22:メスガキは満たされし混沌と話をする

 巨大な渦がそこにあった。


 渦。世界の端から中心に向かう流れ。海の渦のような平面ではなく、空間そのものが中心に向かって流れていく。


 分解されたアタシはその流れに乗り、中心に向かっていく。流れに抗うことはできない。流れに抗おうと思うこともできない。ただその流れを知って、そのまま運ばれていく。


<エレットラ・ロッロブリジダ、レベルアップ!>


<【踊る】が6レベルになりました。アビリティ【誘惑の舞】を獲得しました>


 渦の中で響く音。<フルムーンケイオス>でよく聞くファンファーレと、そして脳内に聞こえてくる声。レベルが上がったとき、スキルをあげてアビリティを会得したとき、条件を満たしてトロフィーを得た時。そんなときに聞こえてくる音だ。


 ここに来るのは二回目だ。前は……なんだろう? なぜか肉体を失った時にジョブレベルを上げて、ここにやってきたのだ。


 あの時、アタシはその中心にいる人物を魔王<ケイオス>だと思った。だけど魔王<ケイオス>は別にいて、それは勘違いだって思ってた。


 だけどそうじゃない。


 あれは魔王<ケイオス>ではないけど、魔王<ケイオス>


 アタシがこの世界で知る限り最も強い存在。それを察してそう言っただけだ。もっと強いモンスターを知っていたらその名前が出たのだろう。


 あれは魔王<ケイオス>でもあり、ボスモンスターでもあり、ヴァンパイアでもあり、イッカクウサギでもあり、その辺にいるモブ人間でもあり、山であり、木であり、川であり、毒沼であり――つまり、このミルガトースと呼ばれる世界そのものなのだ。


「フルムーンケイオス」


 アタシがその名を呼ぶと、渦の中心が淡く光る。それがこの渦……『満たされし混沌』がアタシに語り掛けているのだとなんとなくわかる。実際、脳内にゲームアナウンスのような声が聞こえてくるのだ。


<はい。私の名前は『満たされし混沌フルムーンケイオス』。アナタが『ゲーム:フルムーンケイオス』と思っている世界そのものです>


 この世界そのもの。


 アタシからすればゲーム設定をパクって同じように構成したヤツ。だけどかみちゃまの推測では、この世界の誰かがアタシ達の世界にこの世界の事を伝え、そいつがゲームを作ったという事らしい。


「おお。お母様ケイオス

「お目覚めになりましたか。お母様ミルガトース

「こんな日が来るなんて……。私はこの日を待っていました、お母様フルムーン


 そしてその世界そのものを崇めるように、3つの光が浮かび上がる。それをケイオスと呼び、ミルガトースと呼び、フルムーンと呼ぶ。この世界で生まれたありとあらゆる存在がそれの名前。アタシ達みたいな召喚された存在を除けば、この世界は全てこの存在から生まれた。神や悪魔の、お母様。


「要するにゲーム世界のサーバーみたいな存在がアタシを呼んだってことね?」


 アタシがそんなことを言うと、3つの光が大きく瞬いた。よくわからないけど怒っているっぽい波を感じる。或いは呆れているか。とにかくいい印象を持っていないような感じだ。


<アナタの知識に合わせればそういう事になります。その解釈で致命的な認識のずれはありません>


 帰ってきた答えは、馬鹿にされているのかよくわからない感じだ。ただ間違いではないらしいので、気にせず話を続ける。


「それで特別な報酬を貰えるって聞いたけど、どんなのがもらえるの?」

<世界です>

「せかい」

<はい>


 あまりに唐突な内容に、アタシは思わず聞き返す。それに頷かれても正直困る。世界って何なのよ?


「つまり、世界?」

<はい。世界です>

「いやわけわかんないんだけど!? ええと、具体的に説明して! あああ、こういう時にコトネがいてくれたらぁ!」


 会話にならない渦ママの会話に頭を抱えるアタシ。コトネがいたらこういう時に自動翻訳してくれたんだけど、あいにくとここにはいない。


<具体的に言えば、この世界を好きにできます>

「もう少し具体的に!」

<アナタが先ほど言った報酬。強力な武器も、ステータスの限界突破も、新たな世界の創造も可能です>

「おお? 結構いい感じかも」


 つまりアタシの思うままに報酬がもらえるのだ。それならそう言ってよね。


<あなたの思うままに、この世界を作り続けてください>

「作り続けて?」

<お気に召すまで、何度も何度も創造と破壊を繰り返しても構いません。その為のサポートして6名の子供達を用意します>

「ちょっと待って。話がぶっ飛び過ぎるんだけど」


 何かが違う。好きなものを貰えてお終いと思ったけど、決定的に何かが違う。それを感じたアタシは再確認のために問いかけ直す。


「アタシに報酬をくれる。それは世界を好きにすること。そういう事よね?」

<はい。思うままに世界を創造してください。破壊してください。私が持つ権能全てを貴方に譲渡します>

「その『けんのー』? それを受け取ると、この世界を好きにできるてこと?」

<はい。この世界そのものを好きにできます。天候も、大陸も、大地も、生態系も、神秘も、生きている者生きていない物、そのすべてを好きにできます>

「思ったよりもスケールが大きかった!」


 めちゃくちゃな話に再度頭を抱えるアタシ。


 これ要するにあれよね。この世界をプログラム? ゲームクリエイター的な立場で好きにできるって感じ。ゲームバランスとか全部無視して超高難易度ゲームにしてもいいし、なんならいきなりシューティングにしてもいい。思い付きで世界を弄って気に入らなかったら破壊できるのだ。


<アナタにはその資格があります>

「なんでよ?」

<この世界の事を何よりも知っている知識量と、世界そのものを俯瞰して見れる視野。それでいてそこに住む人達と同じ目線に立ち、この世界に大きな改革をもたらしました。

 私の名称である<フルムーン><ケイオス>を倒したことはきっかけにすぎません。アナタこそ、私の後継として世界を創造し続けるのにふさわしい存在です」


 ゲーム知識を持ち、だからこそ世界中のイベントや事件を一歩引いた目線で見れた。そして世界を肌で感じ、多くの事件を解決してきた。この世界をふんだんに楽しんだからこそ、この世界を好きに作り替えてもいい。そう言っているのだ。


 少なくとも気紛れや冗談でそんなことを言っているのではないことは、なんとなくだけど分かった。しっかり考えて、その結論としてアタシにこの世界を好きにしていいのだと言っているのだ。この渦ママさんは。


「アタシが後を継いだら、アンタはどうなるの?」

<力となってアナタと同化します。精神には一切の影響はありません。アナタにわかりやすく言えば、ステータスに『開発モード』が追加されるだけです>

「生きてるか死んでるかで言えば死んじゃうわけ?」

<死、という現象が生命活動の終わりという意味ならそれは私には当てはまりません。全ては流れ、いずれ戻ります。死は次の生につながり、その生は死に至る。全ては大きな渦の流れで――>

「あ。もういい。気にしなくていいっていうのが分かったわ」


 なんかシューキョーめいてきたので、渦ママの説明を止める。


 悪くはない話なんだと思う。何時でも何処でも世界リセット。邪魔な壁や岩山もカットして最短ダンジョン攻略もできる。気に入らないヤツがいれば消すこともできて、NPCのセリフも行動も弄りたい放題。


 いいや、ステータスを介するのだからNPCに限らない。全ての人間がアタシにひれ伏す。アンカー弄ったりする必要もない。そもそもそのアンカーさえも弄れるのだろう。全てはアタシの思うままにできるのだ。


<さあ、私の力を受け継いでください>


 渦ママさんの言葉に、アタシは――


「いいわね。この世界ぜーんぶアタシの思うまま♡」


 笑みを浮かべて、了承した。

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