30:メスガキは脳筋を罵る

「拳でしか語り合えないとかダサッ! そんなんだから誰もトモダチできないボッチなんじゃない。しかも負けたらゲボク? 見た目通りのイヌっころー。ほら、イヌらしく吠えて見なさいにょ、わんわん♡」

「ぐぼっ! オ、オレはイヌじゃねぇ……! 誇り高き孤狼だ!」

「ころう? かっこいいこと言ってもアンタがろくに喋れないコミュ障なのはじ・じ・つ。好きな子に意地悪するしかできないコ・ミ・ュ・しょ・う。しかも負けたくないから自分の得意分野でしか勝負しないとか、もうクズクズ! それでいて負けた奴に従うとか、ただのヘタレじゃない。わんわん♡」

「へ、ヘタレ……!」

「悔しかったらアタシに口喧嘩で勝ってみなさいよ。ワンワンしか言えない脳筋わんちゃんには難しいかなぁ? あ、それとも負けたのを誤魔化すために殴りかかる? それしかできないもんねぇ。友達いないから知恵も借りれないし。はい、人生しゅうりょー。まけまけわんこー。わんわんわん♡」

「うごおおおおおおお……!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


アンカー

嗜好:戦闘

主義:孤独に生きる

誓約:勝者に従う


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ぱっりーん。


 と音は出ないけど、脳筋のアンカーにくっついていたのが壊れたわ。膝をついたわんちゃんを見ながら、アタシは勝利のむなしさに浸っていた。


「アンカー壊しても、経験点もトロフィーも手に入らないのよねぇ……。空しいわ」

「ここまで徹底的に相手を罵り倒して、言うことがそれでちか……?」

「水を得たように罵ってましたからね、トーカ」


 アタシの意見にかみちゃまとコトネが呆れたように言葉を返すけど、無視。確かにちょっと楽しかったし、なんていうか爽快感あふれるし。ああ、アタシが正義なんだなぁって実感できてとってもいい気分。


「テメェ! いきなり何言ってきやがる! 喧嘩売ってんのか!」

「ケンカしに来たのはアンタでしょうが」

「そうなんだけど、いきなり馬鹿にするとか人としてどうなんだ!」

「それを吸血鬼のアンタが言うの?」


 ダメージから立ち直った脳筋がアタシに食って掛かる。アタシは正論を返してジト目で見た。アンカーに囚われているコイツを解放したのだ。アタシが正しい。誰もが疑うこともないぐらいに、アタシが正しい。


「まあまあ、ノスフェラトゥさん。喧嘩両成敗という事で矛を収めてください」

「オレはまだ喧嘩してねぇ!」

「そうよ、まるであたしが悪いみたいな言い方をしないでよ」

「お互い言いたいことはあるでしょうけど、確認したいことがあります。

 この戦争に関してですが、ノスフェラトゥさんはまだ続ける気はありますか? 正確に言えば、聖地を目指したいと思いますか?」


 コトネはアタシと脳筋の意見を強引にまとめて……っていうか豪快に無視して戦争の話を振った。


「ああん? なんで聖地を諦め……あれ? なんでオレは聖地を目指してたんだ? 戦争なんて面倒なことまでして?」

「もしかして痴呆? 三歩歩いて忘れるとか、ニワトリレベルじゃない。わんちゃんだと思ったら鳥だったの? ピヨピヨ、って言ったほうがいい?」

「よーし、先ずはその舌を引きちぎってやる」

「すみません、いろいろ事情があったのでお許しを。

 話が進まないのでトーカは黙っててください」


 アタシの言葉に言葉通り牙をむいてくる脳筋。コトネはアタシと脳筋の間に割って入り、アタシを押しのけるようにして遠ざけた。


「どんな事情があったらあそこまでこき下ろされなきゃいけないんだよ!」

「至極当然なお言葉ですが、それも含めて説明します。

 実はこの戦争は――」


 コトネは脳筋にかくかくしかじかと説明する。この戦争がコピペ神に仕組まれたこと。アタシはそれを止めるためにコピペ神の仕掛けたアンカーをぶっ壊したこと。そのアンカーがなくなったから、聖地なんかに行く気がなくなったこと。


「つまりアンタらがコピペ神なんかに操られてたから助けてあげたのよ。ワンちゃんが首輪をハメられるのは仕方ないけど、それで戦わされるとか管理がなってないわ。犬小屋作ってあげるからそこで大人しくしてなさいってことよ」


 ドヤッと言ってやるアタシ。その言葉に脳筋は感謝の言葉を述べて、助けてもらったアタシに負けて忠誠を誓う言葉を――


「いや待て。その何とかってのが解除されてるんってことだろうが。なんでそこまで言われなきゃならねぇんだ」

「なによぅ。細かい事をぐちぐち言うの? せっかくめんどくさい戦争をやらなくていい状態にしてあげたのに。アタシに感謝して一生仕えるとか言うのが当然じゃないの?」

「やり方がやり方なだけに感謝はできねぇな。そしてもうそこまで言う必要もないんだろうが」

「すみません、トーカの口が悪くて」


 むぅ。アタシが助けてあげたのに。感謝もできないなんてやっぱり脳筋。でも脳筋が仲間になっても困るのでこれぐらいにしてあげるわ。決してコトネからの無言の圧力に負けたんじゃないから。押しのける力具合がちょっと怒ってるかな、って感じだったけどそれに気おされたんじゃないんだから。


「つまり吸血鬼の4貴族全員が神の力で戦争を強いられていたんです。皇帝<フルムーン>に対抗する聖杯を作り出す為に」

「神ね……。正直信じられんが、カミラはそれで負けたらしいし、ブラムストーカーもお前達を取り入れているところを見ると嘘じゃないんだろうな。実際、オレも聖地を目指す気はなくなったわけだし」

「はい。ですのでこれで矛を収めていただければ幸いです。ドラキュラ伯爵のアンカーを破壊したら、私達はカルパチアを出ていきます。その後の統治は双方で話し合って決めていただければいいかと」


 アタシ達の目的は、あくまで戦争停止シナリオだ。吸血鬼貴族がどうするかなんてどうでもいい。レベルも十分に上がったしレアアイテムも手に入らないし、好きにしてって感じね。


「確かに戦う気は失せたな。まあ、口の悪いクソガキに言われっぱなしなのはムカつくが」

「そうね。アタシもわんわん騒ぐ脳筋はうざいと思ってるわ」

「いいねぇ。やるか?」

「はん。アンタの攻略法なんてらくしょーなのよ。HPが勝手に減っていくから戦う前に防御ガン振りでバフかけて、ついでに<毒>系装備を持っていけば勝手に自滅するんだから。

 でも今日の所はやめておいてあげるわ。負け犬の遠吠えで満足してあげる」

「トーカ」

「はい」


 睨んでくる脳筋をスルリとかわすアタシ。……うん、その、腰に手を当てたコトネの視線がちょっと怖かったから。ちがうわ。今はそういう状況じゃないって空気を読んだのよ。そういうわけだから。


「思いっきり尻に敷かれてまちゅね」


 ぼそりと呟くかみちゃまの言葉が正しいんじゃないわ。誰が誰の尻に敷かれているとか、そんなのアタシにはわからない。わからないったらわからない。……でも、後で謝ろうかなぁ、という気持ちぐらいはある。


「ま、お前らが戦争を止めるという分には構わねぇ。オレも国とか身分とかしがらみから解放されて気楽な感じになれたしな。

 だがドラキュラはそうはいかねぇぞ。アンカーだっけか? そういうのもあるだろうが、生粋の身分主義で人間を見下している。お前らと話をしようなんざとても思わんだろうぜ」


 脳筋いわく、『人間如き吸血鬼のエサの言葉など、聞く耳持たん』『お前たちは血を捧げるしか意味のない存在だ』『その為に生かしてやっているのだ』という感じらしい。吸血鬼に高品質な血を与えるために人間を牧場で飼い、管理しているのだ。


「まさに吸血鬼ってカンジね。……むしろほかの三人が吸血鬼らしくなかったって言うか」


 何せ『英単語で喋る銀色料理人』『サド変態な悪役令嬢』『脳筋』だ。別に吸血鬼じゃなくてもいいじゃん、こいつら。


「そうですね。さすがに容易ではないでしょう。

 ですが国力ではこちらが完全に上になりました。理知的なお方なら停戦条約なりを受け入れるでしょうから、出会う機会はあるはずです」


 頷いて答えるコトネ。アタシ達の目的は相手のアンカーをぶっ壊すこと。要は会話できる場所まで近づければいいのだ。でもできれば戦って経験点とアンカーとレアアイテム欲しいなぁ。


<プログラム実行不可能なエラーが発生したため、緊急措置を行います>


 ? いきなり意味不明なアナウンスが脳内に響く。レベルアップの時とは違う男のような声だ。それと同時に、


 ――ドン!


 いきなり地面が揺れた。地震? とか思ってたら……。


「………………え?」


 あー。ありのまま、今起こった事を話すわ。


「何あの、赤い十字架」


 山の向こう側に、天まで届きそうな十字架が、

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