18.5:シュトレインは葛藤する(side:かみちゃま)

 トーカとコトネがレベルアップをしている間、かみちゃまことシュトレインは意識を埋没して、この土地にの事を探っていた。


(4体のヴァンパイアロードが争うヴァンパイア同士の戦争。聖地を求める抗争)


 有史より、人類は生息圏をかけて戦ってきた。そこに住む人間を蹂躙し、財産を略奪する。そうやって戦争は続き、副次的な効果で文明や交流は広まっていった。否、今現在もなお戦争は続いている。


(この戦い、勝者は何を得るのでちゅか?)


 シュトレインが疑問に思ったのは、そこだ。聖地を求める戦い。しかしそれはあくまで名目だ。正当性や正義はあくまで表向きの理由。戦争は利益があるから行われるのだ。つまり土地そのものに価値があるのだろう。


(聖地にある聖杯を求めて……という感じではありまちぇん。ブラムストーカー伯爵はトーカちゃんにあげると言いまちた。いくら死ぬことのない吸血鬼とはいえ、不毛な戦争を続ける理由は何なんでちか?)


 目を閉じ、地面に不可視の糸を突き刺すシュトレイン。デミナルト空間の応用だ。神の持つ力を細く伸ばし、土地そのものを調べる。カルパチアという土地。そこにある何かを。


走査スキャン開始。カルパチア。<フルムーンケイオスおかあさま>よりリーンに譲渡。吸血鬼系の土地として発達。4体のヴァンパイアロードを形成し、独自の社会を構成。

 知識あるモンスターのモデルケースとして観察継続。リーンが介入した痕跡はありまちぇん)


 カルパチアの歴史をなぞるシュトレイン。悪魔リーンはこの土地を吸血鬼の社会を形成する土地として箱庭にしているようだ。人間の生存数も少なく、支配者は吸血鬼という事で、人間嫌いのリーンも気に入っているようである。


(そして問題の聖地。座標確認。……おかちいでちね? 座標は間違っていまちぇんよね?)


 シュトレインはブラムストーカーに教えてもらった『聖地』の場所を調べる。此処に何があるのか。聖杯とはなんなのか。それを調べるために神の力を使って調べていた。だがしかし――


(ただの荒野しかありまちぇん。……吸血鬼も、人も、建物さえないただの場所)


 そこにあるのはただの荒野。ゲームで言えば何の特徴もない野外フィールド。モンスターが沸いてくることもない、ただあるだけの場所。


(魔物が沸いてこない土地自体は珍しくありまちぇん。人間はそういう場所に町を作り、発展していきまちた。

 何もない土地に、人が住んでいない。そういう事もあるでちょうね。此処は吸血鬼の国。人間が独立できない社会環境はありまちゅ)


 人間達が作る王国や町は、基本的に魔物が発生しない場所に形成される。いきなり街中にモンスターが沸く場所には安心して住めないからだ。そういう場所があること自体はいい。でも――


(こんな場所を奪うために、吸血鬼達は長年戦争を続けているんでちか? 人間の街を作る以外に価値のない土地。手に入れても、自分達の眷属は増えないのに)


 吸血鬼達にとって、この土地は何の価値を持たない。支配しても吸血鬼が沸くわけでもない。利用価値も人間が街を作る以外になく、人間を独立させたい吸血鬼がいるとは思えない。そして……。


(聖杯。そんなアイテムがあるとも思えまちぇん。

 ……いいえ、そもそも皇帝<フルムーン>に対抗できるアイテム? それは何時作られたんでちか? アンジェラが秘密裏に作っていた魔王<ケイオス>と同レベルの魔物に対抗するための力。そんな都合のいいものが、あらかじめ作られていた?)


 吸血鬼達は長い間戦争を続けていると言っている。


 それは皇帝<フルムーン>が現れるより前だろう。クラインが皇帝<フルムーン>になったのは数か月前だ。ブラムストーカーの話を聞くに、それより前から戦っていたのは間違いないだろう。


 突然現れた世界を支配しようとする皇帝。それに対抗するためのアイテムが長年戦争をしている戦争を終結させることで手に入る。どう考えても時系列に不備がある。


 しかもヴァンパイアロードはその事に疑問を抱かない。聖杯の効果も皇帝の倒し方も、何故か知っている。数か月前突然出てきた作られし魔物に対する伝承を、何故か知っているのだ。


 まるで誰かに操られているように戦い、誰かに教えられたかのように知識を持っている。そして神や魔物は、人間やモンスターの心の根底と接続、操作することで価値観を変えることができる。


 モンスターのアンカーを弄り、脳内や行動を支配する。そんなことができるのは神と悪魔のみ。あとアサギリ・トーカがいるが、これは例外中の例外だ。


(リーンの仕業……とは思えまちぇん)


 この土地の管理をしているリーンのテコ入れとはとても思えない。そもそもリーンはクラインを皇帝<フルムーン>にした存在だ。それを倒すためのヒントとアイテムを人間側に渡す理由がない。


(そして、努力……抗争の末に結果が生まれるという考えをしているのは――)


 皇帝<フルムーン>を倒してほしいのは、神側だ。……少なくともシュトレインはそう思っている。今現在、ギルガスとリーズハルグの二柱が皇帝<フルムーン>を擁護していることをシュトレインは知らない。


「リーズハルグ。此処にいるんでちか?」


 剣の神リーズハルグ。聖なる武器を作り、人間に下賜したとされる神。努力することで人は救われると謡い、その教えは人間の希望となっている。シュトレインは土地そのものにそう問いかける。


「肯定。リーズハルグはここにいる。正確に言えば、リーズハルグの仮想パターンをここに固定した存在がここにいる。リーズハルグの精神をコピーしてデミナルト空間に閉じ込めた存在。リーズハルグという神がこの地を離れる際に置いた保険。

 リーズハルグなら持ちうる知識と力を用いて、リーズハルグならこう行動する。それを忠実に繰り返すだけのプログラム」


 帰ってきたのはそんな答え。リーズハルグという神そのものではなく、同質の力と考え方を同じくするプログラム。この状況でならリーズハルグ神はこういう事をするという事を真似るだけの存在。


「この戦争を……ヴァンパイア達の戦争を起こしているのは、アナタでちか?」

「肯定。ヴァンパイアという高レベルのモンスターの生死。その回転を力に変換し、ヴァンパイアロードのアンカーに介入する。そうして抗争をあおり、戦争を加速させて生死の回転サイクルを増やしていく」

「何の為にそんなことをしているんでちか?」

「新たな聖武器を生み出して、人間に与えるのが目的。吸血鬼という支配を打ち砕く人間の英雄。それを作り出すために。そして第二段階として人間と吸血鬼の抗争から新たなエネルギーを得る」



 剣の神。努力の神。その力の源は『闘争』そして『努力』だ。戦争による生死から得られる闘争のパワーは高く、弱い人間が強き存在に歯向かう努力は高質の力になる。リーズハルグという神はそうやって力を蓄える存在だ。


「戦争の結果、多くの命が失われまちゅ。事、人間は死ねばそれで終わりでち。それを理解したうえでちゅか?」

「肯定。10万の人間の死の結果、1の英傑が生まれるなら人類の未来にとってプラスになる。背負う死が多ければ多いほどその英傑を讃える声と畏怖する声は高まり、同時に英傑に待ち受ける闘争と努力も増す」


 シュトレインの問いかけに、冷淡に答える声。リーズハルグという神はそういう神だ。否、神とはそういう存在だ。1000年単位で物事を考える。今目の前にある死よりも、遠い未来に人類に何かを残すように考える。


「……そうでちね。神はそういう考えをしなくちゃいけまちぇん」


 人類を守るため。その為に神の三柱は母なる混沌から離反した。この世界に人類の未来を残すためになんでもする。そう決めたのだ。今もシュトレインはそう思っている。


(でも、あたちはトーカちゃんやコトネちゃん達に『未来の人類のために死ね』と言えまちゅか……? 多くの死を乗り越えて、その苦しみを背負う人生を送ってほしいのでちゅか?)


 自問自答するシュトレイン。神ならそういうべきだという葛藤と、あの子達は幸せに生きてほしいという葛藤がせめぎ合う。……答えは出ない。首を振り、一番聞きたかったことを聞く。


「この戦争を終わらせれば、本当に皇帝<フルムーン>に対抗する聖杯が生まれるんでちゅか?」

「肯定。悪魔アンジェラが生み出した皇帝<フルムーン>の能力は一部解析済み。レベルドレインされたものが攻撃することで、第一段階は突破できる。

 第二段階の皇帝<フルムーン>の能力及び弱点は不明。第一段階を攻略した存在の戦闘データをもってすれば、0.0086%の確率で解析できる」


 第二段階。


 魔王<ケイオス>も、人間形態と魔物形態があった。皇帝<フルムーン>にも同じような正体があってもおかしくはない。そしてそれはまだ知られていない。


 だが第一段階を突破した存在――トーカとコトネに戦わせれば、わかるかもしれない。その二人を犠牲にして、情報を知れるかもしれない。


(人類のためにそうするのが正しいと分かっていまちゅ。あの二人に戦わせて、情報を得るのが人類にとっても最良の策)


 神の理論に従えば、そうすべきなのだ。


(あたちは――)


 シュトレインは葛藤する。神として、二人を見てきた者として――

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