12:天騎士ルークと天秤の神 Ⅱ
剣と剣が十字に交差し、ルークと『ギルガス』の視線が交じり合う。
「良き踏み込みだ。迷いなく、そして淀みがない。その信念を示すかのような一撃だ」
『ギルガス』はルークの一撃を受け、そう評した。強く、そして真っ直ぐな一撃。己の信念を疑わない騎士の剣。
「ゆえに惜しい。その信念が皇帝<フルムーン>に向かぬことが。我が正義の敵であることが。心の底から惜しい」
「そうだ! 俺は皇帝<フルムーン>には従わない! 人間を飲み込み、ただ閉じ込めるだけの王には仕えない!」
「それが人類を生かす術だとしてもか?」
「だとしても!」
力を込めてルークは剣を押し込む。『ギルガス』はビクともしない。決して引けない信念を示すかのように、重く強い抵抗がある。
「そんな未来には意味がない! ただ死んでいないだけの未来など望まない!」
「何故だ?」
「そこには微笑みがないからだ!」
叫ぶルーク。皇帝<フルムーン>が生み出す液体が世界を覆い、そこにいるすべての生命を飲み込んだ未来。全ての生命が液体の中で何もせずに存在するだけの未来。そこには何もない。微笑む人もなければ、手を取り合う人もいない。
「人は行動することで幸せを得る! 幸せになるために行動する! それをさせない支配など、望みはしない!」
「人類が滅びれば同じことだ。種として滅びれば、そこに待つのは不幸でしかない」
「そうならないために行動する! 人類の未来を軽視するな!」
冷静に冷淡に告げる『ギルガス』と、激昂するルーク。対照的な二者の口論は剣の圧力と共に加速する。
「それは先が見えない愚者の言葉だ。世情を正しく見れば、人類の滅びは確定している。1000年単位で世界を見れば、ここで皇帝の支配を受ける方が幸せなのだ」
「そうとも、人類は愚かだ! 1000年単位で物を見ることなんで出来ない! 俺の言葉は蛮勇で、神の目から見れば稚拙なのだろう!」
『ギルガス』の言葉に、ルークは奥歯を噛みしめてそれを認める。
人類は愚かだ。仮に全人類が幸せになる最適解があったとしても、間違いなく個人の幸せを求めてそこから逸脱するものがいるだろう。司法の正しさを理解しても、法の目を潜り抜けるものなどいつの時代も存在する。
「それを理解しながら、何故皇帝の支配を拒絶する? 無知なるものは賢者の教えに従えばいいと理解しながら、何故それに逆らう?」
「愚かでも、無知でも、人間は皆、生きているからだ!」
剣に力を込めて、ルークは叫ぶ。
わずかに、ルークの剣が『ギルガス』に押し込まれる。
「そうだ。人間は、全ての生命は、生きている! この世界に存在して、それぞれの意思に従い行動している!」
「だから? 生存するなら種族としての最適解に従えばよかろう」
「大事なのは、生存することではない! この世界で生きることだ!
種族として、ではなく! 一つの生命として!」
剣はさらに『ギルガス』に押し込まれる。
「そうだ! 俺は人間という種族だ! 人間という種族は大事だ! それが滅びるとなれば、それを回避するために行動もする!
だが、個として何もできなくなるのは死と同義だ!」
「死ではない。皇帝<フルムーン>の一部となり、盃の中で
「生命の保存。それは確かに死ではないのだろう!」
ルークも『ギルガス』の言い分は理解できる。
この世界は悪魔の跋扈により人類はいずれ滅びる。かつては魔王<ケイオス>が、そして今は皇帝<フルムーン>が、魔物という暴力にじわじわと生息圏を失われている。魔物に対抗できる力がなければ、滅びは避けられない。
ならばそうなる前に人類を保存しよう。その為に『神』が皇帝<フルムーン>に協力したのだ。ルークはそれを理解し、怒り、そして受け入れた。それが人類の最適解なのだと、人類を守る存在が選んだ道なのだ。
「たとえ先に滅びが待っていようとも!」
剣に力を込める。
「たとえそれが避けられぬとしても!」
剣に力を込める。
「それでも最後まで抗うのが人間! いいや、生命なのだ!」
ルークは叫び、剣に力を込める。
「大事なのは、滅びを回避するために懸命に行動すること! 行動することをやめるのは、全ての選択を行ってからだ!」
「その行動すべてが無駄になるとしてもか?」
「そうだ! 行動が成功するかしないかなど二の次! 自分で選び、そして行動することが大事なのだ!」
ルークの剣が『ギルガス』の剣を弾き飛ばした。力に押されるように『ギルガス』が一歩下がる。
「ば、かな……! その結果、人類にとって最悪の結果になるとしてもか!」
「きっと後悔はするだろう! 神の言うことに従っていた方がよかったと嘆く者もいるだろう! その全てを含めて、人類という生き方だ!」
人間は愚かで、きっと何をしても後悔する。ルークもまた己の行動に後悔している人間だ。
『もし、もう少し早く思いを伝えていれば。もっと直接的に、もっと数多く伝えっていれば、あるいは違った未来だったかもしれない……!』
好きな人に思いを伝えきれなかった事。その事に後悔はある。だがそれだけだ。その痛みを抱えて、前に進んでいく。それが人間なのだ。
「選び、行動し、嘆き、喜び、そしてまた選んで行動する! それが人間の生き方だ! その生き方を止める未来など、一人の人間として認めるわけにはいかない!」
「その方が、人類にとって幸せだとしてもか!? 思考せずとも生命は維持できる。種として存在できる。完全な滅びに比べれば上質な未来だとしてもか!?」
「だとしても! 種族としての幸せと、個人の幸せは違う!
人の未来は、人が切り開く! 愚かで、無知で、それでも自分の足で歩いていく!」
ルークの剣が『ギルガス』を貫く。それが『ギルガス』の生命を奪った手ごたえを感じながら、ルークは力を抜いた。
「そうだ。神が選ぶ道の方が幸せなのかもしれない。それを拒否するのは俺のエゴで、そして正しいのはそちらなのかもしれない。
それでも、俺はそれを選ばない。アサギリ・トーカとイザヨイ・コトネが皇帝<フルムーン>を倒すと言ったのなら、俺はそれを信じて戦うだけだ」
「何という愚かな……。あの二人が皇帝<フルムーン>様を倒せるなど、あり得ぬ未来だというのに……。ありえない可能性を信じて、苦難の道を進むというのか……」
「そうだ。苦しくとも生き延びる道があるなら、それを選ぶ。
理解はできないだろうが、それが生きるという事なんだ」
「正しき道を生きれば、人類すべてが幸せになれるというの、に……」
その言葉と共に『ギルガス』は形が崩れていく。液体状になって地面に広がり、地面に染みを作って消えた。
「……人類の幸せ、か」
ルークは言って、かぶりを振る。本当に正しい事。本当に幸せな道。それを求めて人は正義に縋る。正しい道を。幸せになれる道を求めて、正義を求める。
だが、正義に明確な形はない。時代や風習などによる道徳的な考えをベースにして定義していくしかないのだ。
そして定義していくのは、その時代を生きる人間だ。思考し、悩み、行動する人間だ。それを放棄しては正義を決められない。
「正しいと信じて、進むしかない」
今奪った『ギルガス』の命の重みを感じながら、ルークは剣を鞘に納めた。
ルーク・クロムウェル VS 『ギルガス』
――勝者、ルーク・クロムウェル!
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