4:二斧軽戦士ニダウィ・ミュマイと才覚の悪魔 Ⅰ

 テンマ――


 この世界における悪魔の一柱。災害などの破壊を司り、世界の地形を変化させるだけの力を持つと言われている。数多のダンジョンはテンマが生み出したと言われ、魔王<ケイオス>がいる居城を難攻不落の自然の要塞と化したのもこの悪魔のせいだという。


 地震、轟雷、津波、台風、豪雪……気分一つで地域全体を人間が住めない地域にでき、そのパワーは神ですらかなわないと言われている。傲慢で他人の気持ちを考えず、ただ思うがままに暴れる悪魔。それがテンマだ。


 努力の神リーズハルグの対局として存在し、生まれ持った才能のままに行動する。その事から才覚の悪魔とも呼ばれるようになったという。そしてこの呼び名から、神秘学を学ぶ者達はこう推測したという。


『われわれ人間が持つ<ジョブ>は、テンマが定めたのではないか?』


 人間のステータスに存在するジョブ。その人間が持つ可能性の方向性。魔法系のジョブになった者は肉体的成長が望めず、戦士系のジョブになった者は魔力に乏しい。そして覚えるスキルにより方向性が決まり、アビリティの強弱で強さが変わる。


 ジョブ。この世界において、生まれ持った時点で決定している才能。弱いジョブについたものは一生弱く、強いジョブになった者は弱い者を虐げる。ジョブとは、悪魔テンマが人間に定めた呪いなのだ。


『あほらし。あの雑で大味な五流悪魔がそんな細かいことできるわけないじゃない』


 テンマを知る某メスガキがこの事を聞けば、鼻で笑うだろう。或いはお腹を抱えて大笑いするか。どちらにせよ、ありえない仮説だ。


 だが、多くの人間は悪魔と出会うことはない。ましてやそのたくらみを前に膝を屈する。悪魔を小馬鹿するなどできやしないのだ。そして、その方が都合がいい。才能がないものが不幸なのはテンマのせい。不遇ジョブでいじめられるのはテンマのせい。悪の原因を押し受けるのにちょうどいい存在なのだ。


「そうだ! お前達は才能がない! どれだけ努力しても悪魔には勝てない! 無駄な努力などせず、俯いてオレサマに従えばいいんだ!」


 そんなこの世界のテンマの印象を受けて作られたのが『テンマ』だ。皇帝の生み出した紅い液体にテンマの力を注ぎ、鬼のような大男の形にした存在。腕を振るえば巨木を折り、人睨みすれば稲妻が落ちる。


「クズ! 無能! ゴミ! 低能! 才能がないヤツが何をしても無駄無駄無駄無駄ァ! 生まれた瞬間から貴様たちの死に様は決まってるんだ! 前を向いて生きていたって意味なんてないんだよ!」


 抵抗する戦士達を蹴散らし、撃たれた魔法に反撃し、全ての抵抗する存在を手折った後に『テンマ』は叫ぶ。


「違うっていうならどうにかしてみろよ! このオレサマを! この才能あふれる悪魔様をどうにかしてみろ!

 何もできないんだよお前たちは! 何しても意味がないんだよ! できることは強者に従う事だけだ! 支配されることだけがお前たちの役割だ! 笑えよ、拍手しろよ、讃えろよ! お前達がこの世界で役に立つ方法を教えてやったんだからなぁ!」


 横暴ともいえる『テンマ』の言葉。それに従わなかったものはさらに傷つき、生きる意志を奪われる。人としての誇りさえも奪い去り、支配されるだけのナニカになっていく。


「お前達にできることはもう一つあるぞ! アサギリ・トーカとイザヨイ・コトネを捕えることだ! 子供二人を騙して捕まえればお前たちの価値は少しぐらいは上がるぞ! 逆らう奴なんていないよなぁ!」


 追い詰められた人たちの心は、もうそれしかないと思ってしまう。考えること、行動すること、誇りを持つこと。その全てを物理的に精神的に否定された人間の心は思考も行動も狭まっていく。


「逆らうものハ、ここにいるゾ!」


 そんな追い込まれた心に、舌足らずの声が響く。


 そこにいたのは、子供だった。


 羽根飾りのついた民族衣装を着て、鎧らしい鎧も着ていない。武器もその辺の武器屋で売っていそうな、片手斧が二本だけ。


「ダーの名ハ、ニダウィ・ミュマイ! ミュマイ族の戦士にして、アサギリ・トーカとイザヨイ・コトネの友達ダ!」


 名乗りを上げるニダウィ。しかし、それに対する反応は散々だった。


「ミュマイ族……?」

「何処かの田舎部族の戦士か?」

「いや、それよりも斧を二本持っているってことは……ジョブは軽戦士?」

「底辺ジョブじゃないか……」

「武器も大したことないし、何ができるっているんだよ」


 見知らぬ田舎者。子供。弱いジョブ。弱そうな武器。


「騎士様でも勝てなかった悪魔相手に逆らっても無駄だというのに……」

「氷導術師ですら何もできなかったんだぞ。今更軽戦士の子供なんかが来てもどうしようもない」

「王者の槍でも傷つけられなかったテンマ様には、何をしても無駄なんだ……」


『テンマ』の戦いをさんざん知らされて絶望した人たちからすれば、ニダウィはただ子供が怒っているとしか見れなかった。そしてそれを止めるだけの良心もない。否、良心を面に出せば自分と自分の家族が殺される。そうやって死んでいった者達を知っている。


「知っているぞ、ミュマイ族! アウタナを守ろうと最後まで抵抗した奴らだな! もっとも、最後は無能を晒すように逃げ去ったがな!」

「ソウダ! ダーたちは聖地を守り切れなかっタ! その屈辱は忘れナイ!」


 尽きることなく押し寄せる皇帝<フルムーン>の軍勢を前に、ミュマイ族は撤退を余儀なくされた。アウタナは奪われ、ミュマイ族の抵抗はゲリラ的なものとなった。


 だがそれは、無数の軍勢を前に逃げることができたという事だ。そしてその殿を務めたのは、ニダウィである。


「復讐か。その怒りを許そう。そして己の無力を知りながら朽ち果てるがいい。屈辱のまま、自らの復讐の炎に燃え尽きるがいい」


『テンマ』はニダウィに向かい、余裕の笑みを浮かべて向き直る。手を招き、一撃ぐらいは受けてやると構えることなく近づいていく。


「勘違いするナ。ダーはそんなことで怒らナイ」


 だがニダウィは故郷と聖地を奪われたことを『そんなこと』と一蹴して返した。


「聖地は奪われタ。だけど部族はまだ生きていル。いずれ聖地は取り返ス」


 聖地を守るために遭ったミュマイ族。聖地は奪われたけど、部族はまだ存続している。ならば負けではない。部族の誇りは、部族があるからこそ。


「詭弁だな、敗北者。死んでないから負けてない? 取り返す? それができない無能者達が言い訳しているに過ぎないんだよ!」

「ダーが真に怒っているのは――友達を騙して捕まえようとしたことダ!」


 ニダウィが走る。右手左手に手にした部族の斧、トマホーク。稲妻のようにジグザクにステップを踏んで迫り、テンマの胸部に斧を振り下ろす。小さな子供の無駄な抵抗。二斧軽戦士の軽い一撃では、魔法も伝説の槍もはじき返した『テンマ』に通じない。だれもが驚くニダウィの姿を想像した。


「驚いたナ」


 ニダウィは驚きの声をあげる。


「本物のテンマなラ、この程度の攻撃は受け止められたゾ」

「ば、かな……!?」


 右手首と首に突き刺さったトマホークに『テンマ』は驚きの声をあげた。


 胸を狙ったトマホークの二斧。その一つが軌跡を変えて手首に迫り、もう一本が首に迫ったのだ。その動きを察知した時には手首は断たれ、首に深々と斧が食い込んでいた。


 ダメージ自体は軽い。この肉体は赤い液体を素材とした魔法生物。スライムに近い存在で、体の形状に悪魔に似せた以外の意味はない。首を斬られても、すぐに再生できる。


 ゆえに、驚いた理由はそこではない。


「速い……! このオレサマが、対応できなかっただと!? 軽戦士如き、ザコジョブの動きに!」

「ダーを! ダーを育ててくれたトーカとコトネを甘く見るナ!」


 力なく弱いとされる軽戦士。底辺ジョブの振るう一撃が、才能を誇る悪魔に突き立てられた。

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