第3話「想定外」
「よし、お前ら、……責任を果たすぞ。」
「「「はっ!!」」」
ディアミッドの一言で、隊員たちの空気が一段と引き締まる。タイグとフィオナも、思わず肩に力が入る。
「見ての通り、状況はかなり過酷だ。本来なら瓦礫という瓦礫をひっくり返して隅から隅まで調べるしかねぇところだが、今回は
「まさか!この状況でどうやって……?」
「詳しいことは俺にも分からん。気になるなら後で直接、そいつら本人に聞くといい、メラ。」
「はっ、はあ……。」
「だが、こいつらの持つ情報がひとまず信用に値することは確かだ。」
「しかし大隊長、きちんとした出どころの情報でないものを安易に信用するのは……。だいたい、彼らは民間人です。いち早く避難所へ連れて行くのが筋ではないでしょうか?」
「そうだローリー。できれば俺だって、こんなガキ共の協力なんざ仰ぎたくねぇし、この状況じゃこいつらは足手まとい以外の何物でもないことも確かだ。だが、ターロックがこいつらの信憑性を保証すると言い切った。それで根拠としては十分だ。」
「あっ、あのターロックさんが……?」
「とにかく、ここで問答していても仕方ねぇ。指示を出すぞ。」
すると、ディアミッドの両目が鉛色に光り、右の掌から鈍い金属光沢を放つ液体が空中へと飛び出した。液体は空中でみるみるうちに集合していき、硬化しつつその形を整えていく。液体の硬化によって生み出された物体はしまいには地面に接し、ディアミッドの身長を少し超える程度の高さのモノリスを作り上げた。そこにはズンファーの街全体の地図が刻印されている。どうやら、ディアミッドの能力は自身の掌から生み出される液体金属を自由自在に操るものらしい。
「いいか、こいつらの情報によれば、生存者がいるのはこの地図に点で示した場所だ。本来なら街全体をカバーしたい局面だが、人員が少ない今は捜索範囲を狭め、より確実な救助を優先する。俺が今から出す指示を言い終わるまでに頭に叩き込め。メラ、お前の隊はこのまま北東方向へ向かって救出活動にあたれ。途中でこいつらを適当な避難所へぶち込むのも忘れるなよ。ローリーの隊は南東だ。誰か1人でいい、支部にこの情報を伝達する人員を派遣しろ。俺は西に向かう。この地図上に示した以外にも、生存者を見つけたらその都度対応しろ。全員の救助ならびに搬送完了後は、支部に急行して指示を待て。以降の指揮はメラとローリーに一任する。以上だ。何度も言うが、普段の任務より人員が少ない。最低でも1人が5人分の働きをするつもりで臨め。」
「「「了解!!!」」」
「よし、では――」
ディアミッドが部下たちに指示を出し終え、任務開始の合図を出そうとしたその瞬間、彼らに向かって突進してくる巨大な物体が、ディアミッドの視界に飛び込んだ。
「!!」
ディアミッドは再び掌から液体を出すと、先刻タイグたちを救う際にも用いたあの金属柱を生み出し、それを急激に伸長させることでその物体に激突させ、またしても触手の動きを止めた。金属同士が激しく衝突し、轟音が彼らの耳元でこだまする。
「なっ!?」
「これは、さっきの……!」
彼らのもとに突っ込んできたのは、先程から縦横無尽に暴れまわっているあの触手であった。
「……計画変更だ。俺が西側の救助を引き受けるつもりだったが、どうやらまずはこいつを片付けんことには始まらんらしい。俺はこいつをどうにかして止める。その間にお前たちは救助活動を完了させろ。一人も死なせるな!」
ディアミッドは部下たちに
「ほら、君たち。早く行くよ。」
「あっ、はい、わかりました。けど……」
「どうかしたの?」
「いえ、ディアミッドさんは大丈夫なのかな、と……。」
「大隊長なら、心配しなくても大丈夫。歴代防災隊員の中でも指折りの実力って言われてるくらいだしね。」
「でも、あんな得体の知れない物を相手に、どうやって……?」
「確かに、あんなの今までに誰も見たことないし、何をしてくるかも分からない。けど、だからこそ大隊長は自ら盾になる道を選んだんだと思う。たぶん、大隊長が止められないなら、今の防災隊員であれを止められる人はいない。」
「そんな、じゃあ、もしディアミッドさんが負けたら……。」
「そんなことにはならないよ。私たちに課せられた任務は、あくまで人を救うこと。あの大きな球を破壊することじゃない。だからこそ大隊長は『壊す』じゃなくて『止める』って言ったんだと思う。生き残った全住民の安全が確保されるまで、時間稼ぎに徹するんじゃないかな。」
「随分と、信頼されているんですね。」
「当然だよ。私たちがこれまで生き残ってこられたのは、大隊長の実力あってこそだから。……ところで、名前、まだ聞いてなかったね。」
「あっ、タイグ・クインと申します。」
「フィオナ・マグワイアです。」
「タイグくんにフィオナさんね。君たちにはこの先の避難所にいったん入ってもらうよ。そのあとについては、たぶん避難所で指示が出ると思うから、それに従って。短い付き合いだったけれど、貴重な情報をありがとう。」
「えっ……、そんな、ちょっと待ってください。」
「どうしたの、フィオナさん?」
「その、まだ私たち、1人も助けてません。せめて、せめてお手伝いだけでも……!」
「おいやめろ、フィオナ。この
「いいフィオナさん、あなたは本来なら、助けられる立場なの。こんな状況で生存者を探し出してくれただけで、あなたは十分に救助に貢献している。防災隊員ならともかく、あなたがそこまで責任を負う必要はない。ここは私たちに任せて。」
「……、分かりました。お願いします。どうか、1人でも多くの命を、救ってください。」
「ええ、もちろん。あなたたちも生き残ってね。この街の再興には、あなたたちのような若者の力が必要だから。さあ、急ぎましょう。」
ひと悶着あったものの、その後一行は無事に避難所へとたどり着き、タイグたちは一応のこと、身の安全を保障された。メラたちと別れたタイグたちが避難所の建物に入ると、そこは既に大勢の市民で溢れかえっていた。ここがズンファーで最も新しく、そして広い避難所であるにも関わらず、である。
「これは……、定員ギリギリってところか。何とか滑り込めたらしいな。」
「う、うん。」
「おーい、お前たちー!」
数多の人々の中から、2人を呼ぶ声が聞こえる。2人が声のする方へと振り向くと、そこに居たのはタイグの父であるダヒの仕事仲間、コノルであった。どうやら、2人が入った避難所は彼らの仕事場の近くであったらしい。
「よう、無事だったか。」
「コノルさん!ご無事で何よりです。」
「お前らこそ、よくぞ無事だったな。だが、ここはお前たちの住んでる辺りから結構離れてるだろ?家にいたんなら、もっと近いところにも避難所はあっただろうに。なぜこんなところまで来たんだ?」
「それは、あの、話すと少し長くなるんですが……。あの、それより、コノルさんがいらっしゃるということは、父もここに?」
「あー、それなんだがな……、地震が起きてから、俺もダヒも一緒に避難しようとしたんだ。だが、その道中であいつときたら、『堤防が壊れてないか確認しに行く』とか言って戻ろうとしやがったんだよ。」
「何ですって!?」
「あいつは仕事には人一倍熱心な奴だが、今回ばかりはその熱心さが裏目に出ちまった。俺もどうにか思いとどまらせようとしたんだが、もめてるところにでけぇ瓦礫が落ちてきてな、直撃はしなかったんだが、俺とダヒはそこで分断されちまった。結局、俺はダヒを置いて逃げざるを得なかった。すまねぇ、タイグ。」
「いえ、コノルさんが謝ることではありませんよ、父がバカなだけですから……。」
「タイグ、おじさんは……。」
「あぁ、全くもう……。」
「とにかく、今はあいつを信じることしかできん。とりあえず、ここで待とう。」
「ええ、そうですね、コノルさん……。」
タイグたちが避難所でダヒの生存を願う中、市街地ではディアミッドの隊を始めとする防災隊員たちが奮闘を見せていた。
「捜索隊は次のポイントへ移動!救助者の搬送急いで!」
「「了解!」」
「しかしメラさん、あの子供たち、一体どんな手を使ったんでしょうか……?実際に捜索してみるまで半信半疑でしたが、まさかここまで的確に生存者の位置を当てるなんて……。」
「さあね、彼らのうちどちらか、あるいは両方の能力を応用したんだろうとは思うけど……。とにかく、今は救助に集中して。彼らからの情報は確かに救助を楽にしてくれているけど、人員も足りない上にこの被害、大隊長は『最低でも5人分の働きを』って言ってたけど、実際、1人が5人分の働きをしても間に合うかどうか……。ねぇ、こっちはあと何人残ってる?」
「えっ、ええと、後3人ほどで、任せられた区画の救助は完了です。今のところ、新たな生存者も確認されていません。」
「OK。その3人の救助が完了次第、ローリー隊と合流するよ。」
「分かりました。」
一方で、部下と別れて単身で例の球の前に立ちふさがったディアミッドは、あることに気がつき始めていた。
(クソっ、何かおかしい。こいつ、俺には見向きもしねぇで、明後日の方向に攻撃しやがる。俺の方に向かってくるならまだいいが、次はどこに攻撃を差し向けるか分かったもんじゃねぇから厄介だ。何か、俺以外に優先して攻撃すべき対象があるのか?それが何か分かれば、少しは楽になるんだがな……!)
その時、触手の動きのパターンが突然変わり、8本の触手が再び一斉に地面に突き刺さった。
「おい、まさか、また――」
ディアミッドが予見した通り、再び地面が激しく揺れ始める。先ほどの揺れによる街への被害を踏まえると、どう考えてもこの第2波は致命的である。
「チッ!!」
ディアミッドは自分の足元から勢いよく金属柱を生やし、その勢いで空中へと飛び上がると、すぐさま体内の液体金属を右手に集約し、一斉に空中へと解き放つ。液体金属は例のごとく金属柱へと姿を変えていくが、先ほどまで盾に使っていたものとは異なり、まるで鎌のように湾曲した鋭利な形状をしている。
(何度か攻撃を防いで分かったことがある。恐らく、このでけぇ球も、そこから生えてる気持ち
ディアミッドが放った金属柱は、そのまま8本に枝分かれして1本ずつ例の球の触手に突撃していく。その鋭利な先端が触手に食い込み火花が上がると、触手よりも硬度で勝る金属柱は、勢いこそ衰えたもののそのまま触手を貫通する。触手は金属柱が貫通した地点からちぎれ、先端だけが地面に取り残される格好となった。
「ハァ……、ったく、ここまで大げさにやるつもりはなかったんだがな……。」
触手が切断されたことで揺れは収まり、第2波は第1波よりも小さい規模に収まった。
「っ……、コノルさん、大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ。何だよ、余震か?」
「ねぇ、タイグ、これって……。」
「ああ、恐らくまた、あの球の仕業だろうな。しかし、さっきほどじゃなかったのは幸い……か。」
避難所にいるタイグたちにも揺れは感じられたが、やはり第1波ほどではなかったために安堵した様子である。しかし、それはほんの束の間の安堵であった。
「……ねぇ、ママ。この音なに?」
「音?」
「うん、なんか、外でゴーって鳴ってるのが聞こえるよ。」
第2波が過ぎ去って数分後、避難所の外でなにやら不穏な音が響いているのに気づいたのは、耳の良い子供だけではなかった。このような状況である、恐らく周囲の状況変化に対して敏感になっている者が多かったのであろう。音が聞こえ始めると共に一旦は静まり返った避難所が、再びざわめき始める。
「今度は何なの?」
「地震……、ではないな、地面はほとんど揺れてない。」
「さっきの揺れで、何か大きな建物でも崩れたんじゃねぇのか?」
コノルの推測は、ある意味では正しかった。なぜなら、その時確かに、大きな建物が崩れていたからである。しかし同時に、コノルの推測はその時起こっていた全ての現象を説明するものではなかった。彼らはまたしても思い知ることになる。彼らに突きつけられた現実が、いかに非情であったかを。すでにこの街は地獄と化していたにも関わらず、なおも蹂躙されるということがあり得るのだということを…。
「お、おい、あれ!!」
「あれってまずいんじゃ……!」
異音が聞こえてから数秒後、窓の近くにいた者たちがよりいっそうざわめき始めた。タイグたちも比較的窓の近くにいたために、人垣を押しのけて窓から外を見る。するとどうであろう。つい先ほどまでそこから見えていたのは、地震の衝撃でひび割れた大通りと瓦礫の山であった。今の今までそうであったのだ。ところが、彼らの眼前には全く別の光景が広がっていた。街は濁流にのまれ、まるで洪水にでも巻き込まれたかのように、いや実際に洪水に巻き込まれていたのであるが、とにかくそれまで確実に地面が見えていたはずの場所が、まるで川のようになっていたのである。ズンファーの住民にとって、今日という一日は想定外の事態の連続となっていたわけであるが、それでもあまりに突然のことに、その場にいた全員が絶句した。
「!!」
さらにその数秒後、その光景を目にした者のうち数人がある可能性を予見し、沈黙を破った。
「おい!みんな上へ逃げろ!」
「水が入ってくるぞー!!」
その直後のことである、悪い予感は見事に的中し、不幸にも大きく口を開けていた避難所の入り口から勢いよく濁流が押し寄せてきた。水圧と水位は刻一刻と増し、避難所の窓もあっけなく破られる。窓が破られたことでよりいっそう水の勢いが強くなり、1階にいた者たちは数十秒ほどで膝下ほどまで水に浸かる状態となった。
「逃げろー!!」
「おい、邪魔だ、さっさと上がれよ!」
「ちょっと、先に通してよ!」
「どうしたんだよ、早く行きやがれ!」
「無理だって言ってんだろ!これ以上は入れねぇんだよ!!」
「もっと詰めろよ馬鹿野郎!」
「お願い、小さな子供がいるのよ!せめてこの子だけでも!」
もはや、避難所内は完全にパニック状態である。皆が我先にと2階へ続く階段に殺到し、かえって大渋滞を引き起こしている。加えて避難所内が吹き抜け構造であり、2階の床面積はそう広くはない。つまり、頼みの綱である2階の収容人数は、どうみても今回の避難者数と比べて不足しているのである。しかも、タイグたちが今いる避難所はズンファーの中でも人口が集中する地区にあり、他の避難所より多くの避難者がいたことが、それに拍車をかけていた。しかし階上へと続く階段はタイグたちが街を飲み込む濁流を目の当たりにした窓の近くにあったため、タイグたちやコノルに限って言えば幸運にもいち早く2階へたどり着くことができていた。
「まずいな、どう考えてもこれは、入りきらないぞ。」
「ねぇ、どうにかならないの?」
「無茶言うな、俺たちじゃどうにもならねぇよ。」
「……だよね、ごめん。」
「おい、やべぇぞ。1階はもう完全に沈む!」
あれよあれよという間に水位は増していき、全員が2階以上へ逃れることのできないままに、1階はほとんど完全に水没した。
「助けてー!!」
「早くこっちに来い!つかまれー!」
「馬鹿、それ以上身を乗り出すな!あんたまで流されちまうぞ!」
「やめろ!あれは俺の妹なんだ!」
「ありゃもう無理だ!諦めろ!」
「ふざけるな!あとちょっと、あとちょっとで……!」
階段の下では、濁流にさらわれかけている家族を救おうとする者の悲痛な叫びと、もう手遅れだからやめろという怒号が飛び交っている。一体、どれくらいの人数が2階へ上がれずに流されたのであろうか。2階へと避難できた者は皆そのような問いに一瞬支配されたが、階下から響いてくる絶望の声を耳にしてなお、その問いについて真剣に考えようという段階に至るものはいなかったようである。
「クソ、何なんだよこれ!地震だけでもひでぇってのに!!何で急に洪水なんだ!?」
「ちょっと、大声出さないでよ!誰がそんなこと分かるって言うの!?」
「いや、分かるさ……。この街でこんな大量の水が流れてるところは1つしかねぇよ……。」
「まさか!!」
次に彼らの意識を支配したのは、この濁流が一体全体どこからやってきたのか、という問いであった。しかし、彼らにとってそれは想像に難くないことであった。たとえ動揺と苛立ちで思考力が低下していたとしても。だが想像などするまでもなく、実際にその濁流が街へと流れ出る現場を目撃した者がいた。
「ハァ……、ったく、ここまで大げさにやるつもりはなかったんだがな……。」
ディアミッドがいったんは例の球を抑えた、その後のことである。
「ん……?何だ、この音は……?それに、わずかに地面も揺れている。こいつ、まだ何かしようってのか?」
異常な音と揺れを感じたディアミッドは、無意識にそれが例の球によるものであると思い込んだようで、振り返る。しかし、例の球は沈黙している。
「動かねぇ……?そもそもこの気持ち
異音と揺れが例の球によるものではないと分かったディアミッドは、例の球から一度意識をそらす。すると、その音と揺れが例の球の位置とは違う方向から近づいてきていることに気づいた。
「向こうで、何か起きたのか――」
ディアミッドがその方向へと振り向くと、そこに迫っていたのは全く予想だにしなかった、街を飲み込まんとする濁流であった。
「!?」
ディアミッドは瞬時の判断で金属柱を使って飛び上がり、濁流をかわす。
「何だ、これは……!クソっ!!」
ディアミッドは金属柱を次々と飛び移りながら、濁流の上を行きつつその出どころを探る。
「これは……。」
ディアミッドが見たのは、ファーダ川の堤防が決壊している現場であった。ディアミッドが例の球と対峙していた地点から、直線距離にして400 mほどの場所である。
「1度目の揺れでヒビでも入ってやがったか。それがさっきの揺れで……。チっ、まさかこんな形で犠牲を出すとはな……。このままだと、もう後数十分もしないうちに街が水の底に沈む……か。それに、放っておけば水流で堤防が削られて、さらに大きく決壊しかねねぇ……。」
ディアミッドはそう呟くと、次の瞬間には渾身の一撃を堤防の決壊部位に向けて放つ。呟いた内容に表れている冷静な分析とは裏腹に、その表情からは怒りのような、一種の激情が読み取れる。放たれた金属は着弾と同時に一気に堤防の切れ目を埋めるように変形し、それ以上水が市街地へ流出するのを防いだ。
ディアミッドが次にとるべき行動を模索していたその時、市街地に再び大きな黒い影が落ちた。ディアミッドもそれに気づき、上空を見上げる。
「クソっ、次から次へとわけ分かんねぇ動きしやがって……!」
上空には、ついさっきまで沈黙していた例の球が浮かんでいた。ディアミッドによって切断された8本の触手はそのままで。この球の動きのパターンを理解できているものなど誰もいなかったし、ディアミッドもそうだったのであるが、それでも何か違うことを仕掛けてくる、それだけは直感的に理解したようだ。ディアミッドはすぐに身構える。しかし、例の球は彼の直感とはまた異なる動きを示した。
「!?……消えた……!?」
例の球は、上空に静かに舞い上がってから数秒後に、スウッとその姿を消したのである。
(どういう手品か知らねぇが、姿まで消すのか。だがな、実体まではそうもいかねぇんじゃねぇのか?)
ディアミッドは、例の球が姿を消したその位置目掛けて金属柱を打ち込む。すると、今日何度も耳にした金属同士の衝突音とともに、確かに手ごたえがあった。
(やはりか、見えなくするだけの手品ってわけだ。)
姿こそ見えずとも、実体は確かにそこにあるとつかんだディアミッドは、すぐさま金属柱を2本、3本と放つ。しかし、今度は少し手ごたえが違ったようである。
「何だ、芯に当たった感じじゃねぇな……、移動してんのか?」
ディアミッドは正確に、先程と同じ位置に金属柱を放った。にも関わらず先ほどとは手ごたえが違ったことから、ディアミッドは例の球が移動を始めたと推定したようだ。
「ほかの場所をターゲットにしようってのか?あるいはこのまま引いてくれりゃいいんだがな……。とにかく姿を捕捉できねぇ以上、これ以上の深追いはしねぇ。腹立たしいが、こいつにばかりかまけてる余裕はねぇからな。」
例の球の追跡を諦めたディアミッドが次に考えたのは、既に市街地へと流れ出てしまった水をどうするかという問題についてであった。
「さて、水の流出は止まったが……、問題はここかららしい。」
大河川ファーダを流れる水の量は尋常ではない。ディアミッドが氾濫に気づくまでの間と、氾濫箇所を特定して決壊した堤防を塞ぐまでの間、時間にすればほんの数分といったところではあったが、それでも大量の水が市街地へ流出していた。1か月ほど前から北の農地付近で降り続いている雨の影響で、ファーダ川全体の水位が上昇していたことも災いした。実際、タイグたちのいる避難所も飲み込まれたわけであるから、早急に対処しなければならないのは明白であった。
「このまま水が引くまで待つって手もあるが、それだとあふれ出た水がどんどん広がって、ただでさえ難航してる救助活動がより厳しくなる。だからと言って、俺の力は水との相性が
「あら、水との相性が悪いっていうのは、私のことも嫌いってことなのかしら?」
唐突に背後から投げかけられた言葉にディアミッドが振り向くと、そこにはこの状況を収めるのに最も適任と思われる人物がいた。
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