが!!さっさと渡しやがれぇ!!」

「本当に、良いんですか?仮に私のキューブを奪って合格できたとして、後で火傷を負った私が一言言えば、少なくともあなたを含めた炎の家系出身の人たちは違反行為の疑いで審議の対象になるでしょうけれど。」

「そんなもん、どうにでも言い訳できるだろぉ?今ここに、一体何人なんにんの炎の家系がいると思ってんだぁ?」

「……あくまで、引く気はない、と。そういうことですか。……ちなみに、なんですけど、そこまでして防災隊に入って、あなたは何をしようとしていらっしゃるんですか?」

「そんなの決まってんだろうが。金だよ金ぇ。防災隊はこの世で最も給料の高ぇ職業だぞぉ?」

「ですが、それ相応につらい仕事でもあると思いますよ?」

「んなこたぁ分かってんだよてめェなんぞに言われなくてもなァ!!だが俺だって引くに引けねぇんだよぉ。親も兄弟も食いっぱぐれてんだからな……。だからお前には、俺が確実に入隊するための踏み台になってもらおうってぇ話だ。」


(かなり嘘くさいけど、もしも本当だとしたらそれなりの大義があってここに来たってわけね。でも……。)


数秒の沈黙の後、フィオナはポケットにしまっていたキューブ2つを取り出し、手のひらに乗せて差し出した。


「そんなに欲しいなら、差し上げます。これ以上痛い思いをするのは御免ですから。」

「ハッ、分かりゃあいいんだよ分かりゃあ。」


そう言って、男はキューブに手を伸ばす。


「ただし、あなたがそのキューブを手に取ることができれば、の話ですが。」

「ああん?一体どういう――」


そのやりとりの直後、男の指先がキューブに触れた、その時である。


「うごあっ!!がああっ!!」


強烈な電撃が男の体を駆け巡り、男はたちまちその場に倒れこんだ。


「私の能力がどのようなものなのかも確認せずに近づいてしまったのは迂闊うかつでしたね。私が今まで一度も反撃しなかったのは、対人戦闘の経験が少なかったからというのもありますが、もう一つは、私の能力が加減を間違えれば人の命すら一瞬で奪うことができる力だからです。あなたの攻撃をかわしながら私も攻撃したのでは、うっかり電圧を間違えてあなたを死なせてしまうかもしれなかった。だから反撃できなかったんです。」

「や……野郎……!!」

「しばらくそこで寝ていてください。これ以上付きまとわれても困りますから。大丈夫ですよ、さっきより少しだけ強い電流が流れてビリっとするだけですから。長くても1時間足らずで目を覚ますことができると思います。ああ、それと。あなたのことは後でしっかりと報告しますから、そのつもりで。私、一度怒ると結構根に持つタイプなんです。あなたの大義は大変ご立派ですし、ご家庭の事情には同情いたします。しかし、ルールはしっかりと守るべきでしたね。いくら正しいことをやろうとしていても、やり方が間違っていては意味がありませんから。」


己の胸中を全てぶつけ終えたフィオナは、ゆっくりと男に歩み寄る。男の体はもはや完全にしびれていて、這って動くこともできない。しかしフィオナは一切の慈悲を与えず、指先で男の体に触れる。その瞬間、再び強烈な電流が男に浴びせられた。


「うごああああっ!!!!」


男の体はビクンと跳ね上がり、男は意識を失った。フィオナはそれを冷徹さと憐みのこもった瞳で見つめる。


「私にだって、引き返すわけにはいかない理由があるんです。」

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