7:裁縫師ソレイユ・クシャンは子供を見守る

 トーカさんとコトネさんを守るため、皇帝<フルムーン>が生み出した神や悪魔の力を得たモノと戦う。


 そう決めたの瞬間に、皆さまはそれぞれの元に移動しました。


 ゴルド・ヘルトリング卿は、努力を嘲る『リーズハルグ』の元に。


 アミーさんは最も魔物の集うであろう『アンジェラ』の元に。


 ニダウィちゃんはかつて村を襲った悪魔の因縁で『テンマ』の元に。


 トバリさんは……こっちは楽そうだなぁ、というのを隠しながら『リーン』の元に。


 そしてルークさんは己の正義のために『ギルガス』の元に。


 戦えないワタシことソレイユ・クシャンはトーカさんとコトネさんに合流し、街に近づけさせないように言づけます。物資補給などはワタシが行い、お二人に悪意が届かぬように皇帝<フルムーン>の元に向かわせています。


 ステータスでの連絡は『アンジェラ』により傍受されます。なのでワタシが皆さんから連絡を受け、それをお二人にお伝えする役割です。『トーカさんとコトネさんを探して移動中です』『アルビオンに向かったと聞きました』等と返事をして、偽情報を『アンジェラ』に通達しています。


 もっとも、ある程度頭が回るならすぐにワタシがお二人を連れていることは露見するでしょう。これは時間稼ぎ。トーカさんとコトネさんを皇帝に向かわせるまで、神や悪魔を足止めできればいい――


「ふ、悪魔モドキ程度倒してしまっても構わんのだろう?」


 そんな空気はトバリさんのそんなセリフで消え去りました。


「ええ。時間稼ぎではありません。民を守るために戦うのが貴族の務めです」

「ダーはトーカとコトネの為に勝って帰ル!」

「そうそう! スケジュールはたまってるんだからね! 早く終わらせて、アイドル活動再開だ! ハッスルハッスル!」

「そうとも。時間稼ぎ程度で終わるなど、剣に誓った覚えはない!」


 勝つ為に戦いに挑む。決死の覚悟ではなく、勝つつもりで戦いに挑んでいるのです。


「皆さんが心配ですか、トーカ」

「別に。アタシは別にあいつらがどうなろうと知ったことじゃないし」


 コトネさんの気づかいに、トーカさんはツンツンと答えます。でも知っています。腕を組んで腕をひっかく動作。あれは気にしている合図。ええ、知っていますよ。コトネさんが誰かと話している時もそんなポーズしてましたし。トーカさん、可愛いです!


「はい。大丈夫ですよ。皆さんお強いですから。気にするほどじゃないんですね」

「ふん。そうよ。どうせ何事もなかったかのようにひょっこり出てくるに決まってるわ」

「そうですね。ルークさんは剣技が強いですし、アミーさんは卓越した妖精の踊り子ですし、ニダウィちゃんは素早いですし、ヘルトリングさんは剛腕ですし、トバリさんは……いろいろ死にそうにありませんし」


 不安に苛立つトーカさんの肩に手を触れ、コトネさんが慰めます。自然と距離を詰めるコトネさんの動き! そして近づかれて安堵の表情を浮かべるトーカさん! きゃあああああああああ!


 いい! 微細な表情の変化ですが、お二人の関係性が分かる! ずっと旅してきた絆が! この動作だけで! 理解できます!


「……そーね。あいつらは死なないわ。心配して損した」


 口が悪いながらも誰よりも他人の事を助けようとするトーカさん! 余りある知識を使ってあらゆる不遇を覆す知性! それでいて敵対する相手には冷たく突き放すあの瞳! 嘲笑う表情はまさに小悪魔! うへへへへ。ワタシはその両方とも知っています! うへへへへへへへ!


「ふふ、やっぱり心配だったんですね」

「ちっ、違うわよ! アタシは――っ」


 そしてそんなトーカさんを全力で支えるコトネさん! 一歩引くようでいて少し臆病なトーカさんを引っ張るお姉さん! トーカさんの前だけで見せる素のコトネさんの表情とワガママ! その微笑みはまさに天使! だけど愛する人の前では一人の少女に戻る! なにこれ天国!? パラダイス!? 千年王国!?


「そんな優しいトーカが大好きです」

「あ、あう……。あ、アタシも……素直にさせてくれるコトネが、好き……」


 そう、そんなお二人を影から見守るのが大人の役割なのです! 邪魔なんてさせませんししません! この二人だけのお時間こそが至高の瞬間。この甘い時間を守る壁になり、それを見守る屋根になりましょう! もっと、もっと積極的に! いいのですよ。誰も邪魔する者はいませんから――


「だから何やってるのよおねーさん」

「その……ものすごい悲鳴でしたけど、何かあったんですか?」


 ハッ!? 気が付くとトーカさんとコトネさんがワタシを見下ろしていました。どうやらいろいろ耐えきれずに奇声を上げて地面を転がりまわっていたようです。不覚! お二人を見守るつもりでしたのに、邪魔をしてしまったとは!?


「日本では恥をさらしたサムライはセップクすると聞きました。お二人ともお許しを!」

「なんでいきなりそうなるのよ。確かに恥ずかしい姿だけど」

「愛するお二人の邪魔をするなどあってはならぬこと! この身は朽ち果てても、魂だけでお二人を見守ってます! どうかお許しを!」

「そっちの方が迷惑だしキモイからやめて」

「どぎゃあああああああ! ドストレートな罵りと嫌気感情で見下されたぁ! なんとい御褒美……! もう、ワタシは悔いがありません……」

「あの、戻ってきてください。ソレイユさん」


 天国に向かう魂が引き戻されました。ふう。危ない所でした。まだ見ぬ子供達とその服を作るまでは死ぬわけにはいきません。


「失礼しました。とりあえず補給物資です。ポーション類と食べ物です」

「ありがと。お金は後で返すね」

「いいえ、それぐらいはいいのですが……」


 アイテム類をトーカさんに渡します。正直、回復系アイテム程度を買うお金など些末ですし、返してもらうまでもありません。むしろ気になることがあるので、問い返します。


「それだけでいいのですか? もう少し高級な武器を購入してもいいとは思いますけど」


 お二人が購入したのは、回復アイテムのみ。強力な武器防具は買っていません。それで勝てるのでしょうか……?


「ここまでレベル上がると、店売りされてる遊び人装備にたいしたものはないわよ」

「それはそうでしょうが……でしたら魔王<ケイオス>戦みたいにレアアイテムを狩りに行くとかはしないのですか?」

「ないわよ。あのアホ皇帝相手に準備なんかいらないわ。カルパチアで聖杯ゲットしてレベルドレイン喰らわないようにしただけで十分よ」


 トーカさんの視線にはコトネさんが持つ金色の杯があります。


「そういう事だ。レベルドレイン対策はきっちりやってやる。皇帝<フルムーン>内にいるこの二人にも語り掛けてダメージを通せるようにする。

 だができるのはそれだけだ。この人間の言うように装備はそれで大丈夫なのか?」


 ちなみにこの聖杯、口が利けるようです。その件に関してトーカさんはものすごく不満のようで、


「そーね。アンタが本来のスペック発揮してくれたら一番なんだけどね。今からでも元に戻ってくんない?」

「はっはっは。ワガママに生きろと言われたんだし、ワガママ貫かせてもらうぜ」

「他人の迷惑考えずに好き勝手生きるとかマジで迷惑なんですけど!」

「全くな、どこかのワガママな子供に聞かせてやりたいぐらいだぜ」


 事あることにそんな喧嘩をしています。何があったのでしょうか?


「ソレイユさん。トーカは急いで皇帝を倒して、苦しむ人を少なくしたいんです。だから余計な時間をかけたくないんですよ」

「別にアタシはアタシ以外がどうなろうと知ったことないわよ!」


 あ、トーカさんのツンデレ発言ゲット。そしてコトネさんがにっこり微笑みました。あ、これはお説教モードですね。一歩引いておきます。


「じゃあ私がどうにかなっても平気なんですか?」

「うぐ……! そ、それは……」

「他の人達みたいに皇帝の手に落ちて、トーカが一人ぼっちになっても大丈夫なんですか?」

「うううううううううう!

 そんなの耐えられるわけないじゃないの! そんなこと言わないでよバカぁ!」

「はい。一人ぼっちになんかさせませんよ。他の人も一緒に守りましょうね」


 泣き出しそうになるトーカさんを抱きしめるコトネさん。はうゎ! この、この関係性がイイのです! はなまる! 100億点満点!


「……なんなんでちか、この茶番は」

「人間の求愛行動ってのはよくわからんね」

「理解できずとも、尊さを感じるのならいいのですよ」


 ワタシは傍で見ているシュトレイン様と聖杯を抱き寄せて、その場から離れます。抱き合う二人がどうなるかは。それを見守るのも大人の役割です。


 戦えない私ができる、戦い。それはお二人を見守ること。


 その尊さを全身で感じるぐらいは、ご褒美ですよね! ね!?

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