20:メスガキは無双する

 アタシとコトネは戦場を走る。その少し後をザマス吸血鬼が率いる銀色吸血鬼軍が移動する形だ。


「拷問具にはあまり近づかないでね。何が起きるか分からないから。

 具体的には4割でダメージ、3割で<麻痺>、2割で<出血>、1割で<魅了>よ」

「何で拷問具で<魅了>されるんですか……?」

「アタシも聞きたい!」


 よくわからないけど、一部男性プレイヤーからは『まあ仕方ない』『もっと拷問されたい』『カミラ様踏んで!』などの意見があったとか。アタシには欠片も理解できないけど、ともあれそういう仕様なのだ。


「5人編成に別れて散開ザマス! 拷問具に触れぬよう進軍!」


 言っても拷問具同士の間隔はそこまで広くない。アタシやコトネが間を通り抜けるには全然問題ない。だけど軍隊レベルになればそうもいかない。ザマス吸血鬼が難儀しているのが聞こえてくる。


「敵の散会確認アマス! 件の聖女と遊び人もいるアマス!」

「迎撃デース! 分散した所を狙い撃つのデース!」

「慌てることはないゾイ! 数はこちらが有利だから、負けることはないゾイ!」


 そして敵軍にも動きがある。盾を構え、魔法を撃ち放ってくるレッサーヴァンパイア。アタシやコトネ、そして分かれた銀色吸血鬼軍に向けて攻撃を仕掛けてきた。


「拷問具で散開させて、数が減ったところを狙い撃つ。そういう作戦のようですね」

「ちょっとは頭を使ってるみたいだけど、そんな程度じゃアタシ達を止められないわ。先制を入れるわよ、コトネ」

「はい。十字の旗は正義の元に掲げられん!」


 最強の聖魔法【クルセイド】を発動させるコトネ。言葉と同時にコトネの背後に無数の騎士が現れる。この騎士達が一直線に突撃する。そんな魔法だ。範囲は直線画面端まで。その間にいる全員に聖属性攻撃10ヒット。【コウモリ乱舞】の完全上位互換ね。


「我ら、聖女コトネの名に集いし騎士!」

「おお、麗しき聖女! 汝の正義はわが胸にあり!」

「その号令、我が剣を震わせる! その微笑み、我が魂を震わせる!」


 現れた騎士達が剣を掲げ、そんなことを言いだした。<フルムーンケイオス>だとそんな演出はないんだけど。まあゲームだと省略されているんだろう。


「その言葉、我が太陽! 心に温もりを与える優しき声!」

「月のように儚く、そして美しい! 嗚呼、聖女よ聖女よ!」

「全ての星の輝きよりもあなたの笑顔が美しい! 夜明けの光さえもあなたの前では霞みます!」


 ……なんか、騎士とか正義とか関係なくない? コトネにコナかけてるように聞こえて、ちょっとイラっと来た。早く行けってーの!


「聖女への忠誠、この突撃でしめそう!」

「我が身は潰えても、聖女への気持ちは潰えぬ!」

「騎士の本懐は乙女のために!」


 最後までちょっともやっとさせて、突撃する騎士達。魔法的存在っていうか魔法だからか、拷問具に触れてもトラップは発動しない。そのまま一直線に街近くに布陣しているレッサーヴァンパイア軍に襲い掛かる。


「騎士……【クルセイド】だと!?」

「馬鹿な!? 報告では聖女が使えるのは【主、憐れめよ】のはず!」

「前の戦いでは秘匿していたというのか!」


 焦るレッサーヴァンパイア達。あちらが想定していたのはコトネが近づいてから【主、憐れめよ】だ。アタシが結婚アビリティを使えることを想定し、何処にいてもコトネを狙えるようにしたのだろう。


 だけどその想定は外れた。それ以上の攻撃で攻められたのだ。【クルセイド】の事は知っていても、まさかここまで一気にレベルアップしているとは思わなかったって所ね。実際、それを狙ったわけだし。


「落ち着くアマス! あれだけの大魔法、連射はできないアマス!」

「回復される前に聖女を倒すのが良策デース!」

「結婚アビリティを使うことを想定して、一緒に居る遊び人も同時に攻めるゾイ!」


 混乱する兵士を一喝するヴァンパイア。【クルセイド】の欠点はその膨大なMP消費だ。ポーションを飲んで回復するのに、相応の時間が必要になる。回復される前に攻めるのが一番だ。


「久しぶりアマスね。我らレーンロート三兄弟を打ち破った手管、そして聖女の成長。先ずは見事と褒めておくアマス!」

「しかし二度目はないデース! アナタの戦術の要は聖女。それを倒せばあなたもおしまいデース!」

「我らに二度の敗北はないゾイ! レーンロート三兄弟の名を絶望の感情と共に刻むゾイ!」


 3体のヴァンパイアがアタシ達の方にやってくる。この数でMPが減衰しているコトネを攻めれば勝てると見込んだのだろう。実際、【クルセイド】どころか【主、憐れめよ】も1回打てるかどうかの状態だ。聖魔法が弱点のヴァンパイアにとって、今が攻めどきなのは間違いない。


 まあ、それはそうなんだけど……。


「えーと、ごめん。久しぶりって何処かで会ってたっけ?」

「「「は!?」」」

「アマス……デース……ゾイ……。記憶にあるようなないような。

 待ってね、なんか思い出しそう。なんとか三兄弟? ……うーん……?」


 思い出せないモヤモヤに腕を組んで考えるアタシ。どこで出会ったっけ……? 本当に出会ってた? そんな気はするけど、何処だっけ……?


「すみません。トーカは人の名前を顔を覚えるのが苦手なんです。気にしないでください」

「わ、わかったアマス。貴方もいろいろ大変そうアマスね。同情するアマス」

「では改めてデース! ここで二人を倒して、ブラムストーカー軍を打ち砕くデース!」

「お二人の血はカミラ様に捧げるゾイ!」


 コトネがなんとか三兄弟に頭を下げる。失礼なこと言わないでほしいわね。ちょっと記憶にないだけなんだから。苦手じゃなくて覚える価値がない名前なんか覚えなくていいの。


「聖女コトネ、お覚悟アマス!」

「高貴なる血を頂くデース!」

「肉体も精神も奪い取るデルタブラッドアタックだゾイ!」


 そして3体のヴァンパイアはコトネに【精吸血】を行う。コトネのHPとMPをつい尽くす作戦だ。コトネのMPが回復できなければ回復魔法も使えず、アタシもいずれ尽きる。一番やられたら困ることだ。


「あ、ごめんなさい。それは対策させてもらってます」


 だけどそれは対策済み。<吸血><出血>のバステを無効化する黒翡翠コウモリはコトネに渡している。


「なんと!? ですがコウモリによる攻撃は無力化できないアマス!」

「聖女の魔力が枯渇化して回復できない間に一気に攻めるが吉デース!」

「遊び人の一撃の為に【霧化】しておくゾイ!」


【精吸血】は効かないが【コウモリ乱舞】は防ぎようがない。一撃ではやられないが、何度も攻められれば押し敗ける。コトネのMPが回復するより前に力技で押し切る。これが最適解。


「だ・か・ら。そういうのは対策済みよ!」


 最適解の通りに動くヴァンパイアに笑みを浮かべるアタシ。そして【着る】のレベル10アビリティを発動させた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


★アビリティ

【ペアルック】:一人より二人。相乗効果で二倍可愛い。貴方が装備している『属性:服』『属性:ドレス』の効果を対象一人に与える。MP100消費。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 アタシが着ている服かドレスの効果を他人に与えるアビリティだ。【カワイイは正義】で二倍になった効果も、そして装備で覚醒した効果も含めて。


 つまり、アタシが今装備しているブラッドドレスの数値ステータスも覚醒して発言した吸血鬼アビリティ――【精吸血】もだ。


「すみません。貴方達の力、いただきますね」


 コトネの服が赤いドレスに変化し、そしてヴァンパイアの血がドレスに吸い込まれていく。コトネのMPが回復し、ヴァンパイア達の焦りが顔に浮かび上がった。そして、


主、憐れめよキリエ・エレイソン

「まさか、まさか我らが二度の敗北を――!」

「ここまで成長しているとは――」

「カミラ様、お許しを――」


 コトネの放った【主、憐れめよ】に巻き込まれ、そのまま消滅する三体のヴァンパイア。……結局何処で会ったのか思い出せなかったけど。


「よゆーよゆー。ヴァンパイア如きがアタシ達にかなうわけないじゃないの。頭悪すぎぃ。ぎむきょういくのはいぼくー」


 消滅したヴァンパイアを罵るアタシ。コトネがそれを嗜める気配を感じ――


「あらそう。ヴァンパイアロードならお相手になるかしら」


 それより前に、そんな冷たい女の声がアタシの勝ち気分を吹き飛ばした。


 ヴァンパイアの女領主、カミラの声が――

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