高校進学した根暗な僕が入学早々ウェーイ系陽キャ男子から目をつけられた件
小鳥頼人
高校進学した根暗な僕が入学早々ウェーイ系陽キャ男子から目をつけられた件
2021年4月。
僕、
コロナ禍で時差通学や部活動時間の大幅減少など様々な制限はあるけれど、今は与えられた環境でなんとかやりくりしていくしかない。
入学して数日。
そろそろクラスでもグループが出来上がりつつある。
けど、根暗な僕には自分からクラスメイトに声をかける勇気なんてない。クラスメイトも誰も僕に話しかけてこない。
それにコロナのせいでクラスメイト全員がマスクをつけている。自己紹介の時だけ全クラスメイトがマスクを外して素顔を晒したけど、一瞬だったのですぐに記憶から飛んでしまった。
顔の大部分がマスクで覆われているせいで他人の感情が読みづらい。そこも僕が他者との接触を
なのでスマホでひっそりと時間を潰す。
(はぁ、コロナで完全オンライン授業に移行しないかなぁ。それなら授業中に先生の顔だけ見れば事足りるし)
心中でぼやきつつも目線は決して前には向けず、自然と下へと向かう。
(このまま行けばぼっちルート確定だな……)
友達がいないこと自体は別にそこまで気にならないけど、問題は周囲からの冷たい目、そしてグループやペアを作る時だ。「はい二人組作ってー」はぼっち即死のチート魔法だ。ただでさえボロボロのぼっちのハートを焼け野原にして何が楽しいんだ!
ただ、二年生からは文系理系に分かれるので、理系を選んでおけば少しは落ち着いた環境で過ごせるはずだ。
……正直僕は国語や英語といった文系科目の方が得意だけど、ネットで調べたところ文系は陽キャが集まりやすいと見たのであんまり選択したくないと考えている。
(適度に陰口叩かれながら耐えるか)
僕が情けない覚悟を決めていると――
「おい
「ははっ、マジでー?」
教室ではリア充男女グループが大声で騒いでいる。
いいよなぁ、上位カーストの特権ってさ。教室でいくら騒いでても誰からもうるさいって怒られないしさ。仮に僕みたいなのが騒いだら教室中が白けるに決まってる。
日陰者の僕にとって、あの陽キャグループは鬼門だ。大の苦手。正直いつ目をつけられていじめられるのかとビクビクしている。
「お前、俺が慰めてやるよー!」
「おい、抱きつくんじゃねーよ佐田!」
特にあのグループの中心人物。佐田君だったっけ。あの人は特に苦手だ。
入学初日から赤茶色に染まったツーブロックの髪。着崩した制服。鎖骨付近にぶら下がった銀色に光るネックレス。外で遊んで焼けたのであろう健康的な小麦色の肌。
何から何まで僕とは対極だ。まぁ、あの手の人たちは自分たちの世界に入ってるはずだから、こちらが気配を消していれば絡まれることはない……はず。
それにしても、コロナ禍にあんなにじゃれついて……ソーシャルディスタンスどうなってるの? 陽キャってある意味本当すごい。クラスター起こされたらたまったものじゃないけどね。
僕は教室で騒ぐ一団の
さて、プロット通りに文章を起こして――――
「なぁ、お前どこから来てんの?」
「……えっ?」
不意に僕の机が指でトントンと叩かれ、降ってきた声に思わず視線を上げる。
すると、僕の席の前に一人の男子生徒が立っていて、歯を見せてニヤニヤ顔で僕を見つめていた。
「俺、佐田
それはまさに先ほど教室で騒いでいた佐田君だった。
「僕は三室隆司。
佐田君と目が合った僕は恐怖心からすぐに視線を机に落とした。
「そっか――っと、何かしてる最中だったか? わりーな」
佐田君は申し訳なさげな
初めてクラスメイトから声をかけられてビックリした。更にビックリしたのは声をかけてきたのが僕と同じ雰囲気の男子ではなくて、僕とは正反対の、関わり合いになることなどないと思っていた明るい雰囲気の男子生徒だったこと。
もしかして、ぼっちの僕に同情して声をかけてきたのかな? それとも、面白半分でちょっかい出してきたのかな?
なんとなく話も合わなそうなので、適当に
「――――お?」
すると佐田君は僕のスマホ画面を覗き込んで、
「もしやそれ、小説書いてんの?」
「――――!?」
キラキラした瞳で僕の執筆活動を言い放った。
幸い誰もこちらに反応しなかったけど、危なかった。
僕は慌ててスマホをズボンのポケットにしまうと、
「……あー、大っぴらにしたくないヤツね。悪い悪い」
佐田君は手を合わせて再び謝ってきた。
「けどすげぇじゃん。俺なんか活字全然ダメでよー。漫画専だわな」
佐田君は腕を組んでうんうんと一人で頷いている。
「おーい、佐田―! ちょっと来いよー」
と、佐田君を呼ぶ声が響いた。声の主は佐田君グループの男子だ。
「今行くー! ――またあとでな、
「う、うん」
佐田君はウェイウェイしているグループの元へと戻っていった。
(今、僕のこと名前で呼んだよね……?)
さっき初めて喋ったばかりなのに。これが陽キャ流の距離の詰め方なの? 怖い怖い。
――佐田君か。
少なくとも中学時代の人たちみたいな嫌な人ではなさそうだけど、それでも苦手なタイプだなぁ……なんか他人の心に容赦なく上がり込んできそうな感じ。声もリアクションも大きいし。
僕は金輪際彼と絡みがないことを願いながらスマホで執筆を続けた。
★
――願っていたのに。
「なぁなぁ隆司! この学校のバスケ部、マジでレベルたけーわ!」
翌日。
「そ、そうなんだ……」
「中学時代エースだった俺はお山の大将だったと悟っちまったよ!」
「ま、まぁ、レベルが高い環境で練習できるのはいいことだよ」
なぜか佐田君は休み時間の度に僕に話しかけてくる。当然他の陽キャグループとも接してるけど、毎回数分は僕に時間を割いてくれている。
僕はまだ部活に入ってないからあれだけど、佐田君は入部可能日に速攻でバスケ部に入部したらしい。
しかし今はコロナで活動時間が大幅に減っているのが難点とのこと。コロナってたくさんの人々の人生を狂わせにきてるよね。
佐田君が陽キャグループの元へと戻ると――
「佐田、お前またあの人と話してたのか」
「あぁ、なかなか面白れー奴だぜ」
「そうなんかー」
「あ、でもお前らはまだ絡むなよ。奴は人見知りで大人数が苦手だからよ」
「ういういー」
佐田君グループの話し声がここまで聞こえてくる。陰口を叩かれてるわけじゃないけど、ああいったグループから自分の話題が出てくると言い様のない居心地の悪さを感じる。
あと、「まだ」って何? のちに何が起こるの? 地味に聞き捨てならないんだけど。
佐田君はあれから自分の話や僕の身の上話を掘り下げてくるけど、小説の話題だけは出してこない。彼なりに気を遣ってくれているんだろうなぁ。
中学時代では小説を書いてたことがきっかけで僕は一切の人間関係がなくなったから。小説の件はあまりほじくり返してほしくないので助かる。
そう、中学の時は――――
★★★
「おっ、三室何書いてるん?」
僕はかねてから小説が好きで、様々なジャンルの作品を読んでいた。純文学からミステリー、恋愛、ラノベ、WEB小説などなど。
活字を追っていくうちに自分も作品を書いてみたいと思ったのが中学二年生の時だった。
僕がいた中学ではスマホ類の持ち込みが禁止されていたので、僕はノートの余白に話の内容を箇条書きして自宅のPCで実際の文章に書き替えていた。
「ば、板書を写してるんだよ」
急にクラスメイトの男子に話しかけられてビックリした僕はノートを乱暴に閉じた。
当時の僕は自分の小説が他の人に見られるどころか、『小説を書いている自分』すらも恥ずかしくて、執筆活動を誰にも公言していなかった。
「お前、授業中にちゃんと写してないわけ?」
男子は
「グラフとか、図を書くのが苦手でちょくちょく書き直してて……」
「ふーん」
滅茶苦茶な言い訳だけど、正直に小説書いてましたとは言えない。
この男子は色んな人に話しかけるのはいいけど、やたらといじってくるので正直あまり関わりたくない人間だった。
「――本当は何書いてたんだよっ!?」
「ああっ!?」
ノートが強引に奪われた。
「どうせパラパラ漫画でも描いてたんだろ――んん?」
ニヤニヤしながらノートに目を通す男子の目つきが変わった。引いているような、呆れているような、腑抜けた表情だった。
「――これ、もしかして?」
「……う、うん」
僕は顔を真っ赤にして頷いた。
は、初めて他の人に僕が書いた文章を読まれてしまった――
「おま! ははは! 学校で自作のポエムなんて書いてて恥ずかしくねーの?」
男子はノートに目を向けたまま大爆笑しはじめた。
「ポ、ポエムじゃないよ! 小説!」
「これが小説!? 厨二病が書く文章じゃねーんだからさ、もっと読み手に優しい表現にしろよなー」
ダメ出しなのかバカにされてるだけなのか分からない批評を食らった。
「おい、なんだそれ?」
「三室の自作ポエムだ」
「俺にも見せて!」
「俺も俺も」
男子が騒いだせいで他の男子たちまで興味本位でやってきた。
「ダ、ダメだよ!」
僕は男子からノートを取り返そうと手を伸ばすも、
「ほらよっ、パース!」
ノートは宙を舞って他の男子へとパスされた。
「わはは、三室にこんな趣味があったとはなー。妄想をノートにしたためてるとは、ずいぶんと気色悪いことしてんな」
その一言に、僕の胸はズキリと痛んだ。
趣味で、好きでやってることを否定されて――揚げ句の果てには気色悪い、とは。
この出来事がきっかけで、僕は妄想を文章にしたためる変態ポエマーとして卒業まで同級生からいじられ続けた。男女問わず。
更に僕と交流があった友人たちは皆僕と一緒にいると自分までからかわれると思ったのか、全員僕から距離を置いた。今まで好意的だった人たちが突然掌を返して僕を避けはじめた時はさすがにショックだった。
小説いじりを受けてからしばらくは僕も学校で小説を書くのはやめていたけど、完全孤立してからは開き直って執筆を再開した。どうせこれ以上失うものなんかなかったし、周囲の目を気にして好きなこともできないんじゃ、窮屈でたまらないから。
★
だから、僕は友達がいなくても構わない。いても失うリスクがあるならまた無駄に傷つくだけだ。
それに今はコロナがある。不特定多数の人間とつるんで騒いで遊んでもクラスターを生み出す危険性を高めるだけだ。
でも佐田君は、彼だけは僕に話しかけ続けた。
「えっ、お前理系を選ぶ予定なの?」
「うん」
「でも隆司っち、文章書くの好きじゃん」
いつの間にやら僕の呼び方も「隆司」から「隆司っち」に変わっていた。僕の方は相変わらず「佐田君」と名字呼びだけど。
「理系の方が向いてるかなーって思ってさ」
本当は陽キャが少ないから理系に行きたいとは言えない。
「えーもったいなくねぇ?」
佐田君は僕の考えに眉根を寄せて不満を
「向いてるとかじゃなくて、何がしたいかで道を選ぶべきじゃねぇ? 進路に関わる大事な選択なんだからさ」
「………………」
「自分の才能を信じて、好きなものを大事にしろよ。周囲の
佐田君の意見は人によって意見が分かれるところだけど、僕にとってはごもっともな指摘だった。僕の場合、好きな科目も得意科目も文系だから。
ちょっと心を揺れ動かされたけど、僕の理系選択予定は変わらない。
彼とは色んな話をした。
佐田君は見た目通り女の子からモテるようで、過去に何人もの女の子と交際してきたらしい。女の子とデートすらしたことがない僕とは大違いだ。住む世界が違う。
バスケは小学生の頃から続けていて、中学時代は先輩とレギュラーの座を争って火花バチバチだったとか。
他にも、お互い色々な話をした。笑いが弾けるトークではないけれど、不思議と僕の心には中学時代に失ってしまった温かなものが芽生えはじめていた。
彼について最近分かったことがある。
佐田君はただお喋りなだけではなく、思ったことをストレートにぶつけてくる側面がある。悪い言い方をすればデリカシー云々になるけど、僕にとっては新鮮だった。
それに彼はペアやグループを作る時は必ず僕に声をかけてくれる。僕を一人ぼっちにさせてくれなかった。
心を開いた僕は佐田君にだけは自分の小説を見せてみた。彼は最後まで読んでくれて、ラインでレビューまでしてくれた。
この頃から僕は佐田君と細々と絡む高校生活も悪くないかなと思いはじめていた。
しかし、そんな日々が続いたある日のこと――
僕は現実を知ることになる。
お手洗いに行って教室に入ろうとドアの引手に手を伸ばすと――
「作品として成立するわけないよなー。キャラの台詞も全然、ダメ!」
「お前、マジで手厳しいなー」
わずかに開いているドアの隙間から騒がしい声が聞こえてきた。
(この声――佐田君グループか)
作品云々の話をしているのは佐田君だった。
「俺は思ったね。あんな文章書いてて恥ずかしくないのかって。うん、恥ずかしい! 一生の汚点だね!」
(こ、これって、まさか……)
僕の小説の話では……?
彼は僕の作品を他の人にバラして、あまつさえボロクソに酷評している。
「あれでよく創作活動してたもんだってつくづく思うわー」
やっぱり佐田君もそうだったか。
「マジで才能ねぇわ。単なるポエムだったわ、アレ」
中学の時の人たちと一緒だった。
(はは、やっぱりそうだったか……やっぱり、彼も僕をからかっていたんだ)
僕の小説を肯定してくれて、僕にあれこれ絡んでくれてた彼に対して、ようやく心を開けたのに。
全ては僕をバカにするための行動だったんだ。そりゃそうだよね。佐田君のようなカーストの頂点に君臨する陽キャが僕みたいなぼっち陰キャに絡むなんておかしい要素しかない。僕はつい油断して警戒心を解いてしまっていた。
佐田君の本性を知ってしまい、正直とてもショックだ。胸がズキッと強い痛みを訴えてきた。
けど動揺を顔に出してはいけない。
何事もなかったように教室に入ると、
「おいおい隆司っち~。おトイレ長くね? デカイやつっすか」
「ま、まぁね」
佐田君は澄みきった笑顔を僕に向けてくる。君の裏の顔を知った以上、僕を見つめるその明るい眼差しが苦しいよ。
放課後になった。
「おーい、隆司っち――」
佐田君は白々しく僕の席まで近づいてきた。
その気安さに僕はつい苛立ってしまい――
「も、もうこれ以上僕をバカにするのはやめてくれ!」
「え?」
僕が佐田君を睨みつけて大声を上げると、彼は
クラスメイトたちも驚いた様子で僕たちを見守っている。
「知ってるんだぞ。君が陰で何を話してたか……」
「た、隆司っち? どした? どうどうー」
佐田君は僕をなだめようと両手を振ってくるけど、
「うるさい! もう僕に話しかけないでくれ! ――君みたいな陽キャの人気者、最初から僕みたいな日陰者とは合わなかったんだよ!」
「おい、隆司っち!?」
怒りに任せて恨み節を乱暴に吐き捨てた僕は走って教室から飛び出した。
その時の佐田君の表情は分からない。
けど。
僕の視界は揺れていた。
その日から僕は佐田君のことを避けた。
休み時間は常に寝たフリをして、昼休みはおにぎり一個を食べて即図書室に逃走、放課後になるとすぐさま教室から逃げるように去る。
ラインは返すけど、返信速度を大幅に遅くしている。
こうして僕が佐田君と喋らなくなって数日後のこと――
佐田君がグループのメンバーと絡んでることを確認した僕はスマホを取り出して自作の小説を執筆していると、
「みーむろ君っ。なーにしてるのかなぁ?」
「!?」
佐田君グループの男子の一人が僕のスマホ画面を覗き込んできた。
「これ、もしや自作の小説か!?」
「え、えっと……」
男子の大声で教室にいる生徒の視線がこちらに集まる。
「マジ!? 三室小説書いてんのー?」
佐田君グループの面々を筆頭に、数人のクラスメイトが僕の席までやってきた。うわぁ、チャラいしなんか香水の匂いも漂ってくる。
くそ、不覚だ……執筆に夢中で周囲の様子に散漫になっていた。
「ねね、読ませてよー」
「俺、絶対バカにしないからさ」
面々は満面の笑みでおねだりしてくる。
「いやぁ、恥ずかしいし、まだ未完成だし……」
僕はスマホをポケットにしまった。
「えぇ~つれないなぁ」
「マジかよー」
まずい。
ここで頑なに小説を読ませることを拒んだら場の空気を悪くしかねない。ノリ悪い奴と
また中学の時と同様にバカにされるのも嫌だけど一度経験済みではある。多少は耐性がついてるはずだ。
ここは大人しく読んでもらうしかないか。
僕がポケットからスマホを取り出そうとすると――
「三室っちがその情報を拡散してくれって頼んだか?」
教室の空気を変えたのは自席から立ち上がった佐田君だった。
その情報とは僕が自作の小説を書いてることだ。
「なぁお前ら。三室っちが小説を読んでくれとお前らに頼んだのか? 違うだろ。本人が嫌がってるのに強引に茶々入れるのはやめろよ」
彼は今まで聞いたことがない怒気をはらんだ声で周囲の注目を集めた。
「俺は三室っちが小説に情熱を注いでることを知ってる。奴は俺に作品を読ませてもくれた。作品はまだまだ粗削りな部分もあるけど、俺は十分面白いと思ったよ」
その真剣な眼差しから、佐田君が嘘を
「お前らには真剣になって書いてる奴の作品を真剣に読む気概はあんのか?」
佐田君はキッと目を細めて、
「人が一生懸命になってる大切なモノに面白半分でちょっかい出すんじゃねーよ!」
クラス中に聞こえる声量で言い放った。
「……えっと、佐田サン??」
すぐさま我に返って口を開いた。
「なんか豪快に勘違いしてませんか?」
友人たちは困ったように苦笑した。
「俺たちは純粋に三室君が書いてる小説の中身に興味があるだけ、なんだけど」
友人の一人は困惑した表情で頭を掻いた。
「そうそう、まぁ確かに大声で小説の話をしたのは悪かったし、三室から読んでくれとお願いされてもいないけど、俺たちが読んでみたいと思ったんだよ。決してからかい半分で声かけたわけじゃねーよ」
他の面々もうんうんと頷く。
「……あれっ!? 俺ってば勘違いから空回ってた? いやぁお恥ずかしいわぁ」
佐田君は顔を赤く染めて羞恥心を前面に出している。
「そうだ三室君。気が向いたらでいいから完成したら小説投稿サイトに上げてちょ。そしたら読むからさ」
「う、うん。分かったよ」
僕の回答に満足した面々は自分の持ち場へと戻っていった。
代わりに佐田君が僕の席までやってきた。
「……見苦しい真似して悪かった」
「いや。庇ってくれてありがとう」
さっきは僕のために怒ってくれたんだ。
「――聞かせてくれ。どうして俺を避けてるんだ?」
佐田君は眉根を寄せて真剣な面持ちになった。
「……佐田君が僕の小説を友達に酷評してたのを聞いてしまったんだ」
僕がゆっくりと口を開いて佐田君を避けるきっかけとなった出来事を話した。
「え……?」
佐田君は何言ってんだコイツ的な視線を送っている。
あれ? 話、噛み合ってない?
「俺、隆司っちの小説一言も酷評してないし、それどころか他言してねーぞ?」
「え、でも」
確かに君の口から出た言葉だったぞ。
「一生の汚点とか、才能がないとか――その、ポエムとか」
「……あー、なるほどね」
佐田君は合点がいったようで手をポンッと叩いた。
「それ、俺がかつて描いてた漫画の話だよ」
「漫、画……?」
なにその話。初耳だぞ。
「黙ってて悪かった。俺、小学生の頃までは漫画家を目指してたんだよ」
「そうだったの!?」
意外すぎるしイメージとかけ離れている。佐田君の話を聞いた限り、彼はバリバリのアウトドアでスポーツに熱中しているタイプだとばかり思っていた。
「絵はまぁまぁ描けたけど、なにぶんストーリーと台詞回しがダメダメでな。ダチからも絵しか見どころがないって言われたし、才能がないと思ってすぱっと諦めちまったんだ」
佐田君はどこか懐かしそうに、僕から視線を逸らして穏やかな口調で語る。
「だから小説を書き続けられてる隆司っちってすごいなーって思ってるよ」
佐田君は僕に視線を戻すと、「へへっ」と笑った。
「初めて話しかけた時こそ、一人ぼっちでかわいそうだなーって気持ちだったけど、小説に一生懸命な隆司っちすげーって今では尊敬すらしてんだわ」
やっぱり最初はそうだったんだ。けど理由はどうであれ、気にかけて、話しかけてくれたところに佐田君の人柄を感じるよ。
「……僕、中学時代に小説が原因でからかわれててさ。妄想とかポエマーとか色々言われたよ」
「なるほど、それで小説を書いてること、周囲にひた隠してるんだな」
「うん……なんか、暗いしオタクっぽいし……」
僕が
「それの何が悪いんだ?」
佐田君は低い口調で返答した。視線を上げると彼が鋭い瞳で僕を見据えていた。
「俺はオタクっていい意味ですげえと思うぞ。好きなことに一途な情熱を注げる心――尊敬するぜ。依存症はまずいけど、好きなことにひたむきに向き合えるのは尊みが深い! うん!」
そう言ってもらえると救われた気持ちになれる。とても嬉しい。
「だからお前はありのままのお前で堂々と小説書けばいいじゃん。お前と俺を繋ぎとめてくれたのはお前の小説だ。自信持てよ。それでも不安だって言うなら――周囲の目が気になるなら、俺がお前を隠してやる。お前は俺の陰で安心して創作活動するがよいぞ」
「……ありがとう、佐田君」
君が味方でいてくれるだけでこんなにも心強いんだね。
「それを言ったら君のバスケ愛もオタクじゃない?」
「おおっ! そう言われりゃ確かにそうだなー!」
佐田君は手を叩いて「それだ!」と言わんばかりに笑った。
こんなにいい人なのに、僕は……。
「……ごめん。僕、勘違いで君に酷いこと言って」
「お互い様だって。俺だって勘違いしてガラにもなくダチに説教かましちまった恥ずい男だしよー」
僕が謝ると、佐田君は僕の肩に腕を乗せてじゃれついてきた。こらこら、濃厚接触。
「正直言うとね。僕みたいな日陰者が太陽のような存在の君と絡んでても気が合わないと思ってた。けどそれは偏見だったと思い知ったよ」
「そうだぞー。人は見た目や表面的な態度だけじゃ計れないんじゃい!」
本当に、君って人は。
僕の趣味を笑わずに肯定してくれて、勘違いとはいえ同じグループの面々を
僕は君を誤解していたよ。本当に申し訳ない。
君のまっすぐで優しい人柄が、リア充グループの中心に立てる原動力なんだね。だから君は人気者で、みんなが君を慕うんだ。
「今度、佐田君が描いてた漫画読ませてよ」
「えっ!? あれをか!? さすがに恥ずいんだけど……」
「僕は見せたじゃん」
「それを言われると何も言い返せないじゃんか……」
僕たちはお互いに笑った。
よかった。
僕は、大切なものを自分から手放すところだった。
こんなかけがえのない宝物を捨てるだなんて愚の
★
佐田君と再び絡みはじめて数日が経ったある日のこと。
「三室君、大丈夫?」
今まで話したことがなかった、地味グループの面々が僕の席までやってきた。
「大丈夫って?」
「佐田君に毎日振り回されて大変だね」
「佐田君、見るからにアレだもんなー」
「あんなオラオラ系の人に絡まれたって話合わないでしょ」
他の二人も最初の男子に同調するように言葉を並べた。
佐田君グループが教室にいないのをいいことに、面々は彼の悪口を言い立てる。
「いじめられてるならはっきりと言ってくれ」
「僕らは君の味方だからさ」
「………………」
「彼と関わってはいけないよ。所詮はDQNの一員なんだからさ」
きっとこの人たちは親切心で言ってくれてるのだろう。
けどさ、この人たちは佐田君と喋ったことがあるのか? 普段の印象だけで、先入観だけで決めつけてはいないか?
「――――佐田君は」
僕は面々を睨む。
相手は僕の視線にビビってるけどもう止められない。
「佐田君はそんな人じゃない!!」
僕は人生でこんな大声出したことないんじゃないかってくらい、腹から声を張り上げた。
「佐田君は見た目も言動も軽薄に見えるかもしれないけど、大切なモノを持ってる。それで僕は救われた。僕は、彼を人として好きだし尊敬してる!」
この人たちに、佐田君の何が分かるって言うんだ。
「だから君たちが僕を心配してくれるのは嬉しいけど、大丈夫だよ」
僕が深呼吸をしてクールダウンすると、
「……そ、そっかぁ。ならいいんだ」
「う、うんうん。
面々は僕の席から離れていった。
「――隆司っち」
いつの間にやら教室に戻っていた佐田君が僕のところまでやってきた。
「ありがとな、俺のこと庇ってくれて」
本人に聞かれてしまっていたか。ちょっと恥ずかしいな。
「本当のことを言っただけだから」
佐田君は頬を掻いて照れくさそうにしているけど、僕だって顔が熱いよ。
「この前佐田君が僕を助けてくれたし、お互い様だよ」
「……そうか」
「君には、その、感謝してるから」
「お、おう」
そうだ。
僕はいつも佐田君の方から声をかけてもらうのを待つばかりで、自分から彼に歩み寄ったことがない。
「ねぇ佐田君」
「ん? なんだ?」
佐田君は小首を傾げた。
何度も君に手を差し伸べてもらった分、今度は僕が恩返しをする番だ。
「はっきりと言葉にしてなかったから今言うけど――」
僕は唾を飲み込んでから、佐田君の目をはっきりと見つめる。
「佐田君、いや、
「………………!」
彰は僕の言葉に面食らっている。
「隆司っちっ……!」
が、すぐに僕に抱き着いて、
「隆司っちが! 隆司っちがついに俺を真のダチと認めてくれたぞぉーーっ!」
大声で勝利宣言的な何かを叫んだ。耳元で叫ばれたものだから僕の鼓膜は悲鳴を上げている。
すると彰グループをはじめ、教室中から歓声が沸き上がった。
な、なんなんだ一体……。
「俺は最初からダチだと思ってたがな」
彰はあっけらかんと答えた。
愚直なほどにまっすぐな君といると、僕まで感化されそうでなんだか不安半分、ワクワク半分だ。
「……僕はもう逃げない。彰からも、文系の道からも」
「そうか。来年は文系クラスに進むか。それがいいよ!」
僕を想ってくれる人や好きなことから逃げる選択はもうしたくない。いや、選ばない。
僕は友達なんていらないって思ってた。話が合わなければつまらないし、喧嘩とかになったら面倒だし。
「隆司っちってホント面白いわー。飽きないっていうか、他のメンツにはないまろやかな深みがあるっていうか」
「なんだよそれー」
けれどたとえ話が合わなくとも、喧嘩したって、ずっと仲良しでいられる本当の友達を見つけられた気がする。
「俺はずっと隆司っちの小説を応援してるから」
彰は眩しい笑顔を向けてくれる。
あぁ、君は本当に、本当の意味で根っからの陽キャなんだなぁ。
「だから――」
彼はガッツポーズを作って、僕にはっきりと要求を突きつけてきた。
「これからも見せてくれよ、隆司っちが描く世界をさ」
「……うんっ」
僕の高校生活は、はじまったばかりだ。
ただでさえコロナ禍で不安や制限が多い中、進学で周りに知らない人しかいなくて、友達ができるか不安な人も多いとは思うけど、自分が心を開けばきっと相手も好意的に捉えてくれるから。
一歩勇気を踏み出して、自分のメッセージを伝えてみよう。
そこから新しい関係がはじまるかもしれないから。
高校進学した根暗な僕が入学早々ウェーイ系陽キャ男子から目をつけられた件 小鳥頼人 @ponkotu255
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