第2話 「責任」
「なぁ……、あれは……、何だ?」
「……。」
タイグがフィオナに問いかけるが、フィオナからの返事はない。
「……はは、そうだよな……。お前に聞いても、分かるわけないよな……。」
「……うん、そうだね。私も、あんなの見るの初めてだし。」
2人が困惑した様子で見上げる間にも、巨大なその球は空中をゆっくり移動していき、2人の頭上を通り越してズンファー市街地の上空に達した。街に異様な影が落ち、ズンファーの住民も、自らの頭上で起きている前代未聞の事態に気付き始めたようである。2人がいる高台から彼ら1人1人の表情まで把握することは困難であるが、各々呆然とその球を見上げているらしいことは分かった。
(一体どうなっているんだ?あんな巨大な球が宙に浮くなんて現象を説明できる文献は、少なくとも俺の頭には入っていない……。第一、あれはそもそも何だ?俺たちの背中側から現れたってことは、北東方向からやって来たのか?なぜ今まで気づかなかった?あの移動速度じゃ、俺たちが街なかを走ってた頃にはこのすぐ近くまで来てたはずだ。あんな巨大な物体、どこからでもよく見えたはずなのに、なぜ……!?)
タイグは目の前の光景を何とか理解しようとその明晰な頭脳を必死に回転させるが、全く思考がまとまらない様子である。そんなタイグをよそに、少々落ち着きを取り戻した様子のフィオナがある変化に気付いた。
「……止まったね。」
「は……?」
タイグが例の球をもう一度よく見てみると、確かに止まっている。それまでは速度こそ遅かれども移動を続けていた例の球が、ズンファー市街地中心部の上空あたりまで来たところで完全に静止している。
「止まったってことは……、あの球の目当ては
タイグがようやく冷静さを取り戻し、再び思考を始めたその時である。さらに衝撃的な光景が、タイグの冷静さを再び奪い去った。
「……!?」
タイグが言葉を失うのも当然である。ズンファー上空で静止した例の球が、今度はその形状を変化させ始めたのである。赤道面よりも下、球の下半分がまるで液体のような状態へと変化し、そこから何本もの触手のようなものが次々と伸びてくる。それぞれの触手は実に柔軟で、自由自在に動いている。あえてそれを例えるとすれば、ミミズやムカデ、ヤスデといったところであろうか。5本、6本、7本…と増えていき、触手の数は最終的に8本に達した。あれがつい先ほどまで真球のような形状をしていたのだといくら主張しようとも、真球たる姿を見ていない人間の大半には伝わらないであろう。人智を大きく超越したその挙動を目の前で見せつけられたズンファー市民の表情は、困惑から畏怖へと変わりつつあった。
「はははっ、おいおい、ふざけんなよ……。」
「……。」
いくら考えても何一つ状況を理解できない現実に打ちのめされ、もはや思考停止状態になりかけているタイグに、フィオナが呼びかける。
「……ねぇ、ねぇタイグ。大丈夫?」
「いやいや、待てよ。大丈夫なわけないだろ……。むしろ何でお前はやけに落ち着いてんだよ……?」
「さぁ……?人それぞれじゃないかな?ああいうものを見たときの反応ってさ……。」
「そうか……、人それぞれ……か……。」
そうこうしているうちに、例の物体の挙動が再び変わった。それまで何かを探るように動いていた8本の触手が一瞬静止したかと思うと、次の瞬間にはとんでもない速さで地面へと突っ込んでいったのである。それとほとんど同時に上がった大きな砂煙は、2人がいる高台からもはっきりと観察できた。
「なっ……、突き刺したのか!?地面に?」
「砂煙上がってるし、そうなんじゃない?」
「一体何をしようとしてるんだ?まるで意志があるかのような……、んん?」
その瞬間、2人は思い知らされることになった。これまでの光景は、ほんの序章に過ぎなかったということを。これをさらに上回る圧倒的な衝撃が、この後に待ち受けていたということを。
「うおぉっ、くっ、これは、まさかっ……!」
「うわぁっ、これ、かなり大きいよ、伏せてタイグ!」
その瞬間、ズンファーの街を襲ったのは、地震であった。これまでにもズンファーで地震が観測される例はあったものの、今回はそれらの比ではない。災害後歴史上最大規模の巨大地震と言って差し支えないであろう。ズンファーの住民は立っていることさえままならず、その場にうずくまるなり近くにいた者同士で互いに身を支えあうなりして必死に揺れに耐えようとしている。タイグとフィオナもその場で体勢を低くして何とかやり過ごそうとする構えだ。しかしそんな彼らをあざ笑うかのように揺れはどんどんと激しさを増していく。最終的に、実に3分もの間、街全体が揺れ続けた。あまりにも長い3分間、それをどうにか乗り切った2人だが、揺れが収まった後もその場を動けず、数十秒経った後、ようやくフィオナが起き上がった。
「ねぇ、タイグ、生きてる?」
「おかげさまでな……。だが、今のは……。」
「うん……、すさまじかったね……。」
「……!そうだ、街はどうなって……。!?」
タイグの目に飛び込んできたのは、変わり果てたズンファーの街であった。ほんの数分前まで繰り広げられていた日常の風景は見る影もない。多くの建物が倒壊し、いたるところで先程にも増して
「「……。」」
「なっ、おい、待てよフィオナ!」
タイグもすぐに後を追うが、先ほどまでとは違い全速力を出しているフィオナにはさすがに追いつけず、どんどんと離されていく。
「おい、フィオナ!どうしたんだ!……ああクソっ、あいつ本気出したらあんなに足速かったのかよ……!」
フィオナはタイグの制止など耳に入らぬ様子でひたすらに走り続け、とうとうタイグの視界から完全に消えてしまった。
「はぁ、はぁ……、見失ったか……。だが、この道は恐らく……。だとすれば、こっちに向かったはず……!」
フィオナを見失ってしまったタイグであったが、彼女の後を追って走ってきた道には見覚えがあった。その道は他でもない、彼がフィオナに喝を入れられながらつい先ほど走った道だった。このことを手掛かりに、フィオナがもと来た道を辿って市街地へと向かったと推理したタイグは、自らもその道を辿ることで彼女に追いつけると踏んだのである。
「しかし……、これはなかなかに酷いな……。」
フィオナを探すべく神経を尖らせているせいか、はたまた先ほどは上り勾配であった道が逆に下り勾配となったことで体力的な余裕が生まれたからか、タイグには先程よりも周囲の様子が克明に感じ取られた。高台へと続く斜面を下ると、すぐに小さな林に入る。相変わらず眩しく照り付ける太陽に照らされて、まだ芽吹いて間もない若葉が青々と輝く。これがいつも通りの状況であったなら、生命の力強さと美しさを感じられるさぞ素晴らしい光景だったであろう。しかし先ほどの揺れの影響で、力強く美しかったその木々も倒れてしまっている。時には道をふさぐように倒れたものもあり、タイグは進むのにより苦労を強いられることとなった。ところどころにみられる地面のひび割れが、いかに先ほどの地震が大きなものであったかということを暗に示している。
「ようやく出口か。チっ……、まだ追いつかないのか?どこまで行ったんだよあいつは……。」
林を抜けるとすぐに、ズンファー市街地へと続く大通りに出る。走ること十数分、ようやくその大通りに差し掛かったところで、タイグはその足を止めた。いや、正確に言えば、止めざるを得なかった。そこに広がっていた光景が、彼にとってはあまりにも衝撃的なものだったからである。
「……嘘……だろ……?」
それはまさに「地獄」と形容するにふさわしい状況であった。建物の半分以上は原型をとどめていない。民家から出火したのであろうか、彼が高台から走ってここにたどり着くまでの十数分の間に、火の海と化してしまった箇所がいくつも見られる。さらに、倒壊した建物の下敷きになった人のものと思われる大量の血が、大通りを赤黒く染めている。住民の様子も酷いものだ。必死の形相で
「……はっ、そうだ、あいつは……?」
一瞬にしてこの世の地獄へと変貌した故郷の姿を目のあたりにして大きくショックを受けるタイグであったが、すぐに本来の目的を思い出し、フィオナの姿を探す。すると、ちょうど数十メートルほど先に、それらしき女性が座り込んでいるのが目に入った。仮にも幼馴染である、見間違えることはない。タイグはそれがフィオナであると確信し、すぐに駆け寄る。
「おい、フィオナ、どうしたんだよ。急に走り出しやがって。追いかける方の気持ちも少しは――」
タイグが確信した通り、その女性はフィオナに間違いなかった。しかし、明らかに様子がおかしい。呼吸が浅く、嗚咽を漏らしている。瞳孔が開き切り、視線も泳いで一点に定まらない。タイグの存在にも気付いていないようである。
「おいしっかりしろよ、何があった!?」
慌ててタイグが呼びかけると、ようやく彼の存在に気が付いたのか、ゆっくりとタイグの方へと顔を向けるフィオナ。
「タイグ……?」
「ああそうだ、俺だ。状況が分かるか?一刻も早くここから離れ――」
「ねぇ、教えてよ……。」
「は……?」
会話が成り立たず、タイグが困惑した次の瞬間、フィオナが突然血相を変えてタイグに掴みかかった。
「教えてって言ってるの!ねぇ、これで良かったの?本当にこれが正解だったの!?」
「うおぁぁっ、おい、やめろっ……本当にどうしたんだ!離せ!」
「ねぇ教えてよ!私もう分からない!どうして、どうしてこんなこと――」
「フィオナ!!」
「はっ!?……あれ、私……、何を……?」
「はぁ……ようやく正気に戻ったかよ。」
「えっ、あっ、うん……。」
「いろいろと聞きたいことはあるが、まずは逃げるぞ。安全の確保が最優先だ。」
「逃げる……?」
「そうだ。すぐそこまで火の手が迫ってる。一見壊れていないように見える建物も、相当ダメージを負ってるはずだ。いつ崩れるか分からない。まずは、指定の避難所に――」
「逃げるのは……、ダメだよ。」
「はぁ?」
「今ここで私たちが逃げたら、この人たちはどうなるの?死んじゃうよ?助けないと……。」
「今は自分の命を守ることの方が大切だろ!?」
「だからって、目の前で苦しんでる人たちを見捨てろって言うの!?」
「災害時に最も大切なのはいかに自分が生き残るかだ!見ず知らずの他人を助けたばっかりに自分が死んだんじゃシャレにならねぇだろうが!」
大声で互いの主張をぶつけ合う2人。幼馴染という間柄、喧嘩くらい今までに何度もしてきた2人であったが、ここまで激しく言い争ったのは恐らく初めてである。
「お父さんが言ってたの!『この世に失われてよい命などない、助けられる命をきっちりと助けるのが防災隊だ』って!今目の前に助けられる命があるのに、見捨てるなんてできない!」
「確かにその通りだ、死んでいい奴なんて一人もいない。だがそれは俺たちだって同じだろうが!分からねぇならもっと詳しく言ってやるがな、俺たちは災害に巻き込まれてるんだよ!助ける側じゃなくて助けられる側の人間なんだよ!」
「っ……!」
「確かに今ここで頑張れば、力づくで2、3人は助けられるかもしれない。助けた2、3人は後でさぞ感謝してくれることだろうよ。絶望的な状況の中、自分の危険も顧みず助けてくれた勇敢な2人組にな。だが俺たちはそこでおしまいだ。自らの実力もわきまえず無鉄砲に瓦礫に突っ込んだだけの馬鹿な2人組だ!いくら他人を助けたところで、その代わりに自分が死んだときたら、お前の親父さんのありがたいお言葉も破綻しちまうっていうのが分からねぇのか!?悲劇のヒロインにでもなりたいのかお前は!?偶然にも街のはずれの高台にいたからこそ救われた命を、その幸運を、無駄にしたいってのか!?」
「……それでも、そうだとしても、私はやる。見捨てることが正しいことだとは思えないから。」
「……どうしても、やる気なのか。」
「悲劇のヒロインでも構わない。むしろ、私にはそうなるべき責任がある。」
どうやらいくら止めようとしても無駄だと悟ったらしいタイグは、しばらくの沈黙ののち、ゆっくりと口を開いた。
「はぁ……もういい、好きにしろ。」
「分かった。タイグは、先に避難所に行って。私は、この辺りに生存者がいないか探して――」
「何を勘違いしている。」
「え……?」
「何度も言っただろうが。誰かを助けるために、俺たちの命が失われるようなことがあってはいけないと。」
「それって、どういう……?」
「俺は何も、お前がしようとしてることの全てを否定しているわけではない。怪我人や逃げ遅れた人がいるなら、助けるべきだと俺も思う。俺が言いたいのは、それが自己犠牲によってなされるものであってはいけないということだ。今お前を一人で行かせたら、きっとお前は何の策もなしに行動するだろう。そして、自分の体が動くうちは救助活動を続けるだろう。言い換えれば、体が動かなくなるまで、お前は救助活動をやめない。途中で自分の生存を優先して逃げ帰るなどということはしない。つまり、今ここでお前に単独行動を許したら、お前が死ぬのは確定的なんだよ。だから、俺はお前の単独行動を許してはいけない。むしろ、お前が一人で突っ込んでいったとして、自分も要救助者も、両方生還させる策があるっていうのか?」
「いや、それは……。」
「はぁ、やはり無策か。つまり、お前がやるというなら、必然的に俺も行動を共にせざるを得ないということだ。」
タイグの言葉を聞いて、意外にも表情をさらに暗くするフィオナ。しかし、タイグはそれに気づかぬままさらに続ける。
「いいか、何度でも言うぞ。誰かを助けるために、自分を犠牲にしようと思うな。俺が一緒に行動するからには、俺たちの命に危険が及ぶ可能性をできるだけ排除したうえで、できる限り多くの人命を救助できるように動いてもらう。」
「……何か、考えがあるの?」
「正直言って、できることは限られるがな……、俺なりに考えた案がある。まずはお前の力を使って、瓦礫の下敷きになっている生存者の数と位置を洗い出せ。最大射程でだ。」
「……分かった。」
すると、フィオナは一つ息をついて集中力を高める。その直後、彼女の両目が黄色い光を帯びたかと思えば、徐々に放電による光が彼女の肉体を包み込む。その光は次第に激しさを増していき、電圧がある水準まで達した瞬間、その光は彼女の足先を通じてすぅっと地面に流れた。
「よし、そのまま移動するぞ。走れるか?」
「いいけど……、どこへ行くの?」
「俺たちの命と要救助者の命、どちらも優先するのなら、俺たち自身が瓦礫に手を突っ込んで怪我人を引っ張り出すっていうのは得策じゃない。救助の心得がない素人の俺たちが下手なことをすれば、怪我人の状態をより悪化させる危険性もある。直接の救助活動はその道のプロに任せるべきだ。」
「プロってことは、まさか……。」
「そう、防災隊だ。この先に、防災隊の支部がある。まずはそこへ行って、生存者の数と位置を報告する。防災隊にとっても、これは大きな情報のはずだ。支部に辿り着きさえすれば、俺たちの安全もある程度保障されるだろう。俺たちができるのはそこまでだ。」
「……すごいね、この短時間でそこまで考えるなんて……。」
「むしろ、何の策もないまま突撃しようとしてたお前がおかしいんだ。ほら、さっさと行くぞ。生存者を発見したら、逐一報告しろよ。」
2人は再び走り出す。フィオナの周囲を時たま切り裂く電流が、走っている最中もフィオナが力を発揮し続けていることを暗示している。そう、ディアンの末裔たるフィオナの一族、マグワイア家に代々伝わる力とは「雷を操る力」、つまり電気を意のままに制御する力である。フィオナは幼少の頃、この力の応用として、周囲の地面を伝わらせて地面と接する物体に微弱電流を流し、電流の流れ方の違いからその物体の位置や組成、人間に限って言えば、その生死すら把握する
「よし、支部はもう近いぞ、あと2つ角を曲がれば――」
「待ってタイグ、その先はダメ!」
「何!?」
「大きな障害物がある。たぶん完全に道はふさがれて、通れないと思う……。」
「ええい……、最短ルートで行ければ楽だったが、迂回するしかないか……。だが助かった、ありがとう。迂回ルートとして使えそうな道はあるか?」
「そうだね……、ここからだと、このまままっすぐ行って、反対側から回り込むのが一番早いと思う。」
「了解。急いでそっちに――」
2人が障害物を避けて別の道を行こうとしたその瞬間、どこからか轟音が響き始めた。
「んん……?何だ、何か聞こえるような……?かなり近いぞ。」
「何か崩れた……のかな?」
すると、警戒する2人の頭上を何かが横切った。それに気づいて上を見上げた彼らの眼に飛び込んできた光景は、彼らがつい先ほど受けたにも関わらず忘れかけていた衝撃を思い出させるには十分であった。
「まさか……!」
「動き出した……!」
2人が目にしたもの、それは恐らくこの
「そうだ、短時間にいろいろと起こりすぎた上に、今までやけにおとなしかったせいで忘れていたが、もとはと言えばこいつがきっかけだった!」
「まずい、タイグ、伏せてー!」
何かを察知したのか、タイグを守るべく駆け寄るフィオナ。それよりわずかに遅れて、例の球の触手が一直線にタイグ目掛けて突っ込んでくる。その速度は人間の運動能力をはるかに超えている。タイグは反応こそできているようだが、避ける余裕はない。先んじて動き出していたフィオナも、このタイミングではぎりぎりで間に合わない。全く予想だにしない形で訪れた命の危機に、もはや2人は打つ手なし、万事休すかと思われたが…。
「……!?浮いている……?」
「これは……!?」
これまた予想だにしない形で、救いの手は差し伸べられた。成す術もなく触手の餌食になるかと思われた2人であったが、次の瞬間には紙一重でそれをかわし、あろうことか完全に宙に浮いているではないか。言わずもがな、これはフィオナの能力によるものではない。慣れない感覚に2人が戸惑っていると、陽気な男の声が響いてきた。
「いやぁ、危ない危ない。お二人さん、大丈夫かーい?」
「あ、あなたは!」
「フィオナ、知り合いなのか?」
「うん、あの人は――」
「俺はターロック・ドイルだ。覚えておいて損はないよ、タイグ・クインくん。」
「いや、ちょっと待ってくださいよ。我々は初対面のはずでは?なぜ俺の名前を――」
「それは、フィオナちゃんに聞けば分かるんじゃないかなぁ。」
「フィオナ、どういうことだ?」
「あー、えーと……、その前に、ターロックさん、いったん下ろしてもらえます?」
「おや、せっかくの空中散歩だ、もう少し楽しんだらどうだい?」
「今はそんなことしてる場合じゃありません!早く下ろしてください!」
「はっはっはっ、分かったよ、今下ろすからじっとしてな。」
ターロックがそういうと、徐々に2人の体が地面へと吸い寄せられていき、ふわりと着地した。
「ありがとうございます、ターロックさん。」
「フィオナ、このターロックさん……とはどういう関係なんだ?」
「えっとね、私とターロックさんとは、4年前に知り合ったんだ。ターロックさんは、防災隊の大隊長つながりで、お父さんたちと仲が良かったの。それで4年前、お父さんたちが殉職したって伝えに来てくれて、そのあとも色々相談に乗ってくれたのが、このターロックさんだったってわけ。」
「なるほど、つまり、俺のことはお前を通じてターロックさんに……。」
「まあ、そういうこと。」
「君のことはフィオナちゃんから聞いてるよ、タイグ君。なんでも相当に勉強に打ち込んでるらしいじゃないか。いやぁ関心関心。」
「こんな状況なのに、ずいぶんと陽気な人だな……。それより、ターロックさん。」
「何だい?」
「今の話だと、ターロックさんは防災隊の、それも隊長をしていらっしゃるんですよね?」
「その通り、俺は防災隊実動第三大隊の隊長だよ。」
「ならちょうどよかった、今俺たちは防災隊の支部に行くところだったので。」
「支部に?一体何の用事があったんだい?」
「ここまでくる道中、できる範囲で生存者の位置と数を調べました。それを報告したかったのですが……。」
「生存者の位置と数?どうやって調べたんだい?まさかしらみつぶし、というわけではないだろう?」
「それは、フィオナの力を使って、です。今は詳しい説明をしている時間がありませんが、
「へーぇ、そんな使い方もできるのか……。」
「正直、
「つまり、防災隊に生存者の情報を伝えるにあたって、俺を仲介役にしたい、と?」
「その通りです。よろしいでしょうか?」
ターロックは数秒考えたのち、不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「君は噂通り面白いなぁ、いいだろう。君たちが持っている情報は、極めて有益だ。」
「ありがとうございます。」
「話は移動しながらでも構わないかい?こっちも、やることがあるんでねぇ。」
「構いませんが……?」
「よし、そうと決まれば!」
その直後、ターロックの周囲から空気の流れが起こり、3人の体を取り巻き、包み込んでゆく。次の瞬間には、3人はさながら鳥のように舞い上がり、高度十数メートルにもなる空中を移動していた。
「うおおっ、これは、さっきの……?」
「そう、俺は空気を操るんだ。このくらいならお茶の子さいさいってやつさ。走って行くより、こっちの方が速くてスリルがあるだろう?」
「死と未知への恐怖という意味でのスリルなら、今日だけで何度も味わいましたがね。」
「はははっ、違いない!さて、それはそうとフィオナちゃん、困るよー、ちゃんとマニュアル通りに動いてくれないと。」
「そ、それは……、すみません。この光景を見たら、居ても立ってもいられなくなってしまって……。」
「マニュアル?何のことです?」
「いーや、こっちの話さ。それより、生存者の位置と数、教えてくれるかい?」
「あっ、はい。分かりました。まずは、中央西区に3人、それから……。」
タイグは、フィオナから報告を受けた生存者の情報の全てをターロックに明かした。その間、フィオナは一切言葉を発しなかったが、その表情は何かに怯えているようにも見えた。
「なーるほど……、結構散ってるが、何とかなりそうだな。協力に感謝するよ、タイグ君。君とここで巡り会えたのは実に幸運だった。」
「いえいえこちらこそ、まさか防災隊の大隊長ともあろう人に直接お伝えすることができるとは、幸運でした……、んん?」
その時である。タイグが背後に気配を感じて振り向くと、そこには今しがたタイグを葬ろうとしていた例の触手が、空中を移動する彼らの真後ろまで迫っていたのである。
「なっ……!ターロックさん!後ろに例の触手が!」
「おっと、もう追いついてきたか。これでも割と、全力出してるんだがなぁ。」
「ちょっと、そんな吞気なこと言ってる場合じゃ……!」
ターロック曰く全力で逃げているとのことであるが、触手の方がわずかに速く、じりじりと詰め寄られている。3人に追いつくのは時間の問題と思われた。
「こりゃー無理かなー……、ん?」
ターロックが、その内容の重さに反する軽い口調で限界を悟ったその時、ガキィッという金属音がこだまして、またしても予想外の形で彼らは救われた。彼らの進行方向のちょうど真横、右手側から、突如として例の触手に匹敵するほどの巨大な金属柱が高速で触手に向けて突撃したのである。
「おい、ターロック。一体何がどうなっている?」
「相変わらずやり方が粗暴だなぁ、ディアミッド。俺だけならともかく、民間人もいるんだからもう少し慎重に頼むよ。」
「この状況で慎重さもクソもあるか。全員仲良くあの世に行きたかったってんなら、そうしてやっても良かったがな。」
毒を吐きながらも3人を助けたその男は、これまた太く巨大な金属柱の上に立っていた。
「シュリアフ支部所属の君が、どうしてここにいるんだい?」
「出張だ。それも総隊長直々の
「『災難だったな』と言ってくれよ、君も見ただろう?あんなのが突然現れたんじゃ、
「だとしても、大隊長のお前が単騎行動をしているのはおかしいだろう。」
「ご心配なく、既に動いてるよ。俺はまあ、支部に向かう道すがらこの2人を拾ったんでねぇ、ちょっと送り届けてあげようかと思って。」
「この非常時に、ずいぶんと親切だな。そんなガキ2人に構ってる余裕があるんなら、今この瞬間もせっせと働いてるお前の部下たちの加勢にでも行ってやったらどうだ?」
ひたすら問答を続けるターロックともう1人の男に全くついていけないタイグは、フィオナに問いかける。
「なあ、フィオナ。あの人もお前の知り合いなのか?ターロックさんとは顔なじみのようだが?」
「いや、あの人は私も知らない。」
戸惑う2人をよそに、ターロックがもう1人の男に言う。
「いやぁそれがさぁ、この2人は俺の知り合いでねぇ、放っておくにも放っておけなかったんだよ。」
「知り合いだと?……まあいい、とにかく、今は時間が惜しい。ターロック、お前がつかんでいる情報を全て教えろ。既に部下を動かしてるってことは、何かしら分かってることがあるんだろ?」
「それを知って、どうするつもりだい?」
「こんな事態になった以上、俺も大隊長として動かねぇ訳にはいかねぇ。俺の部下も、一部は連れてきている。」
「ふーむ、なるほど……。だったら、俺よりもこの2人に聞いた方がいいと思うよ。」
「どういうことだ?」
「この2人、生き埋めになってる人の数と位置を把握してるらしいんだよねぇ。」
「何だと?」
「俺もこの2人からそれを聞いたんだ。だから、俺よりも詳しく説明してくれるはずだけど?」
「そうか……、ガキの知恵にしか頼れねぇってのは
「じゃあ、ついでにこの2人を避難所に連れて行ってあげてよ。俺は俺で、ちょっと用事があってねぇ。」
「知り合いだから放っておけねぇとか言っておいて、結局
「まあまあ頼むよ。同期入隊の中じゃないか。」
「誰もやらねぇとは言ってねぇ。俺たちにとって、民間人の安全確保は最優先事項だ。」
「ふぅー、頼りになるねぇ。」
「うるせぇな……。」
もう1人の男との話が一段落したターロックは、その勢いでタイグとフィオナに話しかける。
「んじゃまあ、そういうことだから、ここから先はディアミッドについて行ってくれ。」
「はあ、分かりました……。」
ターロックはタイグの返事を聞くとすぐ、2人の体を支えている風を操ってもう1人の男のもとへと2人を下ろした。
「じゃあ、頼んだよディアミッド。」
「ああ。」
挨拶もそこそこに、ターロックはその場を去って行った。
「さてガキ共、生存者がいるってのは本当なんだろうな?」
「ええ、まあ。あの、その前に少しお伺いしたいのですが……。」
「何だ?手短に済ませろ。」
「あの、あなたのお名前は……?」
「話を聞いていなかったのか?俺はディアミッドだ。別に覚えなくてもいいがな。気が済んだのなら、お前らが把握してる情報をさっさと教えろ。」
「ええ、分かりました、ディアミッドさん。」
その後、タイグは今しがたターロックに伝えた内容をディアミッドにも話した。
「そうか、分かった。下で部下を待機させている。お前らもついて来い。」
「でも、こんな高さからどうやって……?」
「全く、少しは自分の頭で考えてみたらどうなんだ?こんなドでかい金属の塊が急に現れた時点で、これが俺の能力の
「つまり、この足場はディアミッドさんが作ったもの……?」
「そうだ。俺は金属を操れる。形も硬度も状態変化も、自由自在にな。つまり、この足場は俺の手足のように動く。死にたくなければせいぜい体勢を低くして、うっかり地面に激突しねぇように気をつけることだな。」
「え?」
その時、3人を支えていた足場がふっと下がり始めた。
「おお!?」
「ええ!?」
どんどんと下がってゆく足場の上でバランスを崩す2人。ディアミッドに言われたとおり、その場に伏せて落下を免れた。一方ディアミッドはと言えば、さも当たり前かのように直立したままである。そのまま足場は下がり続け、3人はわずか数秒で一気に地面へと到達した。
「ああ……、今日だけで一体何回死にかければいいんだ……?」
「ボサッとするな、さっさと行くぞ。メラ、こいつらを頼む。」
「了解しました、隊長。」
そこには、ディアミッドの隊に所属していると思われる防災隊員たちが待機していた。数にして、10人弱といったところである。
「よし、お前ら、……責任を果たすぞ。」
「「「はっ!!」」」
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