9:妖精衣アミーと魔を生む悪魔 Ⅱ

「脆いな。魔法の力があるとはいえ、所詮は布切れか」


『アンジェラ』は地面を転がったアミーに対して冷酷に言い放った。


「あいたたた……! そりゃこっちは回避前提だからね。重くて堅い鎧なんか着てられないってーの!」


 叫んで立ち上がるアミー。汚れと一緒に口から流れた血をぬぐい、ポーズを決める。その足元には、先ほどカウンターで倒した八種混合オクタキマイラが転がっていた。<フルムーンケイオス>ゲーム内では、ナイジェル城跡ダンションのボスだ。


「もうもう! 本当に質実剛健にするとか容赦なさすぎだぞ! ボスラッシュは嫌いじゃないけど、いきなり本命ぶち込むとかエンタメしらないの! ぷんぷん!」


 アイドル口調に戻って『アンジェラ』を非難するアミー。数多のコウモリの次に出したのは、複数の動物を混合させた巨大な獣だ。ボス系モンスターは複数同時に出せないのか、出てきたのはその一匹だけ。


 その特性は複数攻撃と命中特化。複数の目で見ているという原理なのか、とにかく命中率が高い。そして一度に複数の獣が攻撃してくるのだ。攻撃ごとにカウンターを決めるアミーだが、全てを避け切れずに攻撃を食らうこともある。


 そしてアイドル衣装は物理防御が薄い。獣系ボスの牙を止められず、ダメージが積み重なり……。相手の攻撃にカウンターを決めての辛勝である。地面に転がりはしたが、HP的にはどうにか残った。


「もちもち勝ったのはアミーちゃんだけどね! でもでももうちょっと手加減とかあってもよかったんじゃないかな!? ガチすぎると引かれちゃうよ? わかってるわかってる?」

「知らんな。死ね」

「うわおうわお! 本当に遊びを知らないとか余裕ないね! アミーちゃん泣いちゃうよ、しくしくえーんえーん!」


 泣き真似をしてみるが、『アンジェラ』が加減をする様子はない。その影から光り輝く複数の頭を持つ蛇を産み出す。クリスタルヒュドラ。水晶鉱山の奥にいるボスキャラだ。


「きらきら! アイドルにお似合いだね! ただ笑顔が足りないかな? スマイルスマイル!」

「行け」

「おわあああ! コイツ状態異常付与のブレス持ちか! やばやば!」


 クリスタルヒュドラが吐くブレスは<水晶化>の状態異常を付与する。アミーは【大地のステップ】の効果で状態異常に耐性を持っているが、そうでなければ水晶になって行動ができなくなり、カウンターもできずに打撃攻撃で砕かれていただろう。


「予想していたが状態異常系は効率が悪いな。プランBは却下だな。次は魔法耐性を持つシャドウローパーだな」

「アイドルに触手生物禁止! ハラスメントには徹底的に攻撃するからな!」

「良くわからんが、心理的に効果があるようだな。その方向で進めるか……いや、あれが演技の可能性もある。堅実に確実に」


 クリスタルヒュドラと戦いながらアミーは『アンジェラ』に向かって叫ぶ。正直、余裕はない。水晶化ブレスこそ効かないが、ボス属性モンスターなので相応にスペックが高い。何とか避けてカウンターを決めているが、戦況は一瞬の油断でひっくり返る。


「堅実に確実に、ね」


 クリスタルヒュドラをどうにか処理したアミーは『アンジェラ』のセリフを返した。


「ねえ、それって楽しい? 相手の弱点をちまちま攻めるとか、どこかのナマイキなメスガキみたいなんだけど」


 アミーはトーカの事を思い出しながら口を開いた。ゲーム知識で相手の弱点を突く小狡い子供。そこだけ見れば一緒だけど、『アンジェラ』とは決定的な違いがある。


「楽しい? つまらんことを聞く。ただの作業だ」


 知った事ではない、とばかりに言葉を返す『アンジェラ』。作業。様々な意味を持つが、この場合は仕事的な意味だろう。必要だから行う事。そこには快楽も喜びもない。楽しいなんてことは全くない。


「はん。だろうね」


 アミーはそんな『アンジェラ』を鼻で笑う。コイツは口の悪いメスガキとは違う。本物の『アンジェラ』とも違う。


「あのガキんちょは、相手の弱みを探りながら戦術を練ることを楽しんでやってたよ。本物のアンちゃんも、なんだかんだでアイドル行為は楽しんではいたみたいだし。

 キミみたいに心を無にして戦うなんてしなかったよ」

「だからどうした? 結果的に勝てばいい」

「それを楽しめないのは可哀そうだね」


 アミーはにぃ、と笑みを浮かべる。


「だからアミーちゃんには勝てないのさ!」


 勝利を確信した笑みを。


「前後の文章に繋がりを感じぬな。戯言を言うだけの道化など不要だ」


『アンジェラ』の言葉と共に影の中から黒いクロスボウに手足が生えたような魔物が浮かび上がってくる。ビーストクロスボウ。見た目通り遠距離攻撃主体だが、かといって近づけばその手足で殴ってくるボスキャラだ。


「よっ! ほっ! はっ!」


 踊るように回るように、アミーは飛んでくる矢を回避する。とはいえ回避はギリギリだ。少し避けるタイミングが遅れれば命中していただろう。


「妖精さんの、熱いキッスだよ! いぇい!」


 そしてカウンターを決め、同時に魔眼で追撃を放つ。唇に指をあてて放つというポーズを決めた。そのポーズに合わせるように、ビーストクロスボウは力尽きる。


「……? 回避性能が上がった? ならば――」


 計算ではビーストクロスボウのスペックなら仕留められたはずだ。なのにアミーはむしろ余裕を持って回避している。相手の回避力を再計算。些か過剰スペックだが切り札を出す。


「わおわお! お侍さんだ! ござるござる?」


『アンジェラ』が召喚したのは、流浪するサムライ。決められたフィールド内を自在に歩くといった特性を持つ。その刀はあらゆるものを切り裂くと言われている。レベル90代前半でも、万全を期してようやく戦いになる程度のスペックである。


「これで終いだ」

「サムライ VS アイドル! こんな企画通したのはどこのどいつだ! ありえねー!」


 アミーはタンタンタンとステップを踏んで、ピースサインをする。『アンジェラ』にではない。流浪するサムライにでもない。


「でも勝つのはアミーちゃんだ! 妖精さんと楽しくダンスして、陰気な悪魔とサムライを吹きとばーす! 応援よろしく!」


 アミーの叫びに、隠れていた人たちが歓声をあげた。


「おおおおおおお! アミーちゃんやっちまえ!」

「負けるな! 応援してるぞ!」

「男でもいい! むしろ男だからいい!」


『アンジェラ』に虐げられた人たちは、アミーという希望を見て元気を取り戻す。もしかしたら勝てるかもしれない。絶望を吹き飛ばしてくれるかもしれない。……一部、性癖に支障が出ているかもしれない声もあるが。


「無意味だな。力のない人間を扇動して何の意味がある? 肉壁にもならんというのに」

「意味ならあるよ。皆が笑顔になればアミーちゃんが嬉しいからね!」

「無駄だ。貴様は死ぬ。無駄な行動をして、無駄に煽って、無駄に死ぬ」

「無駄じゃないさ。これを乗り越えればみんなが笑顔になる。そうとわかれば気合も入るもんね!」


 笑みを浮かべるアミー。ここが決め時だと、最高の笑顔を見せた。


「行くぞ行くぞ! 勝てば笑顔の大勝利! 負ければしくしく大惨敗! 伸るか反るかの大勝負! プレッシャーで超ヤバめ! 悪魔は頭が超固め!

 それでもアミーちゃんは笑うのさ! アイドルだからね! 一世一代のステージだ! みんな、応援してね! いぇいいぇい!」


 彷徨えるサムライが刀に手をかける。避けられないタイミング。ポーズを決めて隙だらけのアミーに向けて、見えない位置に移動しての神速の一刀。


(堅実に。効率よく)


『アンジェラ』は常にそうしてきた。


 それは逆に言えば、型通りだ。僅かなズレもない決まった戦術。遊びも余裕もない、最適解しか行わない。


(だからこそ、攻めてくる方向》は特定できる!)


 迫る『死』に背筋が震える。妖精の加護があってもギリギリ。否、妖精の加護だけでは知覚もできなかっただろう。最適解を読んだアミーの戦闘経験。精神的な余裕。そして――


「アミー!」

「やれー!」

「アイドルさいこおおおおお!」


 自分を応援してくれる声に答えなければならないというアイドルとしての矜持。それが体を動かしていた。力にならない声援。それを力に変えるのが――


「避けたぁ!」


 ――アイドルなのだ。


「ば、かな――避けられた……だと?」


 理解できない、という顔をする『アンジェラ』。何故避けられた? その理由を考えるも、そこに至ることはできない。応援が力になるなどありえない。ありえない。ありえない。


「ぎりぎりだったけど!」


 二度目は避けられない。アミーはそれを自覚しながら、最大火力を叩き込む。妖精ドレスによるカウンター。魔眼による追撃。そしてアミー自身の魔法攻撃。


「アミーちゃんの勝ちだ! いっけええええええええええ!」


 叫びながら魔法を撃ち続ける。叫ぶことに意味なんてない。それで魔法の威力が上がるわけではない。それでも叫ぶ。心の発露。テンションの上昇。集中力の維持。そんな意味があるかもしれないけど、知ったこととか! 叫びたいから叫ぶんだい!


 魔法で削られるサムライ。限界を超えたのか、黒い霧となって消えていく。『アンジェラ』は切り札を破られ、膝をついた。魔物を生むことに特化した『アンジェラ』本人に、戦闘力はない。


「殺せ。もはや抗う術はない」

「ホント、遊びも余裕もないんだね。本物のアンちゃんなら、いろいろ騒いでるんじゃないかな? 『実は奥の手が!』とか『今日の所はこれで見逃してやる!』とか」

「知らぬ。……いいや、そうか。そうなのだろうな。最後の最後まで楽しいなどとは思えなかったが、それができていればあるいは――あり得ぬ事か」


『アンジェラ』が瞑目したのを確認し、アミーは妖精の力が宿った魔力を解き放つ。それに貫かれた『アンジェラ』は、赤い液体になって飛び散った。


「……さよなら。生まれ変われたら、今度は何かを楽しめたらいいね」


 短く呟いたのちに、アミーはクルリと回転してポーズを決めた。


「どうだどうだ! 悪魔も神もアミーちゃんにメロメロさ! ゲリラライブはこれで終わりだけど、これからもアミーちゃんの事をよろしくね! ぴーすぴーす!」

「わああああああああああああ!」

「あみいいいいいいいいいいい!」

「人類の夜明けだああああああ!」


 明るく。人間に希望を与えるために明るく踊るアミー。そのテンションに引っ張られるように、人々は明るく叫び声をあげた。


 アミー VS 『アンジェラ』

 ――勝者、アミー!

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