22:メスガキは愚痴る

 じじいは神にそそのかされて、王になろうとしている。


 このグランチャコの地方をまとめ上げ、大きな国を作る。そんな神の言葉を真に受けている。人間よりも上の存在からの使命を受けているので、人間如きの意見など聞く耳持たない。


 つまりじじいに言うことを聞かせられるのは、神かあるいは同じ神に認められた人間のみ。そう言った立場の人間と正式な作法により勝負をして勝つことで、負けを認めることができる。


 おっけー。その理屈はわかった。要するに相手の土俵に立って、その上で完全勝利しないとぐだぐだ言い訳して負けを認めないヤツ。ネットでもよくいるつまらない難癖付けて話題を逸らす大人なわけね。うん、理解した。


「それはわかってるんだけど」


 アタシはテントの中で一人愚痴っていた。


 あの後、帰還アイテムの『トンボガエリ』を使って牢屋から脱出したあたしと聖女ちゃん。本当にアイテム対策してなかったのは笑うしかないんだけど、囚人服は解除されてない。なのでアタシはアビリティが使えない状態だ。


 囚人服は違反者に着せるイベント的な服だ。<フルムーンケイオス>でも自分で脱ぐことができず、イベントクリアしないと解除されない。それはこの世界でも同じらしい。脱ごうとしてもその手が止まってしまう。なんというか脱ぐ気がそれてしまうのだ。


「ステータスに影響しているんでちゅ。装備変更そのものを封じるように暗示をかけているんでち。昔ギルガスが伝えた囚人の拘束技術でちゅね。今のあたちではどうしようもありまちぇん」


 かみちゃま曰く、そういう事らしい。スキルを使って囚人の反乱を封じるためだとか。おのれギルなんとか。


 いや、それはもう分かっていたことなのでどうでもいい。じじいに負けを認めさせて、アタシが悪くないと思わせないと解けそうにない。あのじじいにアタシが正しいと思わせないと服は脱げない。そういうことなのだ。


 アタシが愚痴りたいのはそっちではない。そっちではなく……。


「トーカさあああああああああああん!」


 テントの中に入ってきたのは、顔を紅潮させた大人の女性。ソレイユおねーさんだ。


 遠くアズマアイランドでお仕事していたんだけど、野を超え山を越えてグランチャコにやってきたのだ。連絡してから半日弱で。


「ああああああああ……噂はかねがね聞いています! あの皇帝<フルムーン>に捕まって殺されそうになり、ムジークで天使集団に襲われて! ……苦労、なさったんですね……!」


 涙を流して再会をよろこぶおねーさん。あ、ヤバイ。本気で心配されて喜ばれてる。その声と感情が伝わって、アタシも泣きそうになー―


「そしてこの地で捕まって着せられたロリ囚人服! 露出度は皆無ですが、トーカさんのボディラインがはっきりわかるシンプル構造! 白黒縞々のシンプル構造、だからこそ光る素材の味! 囚人という背徳感も含め、心そそられます! あ、手錠とかに興味あります?」


 そんな空気は一瞬で吹き飛んだ。そーだ、この人こーいう人だった。


「うるさいロリコン。いい大人が大声で叫ぶな、変態」

「ああん。その冷たい態度もいつも通りで安心しました。波乱万丈でも変わらないトーカさんに感謝します! 永遠に変わらずにいてください!」

「言葉だけ聞くといい事言ってる風に聞こえるのがムカつくわね……」


 アタシの成長しない胸と身長からだに興奮するロリコンおねーさん。成長するもん! 変わるもん!


「っていうか、おねーさん来るの早くない? アズマアイランドからグランチャコまで距離あるんだけど」

「アズマアイランドからグランチャコまでは飛竜サービスを使いました。このキャンプ場まではトカゲ車です」

「結構お金使ったんじゃないの?」


 アズマアイランドから最速でここまで来るなら、確かにその経路だ。ただお金は半端なく高い。


「推しカップル結婚式の為なら、惜しくなどありません!」

「けっ……ッ!? 仮! 仮だから! 結婚って言っても、じじいを挑発するための手段でしかないんだから!」


 結婚、と言われて叫ぶアタシ。そう、結婚するのだ。結婚式するのだ。……あくまでじじいに対抗するために、だ。


『というわけでトーカさん。私と結婚して王になりましょう』


 聖女ちゃんが言った言葉にアタシは混乱してたけど、目的はあくまでじじいへのあてつけだ。


「ガドフリーさんは伴侶として私を選びました。それは王として国を支えるパートナーとして、そして象徴として聖女である私を選んだのです。

 王としてガドフリーさんに対抗するなら、同じく私をパートナーとして迎えるのが正しい形ではないでしょうか」


 つまり、あのじじいと同じ立場になるなら、当然あのじじいが伴侶と認めた聖女ちゃんを迎え入れるのが一番の挑発になる。王としての格をそろえないとじじいも納得しないというわけだ。


 女同士だからとか、子供だからとか言う障害は『王がそれを許す法律を作ればいいんです』という聖女ちゃんの一言であっさりクリアした。あの子、規則は守りましょうと言いながらこういうことは遠慮なくやるのである。


「っていう理由でしかないから! そこのところ勘違いしないでねっ!」

「はわわわわわぁ……典型的なツンデレ台詞ゲットです! しかも天然! ガチで恋する幼女の言葉! ああ、死んでもいいです。こ、こひゅ!? し、幸せで、過呼吸しそう……」

「ガチで恋とか……! 恋、とか……!」


 なんか悶絶しているおねーさん。いつもの妄言だけど、アタシにはいろいろ刺さった。恋。勢いで否定しそうになって、顔が赤くなる。意識しちゃ駄目と思いながら、目を逸らすことのできない自分の気持ち。


「ううううううううう……! もう、なんなのよ……!」


 顔が熱い。心臓が跳ね上がる。好きって気持ちがこんなに自分を追い詰めるなんて想像すらしなかった。締め付けられる心と体。あの子の事を考えるだけで、何もかもが苦しくなる。そしてそれがイヤじゃないのがさらにムカつく。


「おや、いつもと違う様子。ツンツントーカさんも好きですけど、恋する乙女トーカさんもまたかわゆい……! なんというか新鮮です……ああ、初々しい」

「恋する乙女とか……! その……ええと、もしかして気づいてた……?」


 かみちゃまに言われたことを思い出すアタシ。アタシの気持ち。あの子を好きな気持ち。一緒にいた人は大抵気づいていたと言う。……かみちゃまの嘘だと思ってた。思っていたかった。


「まあ、はい。むしろコトネさんにデレッデレなのに自分の気持ちに目をそらしているトーカさんに萌えて、栄養分をいただいていました」

「栄養分て何!?」

「幼女百合でしか得られない養分です!」


 アタシの言葉に鼻息荒くして答えるおねーさん。だからなんなのそれ!?


「素直になれず口の悪い子と清楚で可憐な女の子。基本的に活発的なのは口が悪い子の方だけど、恋愛距離の詰め方は可憐な子の方が上手! 自分の気持ちと相手の距離感に動揺する様も、ツンツンしながら相手に依存する様も、距離を離されると泣きそうになる様も!

 何もかもが尊く素晴らしいのです! ああ、世界は愛に満ちています!」


 感極まったように祈るおねーさん。うん、アタシにはわからない世界なのは理解した。別に悪い事してるんじゃないんだし、置いとこう。


「そんなわけで! 腕によりをかけてドレスを作らせてもらいました!  囚人服のせいでトーカさんに着せられないのが残念です……! お二人の門出を祝いたいのに!」


 血涙を流しそうな勢いでこぶしを握るおねーさん。うん、まあ、ドレス作製は裁縫師の輝く場面だし? 悔しがるのはわからないでもない。


『せっかく結婚式をするんですから、皆さんを呼びましょう』


 と言って聖女ちゃんは登録している人達全員に連絡したのだ。アタシはそこまでしなくてもいいじゃないと言ったけど、いつもの『これは譲りません』の顔で通された。


 まあ結婚式の真意は伝えているし、アホ皇帝のせいで世情がバタバタしてる。皆そこまで暇じゃないだろうから誰も来ないと思ってたら……。


「絶対行きましゅ! お二人のウェディングドレスはワタシが作りましゅ! これだけは! これだけは絶対に譲りませんからねぇぇぇぇぇぇぇ!

 滾れワタシの想像力! 想像イメージ×空想ファンタジー! イコール、創造クリエイト! この納品は人生をかけてもいいです! ワタシの寿命などいくらでも持っていけ!」


 いの一番で反応したのがおねーさんだった。その後超高速でやってきて、聖女ちゃんにつきっきりでドレス作製。それが昨日の事だ。


「まあ、おねーさんはわかる。このロリコン変態がいろいろ人生省みない人なのは知ってるし。でも……」


 アタシはキャンプ場の外に広がる光景を見る。50を超える多くのテント、そして多くの人達がそこにいる。


「なんでこんなに人が集まってるのよ!?」


 これ全部、アタシと聖女ちゃんの結婚式に参列しようとする人達だ。なんなのこの数! しかも続々増えつつある!


 公開処刑なの!? こんなところまで来るとか、暇なの!? 愚痴ってもいいよね、これ!

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