30:メスガキは出発する

 ヒトクイアリクイ。


 見た目はそのまんまアリクイなんだけど、両腕……前足? そこにある爪を振りかぶって攻撃してきたり、長い舌を伸ばしてHPを吸収したりしてくるわ。近距離中距離こなすオーソドックスなボスね。


 問題なのはその全てに『人間属性』に対する特効が乗ること。<フルムーンケイオス>のプレイヤーキャラは全員人間。つまりコイツの特攻対象よ。ボスだけあって素の攻撃力も高く、グランチャコのボスの中でも特に防御に気を付けなければいけない相手ね。


 で、当然だけどビーストテイマーの使役する動物は特攻対象じゃない。なのでじじいがヒトクイアリクイを選んだのは大正解。特攻がなければ(ボスキャラとしては)ギミックがない相手だ。


「っていう感じよ」

「なんでアリクイが人を食べるんですか?」

「知らないわよ。なんか古参のプレイヤーは『未亡人ネタか』『シンガポールにアリクイはいない』とかわけわかんないこと言ってたけど」


 なんかアタシが生まれる前にそんなことがあったらしい。よくわかんないけど。


 スタッフがネタで作ったとはいえ、れっきとしたボスキャラであることには違いない。加えて言えば、この世界の人達からすれば脅威であるのも事実だ。倒しておくに越したことはない。じじいとの勝負云々もあるわけだし。


「とにかくそういうわけなんで、準備が必要ね。囚人服も解除されたし、装備を整えて強行軍よ」

「スケジュールを確認しましたけど……一週間で大丈夫なんですか、これ? かなりの距離を移動するんですけど」

「そこはコトネがいるからどうにかなるわ」

「まあ、トーカ。そんなこと言うなんて嬉しいです」

「っ! 違うから! 結婚アビリティの【ただいま】の事だから!」


 言ってからのろけっぽく聞こえるという事実に気づいて、慌てて言いなおすアタシ。


 結婚アビリティ。前も言ったけど、結婚した相手の場所に移動できるアビリティだ。どれだけ遠くにいようとも、これを使えばコトネの元に戻ってこれる。これを使ってグランチャコのあちこちに移動してアイテムを手に入れては戻ってくる、というのを繰り返すのだ。


 ……正直言って、このアビリティがもらえるとは思ってなかった。<フルムーンケイオス>には同性婚のシステムはなかったし、強引に法律を作っての結婚式だったわけだ。いわば格好だけの式だったのに、


<結婚おめでとうございます! 二人の幸せをお祝いします!>


 脳内に響くシステムメッセージ。アタシ達を祝う世界からの声。


「よかったでちね。二人の愛はお母様に認められたんでちよ」


 かみちゃまが言った言葉。愛を誰かに認めてもらえたという事。アタシがコトネを好きだという気持ちが間違いではないと言ってくれたこと。それが嬉しくてその時は気づかなかったけど。


「凄いですよね。私もその気になればトーカの元にすぐに行けるんですね、これ」

「そうよ。【ただいま】が相手の元に向かうアビリティで、【おかえりなさい】が相手を呼び寄せるアビリティ。後は【死がふたりを分かつまで】がHPを共有できるわ」

「ゲーム的な効果はともかく、いつでもトーカに会えるというのは嬉しいです」


 心底嬉しそうに微笑むコトネ。アタシを真っ直ぐに見て、幸せに満ちた表情を浮かべていた。


「もう。なんでアンタはそんなことを平気で言えるのよ」

「トーカが素直じゃない分、私が頑張らないといけませんからね」

「……アタシ、素直だもん」

「はい。前よりはずっと素直ですよ」


 言ってコトネはアタシを抱きしめる。優しく、だけど力を込めて。


「がんばってください、トーカ。ここで帰りを待ってますから」

「うん。待ってて。サクッとアイテムゲットしきて、アリクイぶっ飛ばすから」

「それが終わったら、どうします?」

「当然レベルアップよ。奪われた分をとっとと取り返すわ。そんでもってあのアホ皇帝をもう1回蹴っ飛ばす」

「それが終わったら?」


 コトネがアタシを抱きしめる強さが、増した。


「えーと……? クリア後のエキストラダンジョンにでも挑もうかな。未実装コンテンツももしかしたら解放されてるかも?」

「……トーカは変わりませんね」

「なによ? コトネもおねーさんと一緒でロリコンだっていうの?」

「私はトーカ以外に興味はありません。

 ……この世界のどこかで二人で平和に何処かで過ごそうとか、そういう考えはありませんか?」


 意を決したかのようなコトネの言葉。


「この世界で私たちは受け入れられました。それは途方もない奇跡です。元の世界に戻れば、こうはいかないでしょう。同性婚を認めている国はありますが、世界から見ればまだ少数です」

「なんでそういうのを認めようとしないのよ。心狭いじゃない」

「永住権確保とか遺産目当てとか、犯罪に利用されることがあるからです。結婚は法律に関係しますので。

 ともあれ、この世界でなら偏見を持たれることなく一緒に居れます。ずっとずっと、こうして愛し合えるんです」


 コトネが震えているのが分かった。その不安は、アタシも抱いていた不安だ。


 同性同士、子供同士。そう罵られて不安だったのはアタシだけじゃない。この子も同じように不安だったのだ。


 そしてその不安はこれからもついて回る。子供云々は成長すればいいが、性別はどうしようもない。性転換の手術とかもあるけど、根本的な不安は別だ。一緒に居たい気持ちをまっとうに認められない。


 アタシ達は祝福された。それは結婚式に出た人達の顔を見ればわかる。皆、アタシ達の幸せを心の底から祝ってくれた。


「そうね。元の世界じゃこうはいかないかも」


 コトネの不安を抱きしめるように、背中に手を回す。ぎゅー、っと抱きしめて暖かい温もりを受け止めた。


「でもそんなのどこに行っても同じことよ。じじいのように思う人は絶対いるわ。ここで出会った人たちがみんないい人たちばかりで、運がよかった。ただそれだけよ」

「そうかもしれませんね」

「そういう意味じゃ、ずっとこの世界にいるのもいいかも。戻れるとかもわかんないし、そもそもその知識もあのアホ皇帝が持ってるって話だし。

 とりあえずその話はいったん棚上げ。いまは目の前のことに集中するだけよ」

「はい」


 耳元に響くコトネの声。不安は消えていないけど、それでも少しはまぎれたようだ。アタシも同じことを考えているというのが分かったのか、少し安心したようだ。


「よし、そんじゃ行ってくるわ。行く先はエルドラド! そんでもってシバルバーよ!」

「南米にあると言われた黄金郷。そして地下界。それだけ聞くと心配なんですが大丈夫です?」

「もち、準備は万端よ。ちょうどヒマ人もいるし手伝ってもらうわ」


 エルドラドもシバルバーもグランチャコ難関ダンジョンだが、抜かりはない。そこのデータは頭に入っているし、ちょうど結婚式に来ていた人たちがいるので協力を募っている。せっかく来たんだから、とことん利用させてもらうわ。


「皆さんお忙しいですから、手加減はしてあげてくださいね」

「大丈夫よ。ちょっと強行軍するだけだから。皆もレベルが上がってラッキーよ」

「トーカの『強行軍』はかなりギリギリラインですから……」


 ため息をつくコトネ。死なないラインはきっちり見極めているんだからいいじゃない。


「そんじゃ、ダンジョンに突撃よ!」

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