32:メスガキはボス狩りを開始する
グランチャコ西南部に位置する森。少しジメジメするのは森全体に広がる湿地帯のせいだ。<フルムーンケイオス>だとダメージやバステはないけど、動きに制限がかかる。そんな床トラップ。
出てくるモンスターも樹木を伝って動くサル系が多い。後は沼の中から毒カエル。強さ的にはアタシでも対処できるが、ここにはグランチャコ4大ボスと言われたヒトクイアリクイがいる。人間特攻を持ち、人間に大ダメージを与える高火力系ボス。
それを狩るのがアタシの目的。もう少し正確に言えば、隣のじじいよりも先に狩るのがアタシの目的だ。
「ふん、ウィを恐れずにやってきたか。最低限の矜持は持っているようだな」
じじいは恐竜の上からアタシを見下ろす。この恐竜も沼の効果を受けるが、それでも素の速度を考えれば歩くよりも早い。
「そりゃそうよ。アンタを恐れる要素はないもん。ヒトクイアリクイの方が怖いからね」
挑発するじじいに返すアタシ。実際問題として、どちらが先にアリクイを狩るかという勝負だ。じじいのスペックはさほど重要ではない。先にボスを見つけ、そして倒すか。その為には最低限としてヒトクイアリクイ対策が最重視される。
シバルバーとエルドラド。この一週間はそこに籠っていた。レベルは1つも上がってないけど、得たアイテムで出来る限りの不安要素は消してある。
まず懸念すべき材料は、どちらが先にボスを見つけるかだ。
こればっかりは運だろう。人食いアリクイは一か所に留まるボスではない。この広い森の中を移動しているのだ。それが今どこにいるのかなど、知ることはできない。とにかく見つけるまで走り回るしかないのだ。
「ふは、ふはははは! も、猛獣を恐れるなら帰ってもいいのだぞ! 寛大なるウィは命を示唆に引き返すことを嗤いはせぬ、むしろ命を大事にして撤退することを是としよう! 敗北者としての責務さえ果たすのならこの戦いをなかったことにしてもいいぞ!」
アタシの発言に高笑いするじじい。ちょっと声が震えていた。ああ、アリクイ怖いからそういう話になるのね。もしかしてビビってるのはこのじじいじゃないの? それを探るためにも笑みを浮かべて言い返す。
「ぷぷ。あんなアリクイが猛獣ですって。しっかり情報を掴んで対策すれば怖くもないわよ。情弱で新しい事を受け入れないじじいは怖い情報を真に受けてビビってるの? おつむ弱いってかわいそー。案なのトーカがスパっと倒してあげるわよ。じじいこそお布団の中で怯えてたらぁ?」
「な、なにおぅ! ウィが下手に出ればいい気になりおって!」
「ウケるわ。下手って言葉の意味知ってる? もしかしてさっきのは下手に出たつもりだったの? 上から目線で少し優しくした程度で恩を着せようとか、礼儀以前にコミュニケーションもろくに取れないみたいね」
アンタがいつ下手に出たって言うんだか。鼻で笑いながら言い返すアタシ。じじいの顔が赤くなり、歯をむき出しにしてこちらを睨んでくる。そのまま殴り掛かってくるような雰囲気だ。
「そこまでです、お二人とも。その意気込みは勝負で発揮してください」
アタシとじじいの言い合いを止めたのは、コトネだ。今回の狩り勝負における審判役である。審判と言ってもあくまで開始の合図を出すだけ。勝負の判定はボスを倒したトロフィーで判断する。
異なるパーティでボス狩りした場合、最もダメージを与えた側がトロフィーを得る。ステータス自体が判定してくれるという事だ。これではズルはできない。アタシもじじいも納得いく判定である。
「いいでしょう、聖女様。そして集まりしグランチャコの民よ! この戦いに勝利して、ウィは王の威厳を示そう! 神の末裔であることを証明し、グランチャコに永世帝国を作るのだ!」
コトネと、そして集まった人達に宣言するじじい。聞いている人の反応は微妙だ。コトネはともかく、グランチャコの人達は不安と疑問の方が多い。じじいの実力よりも、ヒトクイアリクイの凶悪さが印象深いのだろう。
『本当に倒せるのか? あのヒトクイアリクイを』
『いなくなればあの森から木を伐採できる。森の中を通り抜けることもできる。けど……』
『今までヒトクイアリクイに挑んだ戦士は皆死んだ。簡単に倒せるものじゃない。ガドフリーのじいさんや、あの小娘が勝てるなんて思えない』
大体そんな意見だ。これまで苦しめられたボスキャラ。勝てないという固定観念は簡単に消えやしない。長年苦しめられたからこそ、心に蓄積された恐怖は大きい。
「いいわ。アタシの強さを思い知りなさい。ザコなアンタらと違うって所を見せてあげるわ」
でもアタシの方が強い。そんな相手に勝てるアタシの方がすごい。それをわからせるように鼻で笑って何でもないように言う。
「では、太陽があの木の頂点まで迫ったら勝負開始です。制限時間は、日が沈むまで」
生えている巨大な木を指さすコトネ。時間的には正午から午後6時までと言った感じだ。日が落ちれば暗くて狩りどころじゃないという事もある。しめるにはいい時間だ。
「ま、それまでにアタシがアリクイを倒せばいいだけよね。らくしょー」
言ってじじいを挑発するように見る。じじいはそれまでに倒しきれる自信がないのか、あるいはアリクイにブルっているのか、睨み返すだけで何も言わなかった。
思えば、レベル70代のくせに鋼サイに挑まなかったぐらいのビビりだ。それよりもっと強いヒトクイアリクイに挑むなど怖すぎて足がすくんでいるのだろう。さっきもアタシを返そうと促したり。
怖くて逃げたいという感情と、退くに引けないプライド。その板挟みになっているのが分かる。スペック的にはどうにかなるのに、プレイヤースキルが不足しているので自信が持てないって感じだ。
いい気味ね。そのままビビッて腰を引いてくれればいう事はない。森の中に入れば誰も見ていないから、そこで震えて過ごしそうだ。そして終わり間際に『健闘空しくアリクイはウィに怖れて逃げだした』とか言う感じか?
森の中で怯えてるじじいを、これまでのお返しとばかりにイジメてやろうか。散々罵ってくれたお礼をしてもいい。散々アタシの想いを否定してくれたし、それがないにしてもいろいろムカついている。
うん。それはとても気持ちよさそうだ。すごくスカッとするだろう。プライドとか老人の意地とかそう言うので小さく反論はするだろうが、それでも勢いは小さくなる。死を与える猛獣が徘徊する森の中で大声を出すなど、怖くてできないはずだ。
「……はあ」
そんな勝確事項。約束された勝利の罵倒。一方的にフラストレーションを解決できるシチュエーション。アタシに待っている楽しみ。
「何怖気づいてるのよ。アテンダント四天王? あの構成でしっかり指揮して回復を怠らなかったらヒトクイアリクイはどうにかなるわ」
「……何?」
「若干耐久面で劣る構成だけど、魔法と炎と毒で弱らせてじわじわ攻めれば何とかなるわ。不安なら森の中でもう一匹ドクヌマカエルを使役して、二重沼で速度を徹底的に落としたらいいわ。
人間特攻の効かない高レベルテイマーなら、ビビってヘマさえしなければまず勝てる相手なんだから」
それを放棄するように、アタシはじじいにアドバイスを出す。言わなければビビッて逃げ出していただろう相手に、きちんとすれば勝てると。
ほっとけばアタシが100%勝っていた勝負。少なくともじじいの勝ちはは0%だった。なのにアタシはその背中を押してしまう。何故かと言われたら、
「そんだけ鍛えて強くなったんだから、それを使って楽しまないとか腹立つのよ」
せっかくレベルを上げたのに、楽しまないとか面白くない。努力したのにそれを上手く使わないとか、イライラしてくる。そんな理由だ。
ちらり、とコトネを見る。その目線と表情が『トーカらしいです』と納得してくれてるのが見えた。そうよ。アタシはそういう子なの。せっかくのゲーム世界なんだから楽しまないと。それがこんなじじいでも。
太陽が中天に上る。木の先端まで太陽が届き、コトネが開始の手をあげた。
「いっくわよー!」
さあ、ボス狩り開始よ!
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