3:妖精衣アミーと魔を生む悪魔 Ⅰ

 アンジェラ――


 この世界に存在するモンスターを産み出した悪魔である。一説には聖母神シュトレインと同一存在であり、人間を生んだシュトレインに対して魔を生むアンジェラという対比がメジャーな考え方だ。


 そのイメージもあって、シュトレインとアンジェラの神像は包容力の高い女性の形をしている。シュトレインが聖母なら、アンジェラは鬼子母神。人を食らって魔物の子を産む悪魔として、言い伝えられていた。


「風評被害じゃ! いや、妾を恐れてくれる事は嬉しいのじゃが……!」


 これを聞いたアンジェラはこう叫んだという。神や悪魔を実際に見た者はなく、神像はあくまでイメージでしかない。人間が生み出したアンジェラという悪魔。それが独り歩きすれば――


「さあ、妾に人間を捧げよ。我が胎内の子のために、貴様らの血肉を食わせろ!」


 皇帝が生み出した液体。それが妙齢の女性を形どった存在。4本の腕で魔物の子供を抱き、4本の腕で武器を持つ。その顔は禍々しく、人間などエサにしか思わない。


「妾の名は『アンジェラ』。皇帝<フルムーン>の忠実なる部下にして、魔物の母。我が子のために、人間を食らう存在なり」


 その笑みは魔物のために。その牙は人間の血肉を食らうために。


 その愛は魔物のために。その怒りは人間をすりつぶす為に。


 その温もりは魔物の子を抱くために。その熱は人間を燃やすために。


 魔物の母。誰もが抱くそのイメージ通りの存在。それが去来した町は、深い絶望に陥っていた。逆らえる戦士はすでに倒れ、幾人かの人間はアンジェラに食われえた。その度に魔物が生まれ、絶望は濃くなる。


 逆らえば死。逃げても追われて殺される。できることは自分が食べられないように祈るのみ。そんな死を待つだけの状況で、光明が差しこまれる。


「アサギリ・トーカとイザヨイ・コトネを捕え、皇帝に差し出すがいい。さすれば食わぬと約束しよう」


 様々な街を渡りながら、そう告げる『アンジェラ』。食われたくない。失いたくない。その一心で人間達は二人を探し出す。あの二人には悪いが、こうするしかないんだ。


「ノンノン! そんな暗い空気はノーサンキュ! 暗く落ち込んだ時こそ笑顔で歌え! それがアイドルアミーちゃん! ニコニコ!」


 その空気を払しょくするように妖精衣アミーは元気よく叫ぶ。萌える炎をイメージさせる紅いドレスを身にまとい、マイクをくるくる回転させて歌いだす。一曲終わったあとに『アンジェラ』を見る。


「……うむぅ、アンちゃんかぁ……。いやまあ、その、教会とか本とかでは確かにそんな感じだけどなぁ……むぅ」


 そしていきなり不満げな声をあげた。アミーはムジークの騒動でアンジェラを知っている。病みカワ系アイドル。なんとかパワーの為にアイドルをやっていて、なんというか承認欲求の塊だった。それが力を集める術なのだから仕方のない事だが。


「歌い手か。我が子のために子守歌を歌うなら見逃してやろう。或いは人間達への鎮魂歌か」

「残念残念! アミーちゃんが歌うのは希望の歌さ! 偽物の悪魔を倒して、みんなハピーキラキラになる歌だよ! キラッキラ!」


 怜悧に告げる『アンジェラ』に、ポーズを決めて答えるアミー。『アンジェラ』を指さす姿と言葉は軽いけど、その意味は間違いなく宣戦布告である。


「成程、歌い手ではなく道化の類か。男のくせにその衣装を着ているのも納得いったわ。どれ、一芸見せてみよ。児戯にも劣るなら命はないがな」

「ねえ、本当にキミはアンジェラの因子っていうかそういうのが入っているの? 何ていうか当人とカスリもしないんだけど」


 自分が知るアンジェラと、目の前の『アンジェラ』の違いに素で問い返すアミー。二次創作の解釈違いのレベルですらない。完全に本人とは異なるのだ。伝承でしかない存在を想像のままに擬人化するとこうなる、といういい例だ。


「無論だ。我が身は魔物の母。シュトレインと対を成す闇の胎。あらゆる魔物を抱き、あらゆる魔物を生み、あらゆる魔物を育てる存在。その力は確かに妾の中に在る」

「うん。そう、なんだろうけど、ね」


 全く動揺しない『アンジェラ』に、頬をかくアミー。至って真面目な『アンジェラ』の態度に、逆に申し訳ないとさえ思える。だって本物はなぁ……。


「つまらぬ道化だな。芸がないなら死ね」

「だよねだよね。つまらないのなら退場しなくちゃ。アイドルも、悪魔もね。死ぬかどうかはさておて。やっちゃうやっちゃう?」


 問いかけてはいるが、答えなど既に決まっている。アミーの瞳に油断はなく、『アンジェラ』の呼吸に笑いはない。この状況で自分に臆さない相手だ。相応に戦えることはできるのだろう。


「行け」


 口火を切ったのは『アンジェラ』だ。言葉と同時に虚空から無数のコウモリに似た魔物が現れる。その光景を見た者は、唐突に夜の帳が生まれたと錯覚する。黒い無数の蝙蝠の翼が、青天を覆い尽くしたのだ。


 コウモリは『アンジェラ』の意思に従い、一斉に地面に降下する。地面にいる者に食らいつき、その血肉を食らう魔の鳥。猛禽の牙に食らいつかれれば人の命などあっさり消え去るだろう。


「わおわお! いきなりのブラックアウト! かーらーの! ミュージックスタート! アミーちゃんのステージ開始だよだよ!」


 光指さぬ戦場で、アミーは元気よく笑い、そして歌う。【妖精舞踏】のアビリティ【風のバレエ】【水の舞】【炎のベリーダンス】【大地のステップ】、そしてそれらの効果を引き上げる【フェアリーサークル】。四大精霊がアミーの周りで踊り、歌うアミーの身体能力を増していく。


「風の如く自由に!」


 猛禽の牙は風を捕えることはできず、


「水の様に優雅に!」


 数多のコウモリはアミーから目を逸らすことができず、


「炎のように苛烈に!」


 激しいダンスと共に放たれる炎がコウモリを焼き、


「揺るがぬ大地の安定を!」


 あらゆる不遇や不調も受け流す大地の恵みを得て。


「ダメダメだよ! アミーちゃんを触ろうとか、お仕置きお仕置き!」


 そして、アミー本人が作り上げだ火の妖精ドレスが迫ったコウモリに炎を放つ。妖精に触れる者は、妖精の悪戯に見舞われる。妖精衣のカウンターコンボ。アミーに攻撃を仕掛けてきたコウモリは皆、炎に飲まれそして――


「おまけ! 大地に帰っちゃえ!」


 カウンターとばかりにアミーの目が光る。『大地の目』と呼ばれる魔眼だ。アミーが攻撃した瞬間に追加攻撃を行う魔法の武器。炎で消滅寸前だったコウモリ達は、地面から生えた土の錐に貫かれ、闇の粒子となって霧散した。


 モンスターのヘイトを受けて自分に攻撃を集中させ、回避をあげてカウンターを決め、さらに『自分がダメージを与えた』事を起因として魔眼が追撃を加える。


 万の軍勢であっても意味はない。むしろ多対一こそ妖精衣の真骨頂。無数のファンを魅了するアイドルの如く、数多のモンスターを前にして笑えるのが妖精衣にして――


「いぇいいぇい! これがアミーちゃんだ! 前座はこれでいいかな? 分からないなら何度でもやってやるよ、偽悪魔チャン。どうするどうする?」


 闇晴れた戦場で、アミーは元気よく叫ぶ。それを見ていた人たちは、アイドルの歌が闇を砕いたかのように見えた。絶望の黒から、元気のいい声が聞こえたかと思うと光が戻っていたのだ。


 だが――『アンジェラ』は動揺すらしない。


「魔法カウンター系か。ならば魔法防御を高い魔物を宛がえばいいだけの話。さらに言えば、数よりも質で押せばいい」

「もうもう! こういう時は悔しそうな顔で『馬鹿な!?』とか言わないと。付き合い悪いぞ、ぷんぷん!」


 あくまで冷静に対処する『アンジェラ』に、腕を組んで怒りの表情を浮かべるアミー。


(少数精鋭でこられるとキツイんだよね。さてさて、ここからが本番だぞ)


 アミーは唇を舌で舐め、呼吸を整える。


 コンサートは始まったばかりだ――

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