11:夜使いトバリと魔性の悪魔 Ⅱ

 夜使い。


<フルムーンケイオス>の中でもピーキーともいえるレアジョブである。他のゲームで言えば暗殺者と戦士の中間のようなジョブである。静かに迫り、一太刀で決める。しかし装備できる武具が特異的なのだ。


 夜使いは呪い武具を使うことを前提としている。呪いの武具などで得るバッドステータス。これがある状態だとパワーアップするが、バッドステータス自体は何の解決もせず、そのデメリットは残っているのだ。


 毒によるHP減少、麻痺による行動制限、アンデッド化による回復逆転、魅了による味方への攻撃。それを抱えた上で戦うのが夜使いである。


 実際<フルムーンケイオス>でも物議を醸しだしたジョブだ。強いけど、脆い。強いけど、パーティ戦には向かない。育成方法も難しく、しかも即死が確率だから運任せ。マイナス面が多く、即死攻撃に尖っている。


 ついでに言えば、アンデッドは即死攻撃が効かない。例えば、今目の前にいる相手などには夜使いの尖った特徴が全く役に立たないのだ。


「この程度、奥義を使うまでもない」


 言いながら刀を振るうトバリ。夜使いの高レベルアビリティは『ダメージ0、即死』である。低レベルのアビリティを使いながら迫るアンデッドを処理していく。呪いを受ければ力が増すアビリティがあるので押し敗けることはないが、それでも時間がかかる。


「無意味な時間稼ぎはやめるがいい。それとも、援軍が来る予定でもあるのか?」


 心の中で『単純作業は嫌いじゃないけど、リアルゾンビ怖えええええええ!』と叫びながら言うトバリ。リーンの趣味なのか、本当にその顔で死後硬直したのか。リーンの操る死体は。皆苦悶の表情を浮かべていた。


「それこそ無意味な問いかけじゃないかしら? 他の人形はアナタの仲間が足止めしているんでしょ?」

「ほう。その程度は察しているか。だが間違いを正そう。

 足止めではない。討伐だ。貴様たちを倒し、わが友が進む道を守るのだ」


『リーン』の言葉に鼻を鳴らして答えるトバリ。討伐してくれないと困る。ワシ、コイツ以外の奴に勝てないもんね。ボスは【魔性一刀】の最強即死攻撃でも死なないからやだー! 『リーン』にも効かないんだけどね。


 おそらく表情には出ているけど、夜叉ヘルム――トーカが『鬼ドクロ』と言っていた兜に包まれているため、それはわからない。ただ不気味に、ドクロが嗤っているだけである。


「そんなことをして何の意味があるの?」


『リーン』は問いかける。相手の心を揺さぶるように。


「あなたが言う友人。アサギリ・トーカは酷い人間よ。

 口は悪い。足癖は悪い。年上を尊敬しない。男に容赦しない。女でも愚かだと分かれば見下す。利己的。人の嫌がることを率先して行う。見た目で人を判断する。人の名前を覚えない。素直にお礼も言えない」


 指折りトーカの悪い所をあげる『リーン』。リーンの記憶を受け継いでいるのか、或いは皇帝の偏見か。しかし間違ってはいない。アサギリ・トーカはそういうメスガキだ。


「貴方がこうして戦っているのに、助けにこようとは思わない。激励を飛ばすこともない。もしかして知らないのかしら? だとしたら罪深いわよね。自分のために戦ってもらってることを知らずに、楽しく生きているんだから」


『リーン』は言葉を続ける。本物のリーンのようにアンカーを弄れるわけではない。それは悪魔と神の特権だ。ただ力を得ただけの『リーン』にはできない。


「貴方の奮闘は二人には届かない。感謝もされない。喜ばれもしない。どれだけ傷つこうとも、どれだけ苦しもうとも、あの二人はそれに構わず進んでいく。報われないわね、貴方。その傷も、その一刀も、その苦しみも、その努力も、全部無駄」


 一泊おいて、笑みを浮かべる『リーン』。そしてトドメとばかりに、トバリに告げる。


「ねえ。無駄なことはやめない? 今なら見逃してあげるわ。なんなら、仲間にしてあげてもいい。アサギリ・トーカとイザヨイ・コトネに怒りをぶつけてみない? 倒した後は、好きにしていいわよ」


『リーン』の甘い言葉。尽きぬ死者の群れ。終わらない単調な作業は思考を単一化する。間違えれば死ぬ状況下。そこに垂らされた救いの糸。貴方の努力を、実力を、意味のあるモノにしてあげるという承認欲求を満たす誘い。


 アサギリ・トーカのために戦うことに意味などない。


 自分の努力とは無関係にあの二人は進んでいく。


 自分の傷も行動も全部無意味。


「確かに。貴様の言うことは間違いではない」


 その全てを認めるトバリ。『リーン』の唇が次の言葉を呟くより前に。


「むしろ足らぬ。あのメスガキは行儀が悪く、整理整頓もできず自分ルールを優先して動き、年配への感謝もなく、神への畏敬もなく、伝統文化への崇拝もない。専門家ではないので詳細はわからぬが、肉体的成長も同世代女子より遅れているだろう」

「……は?」

「仮にこの場にいたとしてもそのまま通り過ぎるだろうな。或いはこちらを指さして嘲笑うか。そして共に歩む聖女がそれを諫め、渋々素直になって助けに来るだろうよ。ふ、その光景が目に浮かぶ。脳内再生余裕余裕」

「な、何を言っているの、貴方……?」


 わけがわからない。特に最後は。『リーン』はトバリの言葉に顔を歪ませる。意味不明な言葉ではあるが、キモは――


「貴方は、自分の努力が認められなくても構わないというの!? その刀技も、今死線を潜っている事実も、誰にも認められないでいいの!?」


 キモは、努力が無駄に終わっても構わないという事だ。自分の行動が無意味に終わり、誰にも認められず、むしろ嘲笑われてもいいと言っているのだ。


「無論。むしろそれがどうしたというのだ? 努力が報われぬことなどよくある話。全力を出しても届かないことなど世に満ちている。この一刀も、この戦いも、誰かに褒められるためにやっているのではない」

「何をふざけたことを……! 人間は自己顕示欲の塊よ! 自分だけ良ければいい者ばかりで、自分をコケにされていい気分なはずがないのに!」


 トバリの言葉に怒りの叫びをあげる『リーン』。実際、『リーン』は人間の醜さを利用して町を滅ぼしていった。疑心暗鬼を増幅させ、人の弱く醜い部分を露出させていた。


「それも然り。ワシもその例には漏れぬよ。聖人君子など程遠い。闇に生きる存在であるので、己の欲に忠実だ。

 ただその欲をお主は見誤った。それだけだ」

「見誤った……? 私が、人間の低俗な欲を、見極められなかったとでもいうの?」

「そうだ。貴様が今言った『低俗』な欲。努力を嘲笑う程度、人間としてはまだマシな方よ。人の努力を笑いながら利用し、成果だけを奪う輩など数知れぬ。ブラック企業よくない!

 貴様が知る人間の愚かさなど上げ底で、更に突き抜けた欲望が人間にあるということよ」


 最後のゾンビを切り伏せ、『リーン』に迫るトバリ。呪い装備のせいで常時発動しているバッドステータス<死呪>のおかげで回復アイテムも使えないからHPは結構ギリギリである。仮面の下はヒクヒク痙攣しているが、何とか頑張って虚勢を張る。


「そしてそんな人間の欲望などワシからすれば些末事。所詮は他人事。こちらに被害がこぬ限りは対岸の炎上よ。

 ワシが戦う理由。ワシが戦う意味。それはワシが決める。そこに見返りなど求めやせぬ。ワシがもとめるのは推しからの愛ではない。ワシが推すという事、それだけだ」


 胸を張り、決め台詞とばかりに言い放つトバリ。かっこいいことを言っているつもりだけど、要は『推しからの愛を受けるとキョドるから、遠くから見ています!』なオタク全開である。


「な、何を言っているのかはわからないけど……!」


 戸惑う『リーン』だが、相手がこちらの言葉で動揺しないという事は間違いない。そして自分が出すゾンビの群れを突破するだけの実力を持っていることを。


「この一刀を食らうがいい。悪意を操る悪魔を模した者。汝が思うほど、人間は単純ではない。その機微を理解できなかったのが、貴様の敗因よ」


 振るわれるトバリの刀。敗因は確かに『リーン』が人間を見誤っていたから。


「うそ、人間如きを私が読めなかったというの……!?」


 でもまあ、トバリみたいなのは稀っていうかハグレモノなので理解できずとも当然であった。実際、最後の瞬間までトバリがカッコつけたいだけの変人だとは気づくことはなかったのだから。


「ふ、決まったな。ワシ最高。

 ……いや、ここは『三途の川の渡し賃、我が一刀を語りて得るがいい』の方がいいか? うむ、じゃあそう言ったことで」


 最後の最後まで意味不明でぐっだぐだなトバリだが、それでも『リーン』の撃破はきちんとこなしたのであった。


 トバリ VS 『リーン』

 ――勝者、トバリ!

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