19:メスガキは皇帝と一対一になる

「まさかこれを遊び人如きに使うことになろうとはな!」


 ボロボロのアホ皇帝はそう言ってボロボロの手を上にかざす。その状態で何しようっていうのよ。HPも0になっただろうし、とっとと倒れてほしいんですけど。


「おい、これはもしかして!?」

「うそ……ありえまちぇん!」


 コピペ神とかみちゃまが同時に驚きの声を上げた。え? なんかマズいの、これ?


「デミナルト空間でち!」

「魂は人間なのにデミナルト空間を使えるとはな。そういう事ができるように調整した魔物ってことか。アンジェラめ、こういう所は天才的だな」

「でみ……ええと、要するに神様空間ってこと?」


 時々かみちゃまが言う単語なので何となく覚えていた。要するに、この世界の狭間とかにフィールドを作ってそこで何かする場所だ。魔王<ケイオス>との戦いもそこでやったわけだし。


「よくわかんないけど、要するに最終決戦の場所に移動したってことでしょ? 別に攻撃されたってわけじゃないし、驚くことじゃないわ」


 アタシはそう言ってかみちゃ間やコトネの方を見て――


「え?」


 そこに誰もいないことに気づいた。アタシとアホ皇帝以外は誰もいない。そんな真っ白な空間だ。


「余と貴様以外はこの空間にはいない」

「はん。一対一ならアタシに勝てるって寸法? そんだけボロボロになってるんならイッカクウサギに突かれただけでも死にそうじゃない」

「無駄だ。ほとんどの力はこの中では無意味となる。悪魔が創りし空間だ。人間如きではどうすることもできん」


 ああ、【聖なるかな】みたいなモノね。攻撃自体ができなくなるってヤツ。たしかにそれならHPが1だろうが999だろうが変わらないけど。


「つまりアタシを拉致監禁してイロイロしたい変態ってことね。通報案件よ、この幼女趣味」

「隔離して殺してやるという意味では間違ってないな。貴様はここで殺す」

「矛盾してるわよ。攻撃できないのに殺すとか無理無理無理ぃ。言葉学んでからやり直してきなさい」


 煽るアタシにアホ皇帝は鼻で笑うようにする。なんか馬鹿にされた気分。


「この空間は世界中の生命体と繋がっている。天啓のように下々に語り掛けることができ、賛同すればその力を搾取できる」

「は?」

「先ほど『ほとんどの力』と言ったな。下々から搾取した力だけは例外だ」


 …………ええと? ちょっと待って。今整理するわ。


 アタシは今、アホ皇帝が作った神様空間に閉じ込められている。


 その空間は一つの攻撃しかできない。その攻撃は下々……ええと世界中の生命体から力をパチって得た力だけ。


 つまり……アタシにみんなの力を分けてくれってのをやれって事ぉ?


「賛同って……つまり力を貸すことに同意したらその力を得られるってこと? アンタとアタシの両方で?」

「そうだ。両方にチャンスがある。……創造の悪魔の戯れとはいえ、理解に苦しむな。一方的に搾取し、相手に反撃の機会を与えぬようにすればいいものを……!」


 創造の悪魔……ああ、厨二悪魔か。あの残念脳みそで『これじゃ! 最高の決戦方法じゃ!』って感じで作ったんでしょうね……。


「つまりより多くの賛同を得られた方が多くの力を集められて、勝つってルール?」

「そうだ。もっとも皇帝である余と遊び人である貴様とでは人望は雲泥の差だろうがな」

「これだけ世界をめちゃくちゃにしておいて、よくそんなセリフが吐けるわね。自分以外全部パッケージして支配するとか言ってたくせに」


 呆れるアタシ。今更コイツに人望なんてないわ。世界丸ごと保存して支配しようとしていたコイツに誰が力を貸すっていうのよ。馬鹿じゃない。


「ミルガトースに住むすべての生命よ! 余は皇帝<フルムーン>! この世界を統べる存在だ。

 我が怨敵を倒すために、余に力を貸すがいい!」


 どうせ数秒後に『な、どうして余に力を貸さぬのだ!?』って驚いて慌てふためくだろうから、それを見て笑ってやろっと。アタシはセリフを考えながら様子を見る。


「褒美に貴様らには支配をくれてやろう。我が皇国の庇護の下、永遠に変わらぬ支配だ」


 何言ってんのよ。そんなのを望む人なんているわけないじゃない。


「永遠に空腹に悩むことなく、永遠に考えることなく、ただ支配されるままに動けば幸福が訪れる。そんな支配を余が布こう。余より下は皆等しく、万人を正しく幸せに納めよう!」


 なんなのよ、そのニート集団。そんなの誰が望むって――


「ふははははは! どうだ、余に力が集まってくるぞ!」


 大笑いするアホ皇帝。ボロボロの体は少しずつ修復し、手には淡い光が宿っていた。え? なんか本当に力が集まっているみたいなんだけど。マジで?


「トーカ! 聞こえますか!」


 ウソでしょ、って思うアタシに聞こえてきたのはコトネの声だ。近くにはいないんだけど。


「コトネ? どこにいるのよアンタ」

「わたしはさっき戦っていた場所から一歩も動いていません。私から見れば、トーカと皇帝<フルムーン>が消えたんです!」


 そうか、コトネ目線から見ればアホ皇帝が作った空間にアタシが飲み込まれて消えちゃったっていうふうに見えたのね。


「その後に皇帝とトーカの状況が世界中にアナウンスされました。お二人のどちらかに力を貸すことができると!」

「そんな感じね。でもアホ皇帝のイキリがあまりにアレだったんで自滅するのを待とうと思ってたんだけど」

「やはりさっきの演説は――トーカ、マズいです。このままだと、多くの人達が皇帝<フルムーン>に力を貸します!」


 は?


「何言ってるのよ、コトネ。あんな上から目線の貸す発言についていく人なんていないわよ。あんなのに支配されたいなんて人が――」

「テロリストが生まれやすい環境を知っていますか?」

「ごめん。いきなり話が飛んでわけわかんない。ええと、社会のお勉強?」


 切羽詰まったように言うコトネ。アタシは首をひねって話の流れを理解しようとする。どういう繋がりがあるのよ。


「テロリストは!」

「……ごはん?」

「衣食住。就職率や教育の普及。様々な要因はありますが、要するに支配者が十分な生活を保障できないとテロリストが生まれてしまうんです。

 空腹に悩むことなく死ぬことのない場所を与える。皇帝<フルムーン>はそれを保証しているんです!」


 コトネの言う事は何となく腑に落ちた。お腹が空いたから生きるために犯罪をする人というのは納得できる。


「待ってよ。アイツの言ってることは要するに赤い水に閉じ込めるっていう事よ? その中でずっと生きてるんだか死んでいるんだかわからない状態で支配されたいっていうのは違うんじゃない?」

「私やトーカみたいに元の世界で生活が保障されていた感覚ならそう思うかもしれませんが、この世界の人達は違います。

 自分より強い魔物の脅威に怯え、何かのほころびがあれば死ぬかもしれない。事実、神と悪魔の戦いは悪魔がいずれ勝って人類が滅びる公算が高いです。そんな状況で怯えて生きるよりも、何も考えない安寧を求めてしまう人もいるんです」


 この世界の人達は基本街中で生活している。外のフィールドにはモンスターがいて、強くないと死んじゃう。そんな世界だから、食料だって運んでくれる人がいないと届かない。その運ぶ人が魔物に殺されれば、街の人は飢えてしまう。


 そんな不安から解放される。それに賛同し、アホ皇帝に力を貸している人が多いのだ。


「もしかして……これ結構ヤバいの?」


 コトネとの会話を終え、アホ皇帝を見る。


 アホ皇帝の掌に集まった光は、少しずつ大きく眩しくなっていく――

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