30.5:オミナス・クロス(side:ドラキュラ伯爵)

「ブラムストーカーがカミラの領土を簒奪したか」


 カルパチアの4大貴族の1人、ドラキュラ伯爵は部下からの報告を受けて頷いた。それが嘘ではないことは、複数名からの報告で確認済みだ。ブラムストーカーの流言飛語の可能性はないだろう。


「信じられぬが事実なのだろうな。人と手を取り合いたいなどとつまらぬ理想を語る愚か者め。聖者と遊び人を仲間にしたとはいえ、大きく出たな。

 高々料理が美味いだけの領主が。高品質の血液で鍛え上げられた吸血鬼軍に勝てると思っているのか?」


 ドラキュラ伯爵の統治は『吸血鬼至上主義』だ。人間は家畜として飼育し、その血液を吸血鬼に捧げる。良質の血液を得られると吸血鬼はドラキュラに忠義を誓い、裏切ることのない忠臣となる。そしてやる気が出た吸血鬼はポジティブに軍に貢献する。


 家畜扱いされた人間は汚い場所で飼われている……のではない。非衛生な生活では高品質な血液は得られない。広い空間と適切な温度と清潔な部屋。食事も栄養分の多い物を能われ、ストレスのないように飼われている。彼らは吸血鬼の力の源だ。自由こそないが、決して雑な扱いはされない。


 そんなドラキュラの考え方は『人間も吸血鬼も同じように生きていこう』というブラムストーカーの考えと相反するものだった。人間は管理するモノ。飼育するモノ。手を取り合うなど意味がない。効率よく高品質な血を提供するためのイキモノと仲良くする? 反吐が出る。


「いいだろう。その傲慢を直々に叩き潰してくれる。軍を編成し、侵攻を行え。圧倒的兵力と潤沢な兵站。血を吸わぬ吸血鬼の群れ如き、2年で蹂躙してくれよう」


 宣言するドラキュラ。事実、この進軍が行われていたらブラムストーカーは2年で滅ぼされていただろう。トーカとコトネをドラキュラが相手取ることで足止めし、良質の血で鍛えられた吸血鬼軍で他のブラムストーカー軍を追い詰めていく。


 野心に燃えるドラキュラ。進軍計画の構築は、部屋のノックで遮られた。秘書の吸血鬼が恭しく首を垂れる。


「失礼します。カミラ伯爵が伯爵に会いたいとアポイントメントを求めています」

「カミラだと?」

「いつならお会いできますかと尋ねております。なお現在の予定では空き時間は3日後の夕刻――」

「構わぬ。今すぐ会いに行こう。スケジュール調整は任せた」


 秘書は肯定の意を示すように頭を下げ、そしてドラキュラを客室の一つに案内する。


「ドラキュラ伯爵に置かれましてはご機嫌麗しく。此度は――」

「よい。余と貴公の仲だ。取り繕うのはやめよう。人払いが必要なら申し出よ」


 ドラキュラの姿を見て、頭を下げるカミラ。ドラキュラは挨拶の続きを制し、部下達を見た。カミラの返事次第ではいつでも退出できるように意識を向ける。


「それは助かります。内密の相談がありますので、可能であれば席を外していただけないでしょうか?」


 カミラの言葉に、吸血鬼達は一礼して部屋から出る。バタン、と扉が閉まると同時に脱力するカミラ。


「して、相談とは? ブラムストーカーに奪われた領地を取り返したいということか?」

「いいえ。私は負けました。その結果に不服を言うつもりはありません。敗者は舞台から去る。それが貴族の矜持です」

「安心したぞ。そこまで堕していなかったか。そのような提案をしたのなら、その首に食らいつき、血を全てすすっていたところだ」


 首を振るカミラに、残忍な笑みを浮かべるドラキュラ。女吸血鬼の希少な血を吸い損ねた、とばかりの笑みだ。吸血鬼の貴族として最高の礼儀なのだろう。カミラは笑みを浮かべて微笑み返す。


「相談というのは、この戦争について。聖地を求める戦争の意味についてですわ」

「戦争の意味だと? 聖地を求める以外に何があるというのだ」

「伯爵。貴方は何故、聖地を求めるのですか?」

「決まっておろう。聖地を得ることは――」

「私は操られていました」


 ドラキュラのセリフを遮るように、カミラは告白する。無礼ともいえる行為だが、ここで聖地奪還の理由を考えさせてしまえばかつての自分の二の舞だ。あの心を締め付けられる感覚。目的以外考えられなくなる感覚。あの状態になったら、どうしようもない。


「操られていた? 貴公ほどの女傑がか?」

「はい。しかも操られていたことに気づかず戦争を続けていました。おそらくはブラムストーカー伯爵もノスフェラトゥ伯爵も、そしてドラキュラ伯爵も」

「不敬だな。余を操る存在だと?」


 明確な殺意を込めて、ドラキュラはカミラを睨む。ドラキュラ伯爵が人間だったころに得たジョブは【処刑人】。【夜使い】と同レベルで即死攻撃を使う戦士系ジョブ。その気になればカミラを磔にし、わき腹を槍で貫くことができる。


「…………」


 カミラはそれ以上は何も言わず、ドラキュラを見る。ドラキュラは恐れもしない女吸血鬼を見て、殺意を研ぎ澄ましたまま思考する。


(カミラが貴族同士の敬意を忘れるとは思えぬ。しかしこの態度は解せぬ。これ以上物言わぬという事は、言えぬ理由があるはずだ。言えば、不都合が起きる。思えば会話を遮ったのも解せぬ事。つまり、聖地を求める理由を口にしてはいけないという事か?

 いや、解せぬで言えば吸血貴族4名を操る存在だ。我々を操るなど並の魔物では不可能。しかも4名全員となると世界を管理する神か悪魔でもなければ――)


 その考えに至った瞬間、全てではないが自分を縛る何かに気づくドラキュラ。聖地は大事だが、戦う理由まではない。カミラとはこうして交渉ができるし、ノスフェラトゥは騙して条件を飲ませることができる。ブラムストーカーは許せぬが、知性のない存在ではない。住み分けはできる。むしろ平和な思考を持つブラムストーカーがその考えに至らなかったのもおかしな話だ。


(何故4名とも『戦争』という手段を取ったのだ? しかも誰もがその正しさを疑わない。悪魔に踊らされるように、神に導かれるように)


 自慢ではないが吸血鬼の貴族は強い。それを操ったというのが事実なら、それは神か悪魔しかいないのだ。


(つまり、我々は意図して戦わされていたという事か。そして戦争に関する神と言えば……リーズハルグ神。神が我々を操って戦争をさせていたというのか。

 荒唐無稽すぎる。しかしカミラが余を騙すとは思えん。仮に真実だとすれば――)


「操られていた、と言ったな。過去形になった経緯は何だ?」

「ブラムストーカーの剣客。聖女と遊び人と話をしました」

「それが彼らの洗脳ではないという保証はあるか?」

「伯爵は私が人間如きに支配される器だとお思いで?」

「なるほど」


 納得するドラキュラ。全てを信用したわけではないが、考慮に入れる案件であることは確かのようだ。勝つのは自分だが、誰かに操られているというのは面白くない。


「報告感謝する。ゆるり逗留していくが――」


 ドラキュラがカミラに謝辞を告げようとした瞬間、


<プログラム実行不可能なエラーが発生したため、緊急措置を行います>


 そんなアナウンスが脳内に届く。しかしドラキュラは何事かと確認することはできなかった。


「ゴ……ゴアアアアアアアアアアアア!」


 突如、ドラキュラは内側から爆発するように血を吹き出す。噴き出た血は樹木が成長するように天に伸び、ドラキュラを中心に年輪が重なるように太くなっていく。近くにあった物を破壊し、そして血の木に触れた者は――


「何事ですかこれは!? うわああああああ!」

「伯爵ご無事で――きゃああああああ!」


 血に触れた瞬間に赤い液体に変わり、そして樹木に吸収される。危険を察して逃亡する者もいるが、樹木の成長速度に追いつかれて吸収されてしまう。


 はわずか10秒で街一つを飲み込み、そこにいた生命全てを吸収した。さらに町から逃げようとする者を追うように枝を伸ばし、貫いて養分にしていく。ドラキュラ伯爵の居城、トランシルバニア城とその城下に住む生命は全てそれに奪われていく。


「血の……十字架」


 遠く山の向こうからその樹木を見た者は、その姿をそう表現した。


 血で出来た、歪な十字架オミナス・クロスと――

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