25:メスガキはあの子に好きと言う

 結婚式。


<フルムーンケイオス>にも他のMMOと変わらずに結婚式のシステムがある。お互いの了承があるキャラクター同士がアイテムを集めると教会で結婚できるというイベントで、お互いのHPとMPを共有できたり、結婚した相手を自分の元に召喚したり、相手の元に移動したりするアビリティを覚えられる。


 正直、そんなに強くないアビリティね。大きなデメリットもないけど、かといってわざわざ結婚式用のアイテムを集めるほどでもない。趣味以外の何物でもないイベントだ。まあこのアビリティがないと圧倒的に不利になるとかだったら、効率のために結婚することになるのでそれはそれでどうなんだという事になる。


 そう。<フルムーンケイオス>において結婚は義務ではない。やりたい人がやればいいという感じのイベントなのだ。


 ………………。


「その、そういうわけだから、やらなくてもよくない?」

「いまさら何を言ってるんですか」


 アタシはガチガチになってる自分を自覚しながら聖女ちゃんに言う。呆れたような言葉だけど、その顔はすごく笑顔になっていた。あ、楽しんでる。この子この状況を楽しんでる。


 結婚式開始5分前。アタシ達がいるのは、二人用のテントの中。ここから出れば外は結婚式のために用意された式場だ。草原に作られた宴の場。外の熱気がいやおうなしに盛り上がりを伝えてくれる。


「トーカさんがこういう催しが苦手なのはわかっていますけど、もうだめですよ。ガドフリーさんを最大限挑発するという意味もありますけど、集まった皆さんになんて言い訳するんですか」

「そう、なんだけど……!」


 この結婚式はじじいを挑発するためのもの。アタシと聖女ちゃんが王になるための宣言だ。これをやって王としての箔をつけないと、じじいを狩りに負かせたとしてもこれまで通り滅茶苦茶な理論で言い逃れされる。


 ついでに言えば、集まった人達はアタシと聖女ちゃんの結婚式のためにやってきたのだ。遠い所から、忙しい最中合間を縫って、ついでに言えば政治的な思惑も含めて。


 今更アタシの一言でやめたと言えるはずがない。それは十分にわかっている。分かっているんだけど……。


 アタシは改めて聖女ちゃんを見る。おねーさんが作ったドレスを着たこの子を。


 オレンジを中心としたさまざまな模様。刺繡も様々で、それが折り重なっている。純白のドレスが清楚さを意味するのなら、この色合いは草原を輝かせる太陽だ。なんかおねーさんが熱く語っていたけど、アタシもそれは認める。


 来ているのがこの子という事もあって、本当に奇麗だ。アタシが好きになった子が、ものすごくキレイで明るく着飾っている。派手とかではなく、美しいとかではなく、自然に輝くような着こなし。


 対してアタシは囚人服だ。白黒の味気ない格好。釣り合わないにもほどがある。なんていうか、隣にいるのが気恥ずかしい。


 ……ううん、そうじゃないことぐらいはわかっている。確かにつり合いは取れないけど、本当に恥ずかしいのは――


「アンタ、本当にいいの?」

「何がです?」

「別にじじいのセリフじゃないけど、アタシとアンタの結婚式で釣り合いとれるの? 仮とはいえ、アンタはアタシと結婚しちゃっていいの?」


 アタシとこの子は釣り合わない。服の意味ではなく、人間的な意味で。……違う、もっと根本的な意味で。


「その……じじいを完膚なきまでに言い負かすためとはいえ、アンタはアタシと結婚して……いいの? アタシはほら、生意気で口が悪くていい加減でズボラで……その、悪い子じゃない。そんなのと結婚するのってイヤじゃないの?」


 心臓をバクバクさせながら、アタシは問いかける。もう自分でも何を言っているのかわからないままに。


 アタシでいいの? アタシはこういう子だよ? 今だって勇気も出せずにモダモダしてるんだし。アタシの事をどう思ってるかはっきり聞くこともできずに、好きなくせに何もできないよわよわなのに。


 そんな自分でも面倒くさいアピール。情けない言い訳。たった一言。自分の気持ちも言えない臆病な自分。指さされて笑われても仕方のないと自分でもわかってる。


「はい。トーカさんとなら結婚してもいいですよ」


 なのにアタシの手を取って、シークタイムゼロでこの子は頷いた。


「いいえ、違いますね。トーカさんだからいいんです。

 他の人がトーカさんの立場だったとしても、ここまでは絶対にしませんでした」

「……っ!」


 その言葉と、言葉に含まれる熱。つないだ手から伝わる熱い感覚。それがアタシの心を溶かす。


「ガドフリーさんを納得させるため、というのはほとんど名目です。確かにそれが必要だからというのはありますが、私が結婚したいという理由なんて一つしかありませんよ」


 優しくアタシの目を見て、


「好きです。トーカさん。愛しています」


 はっきりとアタシに告げた。


「あ……あ――」


 目を逸らすことなんてできない。気持ちを誤魔化すことなんてできない。ずっとずっと抱いていた気持ち。ずっとずっと一緒に合った気持ち。アタシは唇をぎゅっと引き締める。


「アタシも、好き」


 言葉は、自分でもびっくりするぐらいに素直に出た。ひねくれて意地悪で素直じゃないアタシの事だから、くだらない皮肉を言ったりするかと思ってたのに。恥ずかしがって悪態付くかもって心配してたのに。


「好き、好き、大好き……ずっと一緒にいたい……ずっと、一緒にいて……」

「はい、ずっと一緒ですよ。


 名前を呼ばれ、ぎゅっと抱きしめられる。それだけなのに、世界が明るく見えた。それだけの言葉で、体がはじけそうだった。


「ホント?」

「ええ、本当です」

「またアタシを守るために神とかにならない?」

「その時はトーカが助けてください」

「いじわる」

「いやですか?」

「神様を殴ってでも絶対連れ戻す」

「はい。信じてます。……信じさせてください、トーカ」


 言って距離を離し、アタシを見る聖女ちゃん。何かを待つ目。それだけで、この子が何を求めてるかが分かってしまった。


「アタシを信じて、

「はい、信じます」


 背中を押されるようにアタシは名前でこの子を呼ぶ。恥ずかしいけど、一度言ってしまえばもうそんなのは消え去った。


「はじめて名前で呼んでくれましたね。嬉しいです」


 たったそれだけの事で喜んでくれるんだったら、もう少し早くすればよかった。ちょっと後悔しながら、あふれる気持ちのままにアタシは口を開く。


「コトネ」

「トーカ」

「コトネ」

「トーカ」

「コトネ」

「トーカ」

「コトネ」

「トーカ」

「コトネ」

「トーカ」


 何度も何度もお互いの名前を呼び合う。手を握り、泣きそうな笑いそうな顔で。


「……ふふ、なんだろ。バカみたい」

「ええ、でも嬉しいです」

「うん。アタシも嬉しい」


 端から見ればどう思われるだろうか? でもそんなことはどうでもいい。胸の想いを大事な箱に入れて、涙をぬぐいとる。嬉しくても涙は出るんだって、初めて知った。


「もう怖くはないですか?」

「うん、もう大丈夫」


 コトネがアタシに語り掛ける。


 不安も怯えも恐れも何ももない。アタシは立ち上がり、コトネの手を取る。


 太陽のドレスと囚人服。聖女と遊び人。真面目な子と生意気な子。女性同士で子供同士。変だのつり合いが取れないだの笑いたければ笑えばいい。


 コトネはアタシが好きだと言ってくれた。


 それだけあれば、他人が指さして笑おうがどうでもいい。コトネが一緒にいてくれるなら、アタシはどんな所でも行ける。


「行こう、コトネ」

「はい、トーカ」


 テントの天幕を開ける。結婚式の始まりに、歓声が響き渡る。


 天候は雲一つない晴天。グランチャコが祝福するように、草原の匂いがアタシの鼻腔をくすぐった。

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