14:メスガキは皇帝との戦いに向かう
眼下に広がるのは、一面の赤い水。
かつてそこは草原で、森で、どこにでもある大地だった。主にモンスターだけど、多くの命が存在する場所だった。
だけどそんなものはどこにもない。血を思わせる赤い液体が静かに波を浮かべている。そこに飲み込まれた者は、眠るように『保存』されるという。生きるでもなく死ぬでもなく。レベルドレインされてアホ皇帝の力になるのだ。
「で、あれがアホ皇帝の城ってことね」
そして遠くに小さく見える突起物。おそらく城と思われる形状をした建物が見える。望遠鏡でもあればよく見えるんだろうけど、この距離だと点ぐらいにしか見えない。
「はい。……行きましょう、トーカ。皇帝<フルムーン>に苦しめられている人たちを救うために」
隣に立つコトネが、意を決したかのように言う。コトネにとってあのアホ皇帝はトラウマだ。ぎゅっと握った手は震えていた。怖い。だけど逃げない。その決意が見えている。
「怖いんなら、やめてもいいわよ。正直、アタシがあのアホ皇帝を倒したいのはレベルと経験点を奪われた私怨みたいなものだし」
怖がるコトネに対して、アタシはそう言い放つ。
アタシは別に世界がどうとか人がどうとかはどうでもいい。あのアホ皇帝をどうにかしたい理由はレベルドレインされた恨みを晴らすだけだ。
「流石にそれはどうかと思いますけど」
「ここまできて『やめた』って言っても誰も怒ったりなんかしないわよ。熱血おにーさんとかは正義がどうとか言って怒りそうだけど」
「ルークさんこそ、怒りそうにありませんよ」
ああ、まだ気づいてないんですね。そう呟いてため息をつくコトネ。天騎士おにーさんの話になるとみんなそんな顔するけど、なんなの?
「でもマジにそんな感じよ。アタシはどっちでもいいの。『世界のため』『人のため』って理由はコトネに任せてるわ。アタシはアタシの為に動くの」
「そうですね。トーカは自分勝手ですから。ワガママで口が悪くて利己的で寝相が悪くて整理整頓ができなくて自分ルールで動いて他人に対する敬意なんかまるでありませんから」
「そ、そこまでいう!?」
「はい。言いますよ。だって好きな人の事ですから」
真っ直ぐに顔を見て言い放つコトネ。好意100%の笑顔に、アタシの怒りはあっさり静まった。自分でもチョロいと思いながら、でもそんな顔されたらもう何も言えなくなる。
「そんなトーカだからこそ、ずっと一緒に居るんです。トーカが『やめた』って言ったら私もやめます。確かにこの世界の平和は大事ですけど、トーカの方がもっと大事ですから」
「……そ、そう? その、うん。アタシも、コトネの事が、だ……大事、よ」
「ふふ。照れてるトーカ可愛いです」
恥ずかしいけど目を背けられない。主導権とられてると思いながら、取り返す手段も気力もない。可愛いと言われて跳ね上がる心臓が情けないやら嬉しいやら。
ここでアホ皇帝を倒すのをやめて、二人だけで平和に過ごす。
考えてみたら悪い話じゃない。かみちゃまに何とか空間を作ってもらえば、この世界が終わるまで平和に過ごせるだろう。そしてかみちゃまもきっとそれを拒みはしないだろう。コピペ神は……何か言いそうだけど知ったことか。うるさいなら捨てればいいや。
何度も言うけど、アタシはこの世界がどうなろうと知ったことじゃない。そりゃ斧戦士ちゃんが死んだとか知った人間が亡くなれば、多分怒ったり泣いたりするだろう。でも見ず知らずの人間が死のうがどうでもいい。
ドライすぎるかもしれないけど、こればっかりはきっとアタシだけじゃないはずだ。対岸の火事まで悲しんでられない。他国の戦争で人が死のうが、今日ご飯が食べられれば幸せな人間の方が多いはずだ。
神と悪魔の戦争とかもほとんど巻き込まれた形だけど、これも他人事だ。アタシの知らない所でやってくれればいいのに。人類の存亡とかこの世界がどうとか。正直な話、『知らない。他所でやれ』としか言えない。
「でもまあ」
アタシがここまで来た理由はただ一つ。
「あいつはコトネをイジメたんだから、思いっきり踏んずけてやるわ」
コトネを洗脳して利用しようとしたあのアホ皇帝がイキってるのが、許せないだけだ。
この世界とか神と悪魔とか、そんな事よりももっともっともぉぉぉぉぉっと大事な事。好きな子を泣かせたヤツを蹴っ飛ばして踏んずけて罵って再起不能にする。それが一番大事な事なのよ!
「もう、トーカらしいですね」
「何よ。また自分勝手でワガママとか言うの?」
「はい。ずっとずっと言い続けます。大好きも含めて」
「……それ、卑怯よ。全部許しちゃうじゃない」
むすっとするアタシ。ずっとずっとコトネに振り回されっぱなし。いつかはアタシがコトネを振り回してやるんだから。
「行くわよ、コトネ。あのアホ皇帝を蹴っ飛ばすために」
「ええ。行きましょうトーカ。あなたにずっとついていきます」
アタシが差し出した手をコトネが握る。その手は全く震えていなかった。
「世界の命運をかけた勝負だっていうのに、何なんだろうな。この緩さは」
「良いんでちゅよ。この方がこの二人らしいでち」
聖杯もといコピペ神がそんな声を出し、かみちゃまがそれに答える。うるさいわね、ほっといてよ。
「とりあえずコピペ神。アンタ本当にあのアホ皇帝への対抗手段になってるのよね? 言って『バ、バカな!? こんなことになっているなど見抜けなかった!』とかいうのはやめてよね」
「安心しろ。それはない。曲がりなしにも『剣と努力』神の権能だ。武器性能に関しては追随を許さないぜ」
「フラグにならないといいけどね」
コピペ神に確認するアタシ。コイツの性能がアホ皇帝との戦いのキモなのだ。行って実は役に立ちませんでした、はシャレにならない。
「シュトレイン様は最後までついてきてくれるんですか?」
「あい。二人の旅を最後まで見届けまちゅ。神の立場もありまちゅが、ここまで旅してきた者として、最後まで同行させてくだちゃい」
「はい。よろしくお願いします」
かみちゃまとコトネが話をして、感極まったように言うコトネ。そのままかみちゃまを抱きしめる。
「かみちゃまも不幸よね。神の仲間が皇帝側についていて、しかもこの世界の人を永久保存しようとしているなんて」
「ギルガスやリーズハルグの気持ちも理解はできまちゅ。納得はできまちぇんが、それでも人類に生きてほしいと思う気持ちは間違ってまちぇん。
だからこそ、あたちは止めたいんでち。神として、同じ仲間として」
「その辺は当事者同士で勝手にドラマしててちょうだい。熱血とか人類存亡とかその辺はアタシのキャラじゃないし。
兄弟姉妹喧嘩に口は出さないわ。でもちょっとムカついたら口出すかも」
「二秒で矛盾しないでくだちゃい。でも、トーカちゃんらしいでち」
アタシの言葉にそんなことを言うかみちゃま。でもこれがアタシの偽らざる本音だ。いい子ぶる気なんてない。ムカついたら他人の喧嘩だろうが口を挟むわ。
いつもどこかでやってそうな会話。コピペ神の言うように、世界をかけた戦いの前とは思えない緩さ。
でもそれがアタシ達だ。きっとそれでいい。
【オーダーメイド】で作ってもらったドレスの追加効果で浮遊するアタシ達。そのまま赤い水の上を飛び、城の方まで向かう。誰も止める者はいない。空を飛んでいることもあるが、アタシのレベルは90超え。並のモンスターなど相手にもならないわ。
アタシ達はほどなく皇帝の城にたどり着く。壁も床も屋根も赤い城。城の中から赤い水が流れてきている。この水源にアホ皇帝がいるのだ。自分から居場所を示すとか、ほんとアホ。
RPGの流れ的にここで四天王とかこれまでのライバルとかが足止めするんだろうけど、そういうのは皆が倒してくれたから何もなし。時々襲ってくる赤い騎士を【アルカイックスマイル】で<魅了>して無傷で倒し、アホ皇帝のいる場所までやってきたわ。
RPGあるあるの王様ルーム。その先にある豪華な玉座にヤツはいたわ
「アサギリ・トーカ、イザヨイ・コトネ。貴様らが来るのを待っていたぞ」
玉座に座ったアホ皇帝が、上から目線でそう言った。
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