20:メスガキは生意気な言葉を放つ
悲報。なんかアホ皇帝に賛同する人が多い。
衣食住を全部世話してやるから余の支配を受けろ。そう言われて世界中の人達が全員アホ皇帝に力を貸しているという。どれだけニート生活にあこがれてるのよ。
「ああ、もうどうでもいい……」
「死なないのなら、それもアリだ……」
「希望がないなら、せめてマシな方を……」
世界中と繋がっているということもあって、世界中の人の声も聞こえてくる。アホ皇帝に力を貸している人たちは、大体そんな感じだ。ニートを望んでいるというよりは、消極的に賛成しているみたい。
「アサギリ・トーカに力を貸すぞ!」
「王に力を!」
「助けてもらった恩を返す時だ!」
「アイドルへの復帰キボンヌ!」
「あのちっぱいには夢がある!」
対してアタシへの声はおおむね好意的だ。アタシ自身に力を貸したいと思う人。恩義を返したい人。ファンっぽい人。様々だけど喜んで力を貸してくれているわ。でも最後の奴は許せん。あるから! ちっぱいじゃないから!
「ある程度の数は集まったけど……」
こんなあやしいイベントに参加し、アタシに力を貸してくれる人たち。それはすごく嬉しいけど、数が足りない。アタシに集まる力とアホ皇帝に集まる力。比べればアホ皇帝の方が多い。
「これが人望の差。皇帝と遊び人の差だ」
言いながらアホ皇帝はその力をアタシに向ける。どこかのアニメとかでありそうなビーム攻撃みたいな感じで。本能で分かる。あの攻撃を受けたら命がない。HPとか素の体力とかそういうものは関係ない。
ここはそういう空間。助けが少ない方が負けるルールが設定されている。レベルもアビリティも関係ない。そんな場所だ。
放たれる力。アタシも集まった力を同じように向けて解放した。力同士がぶつかりあう。激しい光と音が響くが、集まった力の差なのだろう。アホ皇帝の放つ力がアタシの放つ力を押し始める。
「トーカ、何とか差を覆してください! このままだと――!」
「うえええええええ! 何とかってどうすればいいのよ!?」
「世界中の人達に語り掛けてください! 皇帝<フルムーン>よりも、自分に利があると!」
コトネからのアドバイスが飛ぶが、そんなの急に言われても!
「語り掛けるって何言えばいいのよ!? コトネ原稿考えて!」
「ええと……【対象者への助言は禁止されているのじゃ。にょっほっほ。自分で考えい!】――」
コトネに原稿を頼んだら、帰ってきたのは厨二悪魔の声だった。助言とかカンニングは禁止のようだ。邪魔すんなあほー!
「あ、アタシに正義があ【嘘はっけーん! 当人が本気で思っていないことは喋れないように設定しておるのじゃ!】――」
どこかの漫画からセリフをパクろうとしたけど、それも止められた。確かに棒読みだったけど酷くない!?
「余の支配を受ける以上の利など存在しない。全ての生命は皆、安寧を求めている。冒険など不要。英雄譚など不要。ただ死なずに飢えずに病まずに生きていけるならそれでいいのだ」
「そんなの何が楽しいのよ。ゲームもお菓子もない生活なんて真っ平御免よ!」
「その思考すらなくなる。支配という揺り篭。変わらぬ未来。苦難がない日々。誰もが求める理想郷よ」
正直、アホ皇帝にも一理あるとは思っている。世の中にニートなんてのがある程度いるってことは、そう生きるしかできない人もいるってことだ。働かず、家に籠って生きていく。そんな生き方が許されるような環境。
そこまで極端じゃなくとも、未来が変わらないというのは誰もが望むことなのだ。一時期の大規模パンデミックでは不安な未来を前に奇行に走る人がSNSで見れた。ワケわからない物を買い占めたり、病気が治ると誰かが言えばそれが爆売れし、陰謀論は日常茶飯事で語られた。
不安もなく、苦痛もない。ただ『生きている』だけでいい世界。全てが決まり決まった世界。それは間違いなく理想郷なのだろう。人間なんてサイテーで、意地汚くて、そんなのと関わらずに生きていけるならきっとサイコーだ。
それを認めた上で――
「ばっかじゃないの」
アタシはそれを鼻で笑った。
「貴様も自分の意思で行動せねば意味がない、と世間知らずの戯言を言い放つか。所詮は子供――」
「別に。意思とか意味とかどうでもいいわよ」
どこかの熱血天騎士おにーさん辺りならその辺を言いそうだけど、アタシはそんなのどうでもいい。ダラダラ生きていくのだって悪くない生き方だと思う。
「アタシが馬鹿にしているのは、苦痛がない日々とか、変わらない未来とか。そんなのあるわけないじゃん、ってことよ」
「神と悪魔の力を持つ余の支配は絶対だ。ほころびなどあるはずがない」
「はん。アタシのその悪魔三体の計画を狂わせたのよ。ついでに神様もね」
そうだ。不変なんてない。予定通りなんてない。絶対なんて存在しない。
だってそれは、アタシ自身が証明している。
「仮にこの世界の事を全部知っていたとしても――」
ゲーム世界に転生して、全部のジョブもスキルもアビリティを知って、最高のジョブで勝利のロードを歩むのが確定していたとしても。
「それでも世の中は思い通りになんか進まないのよ!」
いきなり暗黒騎士のレイドボスに巻き込まれたり、ヤーシャの権力争いに巻き込まれたり、聖なる山を襲う魔物に苦難したり、いきなり魔王に出会ったり、変な司祭にからまれたり、アイドルしたり、草原でじじいに因縁付けられたり、吸血鬼の戦争に首突っ込んだり――
「悪いこともたくさんあるし、いいことだってたくさんあるわ。そんなのは世界がどうとか神様がどうとか悪魔がどうとか関係ないのよ。成功とか失敗とか。上手く行くとか行かないとか。そんなの誰にもわからないのよ」
重装甲の格闘家の世話をしたり、正義まみれの天騎士に絡まれたり、限界突破したロリショタ裁縫師に世話になったり、アイドル(男の娘)と出会ったり、一生懸命頑張る斧使いの軽戦士と友達になったり、わけわかんないこと言う夜使いに粘着されたり。
「支配されたら安全? 神や悪魔が信用できる? そうやって信じてても、どうしようもない事が起きて裏切られるわ! 絶対安全なんてこの世にはないんだから! 今時脳みそゆるゆる詐欺師でもそんなこと言わないわよ! そんなのに騙される人たち、ざんね~ん。信じて裏切られて、その時に自分が馬鹿だって気付くんだから!
悪魔や神様がいたって一緒! 誰かに支配されようが、自由に生きていようが、一歩先に落とし穴があるなんてトーゼンなの!」
そうだ。<フルムーンケイオス>の内容を全部知っていて、ある程度は思い通りに進められたけど、それでもこんなことになるなんて思わなかった。
「トーカ……!」
この世界に一緒に召喚された女の子の事を、こんなに好きになるなんて思わなかったわよ!
「『生きる』ってそういう事なのよ。どうしようもない事があるなんて当たり前! 安心安寧安全? そんなものは一瞬で消え去るわ。どこまで行っても未来は不確定で、だから苦しくて悔しくて泣きそうで、だから成功したら楽しくて面白くてうれしいのよ!
あは、こんなことも知らなかっただなんて、この世界のヒトたち頭悪いんじゃない? ざこざーこ!」
なんか思うままに喋ったけど、アタシについた方が得するとかそういうこと言わないといけなかったんじゃなかったけ? あ、マズいかも?
「誰がザコだああああ!」
「このくそ生意気なガキなんざ死んでしまえ!」
あー。やっちゃった。なんかアタシを罵倒するレスがかえってくる。
「未来が分からないとか当たり前だろ! 子供にそんなこと言われる筋合いはない!」
「これまでどれだけ対策して安全を確保したと思ってやがる! それをベースにすればある程度は安全だ!」
「リスクを理解するとかいつもやってることだ! 何も知らないガキが生意気いうな!」
あー。はいはい。そうですね。アタシは聞こえてくる声を適当に聞き流す。
「一歩前に落とし穴があるとか言い方が子供なんだよ! もう少し考えて喋れ!」
「人生が苦しくて悔しくて泣きそうとかもう数十年生きてから言いやがれ! 子供の言うセリフじゃねえ!」
声はどんどん増えてくる。うっざ。
「オレはお前の数倍多く生きてるんだ! ちょっと疲れて休もうとしていただけなんだよ!」
「生きるってそういうものだとかイキってんじゃねぇよ!」
「だだだだだだ騙されてないもん! ちょっと皇帝がイケメンだっただけだもん!」
声が増えるにつれて、アタシに集まる力が増してくる。
「馬鹿な……! 余の力が弱まっている! 何故だ!」
そしてアホ皇帝に集まる力が弱まっていく。あっちからアタシに鞍替えするように。
「いやなんでよ?」
「皇帝<フルムーン>の支配を否定したことが原因でしょうね。絶対の安全などないというトーカの言葉に、生きる意味を気づかされたのかと」
アタシの疑問にコトネがそれっぽい理由をつける。そういう事もあるかもしれないわね。ただ生きる意味に気づいて改心したというよりは……。
「いい大人が子供に正論言われて顔真っ赤にして叫んでるだけじゃない」
「トーカ、しっ」
意見の大半が『子供のくせに生意気だ!』的な意見なのが草生えるけど。そう鼻で笑うアタシを静かに窘めるコトネ。なんというか、正義や生命賛歌で説得するよりもアタシらしいと自分でも思ってしまう。
そうしている間にも力はこちらに集まり、少しずつアホ皇帝を押し返していく。その勢いは一秒ごとに増していき、そして――
「余は……余は、世界を支配する皇帝……!」
「そのなりそこないでしょ。いいからとっとと消えろ! アンタがいるとコトネが安心できないのよ!」
「余は――!」
アタシに集まる力は大きく膨れ上がり、アホ皇帝を飲み込んだ。
「ブラヴォォォォォォォォォ! 最後素直になったメスガキ頂きました!」
「幼女百合の愛の言葉最高!」
「世界を救う理由が好きな子の為っていうのが!」
……最後、膨れ上がった瞬間に聞こえた雑音を手を払って忘れるアタシ。ちょっと熱くなった顔を、手で仰いで冷ましていた。
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