24:メスガキはまだまだ話をする
あの6人以外にもいろんな人が集まってきている。っていうかまだまだ増えそうな勢いだ。
「お久しぶりね。革命事件以来かしら」
話しかけてきたのは中国風の服を着た人だ……確か、ヤーシャのオバサン。ヤーシャの街の領主の人。兄が巨乳悪魔にそそのかされて、クーデター食らった人だ。
「町の領主って暇なの? こんなところまでやってきて」
「それを言えば名目上は貴方も町の領主よ。名代という形でヘルトリング公が執政しているけど」
「……そう言えば、そういう話だったわね」
アホ皇帝が暴れるからオルストシュタインから逃げた人は、ヤーシャ近くの土地で街を作っている。アタシと聖女ちゃんがヤーシャの革命を止めたという事で、そのお礼的な意味で土地をいただいた形なのだ。
「なので貴方達の結婚は祝福しないといけないのよ。加えてグランチャコに国を興すとなれば、政治的な意味で無視もできないわ」
「そんな真面目に取らなくてもいいわよ。じじい納得させたら結婚も国も手放すんだから」
大人って大変ねー、と思いながら言うアタシ。このことは皆にも言っていることだ。あくまでじじいを倒すために必要だから結婚式をして、ついでに国を作る。目的を果たせば後は野となれ山となれだ。じじいさえボコボコにして泣かせてしまえば、あとはどうでもいい。
「そうね。初代国王はそれで引退。でもその後に新たな歴史が始まるかもしれないわ。それだけの人の集まりがあるもの」
オバサンは言ってテントの周りを見た。
「よーし、伐採した木材はここに置いとくぞー」
「あいよ。立派な式場を作ってやるぜ!」
「料理の材料はまだまだ必要だな。狩りに行くぞ!」
「おう。どんどん狩ってきてくれ。腕によりをかけて作るからな!」
グランチャコでアタシが『拉致』した人たちだ。結婚式自体は2日後。今から式場作るとかどんだけ……と言うのは現実の話。<フルムーンケイオス>だとモンスターに邪魔さえされなければ規模にもよるが数時間で出来る。数か月かけて映画に出てくる宇宙戦艦を模したものを作った大工もいるとか。
「国は王がまとめるモノかもしれないけど、本質は人の集まりよ。貴方と聖女様という旗のもとにこれだけの人間が集まって、文化を作ろうとしている。その流れはもうあなた自身の意見では止まらないかもしれないわ」
「知らないわよ」
ため息交じりに手を振るアタシ。アタシが解散て言っても聞かないのなら、それこそ好きにすればいい。拘束しようとするなら逃げるだけだし。
「そうね、あなたは知らぬ存ぜぬでいいわ。初代の王は国の形を作り、後に続く者への道を示せばいい。聞いたけど、彼らは貴方が育てたんだって?」
「そうよ。じじいの善意が気に入らないから拉致って狩りの道具にしたのよ」
「本当に拉致をして狩りを強要したのなら、あんな目はしてないわ」
嬉しそうな目でグランチャコの人達を見るオバサン。ヤーシャの領主という目で見れば、ああやって働く人たちは眩しいのだろう。アタシには理解できないけど。
「おう、王様! お久しぶり!」
「屋根の色は赤と青とどっちがいい? 染料的には青が多いんだけど。でも赤の方がアンタのイメージに合いそうだな」
「食べられないものはありますか? もしあるなら今のうちに。何もないなら取れたてのお肉を中心に献立を作っていきますよ」
「祝砲は任せてくれ! 矢じりに笛付けた矢を連続で放つのと、爆発する矢で演出するからな! そのためのバリスタを作製中だぜ!」
そんなグランチャコの人たちがアタシに気づいて話しかけてくる。一泊二日のレベルアップマラソンに巻き込んだこともあり、妙に距離感が近い。
「ああ、もう。好きにしなさい。何度も何度も言ってるけど、王様ごっこはじじいを倒すまでだからね。そこまで気合い入れなくてもいいわよ」
むしろ何でこの人達がここまで気合いは言っているのかが分からない。アタシとの付き合いは数日もない。確かにタダで強くはしたけど、その程度だ。ぶっちゃけ、アタシはこの人達の顔も名前もよく覚えていないのだ。ジョブと取ったアビリティは覚えてるけど。
「まあそうなんですけどね。でもやっぱり嬉しくて」
「嬉しい?」
「俺達を育ててくれたことと、そしてこの地で結婚式をしようという二人の気持ちに」
「俺達の草原で、二人の幸せの一歩を刻む式典をするって言うんですよ。こんなに嬉しい事がありますか!」
「グランチャコに生きる者として、全力で祝わせてもらいます。ええ!」
郷土愛、とでもいうのだろうか? 自分が長く住んでいた場所を愛してくれる。自分の故郷でイベントをしてくれる。それが嬉しい。
それが『たまたまこの場所だったから』という程度の理由なのはわかっているのだろう。この結婚式が、この国が、本物じゃない事もわかっているのだろう。
それでも彼らは全力で祝ってくれる。アタシと、聖女ちゃんのために。
「……理解できないわよ。勝手にしなさい」
言うべき言葉を失って、アタシはそう告げた。故郷が大事とか、アタシには理解できない。誰かのために一生懸命になるとか、ゲロ吐きそう。アタシはアタシのために生きるのよ。
「っていうか、アタシがいなくなった後でじじいと顔合わせるのは貴方達なのよ。気まずくないの?」
ふと、アタシがいなくなったグランチャコの事を想像して聞いてみる。アタシは別にじじいを殺すつもりもなければ追い出すつもりもない。ガツンと負けを認めさせて、その後何処かに行くつもりだ。
つまり、じじいとこの人達はグランチャコに残るのである。ケンカしたのに気まずくないのかな?
「そこはまあ。王様の裁量で」
「一度ガツンとやられれば大人しくなると思うんですよ。王とか言い出さなければ少し頑固なだけの人なんで」
「神の声が聞こえたとかいいだすと、全然人のいう事聞かないからなぁ」
どうやらじじいの言動と行動に、それなりに不満はあったようだ。神の声とやらが聞こえる前は……まあ頑固なのは変わりないらしい。どっちにしてもその辺は当人達同士の問題だ。
「それよりも王様。聖女様の所に行かないんですかい?」
「ドレスの試着は終わったみたいですよ」
『そんなわけで! 腕によりをかけてコトネさんのドレスを作らせてもらいました!』
ソレイユおねーさんもそう言っていた。アタシの囚人服は脱げないので仕方ないが、おねーさんが腕によりをかけて作ったドレス。結婚式用のドレス。
「ま、まあ。あの変態裁縫師の事だからエロエロでコケテッシュでアレでナニなんでしょうけど」
そう思うとみて見たくなる。アタシだけ恥ずかしいのは色々御免だ。ここのところ押されっぱなしだから、ここで主導権を取り返す。うん、決めた。見に行こう。
「そうね、見に行きましょう。声かけなしの不意打ちで特攻よ!」
聖女ちゃんがいるテントに向かい、その幕を開ける。さあ、恥ずかしいドレスを指さして笑ってや――
「あ、トーカさん」
そこには、太陽があった。
オレンジを基調としたカラフルな模様。色とりどりの編み物を組み合わせたようなドレス。ゆったりとしたワンピース。シンプルだけど派手。でも目の毒じゃない。そんな絶妙なドレスだ。頭部も似たような布でまとめられている。
「ソレイユさんが作ってくれました。グランチャコの民族衣装を元に考案したそうです。寝ずに頑張ってくれたみたいですね」
「…………うん」
「トーカさんにも着せたかったみたいですけど、今は仕方ありませんよね。【聖歌】が使えれば囚人服の効果を無効化できるんでしたよね? 今から覚え直したいぐらいです」
「……うん」
「トーカさん?」
「うん」
ドレスを着た聖女ちゃんが近づいてくる。それだけで息ができなくなった。主導権とか指さして笑うとか、そんなことはもう頭の中になかった。ドレスを着たこの子を見て、もうそれだけで限界だった。
「ごめん……ちょっと、無理」
心の中にあるコップにたっぷり入った『好き』って気持ちに、一滴どころか水道の蛇口全開で『好き』が加えられる。もうキャパシティの限界なんてとっくに超えていた。
もー、おねーさんいい仕事しすぎぃ! アタシこんなの耐えられなーい! アタシは熱い顔を押さえて、蹲るようにして暴走しそうになる心を押さえ込んでいた。
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