26.5:知られることのない男達の幕間

「おのれ魔女め!」


 ガドフリー・ブレナン三世は愛馬……愛恐竜に乗り、草原を駆けていた。


 牢屋――洞窟に柵を作って見張りを置いただけの即席なものだが――に入れていたトーカが逃亡し、聖女も一緒にいなくなっていたのだ。


「ウィの妻となる聖女様を惑わして連れ去るなど! 聖女様の慈悲で命だけは許してやったが、もはやこれまで! 王に逆らう者がどうなるかの見せしめとして、極刑をくれてやろう!」


 草原を走りながら情報を集めるガドフリー。この広いグランチャコの中から逃亡する者を探すのは難しい。通行の要所に使役した動物を置いて足止めをし、キャンプに出向いて目撃を確認する。それでも見つからない可能性の方が高い。


「おお、聖女様! 獰猛な動物に襲われてはいないでしょうか? 寒空で凍えていないでしょうか? 崖から落ちてケガなどしていないでしょうか? ウィは、ウィは心配ですぞ!」


 グランチャコの自然は厳しい。住んでいる者ですら踏み入れられない場所もある。数匹の動物の群れを察知できなかっただけで、キャンプ全てが命を落とすこともあるのだ。見つからないのは、そう言ったことで命を落としている可能性に方が高い。


「……しかし妙だな。見慣れぬ者が多い。どういうことだ?」


 ガドフリーはコトネを探すために草原を走り回り、見慣れぬ格好をしたものとよくすれ違うことに違和感を感じていた。グランチャコは広い。人とすれ違う確率は少ない。ましてや他の国と思われる格好をしたものはさらに少ない。


 そしてそれは一方向に向かっているのだ。それがトーカとコトネの結婚式のために呼ばれた人たちだと気づいたのは、結婚式当日。式と同時に草原に新たな王国を作ると聞き、ガドフリーの怒りはさらに高まった。


「ウィを差し置いて、王になるだと!? 何たる不遜! 何たる不敬! 未熟な子供の分際で! 年配者に対する礼儀を欠いた行為! 聖女と婚姻するために法を捻じ曲げるなど愚王たる証ではないか!」


 その怒りは正当なる神の子から聖女を奪い、自らのいいように法を作り上げた悪徳の王トーカ(と、勝手に解釈している)に向けられた怒り。そして、


「何故!? なぜ今まで守ってきた者まで祝福するのだ! 王として守ってきた民たちは、なぜあんな偽王の元に集うのだ! ウィが守ってきたことに関する感謝の心はないというのか!」


 トーカとコトネの結婚式に参加したグランチャコのキャンプ民に向けられた。自分が守ってきた者達。その恩義に報いるのが民というものではないのか? 王としての威光を見せたというのに、それに心酔しなかったというのか!


 第三者から見ればガドフリーの行動は『恩を押し付けている』に過ぎない。守ってくれと頼んだわけでもないのに守り、王として尊敬しろと言葉なく圧力をかけている。キャンプ民も守られている以上は強くは出れない。


 だが、そこにトーカが現れた。トーカは彼らを守るのではなく、戦うために訓練させた。ゲーム知識を駆使して短時間でレベルを上げ、その戦力を増した。王の庇護など不要なぐらいに彼らは成長したのだ。


「おのれ魔女め! 聖女だけではなく我が民まで誑かしたのか! 如何なる呪術を用いようとも、ウィの王の威光ですべてを祓おう! 神の子であるウィが言葉を告げれば、邪悪なる存在は全て消え去るのだ!」


 ガドフリーはその事実に気づかない。王は民を守り、民は王を慕う。それ以外の在り方など正しくない。正しくない事に従うのは悪。正論を説けば悪は消え去る。そう信じていた。


 トーカが原因であるという事自体はあっているのだが、それ以外は自分の考えに凝り固まっていた。誰かがそれを指摘しても、聞く耳は持たないだろう。神の声が聞こえた高貴なる血族である自分の考えは、ただの人間の考えよりも正しいのだから。


「魔女を殺し、聖女を奪い返し、そして民を元通りにする! それはグランチャコの帝王として、ウィが為すべきことだ!」


 怒り狂い、草原を走るガドフリー。この山を越えれば目的地。走る恐竜の前に、


「ここから先は、愛を語る場。剣と闘争が立ち入る余地はない」


 一人の騎士が立ちふさがる。


「何奴!? ウィをブレナン帝国の帝王と知っての狼藉か!」

「無論。王たる身分に敬意を表し、こちらから名を名乗ろう。

 我が名はルーク・クロムウェル。天騎士ルーク! アサギリ・トーカの剣として、そして一人の男性として帝国の侵攻を阻むためにここに来た!」


 騎士――トーカに天騎士おにーさんと呼ばれている男性は『天雷剣タケミカヅチ』と呼ばれる両手剣を地面に突き刺し、まっすぐに怒れる帝王を見た。威風堂々たるその立ち様。ガドフリーはその姿に敬意を表して恐竜を止め、口を開く。


「礼節に従い、ウィも名乗ろう。ガドフリー・ブレナン三世。多くのアテンダントを率いるグランチャコの帝王なり。

 天騎士ルーク! ウィは魔女の陰謀を払うために戦うものだ! 汝に正義の心あるならば、そしてこのグランチャコとミルガトースの未来を思う心があるならば、その剣を納めるがいい! 今なら不敬を許そうぞ!」

「帝王よ。汝にも正義はあろう。国を、そして世界を思う気持ちに偽りないのだろう!

 それを認めたうえで、ここを守るのが我が正義! 剣に誓った騎士として、汝を通すわけにはいかないのだ!」


 王と騎士は口上を交わす。王は王の正義を、機士は騎士の正義を。それが交わらないという事を理解する。


「ならば仕方ない。我が軍勢をもって――」

「はいはい。そういうのは無しにしようね。アミーちゃんはこの後ソロライブが待ってるんだよ。衣装に血の跡が付いたら台無しだもんね。パスパス!」


 アテンダント――テイムした動物を展開しようとするガドフリーにかけられるのは、底抜けに明るい声。炎のような赤いドレスを着た女性(と、ガドフリーには見える)だ。『アイドルさん』と呼ばれても違和感のない姿。


「ふん。味方のようだがそんな貧相な女性を一人連れてきたところで――」

「あいにくと一人ではない。我が名はトバリ。帝王に敬意を表し、夜を統べる暗殺の刃を示そう。忍び寄る死の歩みを知るがいい」


 背後からかけられる声。ガドフリーがそちらを見れば、『鬼ドクロ』とトーカに呼ばれるドクロの兜をかぶった異国風の衣をまとった男性がいた。反りが入った刀。その禍々しさと鋭さは、人の首など容易に跳ねることができるだろう。


「いつの間に王の背後を!? どうやら我が四天王全てをもって挑むしか――」

「おやめください、帝王ブレナン」


 持ちうる最高の手駒を出そうとするブレナン。そこにプレートメイルを着た男が声をかける。武器を持っていないが、どこかの国の貴族を思わせる動き。そして歴戦の格闘家を思わせる足運び。


「吾輩の名はゴルド・ヘルトリング。ヘルトリング家の四男です。今はオルストシュタインの悲劇から逃れた難民達を守っております。本日は吾輩にとってかけがえのない者達を祝福するためにここまでやってきました。

 ここより先に進むなら、国同士の戦争となりますぞ。一国の王が宣誓もなしに他国に攻め入る。ブレナン帝国はそのような卑怯な国なのですか?」

「――ぐ!」


『四男オジザン』ことゴルドは静かにそう告げる。トーカとコトネが建国したのなら、ここから先は国としての戦い。国を背負うのなら、それなりの作法が必要だ。それを欠くことは正しくないとガドフリーは判断する。


「いいだろう。確かに勇み足を認める。後日、正式なる宣誓を行い攻めさせてもらおう」


 ため息とともにそう告げ、戦意を納めるガドフリー。


 それは言い訳だ。ゴルドが誘導してガドフリー自身もその言い訳に納得したが、真の理由は四人に囲まれて気が引けたに過ぎない。威風堂々たる騎士。全身鎧の偉丈夫。奇妙な兜の暗殺者。……アイドル? ともあれ不利を悟ったのだ。


 もっとも、その判断は正しい。ここにいるのは世界でも十名もいないとされるレベル90代の猛者達だ。その実力は、たとえ一人でもガドフリーの四天王全員を余裕で返り討ちにできるぐらいである。


 踵を返すガドフリー。『王として礼節を守る為』という理由をつけて怒りの矛先を納めたが、怒りの理由自体が消えたわけではない。ただ屈辱に蓋をしただけで、心の中にドロドロとしたモノは渦巻いている。


「……すまない皆。俺に付き合ってもらって」


 帝王の姿が消えたことを確認し、ルークはこの場にいる男性に頭を下げる。ガドフリーの接近に気づいてそれを止めるために出ていこうとしたときに3人に声をかけられたのだ。


「いいっていいって。あんな形相で結婚式に乱入されたら溜まったもんじゃないもんね。メインステージを守るのもアイドルの務めなのさ。いぇいいぇい!」

「光の傍にあるのが影。光無くして影はなく、ゆえに影は光を守る。ただそれだけだ」

「礼を言われることではありませぬ。この場に来たものすべて、トーカ殿とコトネ殿を祝福しているのですから」


 アミー、トバリ、ゴルドが頭を下げたルークに告げる。


「しかし俺は……」


 二人を祝福、の言葉に言葉を濁らせるルーク。トーカに抱いた想いは今も消えていない。しかし同時にあの二人には笑っていてほしい。共に偽りなき気持ちだ。


「矛盾する気持ちを抱えるもまた人間。そしてルーク殿は選びました。その選択は尊ばれることです」

「……すまない」


 悩むルークの肩を叩き、そう告げるゴルド。ルークはその言葉を受け取り、静かに言葉を返した。


「はいはい。湿っぽいのは宴には向かないよ。人生は長いんだ。楽しめる時は楽しまないとね! さあ、帰ったらステージだ! ダンスダンス!」

「然り。華やかなる踊りと運命の祝福。推しの幸せだけで良い酒が飲めそうだ」


 アミーとトバリがそう言って式場に向かって歩き出す。ルークも頷いて歩き出し、その後ろをゴルドが追う。


 男達の戦いは語られない。トーカとコトネはこの騒動を知ることなく、式で祝われている。


 それでいい。男達は活躍を知られたいわけではない。ただ祝福される二人を守りたかっただけだ。


 何事もなかったかのように、風が静かに草を薙いでいた。 

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