25:メスガキは正義の神を罵る
「この世界の人類の為に、ここで諦めるわけにはいかないのだ」
天秤ヤロウはそんなことを言いだした。
「世界の均衡、魔物が圧倒的に強い状況を覆す機会。それを『プレイヤーとして楽しみたいから』という理由で放棄はさせない」
天秤ヤロウはこの世界の人類を愛している。その為に悪魔というか兄弟姉妹と離反し、人類を滅ぼさないためにアホ皇帝に肩入れまでした。
さっきの話からも分かるけど、人類がこの世界をいい方向にもっていくのだと信じているのだろう。協力し合って力を得た人類は法律を守るいい子になり、世界は永遠に平和になりました。そんな理想でも抱いているのだろう。
それに関する答えはさっき言ったのでどーでもいい。ぶっちゃけ、飽きた。コイツは永遠に変わらない。永遠に人類に期待して、裏切られてブチ切れるタイプだ。天罰とか言って大洪水を起こしてリセットする神様の類だ。そしてまた同じことを繰り返すのだろう。
「ふーん? 放棄させないって具体的にどうやってさせないつもり?」
なのでアタシはあえて話を促してみる。
「アタシは貴方のお母様? それに認められたの。アンタ達神とか悪魔とかよりも上なの。それが分からないのかなぁ? それとも分かっていて意見しているの? 馬鹿なの? 神ってバカなの?」
ついでに罵ってみる。上から目線のスイッチオン。アタシを知る悪魔三人とかみちゃまがめんどくさそうな顔をしたのを横目で見る。
「バ、バカ?」
「馬鹿よ。馬か鹿並みの脳味噌。色々見えているように見えるけど、脳みそが足りてないっていうか人の話を聞いても理解しないガチガチ頭。そりゃアンタにけんのーってのを渡さないわけよね。馬鹿に世界を任せたらろくでもないことになるのは確定的に明らかだし」
「何で間違いないと断言できる『確定』に、ほぼ断定を示す『的』をつけて正解をぼかすんでちか?」
「知らないわよ。最初にそう言った人に聞いて」
ネットスラング的な所にツッコミを入れるかみちゃま。アタシもあまり意味わからず使っているので、まあそういうもんなんだろうというかとにかくそういう事なんで。
「具体的に……だと?」
「アタシはやりたくない。アンタはやらせたい。これって平行線よね? そこをどうやって解決するつもりなのよ」
「決まっている。正義の正しさを法のすばらしさを解き、人類がこれから歩む未来を――」
「はいダメ。その時点でもうダメダメ。何がダメって、アタシは正義とか未来とかに興味がないの」
何か言おうとした天秤ヤロウのセリフを制するアタシ。正義とか法律とか明るい未来とか、そういうのに一銭の価値も見いだせないのだ。ところで銭って何円ぐらいなのかな?
「興味の問題ではない! 今ここで未来のことを考えなければ、世界は悪い方向に転がっていくのだ!」
「じゃあ聞くけど、アンタがこの世界の事をアタシの世界に伝えたりしたのは、その一環なの?」
「そうだ。この世界の事を知り、そして愛してくれる人間が召喚されれば世界は救われると信じてのことだ」
アタシの問いに答える天秤ヤロウ。ゲーム知識を持ったまま転生した主人公は、ゲーム知識を使って英雄になって世界を救う。まあ、わからないでもない。このゲームが好きでそれをどうにかできる知識があれば、いい気になってセイギノミカタするっていうのは。
「その条件に合致したのがアタシなわけなんだけど」
でも残念ね。アタシはそんなのに興味はないの。このゲームは好きだけど、だからと言ってこの世界を救う
「そ、それは……! いや、実際に魔王<ケイオス>と皇帝<フルムーン>を倒して世界を救ったではないか!」
「結果論よ。魔王<ケイオス>を倒そうと思ったのはほぼゲーム転生的なノリで、実際に倒さないといけないって思った動機はコトネが連れ去れたからよ。
皇帝<フルムーン>もガワ被ったのがあのアホ皇帝じゃなかったら、やる気じゃなかったわ」
食い下がる天秤ヤロウに淡々と事実を告げるアタシ。多分コトネがいなかったらどこかで飽きたか、ウザったい輩にイラついてやめてたわ。あるいはソロで遊び人つよつよライフしながら悦に浸ってたかもね。
「未来のことをどれだけ考えても、ちょっとしたイレギュラーや勘違いとかでいろいろ変わっちゃうのよ。アンタの思惑通りの主人公様が召喚されなかったり、アタシがコトネと出会ったり。
なんで遠い未来をどうこう考えるよりも、今目の前のことを楽しみたいのよ。アタシは。未来のことを考える神っぽい考えはそっちが勝手にやってちょうだい」
10年経てば技術も価値観も大きく変わる。そんな未来を見据えて何か考えても、10年後には『10年前のカビの生えた考え方』なのだ。
よく偉い人が10年先のことを考えていろいろああしなさいこうしなさいと言うけど、それって10年後に通用するの、って思う。その辺を言うと『子供のくせに生意気だ!』って言葉が返ってくるので話にならないんだけど。
「か、神は間違えたりしない! 間違いに見えるのはそれを見る者の意識が低いだけ! 長期的に見れば、私の方が正しいのだ!」
ほらね。あー、ワンパターン。まあどうでもいいわ。大事なのはそこじゃない。
「はいはい。大事なのはどっちが正しいのかじゃないわよ。アタシは正義とか未来とかじゃ説得されないって言ってるだけ。他のことでアタシを納得させないと人類の為に力を使ってあげないわよ」
「せ、誠心誠意頭を下げて……」
「鼻で笑うわ。アンタの頭にどれだけの価値があるのよ。っていうか価値があるって思ってたのぉ? そんな勘違いする脳味噌なんか、重いだけじゃない」
「うぐぐぐぐ……!」
真面目で正義な天秤ヤロウは、ここで賄賂とかおだてるとかそういうやり方を知らないようだ。くそ真面目な方法でアタシを動かそうとするけど、アタシからすれば小馬鹿にするネタでしかない。ウケるわ。
「ギルガスに同情してきました……」
「オレもあんな感じで罵られてたのか」
「ううう。一番力をもたせてはいかん奴に力を与えてしまったのじゃ……!」
遠くから見ている悪魔三人はこっそりそう呟いていた。そう言えばアイツらも似たような感じで馬鹿にしたことあったっけ? どうでもいいわ。
「トーカちゃん、少しイジメ過ぎでち」
「ふん。奇麗事とか正義とかで人が動くと思ってる頭の固い人に、厳しい現実を教えているだけよ」
見るに見かねた、とばかりにかみちゃまがアタシに声をかけてきた。アタシは鼻を鳴らし、悪くないもんと腕を組んだ言葉を返す。
「コトネちゃんに酷い事をした皇帝<フルムーン>にギルガスが力を貸したからいじめ返すとか、コトネちゃんが聞いたらなんていうでちょうね」
「……っ、別にそんなことないわよ。コトネは関係ないもん。だからコトネに言うのはやめて」
かみちゃまの言葉に目を逸らすアタシ。別にコトネがいじめられたから天秤ヤロウをイジメたとかないし、それを知ったコトネが何ていうかを恐れたわけではない。ないったらない。でも言わないで。
『トーカ、さすがに怒りますよ』
……そんな声が聞こえてくる気がした。首を振って、幻聴を追い払う。
「分かったわ。まどろっこしいのはヤメ。アタシと勝負して勝ったらアンタの言う事を聞いてあげる」
このまま正義がどうとか言われるのがウザったいので、アタシは妥協案を出す。決してかみちゃまの言葉とかコトネの幻聴とかに怯えたわけじゃないわ。ないったらないわ。
「勝負?」
「さっき言ったでしょ。裏ボスとして控えてて頂戴って。
その状態でアタシと戦うのよ。アタシはデバッグモードを使わない素の遊び人状態で行くわ。アンタが勝ったらアタシは人類の為に創造の力を振るう。でも負けたらこの件を蒸し返すのは禁止。それでいいでしょ?」
アタシの提案に、天秤ヤロウは言葉を失った。妥協してあげたのに何呆けてるのよこいつは。
「いや、その……いいのか? 先ほど再設定された『天秤神ギルガス』のステータスは、皇帝<フルムーン>を軽く凌駕するが……」
「当然でしょ。そうでないとエンドコンテンツの意味がないわ」
アタシのことを心配する天秤ヤロウ。むしろアホ皇帝より弱かったら呆れるわ。ラスボスより弱いEXボスとか価値ないんだから。
「言い訳無しの一本勝負よ。サクッと終わらせるわ」
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