第8話「束の間の日常」

総隊長であるネイルからの激励の言葉が終わり、入隊式は次の段階へと進んだ。


「えー、続きまして、本日入隊する第340期防災隊員、全93名それぞれの所属する隊を発表いたします。名前を呼ばれた新入隊員はその場で返事をして下さい。まずは第1大隊。……」


司会者が順番に、新入隊員93名分の名前を読み上げていく。第1大隊、第2大隊の発表が終わり、第3大隊に配属される隊員の名前が読み上げられ始めた。


「続いて、第3大隊。アシュリー・マカロック。」

「はいっ(ふふっ、当然ね。防災隊のおじさま方も見る目があるじゃない♪)。」

(あっ、アシュリーさん……、ターロックさんの隊だ。良かった、これで昨晩のようなことも少しは減るかなぁ……。めっちゃ嬉しそうだし。……だけど。)


つい数時間ほど前にフィオナを襲撃し、あえなく返り討ちにあったアシュリーは、彼女が慕っているターロックの隊、第3大隊への所属が決まったようだ。これにはフィオナも一安心、彼女の念願が叶ったわけだからこれ以上因縁をつけられることもない、と安堵した。しかし、それも束の間のことであった。


「フィオナ・マグワイア。」

「はい。」


フィオナもまた、ターロックの隊に所属することになっていたのである。


(前言撤回。もっとややこしいことになった……)


フィオナの名前が呼ばれた瞬間、鬼のような形相でアシュリーがフィオナの方を睨みつける。


(うわー、すっごい睨まれてる……。私何もしてないはずなんだけどなぁ……。)


フィオナにとってはお世辞にも希望に満ちた式典とはいえぬまま、入隊式は幕を閉じた。その後、新入隊員たちは各々所属することとなった隊の大隊長のもとへと集められた。


「さぁて、それではみなさん改めまして、防災隊へようこそー。」


フィオナやアシュリーら第3大隊への所属が決まった隊員たちを、ターロックが相変わらずの陽気さでもって出迎える。しかし、ターロックの隣には彼らの見知らぬ女性が1人立っている。その女性が新入隊員たちの視線を集める中で、ターロックが先ほどの挨拶の陽気さとは少々異なる、真面目なトーンの声で話を続ける。


「俺の名前については、今更名乗るまでもないだろう。入隊試験の時にも一度名乗っているしねぇ。本来なら俺も改めて名乗ったうえで、君たちの先輩にあたる隊員にも自己紹介を頼みたいところではあるんだけど……。残念ながら、あらゆることに関して今の人類には余裕がない。食べ物も人材も、そして時間さえもね。ということで、自己紹介のための時間は特段設けないから、同期や先輩とは各自打ち解けておくように。」


静かに話を聞く新入隊員たち。その様子を見て少し間を置いた後、いつもの陽気なトーンに戻ってターロックが続ける。


「な~んてことを言っておいて申し訳ないんだが、流石さすがに先輩隊員を1人も紹介しないというのはどうかと俺も思ってね。俺からはとりあえず、彼女1人だけでも紹介しておくとするよ。ベイヴェル、一言どうぞ~。」


「は~い。」

(ターロックさんの部下の人か……。また癖強い人なんだろうな~……。)


フィオナの心配をよそに、その女性はおっとりとした柔らかい声で返事をして一歩前に出る。


「皆さ~ん、防災隊への入隊おめでとうございます。私はこの第3大隊で副隊長を務めております、ベイヴェル・クラークと申します。隊長と同様、風の家系の生まれです。分からないことがあったら、遠慮なく聞いてくださいね~。」


ベイヴェルが温かい笑顔で自己紹介するさまを見て、フィオナはこう思った。


(あ~、何というか、良かったー。ターロックさ……あ、いや、ターロック隊長の部下って割にはマトモそうな人だ……。)


「まあ、そういうわけで、彼女がウチの副隊長だ。基本的に訓練とかの面倒は俺が見るって方針だけど、俺は自他ともに認める人気者なんでねぇ。どうしても外せない用事がある時もある。それに今年は新入隊員の数も多いから、1人じゃカバーしきれないと思ってね。俺に加えてベイヴェルにも君たちの指導を任せるから、よろしく頼むよ。」

「皆さ~ん、よろしくお願いしますね~。」

「……よーし、それじゃ早速だけど、今から訓練と行こうか。」


副隊長ベイヴェルの紹介が済んだところで、ターロックはいきなり訓練の開始を宣言した。しかし、フィオナはあまり動揺していないようだ。他ならぬ防災隊員の父と母のもとに生まれたのだ、防災隊員の日々のスケジュールがいかに厳しいかということは幼少期から聞かされてきた。フィオナがいきなりの訓練開始にも面食らわずにいられるというのは、意外なことではない。その日の訓練はロープの結び方や点呼のやり方、緊急時の指示伝達といった基礎的な内容に始まり、後半では小隊に分かれての傷病者の救助訓練などの実践的な物へと発展していった。いずれも失敗すれば何度でもやり直しを食らうという厳しいものであったが、フィオナは何とかくらいついていく。ところが、訓練が進むにつれ、フィオナは同期の隊員たちに関して少々疑問を抱き始めていた。


(何というか、両親からある程度話を聞いてた私でも、まだついていくだけでやっとって感じなのに、皆動きに迷いがなくて、体力もあってすごいな……。見たところ互いに知り合いっていう人も多いみたいだし。私なんて昨晩襲い掛かってきたアシュリーさん以外、知ってる人誰もいないのに。……実は私以外皆ご近所さんだった、なんてことないよね?だとしたら私だけよそ者って感じで嫌なんだけど……。)


そして、指導をおこなっていたベイヴェルもまた、同じようなことを疑問に思ったようである。


「隊長~。今年の新入隊員の皆さんは『できる子』が多いみたいですね~。」

「おや、不満かいベイヴェル。とてもいいことじゃないか。」

「いえいえ~、不満なんてとんでもない、むしろ頼りがいがあって素晴らしいと思います~。ですが、例年に比べてかなり出来が良いものですから、何か秘密というか、そういったものがあるのかなと思いまして~。」

「俺はただ、昨日の実技試験終了後に決まった今期の入隊者93名のリストの中から、『この子良いなー』って思う子を選んだだけさ。そうだねぇ、強いて言うなら、俺実技試験の監督やってたから、受験者の身のこなしを間近で観察できたんだよねぇ。その観察結果をもとに、めぼしい子については何人か選んでた、ってのはあるかな。」

「なるほど~、そういうことでしたか~。ああ、そういえば、隊長も含めて5人の大隊長さんは、昨晩ずっとどの隊員をどの隊に配属させるかを話し合う会議をされていらっしゃったんですよね~?」

「ああ、そうだねぇ、今年も議論が紛糾して徹夜一直線コースだったよ。」

「まあ~、それは大変です。これ以降の訓練は私1人で十分ですので、隊長はお休みになってください~。」

「いやー、でもねぇ、初日から大隊長がいないんじゃちょっと示しがつかないでしょうよ。」

「既に必要なことはすべてお話しいただきましたし、大丈夫だと思いますよ~?とにかく、いざという時に隊長が動けないとあっては一大事ですから、ここは私に任せてください~。」

「ふっははは、分かったよベイヴェル。それじゃ、後は任せるよ。」

「はい~、任されました~。」


ベイヴェルからの申し出を受け入れたターロックは、後の訓練の指導をベイヴェルに任せて本部建物内へと引き上げていった。


「『できる子』ねぇ……。流石、俺の選んだ子たちだ。」


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「は~い、皆さ~ん、それでは、本日の訓練はここまでです。片づけが済んだら、寮へ戻ってしっかりと休んでくださいね~。」

「「「は~い。」」」


夕方になり、予定していた分の訓練が終了したためベイヴェルが訓練を切り上げる旨を伝える。ベイヴェルのおっとりとした話し方につられたのか、新入隊員たちも緩~く返事をし、訓練で使用した道具などの片づけを始めた。何とか初日の訓練を乗り切ったフィオナも、昨日の試験で負った傷の鈍い痛みと今日の訓練での疲労を感じながら、訓練の後始末をするのであった。


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フィオナ達の入隊初日、災害後歴6月2日午後6時30分頃。訓練を終えた第340期防災隊員たちは、自身が暮らす寮へと引き上げていた。そろそろ夕食の時間ということで、隊員たちが続々と食堂に集まってきている。その隊員たちの中には、フィオナとダラの姿もあった。


「やあフィオナ。昨日ぶりだね。」

「あっ、ダラだ。お疲れ様ー。」

「お疲れ様。訓練はどうだった?僕はついていくので精いっぱいで、初日から結構叱られちゃったな。」

「私もだよ。いきなり置いていかれそうで自信無くしかけたよ……。でも、まだ小さかった頃に両親から聞いてた厳しさそのまんまっていうか、『私は防災隊に入ったんだ』って実感できる厳しさでもあったけどね。」

「相変わらずポジティブだね、フィオナは。」

「そういうダラこそ、結構爽やかな顔してるけど?」

「そうかな、とりあえず初日を乗り切って、『こんな感じか』って言うのが分かったから安心してるのかもね。」

「確か第4大隊……だったよね。隊長は、えーと……?」

「シーヴァ・マクマスターさんだよ。ディアンの五大分家、水を操るマクマスター家出身の方だね。」

「どんな人なの?」

「そうだね、訓練中はさっきも言ったように結構厳しいけれど、多分優しい人だと思うな。まだ僕たちは入隊初日だし、用具の場所とかも全然分からなかったんだけどね、尋ねてみたら丁寧に教えてくれたし。癖が強い人が多いって噂の防災隊上層部の中では常識人ポジションだと思うよ。」

「あらあらダラ君、それは私のことを褒めてくれてるってことで良いのかしら?」


ダラとフィオナの会話に割って入ったのは、今しがた2人が話題に上げていた第4大隊長、シーヴァ・マクマスター本人であった。


「?!た、隊長?!いらしていたとはつゆ知らず、ご無礼なことを……。」

「うふふ、良いのよ。別に悪口を言ってたわけじゃないんだし。そちらは、お友達?」

「ああっ、はい。本日付で第3大隊に配属となりました、フィオナ・マグワイアと申します。よろしくお願いいたします。」

「!!……マグワイア……。そう、あなたが……。自己紹介ありがとう。第4大隊長のシーヴァ・マクマスターよ。こちらこそ、どうぞよろしく。」


シーヴァはフィオナのフルネームを聞くと少し暗い表情になり、普段よりやや低いトーンの声で自らも名乗って返した。


「えっと、何か……?」

「ああ、いえ、何でもないのよ。フィオナさん。今後任務で一緒になることもあるかもしれないから、その時はよろしくね。」

「は、はぁ……。」

「ところで、なぜシーヴァ隊長がここに?」

「なぜって、私も食事をいただきに来たのよ?私だって人間だもの、食べなければ死んでしまうわ。」

「そ、そうでしたか。しかし、他の大隊長たちはお見えになっていないようですが……?」

「大隊長は何かと忙しいから、食事のタイミングが合わないことも多くてね。事前にお願いすれば、部屋まで持ってきてもらうことができるのよ。他のみんなは基本的にその制度を利用してるみたいね。」

「では、シーヴァ隊長は利用なさっていないということですか?」

「いえ、そうではないわ。私も、どうしても時間が合わない日には部屋まで届けてもらっているんだけどね。私は隊員とのコミュニケーションを大切にしたいと考えているから、来られるときはできるだけみんなと一緒に食べるようにしているのよ。」

「隊員想いでいらっしゃるんですね。」

「ふふっ、ありがとう。でもね、私以外の4人の大隊長も、彼らなりのやり方で隊員たちを大切にしてるのよ。訓練は厳しいけれど、それも大隊長の気持ちの表れだってことを忘れずに、頑張ってね。」

「はい、頑張ります。」

「言ったわね?ダラ君。明日からもビシバシ行くわよ?」

「うっ……、確実に進歩できるよう、善処いたします。」

「はい、よろしい。ささ、早く取らないと、お料理がなくなってしまうわ。せっかくだし、フィオナさんも一緒にどうかしら?」

「は、はい。ご一緒させていただきます。」

「あの、シーヴァ大隊長殿、わたくしもご一緒させていただいてよろしいでしょうか?!」

「うわっ、誰?!」


3人の会話にさらに割って入ったのは、眼鏡をかけた一人の隊員だった。いかにも堅物、という見た目をしている。


「あら、リーアム君ね、もちろんよ。一緒に食べましょう。」

「全く、ダラ、君という人は。つい先ほどまでは普通に会話をしておきながら、食堂に入った途端に僕をまるで空気のように扱うとは何事かね。」

「ごめんよリーアム、決して忘れていたわけじゃないんだ。」

「隊長も隊長です、隊長がお立ちになっている場所からであれば、確実にわたくしの存在に気づいていたはずですのに、どうして一言おっしゃって下さらなかったのか?かなり、疎外感を覚えました!」

「ごめんなさいリーアム君。私も、何かもう一人いるなー、っていうのは分かってたんだけどね。何か勝手に視界から外れちゃうっていうか……。」

「なぁーーーッ、これで本日4回目だ、初対面でない人に無視されたのはッ!!悲しい、悲しいぞ……。」

「あ、あの……。」

「ああ、いや、君は良いんだ、なぜなら初対面だからな。初対面で僕の存在に気が付いた人は、家族以外にはいない。だから、良いんだ。」

「うん、えっと、何か許してくれたみたいでありがとう。でも、確かあなたって、昨日の入隊試験の時に質問をしてた人、だよね。間違ってたら申し訳ないんだけど。」


堅物じみたその男は、フィオナの発言を聞くと勢いよくフィオナの目の前へと歩み寄る。


「……覚えていてくれたのか?」

「え、ええ、その、とても元気のある方だなー、と思って……。印象に残ってたって言うか?」

「……ああ、父さん、母さん、僕はようやく、他人ひとから認知されるような存在となることができました。この世に生んでくれてありがとう……。」


男は天を仰いで涙すら流しながら、ひたすらにこの世に生を受けたことに対する感謝の念を述べ始めた。


「ええー、泣くほど……?」

「えっとね、紹介するよ。彼はリーアム・コリンズ。僕たちと同じ第340期隊員で、さらに僕と同じ第4大隊所属でね、今日の訓練で同じ小隊になったから仲良くなったんだけど、いかんせん影が薄くてね。よく見失うんだよ。」

「ああ、ダラの言うとおり、僕は生まれつき影が薄くてね。家族以外にはちゃんと認識されるかどうかすら怪しいんだ。しかし、僕の両親はこう教えてくれた。影が薄いからこそ、いかなる時でも身だしなみを整え、はきはきと話すのだと。いつどこで、そこにいると認識されてもいいように、と。でも、君は初対面であるにもかかわらず僕のことを認識してくれた。ああ、ありがとう、ありがとううふぁぁーーッ!!」

「あらら、また泣き出しちゃった……。」

「ちなみに、能力は触れたものをなんでも液状化させる、らしいよ。」

「あ、ああ、そう……(結局本人から何一つ自己紹介されてないような……?)。」

「ふふ、皆仲良くできそうで良かったじゃない。さて、それじゃ、気を取り直して、リーアム君も含めた4人で今日はいただきましょうか。」


昼間の訓練や人類が置かれている状況、それらの厳しさをしばし忘れられるような、賑やかな空間がそこにはあった。第340期防災隊員たちの入隊初日は、彼らにとってはそれなりに楽しいものとなったのであった。


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第340期隊員の入隊から約2ヶ月が経った、災害後歴364年8月上旬。フィオナもすっかり防災隊での日常に慣れ、訓練の様子もさまになってきた。


「はぁー……。」

「お疲れさま、フィオナ。今日の訓練も大変だったみたいだね。」

「ああ、お疲れーダラ。入隊から2ヶ月ちょっと経って大分慣れたけど、キツイのには変わりないんだよねー。しかも今年の夏は特に暑い気がするし……。」

「厳しい訓練に加えて、この暑さはこたえるよね。僕の力を使えば、多少涼しくできるかもしれないけど……?」

「お気遣いどうも。でも、気持ちだけで十分だよ。ダラも疲れてるでしょ?」

「そう……。」


この2ヶ月間、相変わらずアシュリーにはことあるごとに絡まれ、夏になるにつれて上昇する気温にも苦しめられているようだが、フィオナは全体としては充実した毎日を送っているように見える。しかし、フィオナにはここ最近、気がかりなことがあった。


「……。」

「どうしたんだい?フィオナ。何だか考え込んでいるようだけれど……。」


ある日の訓練終了後、寮へと引き上げる際にタイミングが一緒になったダラに、フィオナはその気がかりなことについて話した。


「いや、大したことじゃないんだけどさ。あいつ、何してるんだろう、って思って。」

「あいつ……?ああ、タイグのことか。研究部はいろいろな薬品や設備を使うから、危険を回避するって都合で建物も離れたところにあるし、あまり会う機会はないだろう、とは言ってたけれど、確かにここ最近何の音沙汰もないね。」

「あいつのことだから、念願叶ったその時には寝ても覚めても研究に没頭するんだろうなとは思ってたけどね。」

「でも、流石にこう何ヶ月も連絡がないと心配になるね。ちゃんと元気でやってるのかな。」

「義務教育学校時代だったら、今頃は夏休み真っ只中、って感じで自由に生活してたんだけどなー。防災隊は年中無休、いつ何があっても即時出動できるようにしてなきゃいけないし……。あいつも忙しいのかな。」

「俺が、どうかしたのか?」

「えっ、タイグ?!」

「おお、噂をすれば何とやらってやつだね。タイグ、久しぶり。」

「ああ、しばらくぶりだな、ダラ。」

「どうしてここに?来るなら一言くらい連絡くれればよかったのに……。」

「俺はお前に心配されるほど貧弱じゃねーよ。ここに寄ったのはあくまでついでだしな。今日ここに来たのは、この2ヶ月間で調べたことを本部に報告するためだ。」

「調べたこと?」

「ああ、こいつについて、な。」


フィオナとダラの前に突然現れたのは、入隊初日以降、所属する研究部の建物から出ることもなく一切音沙汰のなかったタイグであった。彼の右手には、握り拳くらいの大きさの、鈍い赤銅色をした小石のようなものが握られている。


「あっ、それって……!」

「タイグ、これは一体何だい?僕にはただの石か、岩の破片にしか見えないんだけど……?」

「これはな、俺たちの故郷から持ってきたもののうちの1つだ。」

「故郷ってことは、ズンファーから?」

「そうだ。入隊試験を受けるためにズンファーを出発する前日、街中を歩き回って拾ってきたんだ。」

「はぁ、なるほどね。何でわざわざ石ころなんて持って行くんだろう、と思ったけど、研究材料にするためだったのね。」

「ズンファーをつ時にお前が言ってた通り、一度入隊してしまえば、ズンファーに戻るのは簡単じゃない。正規の手続きを踏んで、現地調査という形を取らなきゃな。そして、そういった手続きには時間がかかる。だから、先に持ってきちまった方が手っ取り早いと思った。」

「入隊試験を受ける前からそこまで見据えていたとは……。それで、タイグ。この2ヶ月間、その石を調べて何が分かったんだい?もしかして、先のズンファーでのことと関係があるのかな。」

「……そうだな、どうせもうじき公式に発表があるだろうから、今ここで喋っても情報漏洩にはあたらねぇか。だが念のため、本部からの発表があるまでは他言無用で頼む。」

「ええ。」

「う、うん。分かったよ。」

「まずは、この物体が何かというところから話すべきだな。これは石みたいに見えるがそうじゃねぇ。正体はほとんど純粋な金属の塊だ。」

「それにしては、随分と鈍い色をしてるというか、金属ってもっと、光を反射してるようなイメージだけど?」

「色が金属っぽくねぇのは、表面がさびてるからだな。その証拠に、これと同じものを高温で熱して溶かしてみたら、きれいな金属が出てきたよ。」

「へー。それで?その金属がどうしてそこまで重要なの?」

「この金属がれた場所は、ズンファーの中でもとりわけ被害が大きかった場所――」

「それは、つまり――」

「ああ、あの日、俺たちの街が崩壊するきっかけとなった巨大地震、その震央付近。例のデカい球体がヘビみてぇなニョロニョロを突き刺したのが跡になって残った、深く穴が開いている地点だ。」


--------------------------------------――


「そして、その周囲から採取された金属塊の性状や融点などを調べたところ、試料の一部において、かねてよりズンファー地下で存在が確認されていた既知の鉱物に含まれる金属に加えて、未知の金属が検出された。」

「ほう。」

「しかも、それらの試料を丹念に観察してみると、その未知の金属が、地中の鉱物と融合したような状態になっているのが確認されたと、先程開かれた研究部の定例報告会において発表があった。」

「つまり、この間ズンファーに現れたあのクソデケェのは、未知の金属で構成されてる可能性があるってことか?」

「その可能性が高い、と研究部は結論付けている。私も、その考えに関して異論はない。」

「だとすると、次にあれと出くわした時の対応策をどうするか、検討する余地が出てきそうだねぇ。2つ目の発見は、突然地震が起きたことと関係しているかもしれない。」


タイグがフィオナとダラに会って話をしていたちょうどその頃、本部建物内にある会議室に、ディアミッドやターロック、シーヴァを始めとする大隊長5人が招集されていた。召集の号令をかけたのは、防災隊の全てを取りまとめる総隊長、ネイルであった。


「研究部の頭でっかち共が、さっき俺にやたらと金属の提供を迫ってきたのは、その発見と関係があるってのか?」

「もちろんだ。自然界での存在が確認されていない金属となると、ジョンストン家に代々伝わる金属の力、それについて今一度詳しく調べることも必要だろう。」

「しっかし、研究部の紳士一同もすごいよねぇ。いくら試料が欲しいって言っても、この怖~い怖~いディアミッドに直談判できるんだから。」

「黙れターロック。俺には老人をいたぶって遊ぶような趣味はねぇ。それに――」


ディアミッドは右のてのひらから液状の金属を少量出し、それを数個の小さな球に変化させて机上に放り投げた。


「そんな豆粒で十分じゅうぶんだってんなら、いくらでもくれてやる。」


ディアミッドがほうった金属の小球を一つ拾い上げ、ターロックが言う。


「ふ~ん、これで一体何が分かるんだろうねぇ。俺には、これを調べようという気すら起きないよ。」

「研究部は人類を導く頭脳だ。少ない情報から事実を見つけることができる優秀な者たちが揃っている。彼らがこれで良いというのなら、きっと問題ない。しかもこの研究成果に関しては、2ヶ月前の入隊試験で合格したばかりの新入研究員が挙げたものだそうだ。定例報告会にも来ていたが、研究に対しては相当の熱意を持っているように見えた。」

「それはすごいことね。研究なんて、普通は2ヶ月くらいじゃ成果が出ないことの方が多いでしょうに。」

「彼はのズンファー出身だと聞いている。故郷への思いも、彼を突き動かす要因の1つかもしれん。」

「フィオナちゃんのお友達、かぁ。一度ゆっくり話をしてみたいねぇ。ズンファーではバタバタしてて、全然話せなかったし。」

「それで?本来予定になかった会議で俺たちがここに集められたのは、まさかそのガキがやったっつうこの発見について話すためだけじゃねぇんだろ?ネイル。」

「ああ。彼によってなされたこの発見は、ズンファーに現れたという巨大物体の正体につながりうる重要なものだ。しかし今日の定例報告会では、それよりもさらに重大な問題についての発表があった。5人をここに呼んだのは、そのことに関して至急検討するためというのが大きい。だが、その前に――」


ネイルは一度話の流れを切り、自身の右斜め前の方向をじっと見つめる。彼の視線の先には、椅子の背もたれの先端に首をひっかけ、天を仰ぐように顔を真上に向け、椅子を少し後ろ側に傾けさせながらいびきをかいて眠りこける一人の大男がいた。


「ニアール第1大隊長、会議中に居眠りをしてもらっては困るのですが……。」

「んがっ?ん、んうあぁーーーっ、ああ、よう寝たわ。なんや、やっとわしの出番かいな。」

「そうですね、あえて言うならば、会議中はずっとあなたの出番が続いているはずなのですが……。」

「いやー、すまんすまん。どうも会議っちゅうんはしょうに合わんのう。なんやわけわからん難しい話ばっかしとるなーとか、わしがよう知らん人の話でなんか盛り上がっとんなーとか思っとったら、知らん間に寝てもうてたわ。」

「ああ、その、我々だけの間で顔と名前が一致している人物に関して長々と話してしまった件については申し訳なく思っていますが、これ以降は非常に重要な話ですので、どうか聞き逃されないよう、お願いします。」

「承知。よろしゅう頼むで、総隊長。」


ネイルは自らよりも年上のニアールに対し、それまでのような威厳ある口調ではなく、むしろ丁寧な口調で、しかししっかりと諫める。ニアールにとってみれば、ネイルは目上でありながら年下の存在、ということになるが、ニアールはネイルが注意するのを素直に受け入れた。


「それと、だ。」


ネイルはさらに、会議室の出入り口にあたるドア付近に視線を移す。そこには、四つん這いになりながらそろりそろりと気配を消し、今にもドアを開けて外へ出ていこうとする女性隊員の姿があった。


「キーラ第5大隊長。まだ会議は終わっていない。席に戻ってくれ。」


ネイルに注意されたその瞬間、その女性はゆっくりとネイルの方へと振り返って、今にも消え入りそうなか細い声で言う。


「えー……、だって、もうつかれた……。へやにかえるぅ……。」

「……。」


ネイルが困っていると、シーヴァが優しく語りかける。


「キーラちゃん、これから総隊長がされるお話はとても大事なことなの。防災隊全体に関わる、大事なことなの。だから、せめて椅子にちゃんと座って、お話だけは聞きましょう?」

「うー……、シーヴァがそう言うなら……。」

「うん、偉いわ、キーラちゃん。」


キーラはシーヴァに説得される形で、床に四つん這いになった状態からゆっくりと自分の椅子へと戻った。


「シーヴァさん、申し訳ない。本来なら私がきっちりと諫めるべき場面なんだが……。」

「いいのよ総隊長。キーラちゃんのお世話を買って出たのは私だから、気にしないで。それよりも、研究部から上がってきたっていう重大な報告について、聞かせていただけるかしら?」

「はい。分かりました。」


ネイルは一つ咳払いをして間を整えると、再び威厳ある口調に戻って話し始めた。


「さて、研究部からのもう1つの報告とは、最近の『暑さ』についてだ。」

「夏があちいのは毎年のことじゃねぇか。」

「だが、今年の暑さは例年とは違う特徴を示しているらしい。」

「例年とはちゃう特徴、やて?」

「通常であれば、気温というものは初夏から夏本番へ向けて、徐々に上昇していくものだ。実際、今年の7月まではそうだった。しかし今月に入ってからは、通常ではありえないペースでユーラスト全体の気温が上昇しているようだと、研究部は言っている。」

「温度計の故障、という可能性はないのかしら?」

「各地域の防災隊支部に設置したすべての温度計において、同様の傾向がみられているそうだ。いくらなんでも、一斉にすべての温度計が狂ったという可能性は低いだろう。」

「でもねぇ、単に『気温が上がってます』ってだけじゃ、具体的に何をどうすればいいんだい?まさか隊員総出で頑張って国中の気温を下げる、なんて言い出すんじゃないよね?」

「いいや、我々がやるべきことは明確だ。十中八九、この件の原因であろうと思われる存在についても、報告があった。もっとも、これに関しては研究部以外からの報告だがな。」

「もったいぶらずにさっさと言いやがれ。何なんだ、その原因ってのは。」

「今回の異常な気温上昇は、ユーラスト南部にあるグリアンの街で特に顕著なのだそうだが……、そのグリアン支部の隊員1名が、ほんの数時間前に自らの足で本部へとやってきた。深刻な脱水症状を起こしながら。」

「脱水症状って……、その隊員は無事なの?」

「一命はとりとめた。現在は容体も安定しているそうだ。」

「そう、ならよかったけれど……。そもそも、グリアンからここまでってかなり距離があるけれど、その道のりを1人で歩いてきた、ということ?」

「その隊員はこう言っている。グリアンの街はもはや干からびてしまった、暑さで河川も井戸も地下水も蒸発し、馬も農作物もすべてダメになった。残り僅かな水を頼りに何とか人々は頑張っているが、次々と倒れるものが出ている。それを伝えるために、命を懸けてここまでやってきた、と。」

「何やて?!」

「さらに、彼はこう言ったそうだ。……『グリアンの街に、突然もう1つの太陽が現れた』と。」

「「「!!!」」」


ネイルの一言に、その場にいた全員の表情が変わった。南方の街、グリアンの窮状を命からがら訴えるその隊員の報告はまさに、次なる大災害の始まりを告げるものであった。

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