2:投げ格闘家ゴルド・ヘルトリングと努力の神 Ⅰ

 リーズハルグ神――


 この世界における三柱の神の一つだ。努力する者に力を、頑張る者に祝福を。神を創りし存在からレベルアップの恩恵を受け継ぎ、そしてそれを発展させている神だ。


 この世界の存在は全てステータスを持つ。脆弱な存在であっても、ステータスの加護により強くなれる。人間達が持つ多彩なジョブ。それにより役割を果たし、世界を回そう。如何なる存在も、努力すれば花咲くのだ。


 もちろん努力が成功に直結するとは限らない。予期せぬ不幸は予期できないから発生するし、能力を上手く扱えるか否かということもある。それでも努力は確実に力になる。それがステータスの恩恵である。


「そうだ、努力せよ。努力せよ」


 皇帝<フルムーン>が創ったリーズハルグ神のコピー。アサギリ・トーカが出会ったコピペ神改め聖杯となった存在とは別。皇帝<フルムーン>が神の力を顕現化させた『リーズハルグ』は人々に告げる。


「努力すれば強くなれる。努力すれば幸せになれる。その努力を、流した血と汗を、稼いだ金銭を、様々な創作物を、その全てを我は祝福する」


 あらゆる努力、あらゆる結果。人間が行動した結果生まれた何かを『リーズハルグ』は尊ぶ。そして、


「その全てを皇帝<フルムーン>に捧げられることを、幸せに思うがいい」


 その努力は主である皇帝<フルムーン>のモノである。努力の神を模した存在は、そう言い放った。


「培った強さを皇帝に捧げよ。生み出した創作物を皇帝に捧げよ。稼いだ金銭を皇帝に捧げよ。このミルガトースを生きることができることに感謝し、支配者である皇帝<フルムーン>に捧げるのだ」


 神の姿を模した存在は、そう言った。お前たちの努力は皇帝のモノだ。お前たちの創った物は皇帝のものだ。支配者である皇帝に感謝し、捧げよと。


「ふざけるな!」

「そんなこと納得できるか!」


 反感はあった。否、あったのは抵抗だ。何故なら『リーズハルグ』は初めから力ですべてを奪おうとしたのだから。力ある者をねじ伏せ、金銭や創作物を強奪し、そして歯向かうモノには相応の痛みを返した。


「足りぬ!」


 多くの人を殺した。


「足りぬ!」


 多くのモノを奪った。


「その程度の努力では神に足りぬ!」


 街を守る防壁や家を破壊した。


 偽物とはいえ『リーズハルグ』は神の力を有している。ただの人間など赤子同然。騎士団をもってしても止めることは叶わず、人と神の差を見せつけられる結果となった。


「おのれを主張するには努力が足りない! もっと鍛えよ、もっと励めよ! さもなければ奪われる! 殺される!

 今流れた血は努力不足が故! 今失われた命は怠慢の結果! 無能に生きる者の末路!」


 努力が足りなければ死ぬしかない。無能なものは死ぬしかない。努力の神を模した存在は、そう人間に告げながら略奪と殺戮を繰り返す。


 十分な痛みを与えたと判断した『リーズハルグ』は、攻撃の手を止めて人間達に告げる。


「だがいきなり神に勝つなど無理だろう。些かランクを落としてやろう。我が慈悲に感謝するがいい。

 アサギリ・トーカとイザヨイ・コトネを捕え、皇帝に差し出すがいい。さすれば人間の努力を認めてやってもいい」


 厳かに。神の慈悲を告げる『リーズハルグ』。それが横暴であることなど誰もが理解している。神がニセモノであることも、皇帝の使い魔であることも皆わかっている。


 それでも、圧倒的な力を前にすれば倫理など消え去る。いつ訪れるかわからない天災。全てを奪われ、培った努力を否定され、生きる希望さえ無くしたものに心の余裕などない。一刻も早く現状から逃れたいとしか考えられなくなる。


「アサギリ・トーカを差し出せば……」

「聞けば、皇帝を蹴った不遜者だそうだ」

「俺達は二人の喧嘩のとばっちりを食らったんだ」

「俺達は、被害者だ」


 追い込まれた人達の心理は袋小路に追いやられる。そう思う事で、自分は悪くないと言い訳し、倫理というブレーキを外してしまう。


「いいえ。如何なる理由が在れど、幼い子供を差し出すなどあってはならぬことです!」


 そんな空気を払しょくするように、一人の男が声をあげる。


 ゴルド・ヘルトリング。かつてのオルスト皇国の貴族の四男坊。トーカからは四男オジサンと言われていた大男。騎士鎧を着ているが、その本質ジョブは格闘家だ。相手に近づき、投げる。それを続けてきた騎士。


「辛い時やもしれませぬ! 厳しい時やもしれませぬ! 圧倒的な力を前に抵抗空しく敗れ、俯くこともありましょう!

 それは誰も攻めらせませぬ! 不幸は突如訪れ、努力が届かず夢破れることもありましょう! それが人生であり、それが生きるという事なのですから!」


 騎士は落ち込む人達に向けて叫ぶ。『リーズハルグ』が襲撃した町は皆活気を失い、皇帝に歯向かう二人をどう捕えようかという空気になっていた。


「黙れ! お前達に何が分かる!」

「俺達はこうするしかないんだ!」

「二人を差し出せばすべてが終わるんだ!」


 言葉で考えを改める者は少ない。他人に言われて変えられる領域はすでに過ぎ去っている。それほどまでに『リーズハルグ』の残した爪痕は深いのだ。


「終わる? かの皇帝がそれで終わると思いますか!? オルスト皇国全ての民を食らおうとしたあの皇帝が、許してくれると思うのですか!」


 ゴルドは続ける。ゴルドは言葉を重ねる。この声では人の心は変えられない。この言葉では虐げられた人たちを癒せない。それでもここで言葉を止めてしまうわけにはいかない。


「世界を飲み込むほどの力を持つ皇帝<フルムーン>が、侵攻を止める理由などありませぬ! 二人を絶望に追いやった後に、赤き皇帝に飲み込まれるのは我々なのです!

 むしろあの二人が捕まらない方が、我々の命も長引くのです!」

「黙れ! そんな奇麗ごとなんか聞きたくない!」

「俺達はもう限界なんだ!」

「少しでも楽になりたいんだ! その為なら……」


 奇麗事。正論。子供を差し出して自分達が生き延びる。それがわずかな執行猶予だと知っていても、この苦しみには耐えられない。


 皇帝<フルムーン>の仕掛けた策は、確実に世界中を蝕んでいた。あの二人の情報を得ようと必死になり、似た子供を差し出せば何とかなるのではという暴走さえ起きそうになっている。


「ええ、奇麗事です。そしてそれは人間と理性なき獣を分ける線引きでもあります」


 追い込まれている人たちに向けて、ゴルドは静かに言い放つ。


「人が社会を形成し、子を産み次世代に繋げる。その為には奇麗事や法律が必要不可欠なのです。ただ力で抑えるだけの理性なき統治など、獣同然。

 そしてそれは、まだ皆様の中に残っていると吾輩は信じています」


 ゴルド・ヘルトリングは信じている。人間には理性があることを。追い込まれてそれが機能しないこともあるけど、それでも理性は失われないと信じている。


「言葉だけなら――!」

「『リーズハルグ』は吾輩が倒します」


 ゴルドははっきりと言い放つ。


 神の力を有した存在を倒すと。


「無理だ! やめろ!」

「アレに勝つのは不可能だ!」

「騎士団も手も足も出なかった! 人間に勝つ事なんか不可能だ!」


 叫ぶ声は否定的。然もありなん。それだけ深く絶望を刻まれたのだから。


「素晴らしい。この『リーズハルグ』を倒そうとする猛者がまだいたとはな」


 そんな反発的な声の中、むしろその言葉を称賛する声が天から下った。


「貴様の努力がいかほどのものか試してやろう。

 その全てを、皇帝<フルムーン>に捧げるのだ」


『リーズハルグ』。神の力を有する皇帝<フルムーン>の下僕。


「民を虐げる支配者など不要。

 吾輩は民を守る貴族として、そしてトーカ殿とコトネ殿への恩を返すため、貴殿に戦いを挑みましょう」


 ゴルドは両手の指を広げ、戦いの構えを取った。

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