33:メスガキは森を走る

 アタシとじじいの勝負が始まった。


 ヒトクイアリクイをどちらが先に倒すか。この勝負、思いっきりアタシに不利である。


 何度も言ってるけど、ヒトクイアリクイの最大の問題である人間特攻はじじいがテイムした動物には効かない。ボスなので一撃は強烈だが、一撃死というレベルではない。


 そしてじじいは恐竜に乗っている。沼に足を取られているが、それでも普通に歩くよりも移動速度は速い。どこにアリクイがいるか分からない以上、機動力がある方が有利なのは自明の理だ。


 普通に沼に足を取られていては、先ず追いつけないだろう。沼でノロノロ進んでいるうちに他のモンスターに囲まれるのがオチだ。


 まあ、そんなことは百も承知なわけ。そして頭のいいアタシがその対策を立てないはずもない。<収容魔法>内のMP回復アイテムの数を確認し、舌を唇で湿らせる。


「そんじゃ、行くわよ」


 アタシは言ってアビリティを発動させる。【着る】レベル8でおぼることができる【天衣無縫】だ。


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★アビリティ

【天衣無縫】:ほつれのない服とその着こなし。そこには隙一つない。一定時間、自分に不利になる効果をうけない。MP40消費


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 アタシにとって不利益な効果全てを無効化するアビリティ。それは床トラップなどの類も含まれる。ダメージ系のようなものはともかく、移動速度減少などの効果は一切受けないのだ。


「うわ。沼の上を歩けるんだ。すっごーい!」


 沼の上をまるで普通の道を歩くみたいに進める。石とか木の根っこも関係ない。歩きやすいように固まったり避けたりしてくれる。やーん、楽勝。


「ななななな、なんだと!? 沼の上を歩いている! 悪辣なる魔女術は自然法則さえも変貌させるというのか!?」


 走るアタシを見て驚くじじい。沼に足を取られた恐竜よりも、アタシの方が少しだけ速い。機動力の面で、アタシの方が有利になったのだ。


「普通にアビリティだから。アンタのテイマーアビリティと一緒だから」

「ウィのアテンダントに対する愛と奇妙な魔術を一緒にするな!」

「はいはい。そんじゃお先に行くねー!」


 因縁付けて屁理屈こねるじじいを追い越し、森の中を進むアタシ。後ろでぎゃあぎゃあ言ってるけど、無視。聞いてやる義理はないわ。


 とはいえ、これで完全に有利になったかというとそうでもない。【天衣無縫】は一定時間で解除される。加えてMP消費もアタシのレベルだと大きい。MP回復用にジュースがぶ飲みしながら進むことになる。


 さらに言えば、機動力があっても先にアリクイを見つけられるとは限らない。森のどこかにいるだろうヒトクイアリクイ。それに出会えるのは運だ。ガチャをどれだけ回しても、当たりが出ないこともあるもんね。


 結局のところ、走り回るのはできるだけ多くのフィールドを見て回れるだけでしかない。ガチャ回数を増やして、確率をあげているだけ。ボスの出現場所が完全ランダムである以上、運以外の要素をできるだけ潰す。それが勝負の鉄則よ。


 複数の動物をテイムするじじいと遊び人のアタシ。ダメージレースでは勝てる見込みはない。なんだかんだで数は力だ。1より4が勝つのは覆せない。そんなことができるズルチートとか面白くないわ。


 じじいより先にアリクイを見つけて、初手でリソースを全力に注いで大ダメージを与え、そのまま逃げ切る。これ以外にアタシの勝利ルートはないのだ。


 細い細い道筋。先に見つけられたら負け。先に見つけても早く気付かれたらダメージレースで追い抜かれる。そもそもヒトクイアリクイの人間特攻をまともに食らえば即死ダメージ。さっきも言ったけど、アタシにとってこの勝負は不利だらけ。


「面白じゃない」


 だからこそ挑む価値がある。高難易度クエストの突破をするように。アクションゲームの攻略を考えるように、格闘ゲームの戦術を練るように。確率が0じゃない。1でもコンマ1でも存在するのだ。ならその確率をあげて挑むのがアタシなのよ。


【天衣無縫】が切れる毎にかけ直し、MPを回復させながら走る。途中のモンスターを相手する余裕はない。それを回避する道筋を脳内で構築し、そのまま走り抜ける。どうすれば短縮できるか。どうすればもっと動けるか。それを考えながらアタシは森を駆ける。


 沼地を、木々を、動物モンスターを強引に突破していく。その結果――


「うっし。ボスガチャはアタシの勝ち」


 先にヒトクイアリクイに出会ったのは、アタシだった。じじいがどこにいるかはわからないけど、かなり距離を離したと思う。息を整えるように深呼吸し、【早着替え】で服を入れ替える。


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★アイテム

アイテム名:金糸服

属性:服

装備条件:なし

耐久:+1 抵抗:+1


解説:金の糸で編んだ服。防具としては心もとない。装飾品か?


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 エルドラドで大量に狩った素材『金の蜘蛛糸』を、グランチャコの糸織機で編んだものだ。防具としては効果も何もない奇麗なだけの服。これ単体だと趣味以外の何物でもない防具。


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★アイテム

アイテム名:ゴールドナイフ

属性:ナイフ

装備条件:なし

筋力:+2


解説:金のナイフ。武器としては使いずらい。装飾品か?


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 でもこの服はとゴールドナイフと同時に装備することで、真価を発揮する。そしてゴールドナイフの秘められた能力も開花する。イベントをこなすと弱いと思った武器が強くなるとか、ゲームのお約束よね。


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★アイテム

アイテム名:金糸服

属性:服

装備条件:なし

耐久:+(あなたの幸運) 抵抗:+(あなたの幸運)


解説:金の糸で編んだ服。黄金を得た豪運が貴方の守りとなる。


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★アイテム

アイテム名:ゴールドナイフ

属性:ナイフ

装備条件:なし

筋力:+(あなたの幸運の2倍)


解説:金のナイフ。黄金を得た豪運が貴方の刃となる。


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 攻撃力と防御力が、装備車の幸運値依存になる武器。遊び人以外は幸運の数値はあまり伸びないのでたいした数値にはならないけど、レベルアップごとに幸運が上がっていく遊び人にとってはかっちり歯車がハマった武器防具よ。


 そして属性が服なので、これにも【カワイイは正義】が乗る。服の効果を二倍にするアビリティ。実質、アタシの幸運の2倍の防御力になる。4男オジサンの騎士鎧に匹敵するわ。


 ヒトクイアリクイがアタシの方を見る。細い口から長い舌を伸ばし、人間のように立ち上がって爪を構えた。


「クックック、今宵の爪と舌は血に飢えておる……」

「いま昼だけど」

「…………真昼の爪と舌は血に飢えている」


 言いなおした。っていうか喋れるのアンタ?


「さあ、存分に殺し合おうぞ。殺戮の舞台を此処に」


 なんか格好つけて襲い掛かってくるヒトクイアリクイ。若干厨二入ってるわね。鬼ドクロといい勝負よ。


 ともあれ、アタシとヒトクイアリクイの勝負が始まるのであった。

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