27:メスガキは国の名前を決める(却下される)

「……おー」


 目を覚ますと、知ってるテントの天幕だった。


 結婚式で踊り疲れて、その後泥のように眠ったのだ。日が落ちるまで踊って食べてを続けるとか、今にして思えばよくやったものだと思う。式の終わりを告げる合図の後は、全然記憶にない。


 椅子のような折り畳みベッドで寝ていたアタシは体を起こし……手が握られているのに気づいた。並んだベッドで寝ていたコトネだ。コトネも疲れているのか、すやすや眠っている。


「そう言えば、寝顔見るのって初めてかも」


 いつもはコトネの方が最初に起きてアタシを起している。なのでこういうのは初めてだ。いつも見ている顔とは違う、可愛い顔。手を握ったまま、もう片方の手でその顔をつつく。


「ん……。ふぅ……」


 起きるかと思ったけど、すぐに眠りにつく。その反応が面白くて、何度もつついてしまう。ゆすって起こすのがもったいない。指先から伝わる頬の反応が心地いい。握った手も顔と同時に反応して、ぎゅっとアタシを握り返してくれる。


「……好き」


 つついているうちにあふれ出た思いを口にするアタシ。言ったら収まるかと思ったら、さらに膨らんだ。そっか想いって積み重なるんだ。耐えられないぐらいに膨らんだらどうなるんだろう? もしかしたら、死んじゃう? 好きって気持ちで死んじゃう? それはイヤだけど、でも止まらない。そう思いながらつついていた。


「私も好きですよ、トーカ」


 つつく手をゆっくりと握られる。そして嬉しそうにコトネが微笑んで答えた。


「お、起きてた、の?」

「はい、今起きました。いつもと逆ですね」


 まどろみながら答えるコトネ。いつも、ってことはもしかして……?


「……もしかして、アタシの寝顔をつついてたりとか……」

「ふふ、秘密です」


 言われて顔を赤くするアタシ。今までずっとコトネに寝顔を弄られていたのだ。そう思うと恥ずかしい。


「……今度から絶対早起きしてやる」

「生活態度が改まるのはいい事ですね。頑張ってください」


 言って体を起こすコトネ。アタシもそれにあわせて体を起こした。昨日の疲れはなく、眠気もない。寝る前に着替えたのか、コトネはいつもの寝間着だ。それを着替え始める。アタシは囚人服を着替えられないのでそれをじっと見ていた。


「そう言えば昨日のドレスはどうしたの?」

「着替えて<収納魔法>に収めています。初めて知りましたけど、ステータスに『コレクション』っていう機能があるんですね」

「うん。間違えて捨てたりしないようにするのと、整理のための機能よ。後は公開することで自慢もできるの」

「早速ドレスを『コレクション』に入れました。一生の宝物です」


 そんな会話をするアタシ達。好きとか言ったし、結婚したけどコトネの着替えを見るのはすでに日常だ。別に変な感情なんか起こらない。


 …………………………………………。

 ……………………。

 …………。


「トーカ?」

「ごめん、ちょっと意識しちゃう……」


 昨日まで普通に見ていたコトネの体をまともに見れないアタシが居ました。服を脱ぐ姿にドキドキして、下着だけの姿に耐えられなくなる。布擦れの音に顔が赤くなって、肌とか膨らんだ胸とか腰とか太ももとかを見るともう我慢の限界だった。


「ああ、ようやくお返しできましたね」

「お返し?」

「トーカがだらしない恰好で寝ているのを見て、同じようにドキドキしてたんですよ。それを我慢しながらずっと怒っていたんですから」

「うぐ……」


 確かにアタシは服を着崩した格好でいたり、下着だけで寝てたりすることもあった。その度にだらしないと怒られてた。女同士だからいいじゃないとか誰も見てないからいいじゃないかとか言ってたけど、確かにこれは……。


「色々ゴメン。その、アタシ反省するわ」


 毎日こんな思いをするとか、正直ムリ。心臓バクバクで、壊れそう。


「いいですよ。これから、もっとドキドキするかもしれないんですから」


 言いながら近づいてくるコトネ。


「え? ちょっと待って。服着て服! 下着だけの姿で迫ってこられるとその、あの……!」

「結婚したんですから、こういう事をしてもいいと思いますよ」

「あわわわわ……」

「ふふ、トーカ可愛い。顔を赤くしてそんなに慌てて。いつものかっこいいトーカも好きだけど、初心なトーカも好きですよ」

「げ、げんかーい!」


 いろいろキャパシティオーバーになって、毛布をかぶるアタシ。だめ、いろいろだめぇぇぇ!


「その! 今は待って! いろいろやらないといけないこともあるし!」

「そうですね。王様としての仕事が待ってますし、ガドフリーさんの事もあります。切羽詰まってるわけではありませんが、やることを先に済ませましょう」

「そ、そう! じじいどうにかしないと!」


 適当に叫んだ言葉にうなずくコトネ。言った後で、この状況は全部じじいを黙らせるためだったことを思い出す。今はじじいを完膚なきまでに黙らせて説き伏せてボコボコにするための下準備が終わったに過ぎないのだ。


 その、いろいろいっぱいいっぱいです。コトネがここまで押してくるとか、正直想像すらしなかったわ。なんでじじいの事を忘れていたのは仕方がない。アタシがヘタレなんじゃない。ヘタレてない。ちょっとやることが多いだけなの。


「さしあたっては王国の名前ですね」

「名前?」

「はい。国を興すに際し、大事な事です。付けた名前がずっと続きますから」

「名前ねぇ……。シミュレーションゲームとかだったら初めからついてるしなぁ」


 名前。結構めんどくさい。<フルムーンケイオス>でキャラを作るときも『TOーKA0065』とかだったし。


「じゃあ『ソウゲンキングダム』で」

「適当過ぎません? 集まった人達に失礼だと思いますけど」

「えー。……じゃあ『サバンナ』王国。『ドウブツエン』帝国。『シゼンバッカリ』領」

「トーカにネーミングセンスがない事がよくわかりました」


 沈痛な表情でため息をつくコトネ。


「『アナンシ』で行きましょう」

「あなんし?」

「南アフリカの神様です。様々な姿に変身できる神様で、人を騙したり助けたりしている伝承があります」

「何よその神様。碌でもないわね」

「トーカに似た神様を持ってきたつもりです。色々着替えたり、いたずら好きだったり」


 言われてアタシは視線を逸らす。言い返そうとして、同意せざるを得ない。けしてアタシがろくでもない人間だと認めたわけではなく。


「ま、まあ。名前はそれでいいんじゃない? そこまでこだわるものでもなさそうだし」

「はい。では皆さんにお伝えしましょう」


 頷くアタシにそう答えるコトネ。正直、名前なんてどうでもよかったのでこだわる必要はない。アタシにとって重要なのは、これでようやくじじいをどうにかできる下準備ができたということだ。


「よし。これであのじじいを完膚なきまでにぶん殴れるわね」

「暴力行為は反対ですよ。あくまで勝負という形で勝ちましょう」

「物の例えよ。どっちにしてもじじい次第ね。きちんと勝負に応じてくれるならそれに乗ってやるわ」


 あのじじいの性格からして結婚式に乗り込んでくるかもとか思ってたけど、そんなことはなかった。そういう事に力で乱入しない程度の理性はあるんだろう。


 ともあれ、新しい草原の国『アナンシ』が生まれた。言ってもじじいとの勝負をつけたらアタシは国王引退。後は好きにしてって感じだ。それは集まった人達にはすでに伝えてある。


 準備は整ったわ。さあ、閉じ込めたりこんな服着せたり、いろいろムカついたうっぷんを晴らさせてもらうわよ!


 

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