26:メスガキは結婚式を挙げる

 草原の風が頬を撫でる。心地よく暖かい風。草の香りが鼻腔をくすぐった。


「王様あああああああああああ!」

「トーカさああああああああん!」

「聖女様ああああああああああ!」


 そして湧き上がる歓声。沢山の長椅子が草原に置かれていて、そこに多くの人が座っている。映画で見る教会の結婚式を思わせる並びだ。真ん中を歩くように隙間が開けられており、アタシ達は手を取ってそこを歩く。


「おめでとう!」

「おめでとう!」

「結婚おめでとう!」


 向かう先は草原に作られた巨大なオブジェ。八枚の羽根を持つ天使のような女性の像。かみちゃまが合体して大人になった時を模した女神像だ。祝福されながらアタシ達は歩いていく。


「……なんていうか、思いっきり緊張するわ」

「嫌ですか?」

「嫌じゃないけど……うん、嫌じゃない。だけど、ちょっと恥ずかしい」


 ここまで祝福されることが恥ずかしい。だけど嫌じゃない。むしろ嬉しいぐらいだ。


 アタシの想い。アタシの大事な想い。それを認めてくれる人がこんなにいる。そして祝ってくれる。


 まだ子供で、同性同士で、しかもこの結婚式自体はただの当てつけで。それを理解したうえで、祝福してくれているのだ。


「そうですか? 私は誇らしいです」


 隣を歩く聖女ちゃんは胸を張る。この歓声の中、堂々とそれを受けて微笑んだ。


「私とトーカのしてきた事が認められて、そして喜ばれたんです。それは誇るべき事ですよ」

「そういう考えはアタシにはできそうにないわ。アタシはアタシが良ければいいの」

「でしたら良かったじゃないですか。相思相愛ですよ、私たち」


 さらりとそんなことを言う聖女ちゃん。ついさっき確認できたお互いの関係。それを受け入れるには、アタシの心は大きくない。嬉しくて、愛おしくて、あふれる感情を心が受け止められない。


「もう。なんでアンタはそんなこと平気で言えるのよ」

「トーカがいるからです」

「……バカ」


 顔が熱い。ストレートな好意にふわふわしてくる。恋に落ちるとは言うけれど、好きになると天を舞う。変な描写と思っていたけど、その立場になれば腑に落ちる。アタシはいつの間にかコトネに落ちていたんだって、今更ながらに気づかされる。


 そして草原のロードを歩きながら、どこかに飛んでいきそうな気持ちになっていた。好きな人が傍にいる。コトネが隣にいる。それがどれだけすごい事なのか、それも今更ながらに知った。そして苦笑する。


「好きって告白して1分以内に結婚式挙げるとか、多分アタシ達が初めてでしょうね」

「そうですね。王国史に残してもいいかもしれません。『初代国王は愛を語ってすぐに婚姻した』……1000年近くは語られるかもしれませんよ」

「それはヤダなぁ……アタシがすごく軽薄に思われそう」

「即決即断はトーカの得意技じゃないですか。もっとも、好きって言ってくれるまでは結構時間かかりましたけど」

「……その、はい、アタシがヘタレでした」


 攻めるような弄るようなコトネの言葉に、アタシはちょっと目を逸らす。たった一言いうだけなのに、ほんの少し勇気を振り絞るだけなのに、それができない自分に反省する。関係を壊すのが怖かったとか恥ずかしかったとかプライドとかその辺もあったけど、本当は恋に臆病になってました。


「責めてなんていませんよ。それもトーカなんです。その全てが好きですから」

「……ホント、コトネには勝てないわ」


 言いながらアタシ達は女神像の元にたどり着く。そこに待つのはグランチャコのキャンプにいたおばあちゃんだ。グランチャコでも多くの結婚式を取り仕切った人だとか。結婚式をグランチャコ式にしようと決めた際、キャンプの人が紹介してくれたのだ。


「太陽と草原の精霊よ。雨と風の精霊よ。新たな愛を祝い給え」


 そんな出だしと共にカタカナっぽい単語を並べて語り始めるおばあちゃん。欲はわからないけど、グランチャコで伝説みたいな感じだ。あんまり興味ないんで聞き流しているアタシ。


「ここに新たな番が生まれた。そして新たなる指導者が生まれた! ここから始まる新たな風が草原を駆け巡ろう。さあ皆の者、風に舞おうぞ!」


 それが合図だったのだろう。観客は総立ちになって、拍手する。太鼓と笛を中心とした音楽が流れ、アタシとコトネはそれに合わせて踊りだす。この踊りが終わると、結婚式も終わりだ。


「まさかアイドルになった経験がこんなところで生きようなんてね」

「人生は何がどうなるかわかりませんよね」

「ゲーム世界に入って、こんな恋するなんて」

「そしてお互い結ばれるなんて」


 女性同士で踊りながら、そんなことを言い合い微笑みあう。


 あの日、同時に召喚されてこの世界に来た二人。アタシは追い出され、この子は聖女として囲まれて。


 それをアタシが助けてそこから冒険が始まって。悪魔の陰謀に巻き込まれて、いろんな人たちと出会って。


 うん。本当にいろいろあった。そしてこれからもいろいろあるんだろう。止まってやる余裕なんてない。でもこの子と離れる気はない。一緒に進んでいく。一緒に歩いていく。そう決めたんだ。


「うん。アタシ達、結ばれたんだよね」

「はい」


 きっとこの結婚は認められない。世間の常識を語れば、じじいの言うように男女で大人で結婚するのが正しいんだろう。王様になって法律を無理やり捻じ曲げて結婚式をしているだけの、大ウソな結婚式だ。


 それでも、これだけの人が祝福してくれる。


 それでも、沢山の友人が祝福してくれる。


 そして何より、アタシとコトネの気持ちはきちんとつながっている。


 だから認められなくてもいい。この気持ちは、この喜びは、この想いは本物だから。


「さあ、宴会だ! 肉を焼け! 酒を飲め! そして王と共に踊れ!」

「二人の門出を祝う風となれ! グランチャコの命に乾杯!」

「草原の未来に乾杯!」


 そして観客たちが喜びと共に宴会を始める。火の魔法を使ってのバーべキュー。テーブルを用意して、作ってあった肉料理を運び、アタシ達を囲むようにして踊りだす人たち。


 静かだった草原は一気に盛り上がり、そして宴会の輪は広がっていく。その中心で踊りながら、アタシとコトネは幸せを感じていた。


「グランチャコの結婚式は、この後日が沈むまで騒ぎ続けるそうです」

「日が沈むまでって……まだお昼よ。6時間近く騒ぐの? さすがに大変じゃない?」

「そうですか? 私はトーカとならずっと踊ってられますよ。ダメですか?」


 アタシの返事なんかわかってるんだろう。それでもコトネはそう問いかけた。アタシはドキドキする心臓を聞かれていないかと心配しながら、精一杯の虚勢を張ってこたえる。


「しょーがないわね。付き合ってあげるわよ」

「はい。付き合ってもらいます。ずっとずっと。これからも」


 互いの呼吸すら感じる距離で踊り合う。時間が経つのなんか忘れるぐらいの嬉しさと愛おしさ。ずっとこうしていたい。ずっと踊っていたい。ずっと手を握っていたい。触れてる部分から伝わるコトネの気持ち。


 そしてアタシも同じ気持ちだ。ずっとコトネと踊っていたい。きっと日が落ちるまでなんてすぐだろう。


 楽しいときはあっさり過ぎ去っていくのだから。


 

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