8:投げ格闘家ゴルド・ヘルトリングと努力の神 Ⅱ

「おおおおおおおお!」


 ゴルド・ヘルトリングは雄たけびを上げ『リーズハルグ』に迫る。


 ゴルドと『リーズハルグ』の戦いは、常にゴルドが攻め立てていた。投げを主体とするゴルドは遠距離攻撃ができない。そのデメリットを考慮したうえで投げ攻撃は強いのだが、距離が制限されているというのは明確な弱点だ。


 ゆえに常に主導権を取る。はるか上空に逃げられて遠距離攻撃を連打されれば手も足も出ない。それ故に常に攻勢にでる。そう言った事情もあるが、純粋な実力差は大きい。


「見事! 見事! 見事な努力! 鍛え上げ荒れた肉体はまさに鋼の如く! 技の切れ味は聖剣にも劣らない! 加えて戦術の組み立ても多くの戦いを経たモノだ! これを見事と言わずしてなんという!」


『リーズハルグ』は投げられながら、ゴルドを称賛していた。たゆまぬ鍛錬で作られた体躯。投げ続けたことで至った境地。それを元に繰り返された戦闘経験。そのどれもがこれまでの戦いにないモノばかりだ。


「聞けば元々は皇帝<フルムーン>様の下にいた貴族のようだな! ならば口利きぐらいはしてやろうか? 運が良ければ私のように皇帝<フルムーン>様に仕えることができるかもしれんぞ!」

「あり得ませぬな。あの皇帝は暴君。自分以外の誰も信用しない御方です。貴殿も吾輩も、利用される利用だけされて体よく放逐されるのが見えておりますぞ」

「それの何が悪い? 皇帝<フルムーン>様の為に作られたのが我々だ。皇帝<フルムーン>様のために生きていたのが人間だ。利用されるだけ幸せと思え!」


 ゴルドの言葉に返す『リーズハルグ』。人工生命体である『リーズハルグ』に死の概念は薄い。皇帝<フルムーン>が世界を征服したら不要になる生命だ。元より死を受け入れている節さえある。


「残念ですな。人間は皇帝の為に生きるのではありません」


 しかし、人間は違う。いずれ死が訪れることには違いないが、その為に懸命にいいきる。善悪はともかく、人間は死ぬことよりも生きている今を見ている。


「命を捧げるほどの忠義を持つ騎士。それもまた一つの生き様でしょう。皇帝が信頼おける存在ならば、吾輩もそうしていたかもしれません。

 しかしそうはならなかった。魔に落ちた皇帝に誓う忠義はありません。人類の代表として、歯向かわせてもらいます!」


 距離を詰め、掴み、そして投げるゴルド。投げると同時に関節を極め、『リーズハルグ』の関節にダメージを積み重ねていく。人間であるなら蓄積したダメージで骨が動かなくなっていただろう。


「歯向かう? たった一人でか?」


 しかし『リーズハルグ』は人の形こそしているも、その本質は皇帝が生み出した液体だ。スライムのような軟体生物が人の形をとっているに過ぎない。関節の痛みでうごけなくなることはない。


「貴様以外の者は皇帝<フルムーン>様に逆らう気概はない。むしろ命惜しさに子供を差し出す者もいるぞ。それが正しい努力などだ」

「本物のリーズハルグ神なら、そうはおっしゃらぬでしょう。不可能に挑んでこその努力。そう告げるはずです」

「叶わぬ努力などただの蛮勇。己の身の丈に合った努力だけをしていればいい。皇帝<フルムーン>様に歯向かうよりも、アサギリ・トーカとイザヨイ・コトネを捕える方が容易だからな!」


 簡単だから、そちらに走る。その努力を『リーズハルグ』は否定しない。むしろ己の分を超えるなと教え込む。


『リーズハルグ』の体が変化し、16の腕を形成する。その腕にはそれぞれ別の武器が宿っていた。剣、槍、斧、弓、槌、薙刀、矛、大鎌、鉄球、こん棒、大剣、金棒、弓、鋼糸、鉈、格闘手甲――


 それらを交互に繰り出す『リーズハルグ』。あらゆる武具に通じる神なのか、その動きに隙は無い。ゴルドの鎧に叩き込まれる16の武器。


「未来ある子供を捕えて差し出す。それを良しとする神など不要です」


 その攻撃を鎧で受け、手甲で逸らしながら答えるゴルド。まともに受ければ人間の鎧ではすぐに変形して潰れてしまう。硬い部分で受けて衝撃を分散し、丸い部分で武器を流し、そうして猛攻を耐えて――隙を見つけて『リーズハルグ』を摑む。


(体幹を感じ取れ。動きに逆らわず、それを利用せよ――!)


 スキルにより感じることができる相手の動き。アビリティにより自然に動く肉体。数多の経験、数多の蓄積がゴルドを動かす。鍛え抜かれた努力が、思うより先に体を動かしていた。


「おっしゃる通り、人間は弱い! 支配されることで比護に入るのも選択肢の一つであることは認めましょう!」


 投げる。高く持ち上げ、跳躍する。


「しかし! それは未来を紡ぐため! 我が子を守るために、未来に命を紡ぐために支配を受け入れることも選択肢の一つ!」


 回転を加え、地面に叩き付ける。その轟音が途切れるよりも早く、ゴルドは別の場所を摑んでいた。


「しかし皇帝<フルムーン>の紡ぐ未来は、永遠に変わらぬ世界! 赤き水による人類すべての停滞! そこに、未来はありませぬ!」


『リーズハルグ』の足をつかみ、自分の足に絡めててこの原理で押さえ込んだ。足固め。関節技の基礎にして、決まれば脱出不可の技。相手が軟体でなければ、修復不可の断裂を与えることもできる技。


「ぐ、おお!」


 関節こそないが、圧迫のダメージは感じるのだろう。痛みの声をあげる『リーズハルグ』。すぐに体を完全に液化して拘束から逃れるが、痛みは残る。再び人間の形に体を戻すが、足のダメージは残っているのかその表情は苦い。


「知るがいい。神の名を騙る者よ。皇帝に作られし人形よ! その痛みこそ、先祖から伝わりし格闘の妙。人類が代々築き上げてきた技術の研鑚!

 吾輩もまた朽ち果てる。しかぁし! この技は尽きぬ! 我が雄姿は誰かの目に残り、吾輩の遺志を継いでくれるのです! この技を受け継いでくれるのです!」


 皇帝に挑む。その結果は残念なものに終わるかもしれない。


 しかし、それを見る者がいる。それを知る者がいる。それを受け継ぐものがいる。その意思を伝える者がいる。


 皇帝に身を捧げることは、それを放棄することだ。赤き水の中で死ぬこともなく生き、時代に何かを継ぐことを放棄しているのだ。全て停滞し、成長のない世界。


「皇帝<フルムーン>の支配する世界に、努力による成長などないのです! ただ一人が支配する世界。ただ一人が他の人間を保存する世界。そのような世界など迎えさせてはならぬのです!

 ゆえに、吾輩は戦う! 苦しみの果てに子供を差し出すという選択をせねばならぬ世界を否定するために! この手で、悪しき未来を投げ飛ばす!」

「その為に己を犠牲にするというのか? 未来のために、死んでもいいというのか?」

「その通り。その為ならこの身を差し出してもいいでしょう。

 ――などと言うと、トーカ殿は烈火の如く怒るのでしょうな。あのお方は優しすぎますから。それゆえ、死ぬつもりはありませぬ」


『リーズハルグ』の言葉に、苦笑するゴルド。この戦いに死を覚悟しているが、死ぬつもりなどない。矛盾した覚悟を内包していた。


「優しい、だと? あの口の悪い子供がか!? しかも死ぬ覚悟があるのに死ねない!? なんだそれは!」

「一度あの子に出会い、罵られれば理解もできましょう。もっともその機会は与えません」


 言うと同時にゴルドは『リーズハルグ』に迫る。重心を崩さぬ滑るような移動法。『リーズハルグ』から見れば、瞬間移動したかのような錯覚を生む鮮やかな一歩。


「努力の神を騙る存在よ。あなたはここで倒します。人類の未来のために!」


 手を伸ばす。ゴルドがつかむのは努力の神を騙る存在。


「離せ!」

「あなたが真に努力を怠らぬのなら、ここから逃れる技を得ていたかもしれません。

 しかし、あなたは努力の神の力を得ただけの存在。ただ力を得た者と、歩んで力を得た者。その違いがここにあります!」


 圧倒的なパワー。圧倒的な速度。『リーズハルグ』が持つスペックは、確かにゴルドを凌駕していた。


 しかし、ゴルドは格上の相手と戦うことになれていた。国を守るために努力を重ね、自分より強い相手と戦う術を学んでいた。隙を見つけ、その一瞬を逃さずに勝負を決める!


「眠るがいい、皇帝に生み出された人形よ。偽の努力は人類には不要!

 苦しみながら、悩みながら未来を紡ぐために生きる! それが人類なのです!」


 相手を高く掲げ、回転しながら跳びあがる。その姿、まさに巨岩の如く。


「無駄だ。軟体化すればこの程度の拘束――」

「いいえ、させません。形あるなら掴む。それが投げを極めし者。その意味を、痛みと共に身に刻むのです!」


 ゴルドは逃れようとする『リーズハルグ』を摑む。軟体化していようとも、そこに存在しているなら掴み、投げる。それが投げを極めし存在。そこになら、神さえも投げ飛ばす!


 ゴルドは回転しながら、地面に『リーズハルグ』を叩きつける!


「逃れられない、だと――が、はあああああああああ!」


 その衝撃に耐えきれず、努力の神を模した存在は形状を保ち切れずに潰れて赤き液体と化す。それはすぐに大地に染み入り、跡形もなくなった。


 その場で立ち上がり、右手を掲げるゴルド。


「勝った……のか?」

「勝った、勝った!」

「騎士様の勝利だ!」


 湧き上がる歓声。それを受けながら、ゴルドは柔らかな笑みを浮かべる。


「弱いからこそ努力し、強くなる。貴方がそれを忘れていなければ、負けていたのは吾輩だったかしれませんな」


 ゴルド・ヘルトリング VS 『リーズハルグ』

 ――勝者、ゴルド・ヘルトリング!

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