10:二斧軽戦士ニダウィ・ミュマイと才覚の悪魔 Ⅱ

『われわれ人間が持つ<ジョブ>は、テンマが定めたのではないか?』


 この説は誤りである。実際にこの世界においてステータスを作り出したのは<満たされし混沌フルムーンケイオス>であり、悪魔と神はそれを転用しているに過ぎない。


 しかしこの『テンマ』はその考えの元に作られている。人が持つ才覚。それを支配しているだろう存在。その想いのままに皇帝<フルムーン>に作られた存在。それが持つ特性は、全ジョブへの変化。


「無駄無駄無駄無駄ぁ! 速度特化の軽戦士に<鉄騎兵>の鎧に傷一つつけることなど叶わん! 加えてこの機動力! 【ドリルランス】で無様を晒せ!」


 鉄鎧を着た騎兵と馬に変化した『テンマ』は、騎乗槍を持ちニダウィに突撃する。騎乗することで機動力を増し、その突撃力に定評のあるジョブ<鉄騎兵>。その防御力もあり、戦場の一番華として人気の高いジョブだ。挑発効果や足止め効果を無視する【ドリルランス】がニダウィに迫り、


「コノ程度!」


 その突撃をギリギリのタイミングで回避するニダウィ。大きく避ければ機動力の差で大きく距離を離されてしまう。ギリギリ回避し、交差するタイミングで斧を振るう。二度、三度。両手の斧は気が付けば10回近く叩き込まれている。


「どれだけ避けられる? どれだけ逃げられる? 低俗なジョブにできることなど避けて小さく刻むだけだ! 一撃受ければ終わりの貴様に勝ち目などない!」

「勝ち目なら、あるゾ! 避け続けテ、その鎧を砕ク!」

「それこそありえない確率だ! 最弱で最低で役立たずのジョブが、この<鉄騎兵>に勝てるなどと傲慢もいい所! 才能のない存在は地面を這いながら生きていくしかない!」


 繰り返される攻撃を前に『テンマ』は告げる。弱く、強くなる見込みのない存在。そんなものに生きる価値はない。戦う価値はない。地面に転がり、強い者の戦いを見上げればいい。


「弱い者の価値などその程度! 強い存在の踏み台となり、強い存在の充実感を満たすエサとなり、羨望の目で見上げるしか価値はない!」


 強い者が弱い者を下に見る。下の者は上の者を喜ばせるしか価値がない。

 

 残酷だが、事実の一つだ。優越感は優れた者が抱く感情だ。劣等感は劣っている者が抱く感情だ。それは確実に人間の中に存在する。他人よりも上だという証明。下を嘲笑う快楽。


 それはなくなることはない。差別が世界からなくならないように、劣った者を指さし、圧倒的な才能を見せつけて心を折る。勝利の美酒に、その感覚がないとは言わせない。勝つということは敗者を見ることだ。相手に負けを認めさせることだ。


「価値なら、アル!」


 それに反するようにニダウィの斧が翻る。右手の斧。左手の斧。その二つがまるで別の動きをする。同時に、交互に、波状的に、連鎖的に、左右対称に、非対称に、直線的に、回転するように、予測不能に――その動きは途切れることはなく、『テンマ』の硬い体を穿っていく。


「弱イ者は立ち上がって歩く強さがアル! 強者を見上げ、そこに手を伸ばすことができル!」

「無駄な事だ! 星に手は届くまい! 届かぬ者に手を伸ばす無意味を知れ!」

「届かずとも、手を伸ばスことに意味がアル!」


 軽戦士ニダウィは止まらない。諦めない。


 それは酷く滑稽だった。届かない空に手を伸ばすように、貫けない鎧を叩く行為。斧は何度も弾かれ、それでも懲りずにニダウィは何度も何度も悪魔に挑んでいる。


 ニダウィが軽戦士として最高峰の力を持っているのは、戦いを知らず人でもわかる。あの動きなら勝てるかもしれないと希望を持ったのは事実だ。


 だがその希望は固い鎧を前に砕かれて、絶望に満ちる。


「クズジョブがジョブを司るオレに勝てるなどと思うのが間違いなんだよ!」


 ジョブ。生まれ持った才能。その才能の差は努力で覆るかもしれない。人間も努力すれば悪魔に勝てるかもしれない。


 なんて幻想。なんて傲慢。


 ひ弱な斧は鎧を貫通できず、振るわれる槍をただ避けるのみ。それでも諦めないのは愚行。悪魔は笑みを浮かべてニダウィを攻める。


「無駄な行為! 無駄な足掻き! 才能のないモノが、才能を持つモノに抵抗しているつもりか? 嗤うぜ! 現実が見えていない子供の分際で!」


 無駄な行為。無駄な足掻き。いつかは終わる無駄な抵抗。現実を知らない子供の夢物語。『テンマ』は嗤う。その哄笑が聞く者を絶望に導く。


「確かにダーは子供ダ! 世界をよく知らない無知な子ダ!」


 それでもニダウィは叫ぶ。攻撃が通じない絶望を最も身近で感じながら、それを跳ねのけるように大声で。


「でモ、お前に勝ツ!」

「根拠もなく偉そうなことを。世界の厳しさを知らない子供のくせに!」

「子供だから何も知らナイなんて、思うナ!」


 ガン! 斧が『テンマ』の体に叩きつかれる。これで何度目だろうか。50回以上はニダウィ自身も数えていない。


「子供でも、知識はあるゾ! トーカは、ダーに強くなる方法を教えてくれタ!」


 軽戦士の弱さに苦しんでいたニダウィに、アサギリ・トーカは強くなる方法を示してくれた。重い斧が持てない戦士でも勝てると教えてくれた。


「弱いから勝てなイんじゃなイ!」


 考えろ。諦めるな。勝つ為の手段を模索しろ。相手の強さをどう攻略するか。その為に自分に何ができるか。それを考えて実行しろ。トーカはニダウィにその重要さを教えてくれた。


「弱いと諦めるかラ、勝てないンダ!」


 ガギィ!


 斧は、先ほどよりも深く『テンマ』に突き刺さる。繰り返し叩き付けた斧の一撃が、鉄の肉体を穿つ。


「バカな!? 防御力最強の<鉄騎兵>の鎧を穿つだと!? 軽戦士如きの攻撃程度で!?」

「ダーは諦めなイ! トーカも、コトネも、諦めなイ!」


 弱い。仮にそうだとしても、諦める理由にはならない。心が折れそうになっても、俯くことはしない。一緒に戦う友人の顔を見るために横を見て、そして前を見るのだ。


『バッカじゃないの。こっち見る余裕あるならもっと殴りなさいよ。手数と速度が軽戦士の武器なんだからね』


 トーカがそこにいたら、きっとそう言うだろう。ニダウィは小さく微笑んで、『テンマ』を見る。その表情は、見下してきた相手に傷つけられて困惑していた。怯えた表情のまま、傷ついた部分を守るようにして叫ぶ。


「何故、諦めない!? 何故、絶望しない!? 貴様はただの軽戦士で、最底辺のジョブで! なのに才能を司る『テンマ』に何故挑もうとする!?」

「ダーにはもっと最低のジョブで、もっと口が悪いトモダチがいるからダ。オマエのような輩ハ、五流ダ」

「は?」

「才能がなイ? そんなのずっと言われてキタ。泣きながら走り続けテ、そしてトモダチに出会って強くなッタ」


 ニダウィの人生は、生まれ持って得たジョブ差別による劣等感まみれのモノだった。重戦士が重んじられる部族内で軽戦士として生を受け、獲物を狩れずに役立たず扱いされてきた。泣き、迷走し、その末にトーカ達に出会った。


「トーカとコトネがいるから、ダーは諦めなイ!」


 あの二人は恩人で、そして友人だ。


「トーカとコトネを邪魔するお前達ハ、ダーが許さなイ!」


 友人を襲う者がいるなら、戦うのは当然だ。


「絶望なんか怖くナイ! 才能がなくても諦めナイ!

 その暗闇を晴らしてくれテ、共に歩いた二人がいるカラ!」


 ニダウィは斧を振るう。絶望も諦念もない真っ直ぐな気持ちを乗せて。


 片側の斧で傷を守る『テンマ』の腕を振り払い、もう片側の斧が胸にある傷口を穿つ。鋭く早い一撃は、深々と傷を広げていく。


「が、あああああああああああああああああ! こ、この俺が、才能の塊である、俺が、こんな、軽戦士の、子供に……!」


 百を超える斧の打撃。その末に『テンマ』の心臓部分に斧は届く。『テンマ』は悲鳴を上げ、赤い液体になって地面に散らばった。


 諦めず、愚直に勝利のために穿ち続けた斧。それを掲げ、ニダウィは勝利を宣言する。


「そうダ! 軽戦士の、ダーの勝ちダ!」


 天に響くその言葉に、絶望していた人たちは歓声を上げ続けた。


 ニダウィ・ミュマイ VS 『テンマ』

 ――勝者、ニダウィ・ミュマイ!

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